♰100 小さな蝶は捕まらない。(大人side)




 攻撃系の術式を使い、吸血鬼ヴァインをズタボロにした舞蝶。

 もう一回、治癒の術式を使ってみようかと考えた。気力の消費は激しいが、この際自分の限界を図ってみようかと思う。


――やめとけ。キリがない。


 なんて、氷平が止める。

 それほどに舞蝶の気力は、長く持つということか。


 そこで、優が風間と藤堂を連れてくる姿が見えた。


「お嬢!!」

「舞蝶ちゃん!!」


 血相変えて駆け寄る二人は真っ青だ。


 舞蝶は血塗れだ。頭から大量出血したのだから、当然の有り様。

 二人の方が、酷いほどに青ざめた顔をする。


「大丈夫、治しました」と、舞蝶は手を振って答えておく。

 パチパチと目を瞬かせる舞蝶が、見た目と違って元気だと伝わり、安堵で脱力しそうな二人。


 藤堂は、天を仰いだ。

「いや、”治しました”って、何……?」と呆けつつも、恐る恐るの手付きで、舞蝶の髪を撫でる。

 まだ乾いていない血がべっとりとつく。痛ましい。


「それより、結界が消えたんですね? 術者は確保済み?」

「はい。内側にいた二人を氷漬けにしてやりました。外にも一人いたそうですが、確保したので、協力者は吐かせておきましょう。彼の方は……?」


 舞蝶に、優はそう答えた。

 目をやるのは、瀕死の吸血鬼。

 ザックザックと『最強の式神』に切り裂かれて、術式で爆破された肢体。

 虫の息でも、こちらを睨むヴァイン。


「藤堂。コイツ、別荘に軟禁されてたはずよね?」

「え? あ、はい。組員の話によれば、ですが……」

「うん。とにかく、アイツの首は持っていこう。昨日に続いての犯行だ。雲雀家に戻って、組長に突きつけてやろうか。自分が一体何をしたのか。この姿を見せつけて」

「「「……」」」


 きついとは思うが、当然の報いだ。

 それに従うと、一同は頷いた。


「公安のテスト中の奇襲だ。単独犯として事件処理することになると思うけど、他の協力者もいないとも限らないからね。事情は聞いておきたいんだけど」


 風間は、先ずは事情聴取を、と言いたかったのだが「イカレた吸血鬼です。話すだけ疲れますよ。今この場で首を切りましょう。お嬢様、私にお任せを。氷平さんを貸してください」と、優は微笑んで、この場の処刑をやんわりと決定させた。


「ありがとう、ヒョウさん」と、舞蝶は手を振って『最強の式神』を異空間へ戻す。

 直前まで、氷平も手を振り返した。


「先に、車に乗っていてください。紅茶を飲んで、喉を潤してくださいね」

「はぁい」


 主治医の言葉として、きちんと従う舞蝶は、月斗の肩に凭れてそのまま運ばれて、先にこの場をあとにした。


 それを三人で見送って、ガチャンとリボルバーの撃針を下ろす藤堂。


「トドメは俺にやらせてください。……昨日、殺(や)っておけば。コイツのイカレ具合を見誤った俺が、けじめを」


 銃口を、正常な呼吸も出来ていないヴァインの眉間に向けた。


 ヴァインが憎む血走った目で睨み上げるが、藤堂も憎しみと怒りを込めた目で睨み下ろす。


「待ってください」と、優は手を上げて止めた。


「お嬢様は力を隠さないといけないほどの類まれなる才能の持ち主です。温情だと思ってくださいね、その才能をその身で受けられたことを光栄に思ってください」


 見下しながら、優は笑ってやった。もっとも、眼鏡の奥の目は笑ってはいないが。


「 ざけ、んなっ 」と、小さくとも吐き捨てるヴァイン。



「……舞蝶お嬢様は、名の由来の通り、」と目を細めて、優は続けた。



? 身の程知らずにもほどがあるだろ」


 吐いて捨てる。



「お前が残虐なのは生来からのものかもしれないが、お前がここまでした理由はわかる」


 ニコリと笑みを深めた。冷たい眼差しで、射貫きながら。


「二年半前に執着心の暴走で吸血鬼に襲われたお嬢様を庇って瀕死になった護衛の増谷を救ってやったのは、お嬢様が泣きながら助けてと頼んだからでしょうか? それとも、お嬢様を身体を張って助けた褒美でしょうか?」

「は……? なん、の」


 なんの話をしているのだ。死にかけているヴァインは怪訝に睨んだ。


「そして、執着心を剥き出しにお嬢様を襲ったその吸血鬼を、お嬢様の前だとも忘れて残虐に殺したのは、怒りの表れでは? もちろん、楽しんでいたそうなので、楽しくはあったのでしょうけど、怒ってもいたのでしょう? 可愛い可愛いお嬢様を奪おうとした吸血鬼ですから」


