♰128 天才術式使いの集いと情報交換。
「舞蝶嬢! いたいた!」と、声を上げたのは、国彦さんだ。
ゾロゾロと和装の人達を連れている。例のお弟子さん一行かな。
「なんだなんだ! えらくべっぴんさんに着飾ったじゃないか! さては、俺の弟子と会うために張り切ってくれたな? 可愛いぞ!」
なんて、優先生の肩を叩きながら、朗らかに笑いかけた。
「国彦さんのお弟子のためですからね」と笑い返す。
「そんなお世辞を言っては、国彦さんが調子に乗ってしまいますよ? 舞蝶お嬢様」
「こら。冷たいぞ、優」と、軽いやり取りをする優先生と、国彦さん。
国彦さんの紹介で、弟子達と挨拶をしている間に、『夜光雲組』一行はいなくなっていた。
「なぁ、自己紹介っていうなら、俺もいいですかい? 舞蝶のお嬢様。前回の件で、興味示しましてね、お嬢様の術式の才能に」
と、聖也の若頭も自分の部下の天才術式使いを紹介してきた。
「ウッス! 橋野ジェーンです。『トカゲ』の追跡をする予定だったんすけど、命拾いしたみたいッスね! ありがとうございます!」
毛先が黒い薄茶の髪をポニーテールにした黒いジャケットと赤いドレスの成人女性。
名前からして、ハーフみたいだ。
どこの国かは、ちょっとわからないけど、天才術式使いとして名前が出たことがある人。
「いえ、お礼なんて不要です。雲雀舞蝶です。橋野さんは、結界の類がとても優れているとお聞きしています。追跡もお得意なのですか?」
「ええ、はい!
笑顔で言い退ける橋本さんの横で、ピクリと眉を上げた聖也の若頭。
すぐ一人で飛び出す若頭さん。追跡すべき、とある方。
あなたですね、うんうん。心当たりバリバリあるのか、赤い視線が明後日を向いた。
「おい。こっちが先だぞ? まだ紹介したい奴がいるんだ」
「はい? それを言うなら、先客は俺達でしょう? 先に舞蝶のお嬢様と話していたのは俺ですよ?」
「なんだとー? 若頭さんよぉ、生意気言ってくれますねぇ~」
国彦さんと聖也の若頭は、すでに顔見知りみたいだ。
天才術式使いばかりが集う、その異様な集まりに話しかけてきたのは、一人の男性だった。
「天才術式使いが集まって、どーしたの?」
中華風の柄の肩出し上着を着た目の細い男性が話しかけた。
雰囲気もどうにも外国人っぽい。
あ、でも、中国人って感じ。
ああ、そうだ。この異世界って、中国をちゅうこくって読むんだった。ちゅうこくじん、ってこと。
「燕(えん)……まだ日本にいたのか?」と、国彦さん。
「いちゃ悪いのー? 酷いなぁ」
ケラリと笑うエンと呼ばれた人を見上げる。
知ってる名前。公安の試験を突破して『治癒の術式・軽』を、真っ先に習得した人だ。
中国(ちゅうこく)の天才術式使い、燕。
中国とは術式の字が微妙に異なるけれど、根本的には同じ。でも、発達は中国が先駆けているらしい。
ただし、術式使いは減少傾向にあるとか。
「中国の天才術式使いが、参加を許されたんですかい?」と、顔見知りらしい聖也の若頭が問う。
確かに日本の裏の世界の大物が顔を出す場にいていいのか。
「モチロン♪ 今日は少しでも『治癒の術式・軽』の『カゲルナ』の情報を得たくて参加しにきたんだヨ!」
……私?
『カゲルナ』を知る一同は、過剰反応をしないように堪えた。
「ボクも『血の治癒玉』を頼らない、新しい治癒の術式を開発しようと努めていたからネ。先越されてしまってショックさ!」と言うわりには、飄々とした態度。
「燕さん、すよね? 最初に公安から『治癒の術式・軽』を習得したのって」と橋本さん。
「そーダヨー! でも、それを作り出した『カゲルナ』はお目にかかりたいよネ! ボクの治癒の術式の完成に意見欲しいし、術式について話し合って有意義な時間を共有したい! マッ! 性別も年齢も皆無で、どんな変わり者かわからないけどネ!」
にぱー、と笑い退ける燕さんに、首を傾げた燃太くんは「変わり者って?」と聞き返す。
「術式使いって、大抵は家を誇り、自分を誇る。だから、世紀の大発明とも言える治癒の術式を作り上げたというのに、本人の素性を明らかにしないのは、術式使いとしては変わり者の分類ダヨ」
と、笑顔で教えてやる燕さん。
悪かったね、変わり者で。
「確かに、まぁ、天才術式使いだって分類されるアタシ達も、最低限の素性は明らかになってるっすもんね。術式使いのネットワークは。ね? 奏人さん」
「……別に」
橋本さんが、今日も黒マスクの渦巻さんに話しかけた。
その渦巻さんが、私を意味深に見ている。
燃太くんの頭越しでも、赤い視線が見えた。
何故、私を見る……?
