♰101 残酷な言葉でほぼ絶縁宣言。(雲雀家side)




 雲雀家は、騒然とした。


 血塗れのお嬢が戻って来たからだ。

 ハロウィンは近いが、仮装ではない血の匂いが香る。


 ちょうど昼時で、大広間では昼食を取っているものが多かった。

 そのため、血塗れの舞蝶を見て、噴き出す者が多数。


「藤堂。お腹空いたから、もらってきてくれない?」

「生首持っている俺に言います? おい、ちょっと厨房に追加で四人分出せって言え。藤堂とお嬢達の分だってな」


 舞蝶が無茶ぶりを言えば、藤堂はそばにいた組員に無茶ぶりを丸投げた。


「この部屋、覗いたことあるけど、入るのは初めて」と上席側の壁際に、月斗の膝の上に座る舞蝶。


「髪が痛まないといいですが……組長はまだ戻らないのですか?」と、舌打ちしそうな雰囲気で、右に座る優。


「あと30分はかかるだろうな。そのうちに食べちまおう。……生首の前とか、嫌だな」と左に座って座布団の上に氷の塊を置く藤堂は、もう一枚の座布団で視界から隠しておいた。


「何があったんだ……? 藤堂」と小声で話しかける組員が一人。


「ん? 見ての通りだ。お嬢が襲われた」と、さらりと明かす藤堂。

「組長に連絡入れたから、すっ飛んでくるさ。お前らも、ちゃっちゃと食べろ」と昼食を終えるようアドバイスしておく。


 さらに騒然とした大広間では食事どころじゃなく、あわあわと別室に移る者が出ていき、少なくなる。



 バタバタと足音が響く中、バンッと襖が開かれた。


 息を切らした組長達が見たのは、すっかり昼食を食べ終えてしまって手持ち無沙汰の舞蝶。


 血塗れの娘に、乱れた呼吸は止まる組長。


「あ、舞蝶っ……!」

「襲われたって報告は受けたよね? このザマだよ。なんでヴァインの奴が野放しにされてるの?」

「!? アイツは別邸で謹慎のはずっ!」


 問うと、襲撃者の名前を聞いていなかった組長は、自分の護衛としてついてきた増谷とも顔を合わせて動揺する。


「ヴァインなら、ここにいるよ」


 舞蝶は行儀悪く、座布団をクッション代わりに氷の塊を蹴り転がす。

 組長の前まで転がったそれの氷の術式を、優が解く。


 露になるヴァインの生首。どろりと溢れる血。

 大広間に、激震が走る。


「なっ……! 舞蝶っ! 

「組長」


 激しい動揺で舞蝶に問い詰めようとした組長を、優がピシャリと止めた。


「まさか、?」

「っ!」

「大した父親ですね」


 毒を吐き捨てる優。


 その通りだった。組長は、怪我をしたであろう舞蝶を責めるような言葉を吐こうとした。動転したからだ。


 舞蝶がやったのかと。違うと否定が聞きたくて。


「何? 私が組員を勝手に処罰したことを責めるつもり? そりゃすみませんねぇ? どぉーでもいいけど、その点は、公安と話し合ってよ。公安の預かりになったこの私達を襲撃したコイツと協力者は、公安が罰を下す。だいたい、大目に見るのは昨日だけで十分だろうが。私を襲ったコイツを見張りもつけずに軟禁した気でいたとか……あれか。家出する娘を襲っても、知ったこっちゃないとでも?」

「なッ!!」


 しっしっと振り払う仕草で煙に巻こうとする舞蝶は、皮肉に笑って見せた。

 聞いてはいけない会話だが、大広間に残っている組員は、今更動きたくとも動けなくなった。


「そうではございません! 大事な仕事があって! 止むを得ず!」と、増谷が焦って庇うが「はいはい。娘の誕生日にわざわざごくろーさまでーす。ああ、それとも、これが誕生日プレゼント? 家出祝い?」と、適当に受け流しては、皮肉る舞蝶。


