♰82 ふわふわのパンケーキ屋で相談。




 ぴょこんとハーフツインテールで青いフリルのドレスワンピースと厚手のセーターを合わせた格好で、リムジンから下りた。月斗と手を繋いだあと、ひらひらと手を振って歩み寄る風間警部を見付ける。


「こんにちは! 舞蝶ちゃん!」


 しゃがんで飛び込み待ちの風間警部に媚びを売ろうと飛び込もうとしたのだが、月斗が手を放してくれず、いけなかった。

 龍を肩に乗せて、へそ曲げている顔である。


「いや、独占欲強いな。大丈夫? 舞蝶ちゃん、コイツの執着心に迷惑被ってない?」


 諦めて自分から歩み寄ってきた風間警部に、首を左右に振ってみせる。

 特に迷惑は被ってない。むしろ、執着してくれたおかげで、私は助けられたようなものだしね。


「そう。それならいいけどさ。じゃあ、改めて、作戦A成功、おめでとう。お疲れ様。あと『トカゲ』の相手までありがとうね。そのせいで『紅明』の若頭くんに知られちゃって」


 笑顔で労ったあと、申し訳なさそうに苦笑して頬をポリポリ。


「昨日会いましたよ」と優先生が言えば「え”っ」と初耳だった風間警部。


「参りましたよ。どこで情報を掴んだんだか、お嬢に貸し切った美容院に乗り込んできたんですよ? 部下達も外部に漏らしてないって言うし、美容院側だってしかりです」


 一応調べた藤堂は、不審げに顎を撫でた。


「若頭くんの部下に、ハッキングが得意な子がいてね。リムジンのカーナビかもしれないよ? カーナビで予め登録してたりさ。あとは行き先の美容院の予約をネットで確認すれば……てね」

