♰129 『最強の式神』の意志の有無。



「舞蝶お嬢様、少し離れますね。月斗、藤堂。橘」


 優先生は握っていた手を一撫ですると、月斗と藤堂、それと橘にも私の周りと固めるように念を押してから、手を放して離れていく。

 一人で、氷室家一行と向き合った。


 大丈夫かな? と、首を傾げる。気になっているのは私だけではなく、燕さんもそうだし、国彦さん達も怪訝な顔付きで見守っていた。

 そう遠くは離れない。だから会話は聞こえる。


「私に何か用ですか?」と、絶対零度の声を放つ優先生。


「何をぬけぬけと! 我が家の『最強の式神』を返せ!」


 声を圧させても、怒気を込めた強い声を放つ壮年の男性。うっすら、優先生と似ている。

 前もチラッと見たことがあるから、きっとあれが実の父親なんだろうな。


「返せ? 何をバカを言ってるんですか? 奪った覚えもありませんが、そもそもあなたには『召喚』が出来ない『式神』を返せと言って、どうするんですか?」


 明らかに小バカにした口調の優先生。横顔を覗けば、嘲笑。


「ッ!! こやつは、『最強の式神』の『血の縛り』を解く術式を開発した罪深い者です!! いずれ、他家の強い『式神』を奪っていきますぞ!!」


 と、真っ赤になって怒り狂った氷室当主。一行の一部が、警戒心を剥き出しに身構えた。

 ははーん、そうきたか……。


「え? ”奪った”って、マジ?」と燕さんは私を見たから、首を横に振る。


 奪ったかどうかは、であるから。


 でも燕さんは他の人達の意見を求めて、聖也の若頭達にも目を向けた。

 彼らはわからないので、肩を竦めるか、首を傾げる。


「氷室優。『式神』を奪う術式を開発したのなら、提示を願おう。各名家で禁術と指定させてもらうぞ」


 と尖ったちょび髭生やした渋い初老の男性が、しゃがれた声で厳しく告げた。


「とんだ濡れ衣ですね。奪う術式など開発していません。何をどう聞いたかは知りませんが、奪ったのではなく解放したのです。それが『式神』の望みだったので」


 キッパリと優先生は毅然とした態度で言い返す。


「国彦さん」


 月斗と手を握ったまま、もう片方で国彦さんの手を掴む。


「ん? あー。害ある術式を開発したとわかれば、力ある術式使いの名家が禁止を言い渡すんだ。大抵が封印、または破棄されるのさ」


 優先生を気にしつつ、国彦さんは教えてくれた。


「『トカゲ』も捕まえれば、奴の術式は永久封印か、破棄処分だろうな」と、独り言のように聖也の若頭が言う。


「『最強の式神』を独占出来なくなった傲慢なエゴしか持たない落ちぶれ氷室家に踊らされて、他の名家の代表が出揃うなんて、面白いですねぇ」


 挑発な嘲笑をする優先生。

 カチンときた様子で、厳ついしかめっ面をしたおばさんが「お黙りなさい、若造が! 後ろ暗いことがなければ、提示しなさい!」と声を上げた。


「だから、言っているじゃないですか。提示すべき、後ろ暗い術式などありません」


 腰に手を置いて、優先生はしれっと返す。


「では『血の縛り』を解いたとはなんだ? 『式神』の望みだなんて、何を言っているんだ? まさか自我があると言うのか?」と糸目の白髪の老人が、問い詰めた。


「はい。あの元氷室家の『最強の式神』には、自我があります。仮説ではありますが、今まで『完全召喚』が出来なかったのは、才能の他に、『式神』本人の意思が関係があるのです」

「何をバカな!」

「ありえません!」


 ギャンギャンと、仮説を真っ向否定。


「そう否定するような人には、先ず認められず『最強の式神』を『召喚』なんて出来ないでしょうね」と、ニコリ。


「今のところ、自我のない『式神』は、国彦さんの『最強の式神』です。アレは完全に道具としての『式神』ですが、『最強の式神』としても、やはり強力。元氷室家の『最強の式神』のことを考えてみれば、名前に問いかけて、真摯に向き合い、『血の縛り』を外してやれば少しは協力的になってくれるのではないでしょうか?」