「公安から情報は? 流石に公安は知ってるでしょ?」
チラッと見ていた聖也の若頭が、燕さんに尋ねた。
「さぁー? 公安はガード固くて。ぜーんぜん、『カゲルナ』の情報を渡してくれないから、天才術式使いから得ようと思って」
肩を上げては落とした燕さん。
「何故?」
「何故ってそりゃあ、『カゲルナ』だって、何も無から生み出したわけないデショ~? 今はなりをひそめていても、もしかしたら他の天才術式使いとは交流があるかもしれないデショ? ボクが有意義な時間を求めているように、誰かしら、彼か彼女かわからないけれど、『カゲルナ』にいい影響を与えたかもしれない。だから、『カゲルナ』について知っている天才術式使いがいないか、地道に聞き込みしている最中♪」
へぇー……そう読むか。
ここにいますがね。
「で? 成果はあったんですかい?」
「ぜんっぜん!!」
ガクリと肩を落とす燕さん。
『カゲルナ』について知っている天才術式使いならこの場にいますがね。なんなら本人もいるけれどね。
「でも、一番有力な情報源になってくれる人なら見付けたヨ!」
げんなりした顔から一転、ぱぁっと明るい顔をする燕さんは、人差し指を立てた。
眉を僅かに寄せた優先生に、その先を突き付けた。
「氷室優クン♪ 君も治癒の術式の開発をしようとしていたって、風の噂で聞いてね。何か知っている?」
にっこりと笑みを深めて、一挙一動を逃さないように鋭い眼差しで優先生を見張っている。
知っているも何も、優先生の弟子が『カゲルナ』ですが。
「……知りませんが、例え知っていたところで、どうしてあなたに答えなければいけないのでしょうか? そんな筋合いはありません」
と、その手を退かす優先生。
「ええー! 絶対に楽しい術式談義が出来ると思うんだケド!? 治癒の術式を作ろう同志で!」
「勝手に同志に入れないでいただきたい。あなたに仲間意識はありません」
「氷室クン、つめたーい」
ぺいぺいと長い袖を振って不服を示す燕さんだったが、その袖を口元に添えるとニヤリと釣り上げた。
「まっ! 氷室クンの場合は、治癒の術式の開発より、『最強の式神』の『完全召喚』の話題を上塗りされたことに不満があるんじゃない?」
「はい?」
「その上、ビッグな弟子をとったっていうのに、直後に『治癒の術式・軽』が発表されたんだ。話題掻っ攫われてはらわた煮え返っているんじゃない?」
つついてくるが、優先生は「いえ、全然。あの界隈で騒がれても、なんの利益にもなりませんので」と、ドライに言い返す。
なんなら『完全召喚』も、弟子の功績だし、そのビッグな弟子こそ『カゲルナ』だからね。
優先生が腹を立てることはない。
「ええぇー、ドライすぎるー」と、目を点にする燕さんは、予想外過ぎて呆けた。
「あ、その子? 氷室クンの隠し子説のある弟子! アハハッ! 『夜光雲組』の組長の娘だって、ボクにも一目瞭然!」
その目が足元の私に向けれられた。屈んで覗き込み、笑った。
不本意ながら、父親似です。
「じゃあ、氷室クンが生んだ説」
なんて冗談だ。
「凍らせますよ?」
冷気と言うか、吹雪が一瞬横切った気がしてブルッ。
「冗談なのに、こわーい」
「優の愛弟子で冗談言って遊ぶと、本当に凍らされるぞ?」と、国彦さんが忠告。
「燕さん、初めまして。雲雀舞蝶です」と声をかける。
優先生が心配、というより警戒して私の手を握ってきた。
「わぁ! 挨拶してくれるの? 初めましてー! ボク、燕! 中国の天才術式使いだヨ~! なんで日本にいるかというと! まぁ、話した通り、治癒の術式の開発関連!」
と、人懐っこい笑みを浮かべると、自分からそう説明してきた燕さん。
「中国の術式には詳しくないので、お尋ねしますが……キョンシーって作れます?」
「ん? キョンシー?」
目をパチクリさせて首を捻る燕さんは、ポリポリと頬を掻いた。
「まぁ戦争の時代、そういう術式を使っていたこともあるって話には聞いていたけれど、あんまりいいモノではないからネ。キョンシーが作りたいって話なら他を当たってくれないかな?」
困ったように笑われたので、首を横に振った。
「いえ、そういうわけではなくて……先日、術式でグールに酷似した怪物が死体を使って作られていたので、対処法にキョンシーって糸口になるかなって」
