♰83 頼りになる徹くんにお願い。



「んー、じゃあ、記憶がなくなっているかもしれないから、最初から説明するね。裏のことはなんとなくだとしてもわかっているよね? 政府が悪いことしたモノが広がって、警察の公安に、裏社会の組織ヤクザも、その悪を表社会に知られないように片付けている。公安が主にヤクザの方に依頼する形で動いてもらうことが多い。でも公安も公安で動いているよ。一昨日の件だって、本来なら、公安が気付いて対策を始めて、組達に協力要請をするはずだったんだけどね」


 自分もフレンチトーストを食べて、風間警部は丁寧に説明した。

 とはいえ、相手が子どもだからか、貸し切りとは言え、パンケーキ専門店の中だからだろうか。多少ぼかしてはいる。

 チラリと、月斗に目配せすると汲み取ってくれて「”政府の悪いこと”は、俺が大まかに教えました」と。

 吸血鬼の血でグールを生み出しては広めてしまったことね。うんうん、と頷く。


「記憶喪失の状態でそれを知って順応しちゃうのってすごすぎるよね……流石、舞蝶ちゃん。その”政府の悪いこと”を対処するために、力をつけてきたんだけど、一昨日の組織や『トカゲ』みたいな悪い奴も、後を絶たない。俺の管轄は、この辺でいくつかの部隊の面倒も見ているよ。一昨日に派遣した術式使いの部隊とかね。あれをあっちこっちに貸し出していることもしてる。舞蝶ちゃんには、その歳で働くなんてことはさせたくはないけど、才能の無駄感が拭えないし、出来れば力を貸してほしいね」


 風間警部の視線が、キーちゃんに向けられる。

 反応したキーちゃんは、ドヤッと顎を上げた。

「キーちゃん、やる気満々だ」とクスッと笑う風間警部。


「でも術式使いの部隊に入るよりはねぇ……才能が桁外れで極秘扱いにもされているから、俺としては別の新しい部隊扱いがいいと思っているよ。そのデバイスは、俺の仲間がSOSを送信するためのものでもある。壊されたりしても、俺に連絡が届く。GPS付きだから、駆け付けられるよ。もちろん、普通に電話やメールも出来るし、メッセージアプリも入れてあるから、連絡はそれでしよう」


 と、白いスマホを指差した。

「カーナビよりは、ハッキングには10倍強いよ」と冗談を付け加える。


「まぁ、でも、氷室と月斗がいるっていうなら、二人が働けばいいよね」

「もちろんです」

「お嬢のためです!」


「氷室はともかく、月斗はなぁ……」と、不安要素だと言いたげに、月斗を見る風間警部。


「俺も影の能力なんて初めて見るけど……強すぎるよな? 近年じゃあ見ない強力な能力。……なんでこんなところにいるんだ?」


 月斗については、後始末に追われていて、山本部長に聞く暇なんてなかったのだろう。


「後継者争いが嫌で、生き延びるためにちゃんと全部は明かさずに、逃げて来ました。念のために、舞蝶お嬢の母に恩を売っていた母の伝手を頼って『夜光雲組』に匿ってもらっていたんです。一年以上は何もないのですので、そちらの方の心配はないかと」


 話せる程度のことを、月斗はさらりと明かした。


「……ふーん。まぁ、その点の警戒としてアンテナは張っておくか。氷室は舞蝶ちゃんを教えるんだよね。実りのある授業だろうね」

「ええ、当然です。私が得る物が多いようなので、負けていられません」


 しれっと返す優先生は、またミックスベリーを刺したものを私の口に入れてくれた。


「ともかく、だ。舞蝶ちゃん。方針としては、家を出ることが大前提であり、公安の保護を受ける見返りとして、それなりの働きも要求するってことで、構わないかい?」


 風間警部がそう言ってくれるなら、うん、と頷いた。それが私の、私達が望むことだ。


「こっちで手配を進めるけれど……流石に『夜光雲組』の組長の娘を許可なく預かれないのは、わかっていれるよね」

「 ……はい 」

「そんな暗い顔しないで。一先ず、父親の雲雀さんに話を通しておいてほしい。立場上、対立はしたくはないんで、あくまで預かるという体裁だ。ちゃんと舞蝶ちゃんの望みを告げて、決別をした方が互いのためだよ」