 そこまできて、なんの話かわかった藤堂は、息を呑む。

 風間は黙って、見据えて聞いていた。


「自分に怯えることは、逆に楽しかったのでしょう? 元々残虐な性格上、怯えるお嬢様は可愛くてしょうがないし、”自分に”という点はさぞ優越でしたでしょう。でも、左遷されたのは予想外で、逆恨み発言もしていた。よくもまぁ、二年半も耐えたことを褒めてあげてもいいですよ。おかげでお嬢様は無事でしたからね」

「 だか、ら、なに、をっ 」


 しゃがんだ優は、微笑んで告げてやった。



「なんて鈍感な吸血鬼だ。お前は、ずっと前から、――――



 時が一瞬、止まる。


 これでもかと目を見開いたヴァインは、震える唇を動かして。


「は……? なに、バカな――――


 と言いかける途中で酷い喉の渇きに耐え切れず、喉を鳴らす。



 吸血鬼の執着症状。それが、その場に異様に響いた。


「 ち、ちが。う、そだっ、ちがうっ 」と一人だけ大いに取り乱すが、三人は静観するだけ。否定を認めない。



 ひらひら舞う小さな蝶に、恋焦がれた吸血鬼。


 



 だが、鈍感にも気付かなかった吸血鬼は、知って逝け。



「残念でしたね。他の危ない執着する吸血鬼からお嬢様を守ったのに、左遷されて離れた隙に別の執着する吸血鬼がお嬢様のおそばにいる。その上、お嬢様も大変お気に召して、その執着を受け入れて愛でています。あなたと違って、お嬢様を傷付けないですからね。安心でしょう?」


 ニコリと最後の追い込みをした優は、背後に巨大骨の右手とカマと頭蓋骨を出す『最強の式神』を『召喚』した。


「あっ、あああぁっ、あ”ぁああああああぁあ”ッ!!」


 感情が追いつかずに絶叫するしかないヴァインに逃げ場などない。



「悔いて死ね」



 カカカッ! と高笑いするような音を鳴らして、氷平はカマをスイングして、ヴァインの首を切断した。



 自分も気付かなかった真実を知って、後悔にまみれて死ねばいい。



 冷酷に見据えた優。



「……いや、だから……俺がトドメさしたかったのに」


 と、藤堂は苦情を恐る恐ると言い出す。


「私はねじ伏せられて目の前でお嬢様を殴り飛ばされたのですよ? トドメは譲ってほしいものです」


 と、フンと鼻を鳴らす優は、そのままヴァインの頭をピキンと氷結させた。


「な、!? あの傷、殴られた怪我なのか!? 大丈夫か!?」

「大丈夫なわけないでしょ。一度は気絶して希龍も消えてしまい、瀕死でしたよ。ほら、代わりに持ってていいですよ」

「あ、うん。……って、ただの荷物持ちじゃねーか!! 首も持たせんな! 叩き付けたいわ!!」


 サラッと優から氷漬けの頭を渡されて、流されるがままに受け取ってしまった藤堂は、盛大にツッコミを入れた。


「それでどうしたの? 月斗の血で『血の治癒玉』を?」


 風間は、詳細を聞きたがる。


「そうしないように、先手を打たれて、月斗に毒をかけられてしまいまして。これ、ヴァインが持っていた『血の治癒玉』ですが、何かお嬢様を操る仕掛けを入れたとか言ってましたね」

「違法!! 大罪じゃん、作った奴!」


 サラリと風間の手の上に、死体から回収した『血の治癒玉』が、コロンと置かれた。


「打開策として、その『血の治癒玉』で月斗を解毒してから、その血で『血の治癒玉』を作ってお嬢様を治療しようと、私が戦っている間、月斗に意識が戻ったお嬢様の止血を頼んでいたのですが……気付いたら、希龍を再び召喚して、治癒の術式を成功させていたのです」

「え、待って? 瀕死の状態で、またとんでもないことを……舞蝶ちゃんはどうして治癒の術式を成功させたの!? どうやったの!? アンタ、治癒の術式の研究中だったよな!?」

「それは私もまだ聞いてませんので、今から聞きましょう!」


 興奮で鼻息荒い風間と優は、目を爛々と輝かせて、嬉々とした足取りで出口に向かう。


「術式オタクしかいないのか!? 待て! 起死回生の治癒の術式は、めちゃくちゃ気になるから、俺も聞かせて!! コレ冷たすぎ!!」


 口あんぐりした藤堂も、氷漬けの頭を抱えつつも、慌てて追いかけた。



 

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