「お嬢様っ!」

「すっこんでな、増谷。てめぇも同罪だ」


 声を上げた増谷に、舞蝶は淡々と告げた。


「この吸血鬼の残虐さに、藤堂は気付いてて止めたってね? 呼び戻して私と引き合わせること。それを押し切って、私と引き合わせて、まんまと昨日は襲いかかってきたから、藤堂が守ってくれたって言うのに。見張りなしの軟禁だけで放置とは、優遇されてたんだ? 私もスマホを捨てたせいで、月斗のスマホを追跡されて、襲われたんだけどさ。頭かち割られそうになったんだけど? そんな危険なイカれ吸血鬼を、よくも私の元に出したな? 二年半前にもトラウマを植え付けた張本人だっていうのに……娘はどうだっていいんだ?」


 スマホを追跡されてしまった月斗が落ち込むため、片手で頭を撫でながら、笑顔で言い放つ。


 違う。そうではないのだ。組長が首を左右に振るが、あまりにも小さくて弱い。


「お、お嬢! ここではなんですから! おやめください!」


 割って入るのは図体のデカい幹部。


「ここじゃいけない理由があるの?」


「もちろんです! 皆が見てる!」と小声になっているデカい幹部。

 注目をしている組員達を気にするが、舞蝶は目もくれない。


「アンタさ。私の命の話と、組長の面子、どっちが大事なわけ?」


 言い放たれた言葉に、絶句した。


「ああ、いいよ、答えなくて。つまりは組長の娘の命より、組長の面子の方が大事だって思って言ってるんだよね?」

「あ、い、いえっ! 違いますッ!」


 決して、舞蝶の命が軽いわけではない。

 ただ幹部として、組長の面子も大事だっただけなのだ。


「いいよ。アンタはそう思っている。でも、私は組長の面子なんか、どーだっていいんだよ。どうせ娘が家出することは、わかることだ」


 容赦ない舞蝶は、はっきりと言った。


「見ろよ。これは、しっかりと。これがアンタの過ちだ。”ちゃんと見なかった結果”だ」


 青ざめた組長に、舞蝶は真っすぐに冷たく見据えて言い放つ。



「トラウマの元凶の吸血鬼の怪力で、頭を殴打されても記憶を取り戻せなくて、残念でした。戻ったところで憎しみは増すだろうけどね。アンタが全部見誤ったせいだ。自分の傷心を優先して、娘を他人に丸投げして、逆恨みする側付きと、残虐な吸血鬼の護衛に気付かず。悲鳴を上げたいくらい助けを求めたかった状況にいた娘を見ずに、思い出も忘れて別人になり果てた娘にも気付かず。結果、私はこの有り様で、残虐な吸血鬼は斬首刑」



