♰86 以心伝心と決別の完了。(氷室優視点)
氷平さん、カマを借りますね。
と名前を気力を込めて思い浮かべると、いつもよりも気力が持っていかれた自覚をした。その理由は、すぐに知ることになる。
放たれた氷系の攻撃を、カマが一振りで払いながら、ザックリと襖も障子も一周して両断したからだ。
頭上を通り過ぎたカマに悲鳴を上げた親戚一同。
立っていた父達も、ひっくり返った。
「手っ……手ぇ~!?」
「『最強の式神』の手!?」
誰かが驚くように、私も驚いた。
いつもはカマを出すことが限界の私の『召喚』なのに――――暗闇の異空間から、巨大な骨の右手がカマをしっかりと握っていたのだ。
でも、親戚達の目の前、『完全召喚』が出来たことになっている私としては動揺を見せられなかった。舞蝶お嬢様のため。
カタカタカタカタ!
暗闇の中から、その笑い声は不気味に部屋に響いた。
笑っている。それは愉快に笑っている。笑い方から伝わったわけじゃない。
召喚者として、伝わっているのだ。
『最強の式神』の氷平さんの愉快な気持ちが……! 以心伝心が出来ている!?
「さっ、『最強の式神』!! 我が古の『式神』よ! 私が現当主!! 意思疎通が出来るなら好都合!! 我が『召喚』に応えたまえ!!」
「……」
シーン。
どこまで傲慢になれるんだろうか。解放されたというのに、従うわけがないだろうに。
氷平さんが笑うことすらやめて、黙ってしまった。
「っ~~~!!!
……っ!
正直、父の前に振り下ろしたカマは自分の意思だったのか、それと氷平さんの意思だったのか、わからないが、即座に畳に突き刺さり、再び父はひっくり返った。
「『最強の式神』もそうですが、私だって、ここに生まれたからと言って、縛られるつもりはありません。縛られてもいいと思えるほどの愛など、一切もらってもいませんからね」
ザンッと畳を深く抉って、怯えて腰を抜かして涙を流す母を一瞥した。
「
バカだから、コイツら。
また闇の中から、カタカタと骸骨の笑い声が聞こえてくる。
私の心の声が聞こえたのだろうか。
それにさっきは……怒りを……いや、怒りというより、不快感が伝わった気がする。やはり、以心伝心が出来ているのではないだろうか。
お嬢様が言うように、私にも意思の疎通は可能だった!? 報告したい!
もうガツンと言ったので、私は今度こそ去ろうとしたが。
「お前は氷室家の跡取りだぞ!?」
「何を今更。とっくに家を出ているのに。しかも後継者の座を取り上げると脅しておいて、後釜も考えていなかったのですか?」
呆れた。しつこい。
「すでに籍は抜きました。あとはご勝手にどうぞ。しつこいと切り裂きますよ? お家大好きな思考で命尽きるまで氷室家を守るのも、自分の代で氷室家を終わらせるのもご勝手に。まぁ、縋っていた悲願は他人に叶えられた上に、『最強の式神』も最早この家の所有『式神』ですらない。名家としては継続出来っこないでしょうね。目ぼしい才能の者もいませんしね」
フン、と鼻で笑って、廊下をスタスタと歩いていく。
「優ー!!! 待って優!!!」
母が呼び止める声がするが、大方腰が抜けて追えないのだろう。
昔、母に自分の名前の由来を尋ねたことがある。
”もちろん、優れた子に育つようにと名付けた名よ”と答えた母は、続けて”だから頑張りなさい”と言い放った。
けれども、お嬢様は違った。
優しい方の
カカカッ。
護身のために出しっぱなしのカマを持つ手の持ち主が、からかっているように思えた。”陽気なお兄さん”と言われているだけある。こちらが照れるからかい具合だ。
からかわないでください、ありがとうございました、と念を送って戻ってもらった。
フッと消えたカマ。
ドキドキした胸の高鳴りをお嬢様に報告しようと足を早めた。
すると、お嬢様は駐車場に繋がる手前の裏庭に佇んでいた。
月斗と藤堂までいて、希龍が浮遊して庭の花を摘まみ食いしている。
「お嬢様」と声をかければ、花壇を見下ろしたお嬢様が私に両手を伸ばしてきた。そのまま、抱き上げた。
「何故こんなところに? 帰りましょう。ガツンと言い終わりました」
微笑むと、お嬢様も口元を緩ませる。
「優!!」と、父の声にうんざりしてしまう。
せっかく会わせないようにしたのに、こんなところで鉢合わせか。
「なんだ! その子どもは!」
この親父……氷漬けにしてやろうか。
振り返って見れば、カマをしまったから、追いかけてきた親戚をぞろぞろ連れた父が指差していた。
そっとお嬢様の頭に手を添えて、顔を伏せさせる。
素直に首元に顔を埋めたお嬢様が、ギュッとしがみ付いた。
すると、パキンッ!!