「リムジンのカーナビ。ハッキングされてないか、調べさせてきます」


 青い顔をした藤堂は、リムジンへ引き返した。


 先に入ると「藤堂にも、話聞かれても、いい感じ?」と、風間警部は問う。


 うん、と頷く。

 当然の如く、藤堂が仲間外れだと理解されている。

 まぁ、私に執着している月斗はともかく、藤堂はちゃんとした組員だ。相当に腕を上げた人でもあるしね。射撃も上手いし。


 パンケーキ専門店。貸し切りだった。

 何故貸し切るの。ここ人気店だよね? 確か。


「食べたいの全部頼んでいいよ? 残りは俺達で食べちゃうから」


 仕切っちゃう風間警部だけど、一緒に席についた藤堂も文句を言うことがなかった。月斗も優先生も、笑み。

 なら、遠慮なく、チョコレートソースのものや、フレンチトーストやメープルワッフルまで注文させてもらった。



「じゃあ、本題に入ろうか。舞蝶ちゃんの相談とは、何かな?」


 両手を組んで、向かいに座る風間警部は、口元に笑みを浮かべているけれど、真剣な眼差しで見据えてくる。



「 かざまけいぶ 」


 とまだ小さな声を出して。


「 家出、したいんです 」



 と、上目遣いをして小首を傾げた。

 自分の可愛さ、フル活用。


「…………グッ! 可愛いっ!!」


 ぴったりと固まったあとに、突っ伏した風間警部。


「ちょっ! 言ってることとんでもないのに、可愛さにやられている場合ですか!? アンタ、可愛い子に弱すぎません!?」


 藤堂がツッコミ。


「……」と、顔を上げた風間警部は、ジトリと見た。


「な……なんですか?」とたじろぐ藤堂に「自分の胸に聞いてみ? プレイボーイ」と言い放つ。

 知ってるんだ……。藤堂の女癖の悪さ。


「え!? っ!? ええっ!?」と、本当に胸に手を当てている藤堂は、心当たりに震えていた。

 そんな藤堂は、置いておこう。


「家出の相談、ねぇ?」

「予想がついていたのですか?」


 優先生が問う。


「あれ? 作戦Aのプレゼンって、俺へのPRも兼ねたんじゃないの?」


 おお。やっぱり気付いてくれたんだ? まぁ、わりと、あからさまだったものね。


「えっ!? そうだったんですか!? お嬢!」と藤堂。


「 弱味 」

「うっ!」


 弱味をちらつかせるどころか、突き付けて、お口にチャックしろ、とジェスチャーをしておく。


「いざって時には、公安で働けるってことで、能力を示した。でしょ? 舞蝶ちゃん」


 と、ニコリとする風間警部。

 コクリと頷く私は、タブレットを優先生から差し出してもらった。

 簡潔な説明を書いた文。


「……は?」と読んで数行で低い声を零す風間警部は、タブレットを持つ手に力を込めた。


 ……そのタブレット。壊さないでね? 優先生にもらったやつだから。


 説明の順番は、喉を痛めた高熱を出したのは、冷遇を受けていて限界が来たから。入院して立て直したあと、親しくなった月斗達の助けを得て、冷遇の犯人を突き出せたが、正直組長の命令だと思っていた節もあり、母を亡くしたあとに冷遇の犯人に丸投げした父と、今更関係修復を望まないため、家から出たい。

 月斗と優先生は一緒。どうすれば、正解か、相談したい。って内容。

 ぴくぴくと眉を震わせる度に、怒気をメラメラと揺らしているように見える風間警部。


 キーちゃんが、怖い、とまで訴えてきたので、大丈夫だよと頭を撫でて宥めておく。



「【ちなみに、高熱を機に記憶喪失】!? え!? ””!? 記憶喪失がちなみに!?」



 店内に声を上げてしまう風間警部。

 ごめん。流石に最後に書くのは遊び心がすぎたよね。てへっ。


「し、失礼しますぅ~」と、ちょうどパンケーキを運んできた女性店員さんは、泣きたそうな声で、商品名を言いながらテーブルに置いてくれた。

 美味しそう!


「ちなみに」


 優先生は私にフォークとナイフを手渡してくれながら、あえてその言葉を使った。

 いい性格しているよね、優先生も。


「私達が、記憶喪失の事実を知ったのは、つい昨夜です。お嬢様は、ずっとお一人で抱えておりました」

「……!!」


 風間警部は、言葉を失う。

 い、いや、抱えたというか、伏せたというか、隠したというかぁ~……。


 気まずい顔になる私に、どれから食べたいかと尋ねてきて、ミックスベリーゴロゴロのホットケーキを指差せば、口まで運んで食べさせてくれた優先生。


「これ以上、舞蝶お嬢様に心の負担をかけたくありません。声が出ないから以前に、冷遇にも気付かなかった上に、娘が記憶喪失だと気付きもしなかった組長の元では、お嬢様に安全はありません。記憶の方は微塵も思い出せないほどに、失っているそうです。アルバムを見ても、トラウマの元凶である増谷と対面しても、反応はないです。高熱も酷かったのは確かですが、それだけでここまで白紙になるほどの記憶喪失は……残る原因は精神的ショックによる負荷ですね。そこまで追い込まれたお嬢様をあの家に置いておけません」


 話す内容、めっちゃシリアスなのに、6歳の女の子にパンケーキを食べさせている……! シュール!


「この際、言いますが、私は同情からお嬢様の主治医にはなりましたが、自分の境遇に屈することなく、立場の弱い月斗達を不用意に巻き込まないようにして他人の方を気遣えるお嬢様の優しさには惹かれていましたし、頭のよさにも感服していました。トドメは、術式の超絶天才的な才能ですね。私は舞蝶お嬢様に、忠誠を誓いました」


 と、モグモグしている私を見て、にっこりと笑顔の優先生。

 シュールだよね……!?

 パンケーキモグモグしながら、忠誠を誓われたと打ち明けられている女の子!