 もう乾ききった血がついた舞蝶と、絶望を映した瞳を半開きにした吸血鬼の生首。



「これに懲りたら、もう余計な真似するな」


 はっきりと、拒絶を言い放つ。



 何か記憶を刺激するものがあろうがなかろうが、取り戻せるとは思うな。

 そして思い知れ。自分の過ちを。


 そう突き付けられた組長は、よろけて壁に手をついた。

 幹部も護衛も、気遣う余裕などなかった。衝撃から立ち直れず、立ち尽くす。


 組長が悪いとは言い切れないが、かといって庇うことも出来ない。

 拒絶する娘の今の姿を見れば、誰が組長を庇いきれるだろうか。

 娘に対する数々の選択の過ちが、現状を物語る。



「三年前に、この上なく愛する妻とともに娘も失った。その現実を受け入れなさいよ」


「――――」



 この場は、凍り付く。

 蒼白な顔の組長が、どれほどのショックを受けただろうか。想像を絶する。


 他でもない、娘本人に告げられた残酷な言葉。

 よりにもよって、その娘の誕生日に、だ。


 しかし、現実だった。



 最早、愛する妻を亡くした組長が、娘に背を向けた瞬間に、失ったも同然だったのだ。



 紛れもない事実を突き付けた舞蝶は、月斗を立たせて、運ばれて去った。

 藤堂と優も、強烈なほどに心痛な沈黙で身動きできない組員達を、大広間に残したまま、出ていく。





「お嬢!」


 聞き覚えのある声に、正直ゲッという顔をしてしまう舞蝶。

 舞蝶を抱えている月斗も、見知った声に振り返ってしまい、顔を合わせる羽目となった。

 料理人の橘だ。別れの手紙を読んで、家出を知ったであろう舞蝶の料理担当者。


「ってうお!? 思いの外、血塗れ!!」とビックリ仰天する橘は、あせあせと濡れタオルで舞蝶の顔を拭う。

「怪我は、治ってる、んですよね?」と、恐る恐る額も拭う。


「うん……橘、いいよ。やらなくても」と止めると、険しい顔になる橘は、バッとその場に土下座した。


「お嬢! お願いいたします! 俺も連れてってくだせえ!!」と、まさかのおとものお願い。


「え? なんで? 実質の組から抜けるってことなんだけど?」

「俺も抜けます! 辞表も出してきました! 俺はお嬢の料理人です!!」


 顔を上げた橘は、フスンフスンと鼻息を荒くした。


「料理だけではなく、家事だって出来ますぜ! 家政夫どうですか!?」

「とんでもない売り込みをしてきたね」


 ヤクザの料理人が家政夫志望してきた。


「先生だって、栄養価のいい料理が作れていると褒めてくれたじゃないすか! ご自身も料理すると言ってましたが、俺がいれば料理する時間がなくなって研究も出来ますぜ」

「的確に攻め込んできましたね……」


 舞蝶だけではなく、主治医の優にまでグイグイな橘。


「月斗もお嬢が美味しく食べれる料理を教えてやってもいいぞ!」

「マジですか!? いいじゃないですか!!」


 ガッツリ釣り上げられた月斗。チョロい。


 しかし、家事を任せる人材か。元々好みも把握済みだし、腕前も上々。信頼もおける。

 料理する時間を削減できる上に、今まで通りの美味しい料理を作らずに食べれるという利点。

 顔を合わせた三人は、一つ頷くしかなった。



「「「採用」」」決定。


「ッしゃあ!」とガッツポーズの橘。


「荷物は?」

「お嬢からの手紙を読んでソッコーでまとめました!」

「自分の退路、断つの早すぎない?」


 清々しいが早すぎると舞蝶はツッコミ。


「ちょうど藤堂さんに連絡しようかと思っていたら、血塗れでお嬢が帰ってきたって騒ぎがあとから耳に届いて」

「駐車場に白のSUV停まってるから、そこに持ってこい。一人で持って来れるよな? タオルはもらう」


 藤堂は、まだ血に濡れていない濡れタオルを取ると、橘を送り出した。さらに濡れタオルを取るのは、優。


「は? 何取ってるんすか!」

「は? 主治医としてお嬢様を綺麗にするからですが?」

「俺だって綺麗に出来る! 血を拭き取るなら慣れとるわ!」

「医者の私には負けます」

「あんだと!?」


 妙な取り合いをする二人をスルーして「早くシャワー浴びたい」と零す舞蝶。


 血塗れ状態。頑張って我慢した。解放されたい。


「ホント、本当に申し訳ございません、お嬢……俺のスマホが、追跡されたから……」と、べそかく月斗。


「だからそれは元を正せば、私があんな凶悪サディストに月斗の連絡先を入れっぱなしにしたスマホを置いたせいでしょ。私が悪くなるから謝らないの」


 舞蝶は頭を撫でて宥めるのだが、ヴァインの上に捨てたはずのスマホから月斗に電話がかかっていたことが発覚して、それで追跡されたとわかったのだ。月斗が上着を置きっぱなしにして車に置いたせいで、スマホに電話が来ていたことすら気付かなかった。



 発覚するなり、剛速球でスマホを投げた月斗は、壁で粉砕させてしまったのだ。

 舞蝶も、宥めるのに苦労した。

 主に、自分に激怒した月斗を落ち着かせるのは。



「でも……」と、今は泣きべそモードの月斗。


「じゃあ血を洗い流したら、髪の毛クルクルにしてくれる? お姫様みたいにして? ね? お願い」


 顔を覗き込んで上目遣いで頼むと、頬を赤らめてはにかんだ月斗は「はいっ!」と、やっと機嫌を直した。




 

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