♰61 『生きた式神』と『最強の式神』。(公安side)



「そ、それが『生きた式神』? 『生きた』とは? 他の『式神』と何が違うんですかい?」


 驚愕から立ち直った山本部長が口を開くと、ビクッと震えた希龍は、そっと舞蝶の頭の後ろに隠れてしまった。目をパチクリさせた舞蝶は、しーっと口に人差し指を当てる。

 山本部長は口を押えたが、いや待て。

 今『式神』に怯えられたということか!?


「希龍はまだまだ幼いのです。『最強の式神』には特に力では敵わないと本能で悟ったのか、すごく怯え切ってしまい、その『最強の式神』の悪戯で、希龍は鳴き声を放ち、この本邸に張られた結界を打ち消して、張っていた術式使いを術式発動を暫く封じたわけです」


 氷室が代弁して教えば、一同は絶句した。

 多い。情報量が多い。しかも、特大に驚愕するものだ。


「希龍に関して知ってもらうことは、まだ幼く龍の姿の『式神』であり、お嬢様の気力を奪わずとも、花を食べることで気力を補うことが出来る完全自立型の『式神』。つまりは『生きた式神』です」


 特大の爆弾。


「現に、昨日から希龍は出しっぱなしです。昨夜はお嬢様と添い寝しましたし、お嬢様も気力を奪われている感覚がないと証言しています。何故かはわかりませんが、睡眠をとります。術式を使えば、花を食べて回復しようとします。それから、自我があります。ちなみに氷室家の『最強の式神』もです。お嬢様は意思の疎通を可能にしたからこそ、『完全召喚』も許されたのです。そしてその『最強の式神』は、積極的にお嬢様に自分が見聞きした知識を、以心伝心のような形で教えています。通常『式神』にはつけない呼び名まで受け入れました。氷室家の……いえ、もうそう呼ぶべきではないですね。お嬢様は氷室家がつけた『血の縛り』を破壊したので、彼は自分が求めた者だけに応える『最強の式神』となりました。呼び名は氷と平(たいら)と書いてヒョウヘイで、氷平さんです。お嬢様はヒョウさんと呼んでおります」


 涼しい顔でスラスラと語る氷室は、容赦ないなと思う余裕すらない。


「……お、追いつかねぇ……」と、口元を引きつらせる風間。

 色々ツッコみ、一つずつ説明を求めたい。


 同じく理解が追いつかないと、汗だくなスキンヘッドを拭いまくる山本部長は「ヒョウヘイサン、ヒョウヘイサン」と小さくカタコトで呟き続ける。


「つい先程、その氷平さんと舞蝶お嬢様の助言のおかげで、希龍を隠す結界の術式を作り上げられました。”希龍を知る者”以外には見えないようにする結界です。こんな『生きた式神』を連れては、お嬢様が超絶天才だと触れ回っていると同然ですからね」

「っ! いやいや! 平然とその超絶天才さを語り、つい先程の完成で、完璧に隠すアンタも相当だぞ!?」

「おや、お嬢様の前でそんなに買いかぶらないでください。でも、あなたは気付きましたよね? 完璧に隠し切るために、どうしても冷気は抑えきれず、ひんやりしたでしょう?」


 にこりと笑う氷室に、わざとだろこの野郎、と吐き捨てたいのを堪えた風間。

 山本部長が何も反応示さなかったのなら、自分だけ執拗にまとわりつかれていたのだろうと、風間は予想出来た。

 自分の能力の高さを買われて、試されたのだ。希龍を隠す術式がどれほど見破られないか、と。

 だが、それは……舞蝶の指示かもしれない。


【作戦としては、『最強の式神』の『完全召喚』をしたヒョウさんを、天才術式使い氷室優が使って大立ち回りをして、敵の注目を集めて、なるべく私の希龍の術式無効化の射程範囲におびき出す。そして、十分に多くの敵を集めたところで、合図で味方は一度術式を解いてオフ状態にする。希龍のひと鳴きで、敵を戦闘不能に追い込み、叩き潰す。これがザッとした作戦Aの大まかな内容です。詳細も用意済みですが、なにぶん、希龍も私も未熟。必ず成功出来るとは断言出来ませんので、作戦Bで片付ける手筈も同時進行で用意と準備をしていただきたいのです。ただヒョウさんの大立ち回りは可能だと断言出来ます。万が一にも私の才能が洩れないためにも、優先生には私の隠れ蓑になってもらうことになりましたので、戦闘参加必須ということでここは譲りません】

「『天才術式使い氷室優』である私を悪目立ちさせて、お嬢様のこの超絶的天才な才能を隠すには最適な場でもあります。敵はそこそこの術式使いの集い。私という獲物によだれを垂らして飛びつくでしょう?」


 フッと口角を上げる氷室は、明らかに蔑んでいた。

 自分は名が売れていて知れ渡っているが、逆に敵は名前も目立たないような連中。

 野望だけは一丁前に強い彼らは、言う通り大立ち回りをする氷室に飛びつく。


「そこまで囮になるのですか? よほど、作戦Aの成功を信じていると?」と、加胡が恐る恐ると確認する。


「決行日次第になるでしょうが、それまでの準備期間中もお嬢様は練習をなさります。数を重ねるほどに確実に術式封じの効力の持続は伸びていますので、数日後、成功すればこちらは、希龍が鳴いた途端、楽になるでしょう」


