♰131 悪戯と書いて、応援と読む。
『生きた式神』のサーくんの能力は、幻覚。
試しに、ボロボロの改造人間に直撃させたが、一瞬怯むだけで、恐怖による麻痺効果は発揮出来ず。
流石に自我がなさそうなアレは、恐怖の幻覚をぶつけても、ひっくり返ったりはしないか。
じゃあ、趣向を変えようか。サーくん。
こうしよう? 幻覚攻撃は受けるんだ。
だから、床をひっくり返してやろうか。
そういう幻覚を見せよう。
すりすりと顎をこすりつけながら、そう頼んだ。
どんな風の幻覚か、想像を念じながら。
会場全体の床を波打たせる。そうすることで、一同がよろけて動きを止めるからだ。
攻撃の手が止まった隙に、改造人間から避けるように渦を巻くように引っ掻き回す。
周囲から距離を取らせたところで、左右を盛り上がらせる。
厳密には、そう思わされた身体はバランスを取るためによろめき、やがて足をもつれさせて、すってんころり。
三体の改造人間は互いにぶつかって倒れた。
「いい子いい子。上手いねぇ、サーくん」
頭を撫でるサーくんは、基本的に言葉を伝えてこない。感情だけ。
はにかんで喜ぶサーくんは、誇らしげに胸を張った。本当に、いい子。
「聖也の若頭。燃太くんと燃やすチャンスでは?」
「あ、お、おうっ! 燃太! 柱を立てるぞ! 全力で構わねぇ!!」
「うん!!」
私が促せば、呆気に取られた聖也の若頭はハッと我に返って、燃太くんと飛び出して、業火の火柱を立てた。
私が調節したので周囲はすぐに避難が出来たし、氷平さんの氷でカーペットから火が広がらないように氷の壁も作れて、氷のかまどで全力燃焼と言う状況に。
真っ黒こげの死体の出来上がり。解決だ。
「橘。花とって?」
「え? は、はい……」
「ありがとう」
テーブルの生け花を取ってもらい、サーくんに食べさせた。
もしゃもしゃ。
サーくんの能力はかなり省エネみたいで、そんなに花を食べないのよねぇ。
最早、キーちゃんが食べすぎなのかって思っちゃう。
被害確認が行われて、怪我人の手当て。
燕さんも『治癒の術式・軽』を使えるからと駆り出されている。
他にも公安の者も、『治癒の術式・軽』を使って手当てをした。
「んで!? 床をひっちゃかめっちゃかにする術式を使ったのは、誰だ!?」
と、会場に轟かせるために、聖也の若頭が声を張り上げる。
しかし、私が名乗り出ないから、シーンと辺りは静まり返る。
「はぁ? おい! なんで名乗り出ない? 味方だよな?」
疑いの目で周囲を睨みつける聖也の若頭。
ひどーい。一応共闘したようなものなのに。ひどーい。
まぁ、無理もないか。
キョロキョロとして、私も誰だろうー? と言わんばかりの反応をしてみる。
橘に花をねだったことで、サーくんがやったと気付いた藤堂が、若干呆れた目で見つつ、周りを見るフリをした。優先生も、チラッと、こっちを見る。
「もしかしてぇ~『カゲルナ』じゃない?」と、挙手して発言したのは、燕さんだ。
「『カゲルナ』だと?」
「だって、『治癒の術式・軽』を作っても、素性を明かさないような術式使いだ。正体不明の『カゲルナ』以外にいるかい?」
と、とぼけたみたいに首をこてんと傾げたあと、にんまりと口元を上げた。
「つまり、『カゲルナ』は、この会場内にいるってことだヨ」と告げるものだから、どよっと会場がどよめく。
『治癒の術式・軽』を作り、サクッと床を引っ掻き回す術で終わらせるように導いた謎の天才術式使い。
より気になって、隣を確認する人々。
そんな最中、赤い瞳が私を見据えた気がする。
パンパンッと、大きな音を手を叩いて鳴らしたのは、右腕を怪我したのか、赤く染まっている徹くんだ。
でも不自由なく動かしているところを見れば、治癒済みみたい。
「今のが『カゲルナ』の術式かどうかは判らないですが、『カゲルナ』は公安の監視の元、『治癒の術式・軽』を提供してくれたんですよ。恩恵を享受しているのに、あぶり出そうとするんですか?」
と、厳しい口調で注意した。
聖也の若頭は部下に、燕さんは自身が『治癒の術式・軽』を、試験はあれど、私から無料でもらったようなものだ。恩恵は大きいわけで、思い知っているから、渋い顔をする二人。
「――――『カゲルナ』に関して、味方だと言うことは、この私が保証しよう」
場を制圧するような強い声で告げたのは、白いふわふわのコートを肩にかけた深紅のドレスを着た美魔女。
警視総監、石川黒百合さん。美しく歳をとったセレブ女社長って感じだ。
その白いコートには、返り血をつけているけれど……もしかして、徹くんが庇って、右腕に傷を負った際に、飛び散ったのかもしれない。一緒に挨拶回りしていたのかな。
公安トップの鶴の一声で、一同は詮索の意思を萎めた。
その公安トップの瞳も、私を見据えた気がする。
「風間は帰っていい」
「え? なんでですか?」
「連れを帰すべきでしょう? ここは私達に任せて帰りなさいな」
ポンッと肩を叩いて押し飛ばして笑った石川さん。
徹くんは戸惑った顔のまま。スキンヘッドの山本部長も、意外そうな顔をした。らしくない言動らしい。
「普段は年寄りぶるのに……」と、ボソッと徹くんの呟きが聞こえた。
「ねぇ、徹くん。怪我、大丈夫?」
「ああ、うん。自分で治したからヘーキヘーキ。初手であの人狙うから、庇うしかなくて」
と、へらりと笑って見せる徹くん。
怪我が大丈夫なら、それでいいけど……。
「ねぇねぇ、徹くん」と血のついていない袖の方を掴む。
「サーくんのこと、警視総監に言った?」声を潜めた。
「え? サーくんのことは誰にも…………え? アレ、サーくんなの……?」
キョトンとしたあと、顔を引きつらせてしまう徹くんは、やっと正真正銘『カゲルナ』の仕業だとわかったらしい。
……サーくんのことを、公安に報告はしていない。仕事に関わっていないから。
それなら、なんだろう。
あの視線。わかっているような視線だったな……。
流石、警視総監といったところだろうか……?
