♰84 組長は子どもか? 赤ちゃんか?



 さっくりと決まった家出の段取り。

 その後の病院でのMRIの結果でも、悪いところは発見されることはなかった。

 優先生の伝手で血液検査と、軽いテストを受けさせてもらって帰宅。

 血液の検査結果も出て、連絡を受けた優先生が報告。


「検査結果、何も異常は見つかりませんでした。いいことではありますが、記憶を取り戻すヒントもないということですね」

「 いいよ 」

「……そうですね。お嬢様が記憶を取り戻さないのならば」


 と、申し訳なさそうな笑みを変えて、にこりとする。


「では作業に戻りましょうか。『トカゲ』の術についての考察。希龍と意思疎通を図って、情報をまとめましょう」


 優先生と一緒に、公安に売り込む強味になる宿敵『トカゲ』への対抗手段を見付けようとしている最中。

 タブレットにキーボードを設置して、机に寝そべるキーちゃんと向き合う。


「……」


 そういえば。


【優先生の方は、ヒョウさんと意思の疎通が出来なかったのですか?】


 と、一昨日カマだけだとしても氷平さんを『召喚』した優先生は、意思の疎通が出来なかったのか。


「いえ? いつも通り、こちらの意のままにカマが動くだけでしたが……『式神』との意思疎通は、舞蝶お嬢様だけに出来る才能だと思いますよ」


 困ったような顔をする優先生に、そうだろうか……と私は首を捻る。


【優先生がヒョウさんの声を聞こうと思えば、聞こえると思う。互いに通じれば、可能だと思うのだけれど】

「お嬢様……。そうですね。今まで私はそのようなことを心掛けたことがありませんでした。氷平さんの声、聞いてみましょう」


 タブレットの文を読んで深刻そうな顔をしたけれど、嬉しそうに微笑んだ優先生に、私も嬉しくなって笑みを零す。


【ただ『式神』って抽象的な感情みたいなものを送ってくるから、解釈が大変だし、解読も大変……】


 言葉だと受け取れる時があっても、曖昧なものの時もある。


「それも直感的な才能を持つお嬢様ならでは、ですかね。微力ながらお手伝いします」


 そう優先生が言ってくれたけれど、結局『トカゲ』に関しての情報をキーちゃんから聞き出そうとすると、困惑しか返ってこなかった。

 元々、幼いキーちゃんには、表現も難しいみたいだ。

 かといって氷平さんは、出してもいないし、なんなら、優先生の方にいたようなものだから、『トカゲ』には会っていない。

 いっそ、キーちゃんと氷平さんを対話させてみようかと思ったけれど、キーちゃんはビビるだけだった。

 対話にならない。詰んだ。


 ここは公安から資料をもらってから対策を考えてみよう、という優先生に素直に頷いておいた。




 翌日。

 料理人の橘が、自ら朝食を運んできてくれたので。


「 橘、ありがと! 」


 と笑顔でお礼を言ったら、硬直したあと、泣かれた。

 そこまで感動したの? なんか泣かせてごめん?

 食後の運動がてら、庭に出れば、庭師の坂本のおじさんを発見。

 キーちゃんのご飯用として花を切っている彼に。


「 坂本のおじさーん 」


 と、手を振りながら歩み寄れば、ガシャンとハサミを落とした。

 絶句した顔で硬直したあと、泣かれた。……なんか、ごめんなさい?


 オロオロしていれば浮遊したキーちゃんが、囲ってはぺしぺしと尻尾で雑にあやす。


「でーじょうぶだ、キーの助」と目元を拭う坂本のおじさん。

 何故か、キーの助呼び。


 ちなみにキーちゃんの性別は不明。『式神』なので雌や雄なんてないんだけど、氷平さんの場合は完全に男性の骸骨だし、イメージでしかないけど陽気なお兄さんの声だ。男と思っているし、本人も陽気なお兄さんと呼ばれて気を良くしている感じ。


「どうかしたのか?」


 声をかけてくるのは、珍しい。父だ。

 これから出かける気だったのか、護衛をぞろぞろと連れている。一人があの増谷だ。

 目が合えば、ペコッとされたが、スルー。


「いえ。お嬢様の声が聞こえて、目が潤んじまっただけです。涙腺が緩んでしょうがねーですねぇ、歳は」


 鼻を軽く啜って笑う坂本のおじさんも頭を下げて、組長に挨拶。


「声……」


 と、じっと見下ろしてくる父。


「……」

「……」


 見つめ合い。やがて気まずそうに目を背けたのは、父だ。


「仕事に行ってくる」と、背を向けた父は、心なしかしょんぼりしている。



 腹立つ。

 あれだよ。と指を差すと、優先生の後ろから顔を出す藤堂は一部始終を見ていたらしく、げんなり顔だ。


「お嬢、おはようとか言ってあげてくださいよぉ。いってらっしゃいとか」

【なんで要求ばっかりされなきゃいけないの? 組長は子どもか?】

「子どもが父親に向かってっ……!」


 ショックで青い顔をする藤堂。


「お嬢様の言う通りでしょう。コミュニケーションを取ってほしいなら自分から挨拶をすればいいものを。どうして子どものお嬢様が、しかもまだ声が万全に出せないのに、無言で要求しているのですか? 赤ちゃんですか?」

「退化した!」


 優先生の厳しさで、子どもから赤ちゃん呼ばわりになりました。


「確かに、今まで距離を置いておいて、すんなりコミュニケーションを取れると思うなんて、甘えだな」


 顎をさする坂本のおじさん。


「じいさんまで……!」

「藤堂さんだって思うだろうに」

「思うけど! でも!」


 藤堂は困り果てていた。


「”組長だから”? それでこのお嬢様の味方は出来ねぇってことなら、護衛責任者を務める資格はねーと思うんだがな」

「っ……!」


 坂本のおじさんの言葉は刺さったのか、険しい顔で考え込む藤堂。

 坂本のおじさんはキーちゃんの朝食をあげると、部屋に置く分も渡してくれた。


「意外と増谷って人、絡んでくると思ったのにそうでもないんですね」


 月斗が花を抱えながら、言い出す。


「戻って来たついでに、臨時で護衛を務めているだけでしょう?」


 私の手を引く優先生は、そう言葉を返すが。


「……いや、意外とお嬢の護衛に戻りたがってるみたいだ。臨時で組長のそばについている間、隙を見て交流する気じゃないのか? 再会するために連れていく前に、”可能なら戻してもらいたい”って直談判してきたからな。お嬢が問題ないならいいとは思ったけど、あの反応でだめだって断った後に……あれだもんなぁ」


 頭をがしがしと掻く藤堂は、そう疲れたように息を吐いた。

 足を止めた私達は、呆れ返った視線を藤堂に突き刺す。


「え? 何?」

「 バカ 」

「えっ!?」

「 藤堂バカ 」

「なんすか!?」

「何故それを言わないのですか、バカ。絶対に自分の部下に入れないでくださいよ、バカ。お嬢様のおそばに近付けないでくださいバカ」


 絶対零度の眼差しを向ける優先生。


「語尾がバカになってんだが!?」と、ツッコミを入れるが、バカなんだからしょうがない。


「いや、だって……普通に組長命令でもつけられたりしたら、お世話係としてそばを離れない俺と衝突するのは目に見えてません? バカにもわかるというか……あの人、生真面目すぎて融通が利かないタイプって感じで、お嬢が怒ったら、正面衝突が避けられないというか……」


 同じくバカとさり気なく言っている月斗。

 想像したのか、血の気が引いた顔をしている藤堂は、そぉーとこちらを窺った。


 受けて立つ、を込めて、親指を立てて見せた。


「ちょっ! アイツ! 結構腕立つんですよ!? 月斗に刀を抜くとは思いますが、だからって……氷平さんを出したりしないでくださいよ? 絶対ですよ?」


 そういえば、強いんだっけ?

 歩きながら、首を傾げて、後ろの藤堂を振り返る。


「 ヒョウさんと。どっち? 」


 と、強さを比べてもらう。


「あの『最強の式神』と人間比べちゃだめでしょ」と蒼白の顔になってしまう藤堂の言う通りだった。


 一対一で、生身の人間が敵うわけがなかった。


「 じゃあ、ヨユー 」

「だから! 出しちゃだめですって!!」


 何故かそのまま、部屋に居座る藤堂。


「そういえば、聞きましたよ。今じゃあ術式使いの界隈。例の組織を差し置いて、天才術式使いの氷室優が古の『最強の式神』を『完全召喚』に成功したことが話題沸騰だとか。目立ちたがり屋の術式使いの組織もごしゅーしょーさまだな、クククッ」


 と、おちょくる藤堂の悪い癖が出ている。

 対する優先生は、ふぅ、と憂いた様子で息を吐いた。


「ええ。幸い、術式無効化はあの日限りの秘策だったとかわせましたが……『完全召喚』に関しては、親戚中が私のケー番を突き止めてかけてくるんですよねぇ。まったく。迷惑な人達だ」


 え。知らなかった。迷惑電話に悩まされたんだ!?

 縁は切れてなかったんだ……嫌な親戚から電話って、迷惑すぎる。

 ギュッと、両手で優先生の右手を掴んで見上げる。


「すみません、お嬢様。心配をかけたくなくて、黙っていました。ちゃんと”話すことはない”と父親に一言、言い放って電話を切ったのですが、それでもかけ続けてきて、着信拒否設定をしたら、親戚が”秘訣を教えろ”と問い詰める電話をかけてきて……ほら、私は研究者としても知られていますから、解明した上で成功したと思われたのです」


 情けなさそうに眉を下げて、困ったように笑う優先生。しゃがんだから、労わって撫でる。


「労わってくれるのですか? ありがとうございます……舞蝶お嬢様」


 甘んじてなでなでされる優先生は、嬉しそうだ。


「 ……ガツンと言えば? 」と私は口を開く。


「え? 何をですか?」と、気持ちよさそうに閉じていた目を開く優先生。



「 認められてないのは、アンタ達。って 」


 と、笑顔で言い退ける。


 他の者達には天才だと褒め称えられても、身内には『完全召喚』が出来ないと見下された優先生は、認められなかった。でも彼らは、もっと『最強の式神』に認められていない。



「それは…………言ってやりたいですね」


 心なしか、ワクワクしていそうな優先生。本当似た者同士だよね、私達って。



「ですが、お嬢様の引っ越しが落ち着くまでは離れられません。そこそこ遠いですしね、実家」


 ……それって落ち着くまで迷惑電話を受けるってことでしょ?


「 どのくらい? 」

「えっと……車で3時間ほどですが……?」


 まさか、って顔をする優先生に、ニコリと笑みを見せる。


「 ドライブ! 」と藤堂に向かって今日の予定を伝えた。

 ドライブがてら、優先生の実家へゴー!


「なんでこうなった!?」

「いや、藤堂さんが始めたんですよ……?」

「!?」


 藤堂が出した話題が発端だよ。

 月斗に呆れられているわ。



 

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