 言い聞かせられていることは頭ではわかっているが、気持ちが拒絶感を湧かせるからなんとも言えない顔になってしまう。やっぱり、ポーカーフェイスを鍛えないといけないみたいだ。

 公安とトップヤクザの『夜光雲組』の関係に、ひびをつけるわけにはいかない。


「雲雀さんも、俺に事実がバレた以上強くは出れないはずだから、いざって時はそれで電話してくれて構わないよ。即席でよければセーフティーハウスっていう隠れ家に一時滞在させられるからね」


 ニコリと優しく笑って見せる風間警部は、強行突破したとしても受け入れてくれるそうだ。だから、先にこのスマホを渡してくれた。


「 ……ありがと、かざまけいぶ 」


 両手で大事に握って、お礼を伝える。


「…………きゃわいいっ!」


 デレデレな風間警部は、メープルワッフルを食べさせてくれた。


「ねぇねぇ、舞蝶ちゃん。俺のことも名前で呼んでほしいなぁ、いいかな? 徹くん♡って」

「調子に乗らないでください」


 ピシャリと言う優先生に「ガード固いな、ホント」デレ顔から、呆れ顔に変わる風間警部。

 徹くんかぁ……。

 なんとか、家出の見通しが立って、ホッと息を吐いた。

 モグモグとチョコレートソースのふわふわケーキを咀嚼。

 なでなでと、月斗に頭を撫でられた。


「……学校はどうしたらいいんですか? 来週には再登校する予定なんですけど」と私を見つめたあと、風間警部に尋ねる。


「あー、そうだねぇ。公安の預かりとなれば……いくつか、いい学校があるんだけど、舞蝶ちゃんは今の学校転校してもいいの?」


 別にいいです、と込めて頷く。


「即答!?」

「お嬢! クラスのお友だちのこと考えてあげて! 手紙までくれたでしょ!」


 ギョッとされたが、別に離れがたいお友だちなどいないので、またチョコレートソースのケーキにかぶりつく。


「う、うーん。とりあえず……クールで大人びた舞蝶ちゃんは記憶喪失って点も不安だし、試験をしてもらってから、合格したら体験で特別クラスで過ごしてもらおうと思う」

「 とくべつくらす? 」

「年齢は、だいたい小学生の高学年ぐらいの子達。合格したら、舞蝶ちゃんが最年少だね。飛び級制度って知ってるかい?」

「……」


 飛び級制度って……。


【試験次第で、小学生が高校生になれる制度?】と、もらったばかりのスマホで打ち込んだ。


「小学生から高校生……う、うん、まぁそんな感じだね。海外にはよくあるんだよ、日本はほとんどないけど、自分にレベル合った授業を受けられるように、学年をスキップする制度があるんだ。俺が言う特別クラスは公安の管轄の小学校と中学校が合わさった学校の中に、設けられた特別クラスだよ。まぁ、義務教育として必要な知識が備わっているかどうかのテストは、受けるべきだろう? 転校先はそこにしよう。もちろん、雲雀さんと話をつけたあとに手配をするよ」


 へぇ。そんな学校があるのかぁ。

 特別クラス頭がいい小学生の集まり。……クセが強そう。


「それは助かりますね。一応、これが終わったらMRIをとる予約を入れましたが、問題はないと思われます。なんの知識が抜け落ちているか、正確に把握するにはちょうどいいでしょう」