女傑と呼ばれている公安トップの凛々しい姿を見てから、周囲を見回している燕さんに、目が止まる。
彼は『カゲルナ』がいないかとまだ探しているのだろうか。
そういえば、紹介する約束だった。手を大きく振って注意を引けば、のこのこと寄って来た燕さん。
「燕さん。約束の『カゲルナ』を知っているかもしれない公安の人を紹介しますね。風間徹警部です」
「……んー? 舞蝶ちゃーん???」
「……お嬢様……ずるいヨ???」
すでに顔見知りらしい二人。
まぁ、徹くんって天才術式使いの伝手が多いみたいだから、あり得るか。
首を捻る徹くんと、げんなりする燕さん。
さっき釘をさされたばかりだから、釘をさした相手を紹介されても困るのだろう。
「私が用意出来る手札は、最初から徹くん一択でした。ごめんなさい」と、眉を下げてうるうると上目遣いをしておく。
そうすれば通常の大人なら、強く出てこない。
案の定、肩を落とす燕さん。
「お嬢様と意見交換する条件で、『カゲルナ』を知っているかもしれない公安の者を紹介してくれるって話だったんですけど~」
「あ~。知ってるかもしれないですね~。いや、知らないかもしれないですね~」
「あははは……はぁ」
一応試みたが、笑ってはぐらかされて、乾いた笑いしか出ない燕さんは、とぼとぼと引き返していった。
「舞蝶ちゃん……」
「悪いことしちゃった。帰ろうか?」
燃太くんとも手を振ってさよならの挨拶を交わして、徹くんと一緒に帰宅。
燕さんの探りの件を話したあと、サーくんの技の話をした。
「あの人造人間は、サーくんの幻覚が通用したけれど、徹くん達みたいに恐怖で麻痺して動けなくなる状態にはならなかった。おおむね、感情がないから、脳も恐怖の幻覚を見せられても一瞬の衝撃でビクッてした程度だったんだと思う。だから、趣向を変えて、幻覚を見せて転倒させるために床をひっちゃかめっちゃかにしたの。直前で紅葉兄弟が全力火力で燃やすって言ったから、周囲を引き離すためにも、全体的に幻覚をかけた。床が回ったり波打って見えただけ。実際には動いたのは、脳が錯覚しただけのみんな。人造人間達も、勝手に転んだだけだよ」
「……とんでもねぇ話ですね……あれが錯覚……」
呆けた顔の藤堂。
「うん。サーくんの幻覚技はすごいよね。しかも、アレだけやったのに、花一輪でいいみたい。かなり気力の消費は少ないの。サーくん、すごーい」と脇の下をくすぐると、キャッキャッともがいたサーくん。
あいにく、藤堂だけは見えないので、私の膝の上をじぃーと凝視するだけ。
「他の吸血鬼も、アレは生きているって言ってたな。舞蝶ちゃんが危惧していたことが実現しちゃった」
「確定?」
「生きた肉体だったはず。あとはグール化した遺伝子があの焼死体から見付からなければ、確定だね。あのグールもどきの術式が、進化した成れの果てが、今日の改造人間ってことだ」
難しそうに顔をしかめっ面にした徹くん。
それを見つめて「徹くん。今日は泊まっていかない?」と提案した。
「え?」
「もう遅いし」
「でも、『カゲルナ』の舞蝶ちゃんを送れって意味だと思うから、俺も戻って仕事しないと」
「任せろって言われたでしょ? 私達の家で情報をもらって議論しようよ」
なんとなく……嫌な予感がするんだよね。
徹くん狙いとは限らないけれど、送り届けるなり一人で戻らないように引き留めた。
「お嬢様は寝る時間になったらお休みください」と、優先生が過保護。
でも、なんとか、徹くんのお泊りが決定した。
山本部長が警視総監から、”戻らなくていいから『カゲルナ』を護衛でもしていろ”という命令を伝言でメールしてきたらしい。
「じゃあ舞蝶ちゃんの護衛名目で、お泊り!」と、徹くんは気にしていないようだったので、妙な違和感を覚えたのは私だけみたいだった。
そうやって、冬休みに入って早々の大きなイベントの裏の忘年会は、襲撃事件となったけれど、無事解決。
翌日には生きた人間を、吸血鬼を超える怪物にする術を生み出したというニュースが、裏世界のネット上で騒がれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます