♰85 実家、氷室家にガツンと。(氷室優視点)




 こんな形で実家に戻るとは思わなかった。




 不本意な形で舞蝶お嬢様の耳に入ってしまった実家問題。藤堂はバカしかやらないのか。

 しかし、お嬢様の決定には逆らえないとは言え、ガツンと言う提案に、乗り気な自分がいることは否定出来ない。


 それに、舞蝶お嬢様が決別するつもりならば、大人として、教師の立場としても、見本にならなければいけない。


 と、言っても見せるわけではない。


 私一人だけ、実家と向き合う。


 月斗の能力で、影を繋げて声を聞く気でいたが、醜い大人の会話になるから、自分も口悪くなるだろう。

 聞かせられないと、断った。

 断ってしまえば、勝手に影は繋げられない。


 舞蝶お嬢様は、心配そうだ。


 自分よりも他人の心配をする上に同族意識もあるであろうお嬢様には、ちゃんとガツンと言ってスッキリした顔を見せなくては。


 実家までの3時間ほどの移動。

 お嬢様は窓を開けて、希龍と風に当たりながら景色を眺めた。しかし、お嬢様の体力のなさを考慮した最短ルートなので、特段美しい景色でもない。それに秋風は冷たいので早々に窓から引き剥がした。


 歌えるようになったお嬢様は、小さな声で愛らしく、気に入った曲を歌う。一曲歌うごとにのど飴を食べてもらい、休憩。

 微笑ましく見ながらも、彼女があらゆる流行りのモノや人気のモノを、知りたがった理由がわかり、気付かなかったことに、胸がチクリとする。


 何故、主治医なのに、気付いてやれなかったのだろうか。


 口が聞けなかったから。気を失う前の彼女を、知らなかったから。


 言い訳はいくらでも出るが、誰も気付かず、彼女も打ち明けなければ、抱えたままだっただろう。


 彼女にとって、打ち明けられる存在になれて、幸いだ。


 さらに、敬服する。

 ただでさえ孤立無援な場所で、情報がゼロのまま、小さな身体で生き抜いた幼い少女。

 虐待疑惑に”いじめられているのですか?”とスマホで尋ねたら、”しーっ”と口止めをするような返事を打ち込んだ少女は、憂いた様子もなく、笑っていた。

 自分で対処が出来るからこそ、自分達の手を必要以上に借りなかったことは称賛に値するが、へそを曲げたくなるなんて、なんてみっともないだろう。



 歌い疲れて、舞蝶お嬢様が寝てしまったので、座席の上で丸まる彼女に膝を貸す。


 どんなに頭脳明晰でも、どうしようも出来ないことがあることは世の中にはある。

 それでも、記憶を失った彼女は懸命に生きて、冷遇する敵を排除し、襲撃者を叩き潰した。


 無敵な少女だ。本当に、無敵だ。


 高校を卒業して以来、実家には寄り付かなかった。

 一度や二度は、氷室家の集まりには参加したが、昔と変わらない自分より劣った者達が、自分がえらいとふんぞり返る名家の生まれぐらいしか目立つことがない愚か者ばかり。

 汚物を見に行くようで気は重いが、縁を切るのだ。最後の後片付けだと思えば、気も引き締まる。

 到着した屋敷は、雲雀家とは多少劣るが、豪邸で年代物。


 隣の駐車場に停めてもらい、自分だけ降りて、行ってくると言えば、目元をこすっていた舞蝶お嬢様は両手腕を伸ばしてきた。

 驚いたが、そっと抱き締めてもらった。ギュッと両腕で抱き締めてくれるお嬢様から、励ましをもらう。


「ふふ。頑張ってきますね。なるべく手短に済ませますね、お待ちください」


 軽くお嬢様の頭を撫でて伝える。

 ひらひらと手を振るお嬢様に手を振り返して、駐車場専用入り口から敷地内に入った。


「おう、次期当主様、おかえりなさいませ」


 こびへつらう顔で挨拶をしてくる老いぼれの親戚達を、知らん顔で横切って部屋に入る。

 何も返答しないから、中には小さく舌打ちする者がいた。

 何故散々罵ってきておいて、笑顔で応えると思うのだか。掌返しが、滑稽だ。


 家族だから。血が繋がっているから。


 そんなことで何もかもが許されてたまるものか。

 彼女も記憶がなくても、そう思っているのだろう。つくづく似た者同士のようだ。


 それは手放しで喜んではいけないことだろうが、それでも嬉しいものだ。

 あんな素晴らしい人と似た価値観と思考を持っているなんて。


 使用人から、当主が大広間で待っていると聞いたため、そのまま直行して「失礼します」と必要最小限の礼儀で中に入る。

 氷室一族で大きな顔をする者は、大抵は揃っているのは幸い。

 そこまでして『完全召喚』の方法を知りたいのだろう。


 ”明日行きますので皆を集めておいてください”と言っておいた父は、和装でふんぞり返っていた。