一瞬だけ術式が見えたかと思えば、氷の壁が立ちはだかり、後ろは塞がった。分厚いが、澄んでいる氷だから、向かい側でオロオロしている親戚達が見えた。
……お嬢様。サラリと巨大術式を……。
手間をかけさせてしまった。今のうちだ。
さっさと退散。リムジンに乗り込んで、発車してもらった。
「お嬢様! 舞蝶お嬢様の言う通り、氷平さんと意思の疎通が出来そうです! お嬢様ほどではないにしろ、多少感情が伝わってきました! まさに以心伝心のような。しかも、カマだけではなく右手が出てきました! いつもより気力は持っていかれましたが、維持は今までと変わりませんでしたね。意思の疎通がもっとスムーズにいけば、私も『完全召喚』も可能なのかもしれません! ……お嬢様?」
発車して早々に、まくしたてるように話した姿は、はしゃぎすぎたのか。
後部座席のお嬢様は、ニッコニコしている。微笑ましそうに。満足げに。
ん……?
「あー。その、だな。なんだ……」
気まずげに目を逸らしていた藤堂が、頭をガシガシと掻いたあと。
「すまん」と手を伸ばしてきたかと思えば、襟下から円形のボタン型の盗聴器を抜き取った。
「…………!?」
襟下から、盗聴器!?
藤堂にそんなところを触らせた覚えは当然ない。
仕掛けられるとしたら、お嬢様だ。抱き締めてきた時なら、絶好の機会。
バッと見てみれば、大きな目をパチクリさせたあと、ベッと舌を出して、コツンと拳を自分の頭に当てて、お茶目で誤魔化そうとするお嬢様。
「俺は止めたんですよ。でも盗聴器寄越せと脅されたんで」と、言い訳する藤堂。
安易に”盗聴器”の一言を言い放って手を差し出すお嬢様に、圧し負けている藤堂が思い浮かんだ。
「……これなら、月斗に影で繋げてもらう方がマシでした!」
と、顔を覆う。
私の声だけが聞こえる仕様の方が、百倍マシだ! あんな醜い大人達の声を、お嬢様に聞かせてしまうなんて! それなら多少口悪くても、私だけの声を聞かせるべきだった!
「俺も聞いていいもんじゃないって途中で止めようとしたんですけど、お嬢様、最後まで聞いちゃって……」
月斗が、苦笑して頬を掻く。
止めてくれよ、世話係……。そんなお耳汚しを……。
「 せんせ 」
俯いた頭の上に置かれたのは、小さな手。視線を上げれば、当然、お嬢様がいた。
「 よくがんばりました 」
と、小さな声で伝えてくれる笑顔のお嬢様に、毒が抜けるようだ。
「ありがと、ございます……」
頬に熱が集まることを感じながら、そう精一杯の返事をする。
「……盗聴なんて、一度限りですよ?」
もう許しませんからね、と言っておくが、反省の色が全く見えないお嬢様はニッコリするだけで、ポンポンと頭を撫でてきた。
悪いことをしたのはお嬢様なのに、何故宥められているような感じになっているのだろう。
敵わないな。
「……では、予約したとろろそばを食べたら、きな粉のお餅を食べましょうね?」
私のオススメとして、とろろそばの店を予約しているし、私の好物でもあるきな粉をまぶしたお餅のお菓子を食べることを提案していた。
お嬢様は、ぱぁあっと目を輝かせて、笑顔で頷いてくれた。
ちゃんと月斗の膝の上に座ったお嬢様は、楽しみそうに足をユラユラと揺らした。
「……」
ふと、よそを向いている藤堂がやけに静かなのが、気がかかりだったが、特に触れることなく、肩の荷が下りた気分を堪能した。
私はちゃんと、過去と決別が出来た。
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