♰130 生者の怪物、改造人間の襲撃。




「赤黒いサイスを持った巨大なガイコツ。では、ご紹介いたします。『最強の式神』氷平さんです」


 眼鏡をクイッと上げると、優先生は背後に氷平さんを『召喚』した。

 黒い暗闇から、右手で持ったサイスと大きなガイコツの顔を出す氷平さん。


「有名なことに、”彼”は氷漬けの顔をしていると言い伝えられてきました。しかし、その顔の氷を破壊したことにより、”氷室家の象徴”つまりは『血の縛り』を解いたこととなりました。今現在、”彼”は『血の縛り』のない『最強の式神』です。かといって、誰にでも『召喚』が出来るわけでもない。”彼”にも意思があるのですからね」


 カカカッ! と顎を震わせた笑って、見せる氷平さんに、一同が恐れおののいている。

 ご機嫌? 氷平さん。

 話しかけてみれば、こちらを振り向いて、ひらひらーと手を振ってきた。


「うお。なんでこっち向いた?」

「手、振ってる……」


 と紅葉兄弟が驚いている。


「氷平さんは、子ども好きなんだよ」と、手を振り返しながら教える。


「お嬢様、『最強の式神』と交流があるのかい?」と燕さんが驚いた顔を向けてくるから「優先生の弟子ですから」と事実だけを答えておく。


 ふと、気が付く視線。

 キョロキョロとすると、こちらを静観するように佇んでいる見ているらしい着物姿の女性を見付けた。

 らしいというのは、彼女が目元を覆い隠すお面をつけていたから、確信は持てなかった。

 でも、多分、こっちを見ている。


「ああ。あれは、視和(みわ)家のご令嬢だヨ。よく視える目を持っているから、仮面をつけているのさ」と、燕さんは視線の先を追いかけて気付くと、教えてくれた。

 よく視えるだって? 術式の話だよね?

 少し焦って、二重で隠蔽している『生きた式神』が、見えていないかと上を確認してしまう。

 いや、でも……。あの人。私のことを見ているような……?

 じっと、静かに。

 なんだろう、と首を傾げている間に、優先生に絡んでいた一行は仲間割れ。


 ぎゃーぎゃーし始める中、仮面の着物姿の女性が、不意に真上を向いた。


 あんぐりと口を開いたかと思えば、片手で口を押えて軽くよろめく。


 私も、真上を見上げた。高い天井。何の変哲もないシャンデリアがいくつもぶら下がるそこ。


 がある。


 この感じ……覚えが…………ハッ!


 会合の時の奇襲! 『トカゲ』!



「『トカゲ』がいる!!」


「「「!!!」」」



 私が声を上げれば、そばにいる一同は瞬時に身構えた。

 優先生も反応して、私と同じく、天井を睨んだ。

 周囲も異変に気が付き、会場中の人々が上を見上げると、ソレは振ってきた。

 複数だが、ズドンッと目の前に降ってきたものに集中して、一斉射撃。

 創造した銃で筋肉モリモリの人型に、三発のヘッドショット。

 月斗も藤堂も、聖也の若頭の部下も、数発致命傷を狙って撃ったのに。


 どす黒い緑色の身体は、へこむだけで弾丸をポロポロと落とした。


「はっ……? なんだコレ!」と藤堂の言葉のあと、氷平さんのサイスが叩き切るために振り下ろされる。


 床にめり込む。


 だが――――切れてない!?


「お嬢! コイツ……! !!」

「「「!!?」」」


 双方でも、落ちてきた緑色の人型の怪物と戦っている中、月斗が叫んで報告した。

 怪物は人型であっても、心音はしない。心臓が臓器としてあっても、大抵は原動力の核がある。血液の代わりに気力が流れて、身体が動く。

 グールも、『式神』も、心音はない。

 心臓が動いているのは、生者だけ。


 生者の――――怪物?