 シワの目立つ顔の彼とのいい思い出は、ないに等しい。遠ざかる背中と、見下して”もっと頑張りなさい”と言い放つ顔。

 父の隣に鎮座した母は、ニコニコしていた。

 喜んだ様子に反吐が出る。彼女も、私を見てはくれなかった母親でしかない。


「堅苦しい挨拶は省略させていただきます」と、言い放って座布団もなしにその場に正座した。


 普通なら、この大物面した連中に丁寧に挨拶するのだが、当主の父にも挨拶は省略する。

 思いっきり不愉快そうに顔をしかめたが、ニコリと笑顔を繕う。


「そうだな。我が氷室家の『最強の式神』の『完全召喚』の話が優先だ」


 どこまでも、固執したものだ。

 仕方もないか。氷室家の悲願。それに囚われ続けた者だ。


 自分も家を出ることなくここにいたら、自分は決められた相手と結婚して産んだ子どもに強いたのだと思うと、ゾッとする。悍ましい未来だ。家を出る決断をした高校生の自分を褒め称えたい。



「それですが、はっきり言って話す気はないので、もう二度と私に連絡を取ろうとしないでください」



 眼鏡を上げて、腕を組み言い放つ。電話でも再三言ったのですがね。その電話をやめてほしい。

 無様にざわっとする父達は。


「何を言う!! 氷室家の『式神』だぞ!? 氷室家の悲願のためにお前は努力をしただろうが!! それを何を!」

「まさか独占したい欲のためか!? なんて傲慢な!」

「天才だともてはやされて、我が家で育てられた恩を忘れたか!!」

「教育あっての賜物だろうが!!」


 罵倒を始めたから、他人事のように聞き流して、やはりお嬢様の同行を断って正解だと思った。

 お嬢様が何者であろうとも、幼い子を連れていても、強欲なこの者達はこのように声を上げただろうから。



 安堵と呆れのため息を吐いて。


「教育の賜物? 何をバカを抜かしているのでしょうか。私自身が努力して得たものであり、だからといってあなた方の功績にはなりません。天才なのは事実であり、そんな天才にすがりたくてしょうがないのですよね? 残念ですねぇ、過去に一欠けらでも可愛がってくれたら、ヒントくらいは教えたかもしれませんが、バカに教えたところで無駄もいいところですよ」


 と、笑顔で毒を放つ。



 絶句して面を食らう様が、本当に滑稽だ。

 先程すれ違った親戚も部屋に入ってきては、ぞろぞろと、なんだなんだと、ざわざわしている。


「確かに、昔はこの家のためにも死に物狂いで悲願を叶えようとは思いましたが……とっくにこの家のことは見限っています。無能なあなた方が何を知ろうとも、どんな努力をしようとも、『最強の式神』は『召喚』出来るわけがないので、無駄ですよ」


 大物面をする彼らとともに媚びへつらうことしか能のない連中にも笑顔で言い放っておく。


「優!! 図に乗りおって!! 育ててもらった恩をこんな風に仇にして返す気か!?」

「そうよ、優!!」


 声を上げる両親。

 何を言うのだろうと気持ちが冷めていく。凍り付かせるとは、流石、氷の氷室家だ。


「申し訳ございませんが、誰かと勘違いしていませんか? 私はあなた方に育てられた覚えがありません。身の回りの世話をしてくれたのは使用人ですが、それの雇用費を支払えばいいのですか?」


 切れ返せば、爆発しそうなほど赤面する父に、悲劇のヒロインのように泣く母。

 本当に、胸の中が冷え切る。



「後継者の座がどうなってもいいのか!!」



 一喝するように声を轟かせた父に目を丸めてしまい、そして噴き出した。


「クハハハッ!!」とおかしそうに笑う私を、不審げに見てくる親戚一同。


「どうやら記憶力まで破滅的に無能のようですね。前回、私が集まりに参加した時のことをお忘れのようだ」


 なんとか笑いを収めたが、怪訝な顔をしている親戚一同は本当に忘れていてわからないって顔をするのだから、笑いがぶり返りそう。



「研究成果の出ない私をこぞって罵って、父は後継者の座から退けて、私を籍から抜くと言い切ったではないですか」



 ようやく思い出して、凍り付く空気。



「言われた通り、帰ったその足でちゃんと突き付けられた書類を提出して、氷室家から籍を抜いています。私はもう氷室家の人間ではないのです」



 と、冷たく笑ってやった。


「な、なんということをっ!! せっかくの栄光を!! フイにしおって!!」


 指差して真っ赤な父は、つばまで飛ばして怒鳴る。

 よかった、離れていて。汚い。


「フイにしたのは、高望みの期待ごと絶縁まで押し付けたあなた方だ。栄光? 他人ばかり期待して、罵倒するだけして、自己満足している氷室家の勘違いバカどもの当主になることですか? 申し訳ございません。それが栄光とは微塵も理解出来ませんね」