 優先生は、頷く。

 うん。なんか今朝になってMRIをとるって話になっていたので、このあと病院に寄ります。


「問題があれば、報告を。話が変わるからね」


 真面目な顔つきで風間警部は言った。

 空気が、ピリピリだ。ここで私の頭の中に腫瘍でも見付かれば、話がひっくり返ってしまいかねない。


「えー、じゃあどうするんですか? 来週の再登校。取り消し? それまでにお嬢は話をつけて、引っ越しをするんです?」


 送迎担当の藤堂は、困ったように首を捻った。

 えー、はこっちのセリフである。登校めんどくさい。

 と、げんなりした顔を見て、風間警部は苦笑を零す。


「今日病院で検査を受けたんだから、それを理由に様子見とか言えばよくない?」

「そうですね。お嬢様がレベルに合わない授業で長時間机に拘束されている必要はありませんからね」


 いい笑顔の優先生は、上手く言い訳をしてくれそうだ。


「ちゃんと話すなら、声が出るようになってからかな? 舞蝶ちゃん?」


「 ……はい 」と頷く。

 どうせ話さなきゃいけないなら、この声ではっきり伝えておこう。声をしっかり治してからにしようか。


「無理をしなければ、三日ほどでちゃんと喋れるようになります」


 と、優先生。


「じゃあその辺で話をつけるってことを目安に、ね。俺も予定をつけて、雲雀さんに責任持って預かるって挨拶をするよ」


 三日後か。

 その頃に、父と決着をつけておく、か。


「学校の特別クラスの試験はちょっと時間がかかるけど、その辺の学校に転校することに決めて、住居を決めておこう。でも、そのためにも試験だ。実力テストってところかな。公安で働けるって、実践テストをそのうち引き受けてほしい。難なくクリア出来ると思うけど、やらなきゃいけないから。舞蝶ちゃんとサポートで月斗と氷室がつく感じで、グール退治かな」


 公安で働けるという実力テスト。

 決まりで一応やっておかないといけないのか。一昨日の『トカゲ』退治で実力は見せたと思ったのにな。

 ……そうだ。『トカゲ』。


 了承の頷きを見せたあと【『トカゲ』については、何か手助けになれませんか?】と問うてみた。


「手助けか……んー、どうかな。キーちゃんの鳴き声が効けば、ぜひとも、と言いたいところだけど、『トカゲ』は術式とは別枠の術として進化を遂げているから、効果ないんじゃない?」

「ええ。今の希龍ではひと鳴きで打ち消すことは不可能でしょうが、アレを打ち消すことに特化するように鍛えれば、可能になりえます。直感的にもお嬢様も希龍も不可能だとは思っていません」

「ホント?」

「元を正せば、術式です。無敵なお嬢様に不可能はないでしょう」


 代わりに話をしてくれる優先生だが、何故か自分のことのように誇らしげに鼻を高くする。


「私は、お嬢様の希少的で無敵な才能を研究解明していきます。並行して、公安の依頼もこなしましょう。主治医と言う立場も手放す気はないですし、忠誠を誓った身です」


 優先生は、ニコリ。


「あ、俺も山本部長にも頭を下げて保護していただきたいです。山本部長の前でも組長は、””って言いましたし、俺が抜けても気にしないでしょう。公安のお仕事も、お嬢のためにこなします」


 平然とバラしては、へらりと明るく笑い退けた月斗。


「……””って?」

「お嬢に対して喉を鳴らしたんで、組長がキレて妖刀で切り捨てようと……しょうがないです。二年半前の事件がありましたので、過剰反応で」

「あーねぇー。まぁ、そう言ってくれたなら、逆に都合がいい。山本部長にも月斗の保護も公安(こっち)が持つって話が通しやすい」


 私としては、一年足らずで匿ったぐらいで母の命を救った恩を返したとはおかしな話だと納得いかないが、執着しているならまだ追われているはずだから、未だに追跡がないなら放っておかれていると判断されたのだろう。

 吸血鬼は興味ないことには、あっさりしすぎているというから。


 呆れた乾いた笑いを零しつつ、ポジティブに切り替える風間警部。


「『トカゲ』に有効打撃を与えてくれる可能性があるってことを長い目で見てくれって言える点は強いよ! うん! 公安で保護の件は任せて。舞蝶ちゃん! 俺は頼りになるって言ったろ?」


 顎を組んだ手に乗せて、風間警部はウィンクした。


「 おねがい、とおるくん 」


 と、特別大サービスのつもりで笑顔で言ってみれば。


「グハッ!」と、胸を押さえた風間警部は後ろにあった壁に激突する程に、仰け反った。



「と、徹くんはっ……可愛い舞蝶ちゃんのお願いを叶えてやらねば!」


 拳を固めつつ、ぶつけた頭をさすっている風間警部は、使命感に燃えていた。



「大丈夫か、この人」と、藤堂が遠い目をしていた。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る