「術式でグールだって?」
食いついた。
「ああ。『トカゲ』をしつこく追い回してたせいか、大量のグールもどきが投入されたんですよ」
聖也の若頭が、会話に参加。
「でも、舞蝶のお嬢様が術式を見たんで、それを打ち消す術式を作ってくれて被害も最小限に抑えられたんですけどね」
「渦巻さんが打ち消してくれたんですけど」
「先ず、舞蝶のお嬢様が術式を作ってくれなきゃ、スピード決着は無理だったさ」
んーと。ちょっとマズいタイミングで尋ねちゃったな。
あの場にいた聖也の若頭達と、私の薬を飲んでいる燃太くんもいる。
全部の情報を『カゲルナ』を探している燕さんに渡されては、疑われるかもしれない……。
「え。『トカゲ』の術式が見えるくらい目がいいの?」
燕さんが、私を凝視。
「その上で打ち破る術式も作る」
聖也の若頭が付け加えた。
言葉は続かない。燃太くんの体質を言い触らさないためか、薬のことは言わなかった。安堵だ。
「ワーオ! 最年少の天才術式使いの氷室クンの弟子に相応しいくらい、天才なんだネ?」
ズイッと顔を寄せようとしたが、優先生が身体を滑り込ませて阻む。
「私の弟子ですからね。当然です」
フン、と鼻を鳴らして、拒絶の空気を出す。詮索するな、という姿勢。
「他人から情報を得ようとするのに、自分の情報は必死に隠すヨネ~」
「人のこと、言えます?」
「ンフフフッ。じゃあ、お嬢様? なんの情報で交換するぅ?」
取引を持ちかけてきた。
「んー」と頬に人差し指を食い込ませて悩んだフリをして「じゃあ、『カゲルナ』を知っている
握っている優先生の手が、強張った。
「”かもしれない”? 何それ、アイマイ」と怪訝な彼に。
「だって燕さんだって、私の知りたいことへの解決方法を提示出来るとも限らないでしょ? だからお互い、”かもしれない”情報の交換です」と言ってやれば、面食らった顔をする。
すぐに「……ぬ! お嬢様……ただ者ではないな!?」とおふさげな反応をしてるけれど、異世界転生者です。
「じゃあ、ボクから得たい情報ってなんだい? 言ってみて?」
「グールの術式が今後改良されて、死者ではなく生者に使われた場合、気力を糧に力は増幅するはずだから、きっととんでもない怪物になるはずです。キョンシーの場合を参考にして、対処法を提案してもらえます?」
私は月斗の持たせたポーチからスマホを取り出して、例のグールの術式を燕さんに見せた。
またもや面食らった燕さんは「す……素晴らしく優秀なお弟子さんをお持ちで」と目をパチクリさせて、優先生に向かって言う。
「天才なので」とキッパリ返す優先生。
「ふーむ。そうだなぁ……」と、スマホに顔を近付けて、まじまじと観察する燕さん。
橋本さんも、国彦さん達も、そぉーと覗き込む。
「なんですかい、舞蝶のお嬢様。対策なら公安がするんじゃないですかい? なんでまた、あの術式を?」と聖也の若頭が不思議がる。
「生者。無理」
ふるふる、と首を横に振って、渦巻さんが口にした。
「そう。生者にこんな術式をかけるなんて、術者が十中八九死ぬことになるデショ」と、観察し終えた燕さんが、話に参加。
「いや、待てよ。『トカゲ』流の術式となれば、不可能とは言い切れないのか。そりゃあ厄介だ。もしも、コレを基に、生者にも可能に出来たのなら……生み出された怪物は、吸血鬼の何倍だろーネ」
と、すぐに難しそうに唸った。
「待って。これを打ち消す術式を作ったって、マジ?」再び、そこに戻る燕さん。
そこに戻らず、対策案を考えてくださーい。
ギュッと握られたから、優先生を見上げた。
彼が険しい顔で睨みつけるのは、こちらに歩み寄ってくる一行。
あれは……?
なんか見覚えのある壮年の男性が先頭にいる。優先生を真っ直ぐに見据えた一行だ。
「あれぇー? 氷室家当主達じゃない?」と燕さんも気が付いて、目をパチクリさせた。
「氷室クンを追放したって話なのに……どしたの?」と燕さんが疑問に思うように、絶縁したはずの優先生になんの用だろうか。
見たところ、氷室一族だけではないようだ。
何事……?
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