 皮肉が止まらないのはしょうがない。事実なのだから。

 父だけじゃなく、ほぼ親戚一同がプルプルと真っ赤になって震える。



「バカなあなた方に一つだけ、教えてさしあげますが、もうあの『最強の式神』は、氷室家の『式神』ではなくなりました」

「「「!!?」」」



 理解が出来ないバカどもには難しいだろうから、もっと情報を与えてやった。


「氷室家の血筋の術式使いだけが『召喚』出来るという縛りから解放しました」

「っ!? バカな! そんなたわけたことを!! 氷室家が生み出した『最強の式神』は! 氷室家の血筋の者だけが召喚出来る!! それが絶対的な縛りが解かれるわけがない!!」


 父は真っ先に否定を唱える。


「いいえ。解けました。そもそも”彼”は、この家から解放されたがっていた。だからこそ、才能ある者の中でも自分が認める者しか『召喚』を許さなかったのです。だから、『最強の式神』の『召喚』に応えてもらえなかったあなた方は私に遥かに劣り、今後『最強の式神』が『召喚』に応じてくれることもないでしょう」


 私は立ち上がって、一同を見下した。



「あなた方が認められることなどない。”氷室家の血族”という唯一の資格もないも当然。ざまあーみろ」



 そう盛大に嘲笑ってやる。ガツンと言ってやった。


 ふと、あの『最強の式神』の名が脳裏に浮かんで、愉快そうに笑っている声が聞こえた気がした。

 ……? なんだろうか。


 ”彼”も喜んで笑うと思いたい願望が過った?


「何をした!! 優!! なんてことをっ!! 当主でもないくせに、勝手を!」


 青い顔をしては赤い顔に戻る父が、声を飛ばしてきた。


「これも事実だと理解してもらうために、言っておきますが……『最強の式神』を”血の縛り”から解放したのは、私ではありません。血筋ではない、他の者が『召喚』して、”血の縛り”から解放したのです」

「バっ、バカなことを言うな!!」

「『最強の式神』が意思疎通をして、”血の縛り”から解放する条件で『召喚』に応じたのです。私の目の前で、記述通りの顔が凍り付いた骸骨の姿をした『最強の式神』が、その顔の氷が砕かれて、縛りから解放されました。情報は掴んでいるのでは? 大暴れして敵を制圧した『最強の式神』の顔に、氷はなかったと」


 フッと笑って見せる。これ以上の情報を渡すつもりはない。

 一部が、青い顔で震えた。


 本当は『完全召喚』をしたのは、私ではない。だが、それをもう無関係の氷室家に話す義理も何もないのだ。

 が、お嬢様の功績と、”彼”が解放した事実は突き付けておきたい。


「では、失礼します。二度とこちらには足を運びませんので、そちらも今更すがろうとしないでください。迷惑すぎます。無能のくせに、幼い私を”努力が足りない”と責め立てるわ、”お前は天才じゃない、出来損ないだ”と罵るわ。自分が見たいものしか見ないで、自己優越に浸って、勝手に家族面しないでいただこうか。もう家族ではないです。とっくの昔から、見限ってましたからね。そもそもハナから認めてくれなかったあなた方を、私だって家族だと認めませんよ」


 家族面をして甘い汁を吸おうとは、許すわけがないだろう。

 私を虐げたことなど都合よく忘れているなんて、どうでもいいが、だからってすがらせはしない。完全拒否として、言い放っておく。


 背を向けて帰ろうとしたが、ザッと父達が立ち上がった。


「許さんぞ!! 優!! 力づくだ!」

「図に乗るな!! 素直に教えぬなら、捕えてくれる!!」


「やってしまえ!!」と術式を構える連中。


「寄ってたかって……」


 多数なら勝てるとでも思っているのだろうか。

 この場の者が束になっても、私が『召喚』する氷平さんのカマだけでも、一振りで済む。

 それほどに力の差は歴然だというのに。



 

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