♰62 作戦A、採用か否か。(公安side)
「お、おい! まさかっ、今”
山本部長が思わず声を張り上げたせいで、ビクッと震え上がった希龍は、月斗を締め上げることになってしまい、「うっ!」と呻いた月斗を、解放しろと、舞蝶は撫でて宥めた。
「す、すまん?」
「謝るならしっかり謝る! 大人でしょ、舞蝶ちゃんもいるのにそんな声上げて」
「すみませんでしたっ!」
自分のせいかと戸惑う山本部長を隣の風間は、叱り付けた。素直に土下座で謝罪する公安ツートップ。
それを見て満足した氷室は、舞蝶の目配せを受けて。
「はい。今の声が、術式無効化をもたらせます。効果を発揮するのは、術式です。そして術式使用中の術式使いも、あの愛らしくも思える泣き声をきつく感じて聞こえます。その後、術式は使用不可能状態に陥りますので、愛らしいとは思えないでしょうがね」
と説明した。
「あの声を敵だけに聞かせるために、さらには多くに聞かせるために、連携が必要です。先程見せた会合場所の二つで、集めるには最適なポイントは特定しています。味方への合図も決めましたし、味方が追い込んでくれれば、より多くの敵を戦闘不能のひと鳴きを浴びせられます。今のように一つに絞るなら可能でしょうが、流石に敵だけに効果を発揮させるという精密な芸当は不可能でしょう。ちなみに、お嬢様が出した氷平さんを消しましたが、術式封じは、お嬢様自身には効果が発揮されません。そこはお嬢様が他でもない自分の召喚者だからでしょう。術者本人に害は与えない。私は希龍に姿を他者に認識させない結界を張っている最中ですが、それもスルーして、ピンポイントに怖いと思った氷平さんを消したのです。まだまだ制御は必要ですが、氷平さん以上に怖がらせて鳴かせるような存在はいないでしょう。今後、誤爆はないと言えます。ただ、先程も言ったように、生まれたてであり、お嬢様も学び始めたばかりですので、成功率は百パーセントではありません。まぁ、高い方ではありますがね。あとは我々大人達が、上手いこと敵を誘導して集められるかにかかっております」
氷室がそこまで言うと、ギシリと軽く背凭れをしならせた組長が口を開く。
「”
最初から、舞蝶の力は必要ないと言わんばかりの強い口調。
すぅと目を細めた氷室は、眼鏡をクイッと上げてから腕を組んだ。
「お嬢様のこの作戦ならば、死傷者をグッと抑えられます。それとも、組長はお嬢様に外で人が命懸けで戦っているのに、何もせずにいろと過酷を強いるのですか? お嬢様は十分”
笑顔だが、冷ややかな目を向ける氷室。
グッと奥歯を噛み締める組長。公安組にはわからないが、冷遇を我慢して受けたことを示唆していることがわかったのだ。それを持ち出されては弱い。
「ならば、お嬢はこの本邸で留守番を」と加胡が組長を援護しようとしたが。
それには藤堂が「いや、だめですよ、加胡さん。それじゃあ戦力が偏りますぜ? こっちの守りを強化するんですか? あっちを強化するんですか? 万が一にも、『夜光雲組』に大打撃を与えたいってなると、組長が留守中のここに攻め入られることになります。作戦のように戦闘要員がいなければ、キツイ」と真っ当な意見を突き付けた。
昨日の夜にも言ったことをもう一度言われて、押し黙る。
「(なんだこれ……? 空気悪っ……)」と風間は、組長側と、舞蝶側を見比べた。
「万が一にも、会合で多くを逃してしまった場合、お嬢様に危険が及びます」
氷室の予言に、空気が変わる。
「逃げおおせた敵が、お嬢様の才能の一欠けらでも情報を得てしまったら? そもそも一昨日の事件も、どこまで把握されているか、わかったものではありません。私というカムフラージュが今もいますが、パワーバランスを崩すという野望を掲げていると推定している連中が、再び『夜光雲組』を標的にする可能性があります。中でも幼いお嬢様は格好の的です。調べられて、再びの襲撃を受けて身を守るために、氷平さんを出してしまったら? この歳ですでに術式の才能を見せていると知られてしまったら? この組織は、力さえ貯えればごり押しすればいいと思っているずさんな犯行をする脳筋な組織です。お嬢様という強い力を手に入れるのではないでしょうか? ただでさえお嬢様は組長の娘という身分。幼い点ってだけで洗脳を目論んで、パワーバランスを崩壊させて、お嬢様を玉座にでも座らせて自分達もふんぞり返りそうでは?」
一気に語っては、呆れ果てて興味なさそうに予想を吐き捨てる。
十分あり得る野心家の敵だからこそ、舞蝶を取り入る作戦に変更する可能性はあり得て、誰も否定が出来なかった。
「逆に、お嬢様ほどの才能です。自分達の脅威だと考えて、幼いうちに消し去る。そういう選択肢もあり得ます」
ピリピリと怒りで空気が張り詰める。
「会合で確実に潰さないと、お嬢様は奪われるか消されるかの二通りの危険がつく可能性がつきます。ではお聞きしましょうか、組長。お嬢様の作戦以上に、敵を完膚なきまで取り押さえる秘策はございますか?」
ないだろ、と言わんばかりの挑発的な笑みを向ける氷室は顎を上げて、見下すように見据えた。
舞蝶も足を組むと、頬杖をついて、じっと返答を待つ。
「……」
難しそうに顔を歪めた組長の青灰色の瞳は、何故か藤堂に向けられたため、ビクッと固まる藤堂。
