♰81 寝静まったあとの密談。(大人side)




 記憶喪失の告白を受けた夜。

 舞蝶が寝静まったあと。


 藤堂の連絡を受けて、舞蝶を起こさない程度に離れた廊下の先で、氷室と月斗は集まった。


「一応確認しておきますが、もちろんお嬢様との約束は反故には」

「してねーよ。はぁあ~……お嬢は何個爆弾を落とすんだ? もうないよな?」


 組長には話してはいけないことは話してないと、藤堂はキッパリ言ったあと、額を押さえて、深くため息をついた。


「……」


 希龍の能力を藤堂にも伏せていたが、それはどうでもいいことだと、氷室は切り替える。


「爆弾とは失礼ですね。そもそも彼女が好き好んで抱えたくて抱えたわけではありません。冷遇だって、記憶の件だって、才能だって。お嬢様が自ら望んだわけでもないでしょう」

「……そう、だな……」


 バツが悪くなり、頭を掻く藤堂。

 舞蝶が明かして、爆弾を投下したような衝撃を与えたとしても、舞蝶が望んで抱えていた爆弾ではないのだ。何一つとして。


「……心細かったでしょうね。何もわからなくて……その上で、冷遇ですよ? 俺を頼ってくれてよかった……」


 片時も目が離せないと言わんばかりに、舞蝶の部屋の襖を見つめる月斗は、胸を撫で下ろす。


「ええ。自分が組長の娘だとは把握しても、使用人の扱いに酷く戸惑ったでしょうね。意識を取り戻して熱が下がったあとは、組長は来ませんでした。他にも見舞客もいなく、自分の立場の危うさに気が付いて、安全確保しようと必死だったでしょう。トラウマなどで制限されていた頭のよさが活かされたのでしょうかね。反撃も出来て幸いです。記憶を失っても、不幸中の幸いでしょうか……」

「「……」」


 肯定も否定も出来ず、月斗と藤堂は、黙ってしまう。

 記憶を失って幸い、など言えるわけはない。今の舞蝶が、そう言ったとしても。


「……本当に、いいのか? 記憶を取り戻さなくて」

「本人がそう望むなら。だいたい、記憶を大きく刺激しそうな要素ならもう接触済み。それでも微塵も記憶を取り戻してないのですよ? 何かの拍子に、という期待も薄いでしょう」

「組長から思い出話を聞くとか!」

「それならすでに聞いたみたいですよ? 母との写真で、揚羽蝶が映り込んだ話。アルバムでさえ、あの反応です。期待はしても無駄かと」

「……」


 苦い顔で黙り込む藤堂を見て、はぁ、と肩を竦める氷室は眼鏡を押し上げた。

 これからのためにも、話さないといけないと判断した。


「舞蝶お嬢様が高熱で意識がないまま入院している時、組長は、ほぼ付きっきりでした」

「! それをお嬢に」

「言って何になるのですか? 焼け石に水ですよ。お嬢様が怒っているのは、そういうところじゃないのですか? だから、火に油かもしれません」


 希望を見たような藤堂に、氷室は厳しく言い放つ。


「アルバムを見て、お嬢様は組長が自分を愛していたことを知った。確信した、というところでしょうか。それまでは薄々気付きつつも、冷遇の証拠を揃えることも組長を頼ることなく、月斗にボイスレコーダーを頼みました。そして、組長が冷遇を仕組んでいるとも思っていたとか? 『紅明組』の若頭が不思議がっていた通り、傍から見れば、お嬢様に冷たくしている組長です。その方がまだマシかもしれません。それならそうだとやりようがありますが、組長は未だにお嬢様を愛して、当たり前のように元に戻れると思っている。腹が立つでしょうね」


 その瞳は冷ややかな怒りをたたえていた。


「冷遇されていた少女は、どんなに孤独に耐えたか。お腹を空かせて、高熱だって、本当は助けを求めたはずでしょう。でも誰も応えてはくれない。そして記憶を失った。その間、組長が付きっきりだったから、なんです? それは組長の自己満足でしかありません。お嬢様は知りませんから。記憶を失うまで、どれほど心の中で父親に助けを求めたでしょうね。いえ、求めてはいけないと我慢を強いていたのでしたっけ。どちらにせよ、愛していたにもかかわらず、あそこまで冷遇をする使用人をのさばらせて、苦しめておいて、何を今更。そう考えて当然でしょう? お嬢様の拒絶も怒りも、愛していたくせに何もしなかった無能な父親へのものです」

「――――っ」

「……」


 思い浮かぶのは、アルバムを見たあとの不穏な雰囲気の舞蝶。危うかったあの様子。

 そして、組長に対しての冷たい目。拒絶の反応。


「理解しろとは言いませんが、記憶すらも全て失うほど追い込まれたお嬢様の立場を想像してみてください。全ては同じく大事な人を失くしたにもかかわらず、残された娘から離れた父親が元凶じゃないですか。最初から父親として母親を亡くした愛娘に寄り添っていれば……まぁ、後の祭りです」


 言ってもしょうがないことだと、代わりにため息を吐き捨てる氷室。


「だから、あなたも余計なことをなさらないように。修復を望んでいるでしょうが、お嬢様を下手に刺激をすれば血が流れることになりますよ。もちろん、お嬢様のものではないです」

「……」


 あからさまな脅しに、藤堂は恨めしそうに睨みつけるが、事実なので苦しげに呻く羽目になる。

 確かに藤堂は、組長と舞蝶の関係修復を望む。だが下手なお膳立てはひっくり返して、刃傷沙汰になりえる。

 記憶喪失で父親に腸煮えくりかえっている娘は、サクッと『最強の式神』のカマを振り下ろしかねない。


「……今更、か。お嬢と組長の距離が遠いってわかっていたのに、放置した俺達も……””だな……」


 と苦々しく、呟きを零した。


 そう、今更だ。

 二人の距離感を見ていた組員もまた、何もしなかった。

 だから、””なのだ。


「せめて、穏便に…………」


 何を、とまでは言えないが、なんであれ、なるべく穏便に済んでほしい。

 氷室も、月斗だって、そう願う。


 他でもない、舞蝶の安寧のため。



 

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