 そう舞蝶を見てから浮遊する希龍を見上げた氷室。

 希龍はくりん、と氷室を首を傾げてみたあと、ポスン、と月斗の頭の上に顎を乗せた。

 仕方なさそうに大蛇の身体をまとめて抱えてやる月斗。


「懐いてるねー……『生きた式神』。重い?」

「はい、結構な重さですよ? 見た目相当、かな。最初はお嬢にのしかかってましたけど、ちゃんと浮いてからじゃれることを学びました」


 しげしげ見ている風間に、月斗は答えた。


「アイツ、突撃するわ、締め上げてくるわ……大蛇並みに強いですぜ」

「ごめん、大蛇の強さがよくわからないけど、なんで藤堂は締め上げられたの?」

「い、いや、氷平さんにビビってパニクった希龍に、右腕にしがみ付かれて、そのまま締め上げられたんですよ」


 藤堂は痛かったと言わんばかりに、右腕を伸ばしてグルグル回す。


「ちょっと待って? その氷平さんだけど、『生きた式神』の希龍が出せたまま、大立ち回り出来るほどに出せるわけ?」


 ハッと気が付いて、風間は右手を上げて質問した。


「そうだ。『生きた式神』が舞蝶の気力を使わずに動けて能力を使えたとしても、また『完全召喚』をして、舞蝶に負担をかけるというのか?」


 驚愕して呆けていたあとに、険しい顔で見ていた組長も、このタイミングで噛み付くように言う。反対姿勢だ。


 その視線を受け止めた舞蝶は、右手を上げて空中を指差した。

 空中を裂くような闇の中から、のっそりと巨体の顔だけが出てきて、一同は震えてから固まった。

 大きな頭蓋骨は、覗き込むように風間を見ると、ケタケタと顎を震わせて笑って見せる。


「お嬢様は『最強の式神』の氷平さんに認められているが故か、本来の術式使いとして特別故か、『式神』への気力の補給は少なくても十分なのです。例の事件も、お嬢様が『召喚』自体が初めてだとしても、『負の領域結界』を余裕で打ち破れるほど暴れても、その後もお嬢様はぐったりはしていましたが、まだ意識を保っておられました。氷室家の人間だけが使える『式神』という縛りも、氷平さんが解いてくれとお嬢様に頼んだため、お嬢様はそれもヘッドショットで打ち砕き、解放しました」

「ヘッドショット」

「それまでこの顔には氷が張り付いていました。氷室家の拘束の象徴だったのでしょう。解放された今、私も氷平さんのカマを操る許可をもらっていますが『完全召喚』を許されたのは、お嬢様だけです。……恐らく、私では気力の消耗が激しいと予想が出来るのでしょうね」


 少し不甲斐なさそうに自嘲の笑みを零す氷室。


「……大人の氷室には出来ず、まだ子どもの舞蝶お嬢さんには可能……」と、山本部長が呟き、一同は舞蝶を見た。

 舞蝶は、平然とマグカップの中身を啜っていた。


 すると、『最強の式神』の氷平が動いた。

 骨の右手を出したかと思えば、徐に人差し指を自分の額に当てて、バーンッと撃ったジェスチャーを見せた。そして、カタカタと豪快に動いて大笑いするような姿を見せた。


「ひょ、氷平さんは……陽気な、『式神』の、ようだな?」と、ビックリしすぎで引き気味な山本部長が問う。


「はい。かなり陽気なお兄さん、とお嬢様は評価しています」

「「「陽気なお兄さん!?」」」


 と山本部長、風間、加胡が声を上げてしまった。


「笑い上戸ですし、まだ幼い希龍にも意地悪をするのですよ。氷平さんが強い存在だとわかっているから怯えているのにちょっかいを……謝ってても反省の色がないみたいです」


 そう説明する間に、大きな骨の左手の指が、月斗の上着に入り込んで見るからに怯えて震えている希龍に伸ばされた。

 舞蝶はムスッとした顔で、マグカップを持っていない片手を突き付けて止めるが、先に限界が来たのは怯えた希龍。


 顔を出したかと思えば、ぴえぇええんっ! と鳴いた。

 次の瞬間には、悪夢のような巨大な頭蓋骨は消えてなくなっている。


 あちゃー、と額を押さえる氷室。


「藤堂。結界は?」

「待て、確認する」

「私はなんともありませんね……? お嬢様は?」


 氷室と藤堂が焦る素振りを見せる。

 舞蝶の新しい文章が液晶テレビに映し出された。

【私も大丈夫。今のはヒョウさんをピンポイントで狙ったみたい。コントロールが上達してきたね】という文字を見て、風間は今更ながら気が付く。


「(ここに映し出される文章、全部舞蝶ちゃんが書いたの!? ええっ! 小学一年生だよね!?)」


「ああ、お嬢の言う通りだな。結界張ってる部下は何も感じなかったってよ。ドクターもなんともないってことは、そうだろうよ」と、藤堂も安心で肩を落とした。



 

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