 『トカゲ』のグールの術式を生者にかけられたら――。

 その話をした矢先だった。


「氷平さん! 一回退いて!」と声を上げて、サイスを退かしてもらう。

 睨むように凝視したけれど、見えない。


「見えるか!?」


 聖也の若頭が鋭く問うから「見えない!」と答えるしかなかった。

 『トカゲ』流に仕上がっている。これも、危惧していたことだった。


 キーちゃんがいるが、鳴いても通用しないだろう。打ち消せるかと尋ねてみても、困り顔をされてしまう。


 その間に、ピキンッと緑の人型怪物が氷漬けにされた。氷平さんだ。


「月斗、舞蝶お嬢様を守ってください」と優先生が下がるように、手を振った。

 続いて、トグロが素早く動いて、氷の塊を締め上げては、鋭利な脚をナイフに切り替えて、ザクザクッと深々と刺す。


「師匠がついているから、弟子達は引っ込んでおけ!」と、国彦さんが、ギュッと手を握り締めて閉じる。


 トグロで締め上げている国彦さんの発言は、そう言うことで、暗に私に出るなと言っていた。

 この人目の中、私の才能を披露することは避けろ、ということだ。

 優先生の意図を、読み取っての発言。


 大人に任せろ、か。


「はいはい。お嬢様、後ろへ」と距離を取るように下がらされて、椅子に座らされた。


 月斗はピッタリ寄り添って、銃を握っている。しょうがないので、大人しく橘に差し出されたジュースを飲んだ。膝の上に乗せたサーくんは、プラプラと足を振った。

 それを鼻先で小突くキーちゃんと戯れた。

 完全に緑の怪物を気にしていない『生きた式神』である。


 『最強の式神』と戦っているその怪物は、いくら攻撃しても、タフネスな強靭改造人間。

 『最強の式神』の二体の攻撃に、耐えるなんてなんていう肉体だ。

 確実に削れているが、ここはともかく他が苦戦しているようだ。


 あれは組長の妖刀があれば一発だったのに、と思う。

「つくづく気に障る野郎だよね」と呟いて、橘に空のカップを差し出す。

 受け取った橘は引きつった顔をするし、チラチラと振り返る藤堂も、誰のことを言っているのか、理解していたようだ。


 徹くんも、右の方の緑の怪物を討伐するために、攻撃と護衛の指示を下していた。

 左の方は、なんかガミガミ言い合いながら、統率が微妙な戦い方をしている。


 キョロキョロと会場を見回してみたが、どうやら会場に結界が張られて閉じ込められたようで、出入り口を開けようとして苦戦している人々がいた。

 あの仮面の着物姿女性を探したが、見付けられなかったので、会場を隅々まで見て、もういないことを確認。


 優先生と国彦さんが、相手する改造人間はボロボロなのに、まだ立つし、反撃もする。

 『最強の式神』だから、反撃は効いていないけれど。


「ありゃ、マジでグールの進化形って感じだネェ~」と、同じく近くまで離れてきた燕さんが口にした。


「燕さんの予想通り、吸血鬼を超えるパワーのようですね」と声をかける。


「ダネ。嫌な的中だけどネ。皮膚も筋肉も、鋼みたいに固くしちゃって。心臓も動いているし、脳も動いてはいるネ。身体の痛みによる反応をしている。ありゃ生きているヨ」と、医学的には生きていると判断する燕さん。


「でも、所詮は肉体だ。燃やし尽くせばいいんでしょ」と、刀を抜く聖也の若頭。


「ちょ! だめっすって! 若が全力放火したらこの会場が火の海っす!!」と止めにかかる橋本さん達。


「はん!? コントロールするに決まってるだろ! なんなら、氷室さんに消してもらえばいいじゃん! あ、舞蝶のお嬢様も、やりましょうぜ? 燃太も燃やそうぜ、全力で」


 と言い返すしたあと、私と燃太くんまで参加しないかと、無邪気な笑顔で誘ってくる。

 紅葉兄弟で全力放火で燃やし尽くすから、氷の術式で火消しを頼むと? 私と優先生に?


「勝手はやめてくださいよ、若頭さん。あっちみたいになられちゃ、敵いませんよ。今戦闘している連中に任せましょう」


 と、藤堂が押し留めた。

 連携が微妙な戦闘を見て、不服そうにむくれっ面をする聖也の若頭。勝手な動きは控えるべきだ。

 こうも人が大勢いれば、火傷の被害者が多くなりそうだしね。


 だがしかし。見ているのも退屈だ。

 そうか……。

 生きている。操られている生きた身体。

 目もギョロギョロさせて、『最強の式神』を追いかけては睨みつけている。


 ……。

 膝の上にいるサーくんを見下ろす。


「……サーくん。みんなが頑張っているから、悪戯(おうえん)しようか?」


 と書いて、と読む。

 暇を持て余した私は、膝の上に乗せたサーくんを唆して、すりすりと頬擦りをした。

 くりんっと見上げてくるサーくんは、キョトリと見上げてくるが、にぱっと笑って見せる。

 答えは、イエス。




 

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