 物言いは柔らかではあるが、威圧ある笑みだな。優先生。


「なっ! 何を言う! 『最強の式神』は大昔から我が家のモノだぞ!」

「そうやって縛り付けるから次第に『最強の式神』も心を閉ざしたのでは? 尊重されなければ、そんな相手に従うこともないでしょう」

「バカバカしい!! 自我があるだなんて、煙に巻こうとするな! 『血の縛り』を解く術式は!? 『式神』を奪う術式は!? 返せ!!」


 氷室当主が怒鳴り散らす。


「自我はあるぞ!」と、もう我慢ならないとズガズガと歩み寄る国彦さん。

 まぁ、そういうタイプだとは思っていたよ。


「『最強の式神』をずっと研究してきた優の研究結果だ! 俺の『最強の式神』トグロには、自我がないが、元氷室家の『最強の式神』にはある! 見せてやる! 皆の衆! 『最強の式神』トグロの『完全召喚』をお披露目しましょう!」


 パンッと手を叩き、ただでさえ、注目を集めていた国彦さんは、トグロを『完全召喚』をした。

 国彦さんに、とぐろを巻く巨大ムカデ。


「トグロは、道具だ。自己防衛のために動くが、それ以外は俺が動かしている」と手をなぞるように、上へと移動させると、それに合わせてムカデの脚がカタカタと動いた。


「んで。こっちはミニトグロだ。自我がある『式神』だぞ」


 足元には、ミニトグロが『召喚』された。


「変わらん! 他の『式神』と!」

「動かしているに決まっている!」


 わぁーぎゃー。醜い大人だ。


「ミニトグロは、今アンタらをうるさいって思ってるさ。そう感情が読み取れた。なんなら、自分の意思で動くところを見せてやろうか。ミニトグロが懐いている奴が呼べば向かうぞ」


 ミニトグロの頭をひと撫ですると、背を向けて耳を塞いだ。

 『最強の式神』のトグロも壁のように、彼をしっかり固めた。


「ミニトグロ」と優先生が呼ぶと、カタカタと床を這って優先生の脚にしがみつく。


「それがなんだって言うんだ! 騙せるとでも!?」


「長年の経験の中で、未経験だからと頑なに否定するのは、老害の始まりですよ?」と辛辣な優先生に、真っ赤になって憤怒する老害予備軍。


 仕方ないので、私も国彦さんが見えていないので、大きく手を振る。

 術式の名前でも呼ぶと反応したミニトグロ。

 おいで、と呼びかけながら、手招きすれば、カタカタと足を動かしながら、這って来てくれた。

 両腕で抱えれば、尻尾の先をブンブンと振り回す。

 顔は私の頭上のキーちゃんとサーくんに向けられて、挨拶を交わしていた。


「あれを見ても、自我がないと否定が出来ますか?」と、掌で指し示す優先生。


「『式神』と意思の疎通をはかり、親交を深めることは『式神』の本来の力を引き出せるかもしれませんし、古の『最強の式神』の『完全召喚』も可能にするかもしれません。これが、私の研究結果の答えです」


 周囲を見渡して告げると。


「生まれた場所に縛り付け続けるのは、人間でも、『式神』でも、無理な話。、『最強の式神』に関しては大昔から自分が手を貸していいと思った術者のみにしか『召喚』を許さなかったですし、私も『最強の式神』も生まれ落ちた氷室家から出て行っただけの話ですよ。他家はせいぜい出て行かれないように手厚くもてなすべきでは? 崇めるべき存在なのですからね」


 そう腕を組んで、冷たく微笑んで言い放つ。


「”何年も前に出て行った”!?」と、どよめく一行。


 追放はつい先日の話ではない。

 とうの昔に籍を抜いていることに、氷室当主も知らなかったのだ。


「違う! こやつは我が家の『最強の式神』を奪った! 他家もそうなりますぞ!!」と必死に喚く。


 だが「おや? 新しい後継者に弟子を隠し子呼ばわりされたあとに、次はそんな冤罪をかけようなんて、氷室家はどこまで堕ちるのでしょうね? 取り戻そうと躍起ですが、”彼”はあなたを、氷室家を嫌っていますから、やめた方がいい。物理的に崩壊をお望みですか?」と嘲る優先生。


 優先生のあとに据えた後継者は、隠し子説を声高々に言い、『夜光雲組』に報復を受けてもみ消された。

 果たして、家を自ら出たのか、追放されたのか。

 どちらが嘘をついているのかなんて、考えればわかることで、氷室家一行から人々が離れる。

 オロッと不利に立たされたと目に見えてわかり、顔色悪く動揺する氷室家一行。



 

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