「あ。俺も、昨夜記憶喪失を打ち明けてもらう前に、執着していても”傷付けずにお守りする誓い”を立てました」


 と、チョコレートソースに塗れたパンケーキを口に運んでくれる月斗も、さらりと打ち明ける。


「多分、お嬢は風間警部から名刺もらった時には、頼る気でいたんじゃないですか? じっと見てましたし。俺に預けましたし。冷遇の犯人達を捕えさせた日、家出るって言ったから、危険だと離れたくない俺が言ったら、”一緒に公安に行かないか”って感じのこと言ってくれましたから」


 注目されたので、少し考えて、頷き一つで肯定しておく。確かに逃げ道の一つだった。


「…………俺、会ったその日に保護すればよかった。いや今頼ってくれて嬉しんだけどね? ……雲雀さん。雲雀さん、マジかぁ~。雲雀さん~……」


 複雑だと顔をしかめた風間警部は、嘆きの声を零す。

 そして、フレンチトーストをクリームをつけて私の口元に差し出した。パクリ。

 ……どうでもいいけど、これ食べさせてるね? 私が好きな物を好きなだけ食べて、残りをみんなが食べるって流れじゃないんだね?


「あのぉ……その雲雀さんのことなんですけど」


 と、ワッフルを食べている藤堂が口を開く。

 お前は何故に食べている!? 私のメープルワッフル!


「お嬢の決心が固いのはわかっているので、お止めは出来ませんし、気付かなった俺には資格もないでしょう。……でも、せめて、穏便に。なるべく穏便に家を出る方法でお願いしたいです。厚かましいですけど、雲雀組長と比較的穏便に離れる方法を、ご教授お願い致します」

「ホンット厚かましいよ。なんで舞蝶ちゃんのワッフル食べてんの?」

「あ。美味そうで、つい」


 真面目な顔して真剣に頼み込んで、甘い物を食べているスーツの顎髭男。シュールよ。


「すみませーん。メープルワッフル、もう一品ください!」と風間警部は、改めて頼んでくれて「それ全部食べろ」とご命令。


「俺の扱い……。コレ美味い」と不満を零しつつも、せっせとメープルワッフルを食べる藤堂だった。


「あの親子喧嘩とは言えないようで言える空気ってそういうこと? 雲雀さんの一方通行で、舞蝶ちゃんは完全拒否?」

「 きょひ! 」

「んふっ! 可愛いっ。はい、あーん」


 絶対に緩んだ顔をしてはいけない返答をもらっておいて、フレンチトーストを口に運んでくる風間警部。

 藤堂が甘い物食べてるのに、渋い顔してるよ。


「まぁ、確かにあの人は舞蝶ちゃんを大切にしたいとは思っているだろうけども……。……うん。とりあえず、これ、渡しておくね」


 風間警部は頬杖をついて考え込んだが、すぐにポケットから一台の白いスマホを取り出した。そのまま両手で受け取る。


「公安で働くってことを視野に入れてるなら、だいたい仕事はわかってるんだよね? ……あれ? そういえば、白紙なほどの記憶喪失なのに、なんでヤクザとか知ってんの? 吸血鬼とか……え? 知識だけは残った?」


 そこで挙手したのは、月斗。


「退院して帰ってきたお嬢の前で血のパックにかぶり付いて、その夜に吸血鬼について聞かれたから話したのは俺です……」と白状。


 次に挙手したのは、優先生。


「自分は普通に舞蝶お嬢様の父親を組長と呼んでしまいました……。お父上の組長は今日も来れない、とか。組員がお迎えに来ますよ、とか……」と、俯いて白状。


 最後に挙手した藤堂。


「そういえば、自分の側付きが謹慎だってことも、初めて知った顔をしてました……気付かなかった」と嘆く。


「冷遇の犯人って、若頭くんの言っていた側付きのオバサンかよ!? まったく! 命知らずな! ……あれ? 命ある?」


 特定された犯人。というか、その聞き方、斬新。まぁヤクザのお嬢を他の組員の前で冷遇したのだから、普通に考えたら、ただでは済まないだろう。

 ここはなんと答えるのかと、左右を見た。

 右の月斗は右へとそっぽを向き、左の優先生は左にそっぽを向く。藤堂は真下に顔を伏せてしまっていた。


「おーい?」ヒクヒクと笑みを引きつらせる風間警部。


「恐らく、自分に関わりある知識も思い出ごと失われたのかと思います。例えば、吸血鬼ですね。二年半前の事件で深く関わった吸血鬼という存在も、お嬢様は忘れてしまわれたかと」


 と、推測する優先生。しれっと会話を戻した。


 都合がいいので、そういうことにします。私は前世持ちの人格だなんて、墓場まで持っていく秘密にする所存。



 

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