「藤堂、お前の部下には『負の領域結界』を張れる者はいなかったはず」
「は、はい。いません……」と、俯いて答える藤堂。
「氷室は?」
「私も使えなくはないですが、不得意で出来ないと言った方がいいでしょう。組長が言いたいことはわかっています。それも想定済み。要は、一昨日のような事件で使われた『負の領域結界』の術式を予め用意されていた場合、お嬢様の希龍で対処出来るかどうか、ですね?」
氷室は、先回りした。予想は外れてはいない。
「希龍の術式無効化は、恐らく広大な結界の壁まで届かないと打ち消してはくれないでしょう。作用するのは術者と術式です。予め用意されてスイッチオンで展開された『負の領域結界』が、この敷地よりも広い場合、希龍の術式無効化が発揮されるかわかりません。どの範囲まで届くかまだわかりませんし、範囲が広いとそれだけ効力も弱まります。複数人の術式使いが力を込めて作り上げたとなれば、効果をなさないでしょう」
「ならば」
「いえ、逆に使われても問題はありません」
キッパリと氷室は言った。
ポチポチ、と舞蝶はだるそうにノートパソコンのキーボードを押した。
【負の領域結界内で自己再生力の強い怪物が延々と出ても、キーちゃんの攻撃で瞬殺が出来る。負の領域結界内に閉じ込められた場合、時間制限の縛りさえなければ、打ち負かすのは簡単です】
用意されていた文字が液晶テレビに表示された。
「かっけぇー」と、思わず零す。
『負の領域結界』を打ち負かせると簡単に言い退けることもだが、想定してこの文面を用意していたことも、かっこよすぎると気だるげに頬杖をつく舞蝶を見る風間。
【また、各地で分散させるために複数の負の領域結界が使われて味方が閉じ込めれても、キーちゃんの射程範囲なら、それこそ打ち消すことは楽勝。念のために気力を補充するための花を用意していれば、広範囲のひと鳴きも、五発は可能です】
その文面を十分に見せたあと、効果が発揮出来る距離を示した図面をゆっくりと二枚、見せた。
【もしも負の領域結界で分散することが敵の切り札だった場合、打ち消された時点で大焦りをして、こちらの罠にズブズブとハマってくれるでしょう。敵は焦って術式を使って戦い、こちらは一旦攻撃をやめて、キーちゃんに鳴いてもらって、敵を一時的に無力化。それで勝ち確定かと】
敵が貯えているかもしれない負の領域結界を一番警戒すべきなのに、むしろ使ってくれれば楽勝という。
こちらに好都合にことが運ぶ。そういう作戦なのだ。
口元が緩まずにいられない風間は、気が付く。
舞蝶が、また入力をしている。
【大人達で対処すべきだと言いますが】とリアルタイムで言葉が打ち込まれる。【最初に負の領域結界に閉じ込められた私にも、敵に反撃する権利はあるのでは?】と、少しの文字だけで、やけに威圧を感じた。
【チャンスをください。作戦Aで希龍の術式無効化を使って、敵を鎮圧します。ですが、不可能だったら、大人達がフォローしてくれますよね?】
打ち込んでいる舞蝶は、真顔だ。怖い。
【作戦Aは合図を与えて連携が取れないと成り立たないものです。なので、許可を出してください。そして一緒に詳細の作戦を組み立ててください】
「はい!! 舞蝶ちゃ、じゃなくて、舞蝶お嬢様の作戦に賛成一票!」
と、風間はやっと賛成意見が言えるタイミングだと勢いよく右腕を上げた。
「俺の部下にも術式使いが多い。まぁ、術式が封じられても戦えるように鍛えている部下なんだけど、だからこそ、万が一にも、うっかり俺の部下が希龍の術式無効化を浴びても平気だけど、敵が受けていなきゃ意味がない。タイミングが計れるなら、それがいいに決まってるじゃないですか。こちとら仲間を誰一人死なせる気がありません。舞蝶お嬢様の作戦ならば、むしろ死傷者ゼロも過言じゃなさそう。他の組だって、賛成するんじゃないですか? 表向きはもちろん、氷室の発明した術式無効化を使用して、その合図を教えるってことで。ねぇ? 山本部長」
仲間を誰一人死なせるつもりはない。
正直、『負の領域結界』の危険度で、多少の死傷者は覚悟していたのだ。こうなれば、死傷者ゼロも可能な舞蝶の作戦に飛びつく。
意志を強く込めて、風間は隣の山本部長の意見も問う。
「そうだな……此度の術式使いの組織相手に、舞蝶お嬢さんの力は必要不可欠と言ってもいい。『夜光雲組』の組長。ぜひ、お嬢様のお力を使う許可を出してください。作戦Aを行(おこな)う方向で、会議を始めましょう」
山本部長も風間と同じだ。
しかし、父親である組長の意思が大事だろう。
戦争に参加させることと大して変わらない戦いとなる。難しい決断だろう。
最後の意見を出さねばならない組長は、顔色悪くしかめっ面をして黙り込んだ。
悩んだ様子に、一同は黙って見守っていたのだが、あまりにも長すぎて、舞蝶が飽きたようにそっぽを向いて、浮遊する希龍が必死に気を引くかのように顔を覗き込んでは、尻尾を振り回す。そちらに気が移る一同。
「――――わかった。作戦Aの詳細を聞こう」
ようやく折れた組長の声を聞いて、うーんと舞蝶は背伸びをする。
「では、今からこちらが組み立てた作戦を表示しますね」と、氷室が言えば、液晶テレビは表示を変えた。
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