♰120 「今、隣にいるよ」〔ぬあに!?〕



 翌朝。

 特に燃太くんに異変がなかったと優先生に、桐島さんからメッセージが届いた。

 ホッと一安心。薬一錠の効力が何日も続くとは思えないので、とうに効力は切れていて、自力で安定を保てている状態であると考えられた。問題は、不調に戻った時、いつも以上に不調があるか否か。


 だから、念のために車で迎えに行った燃太くんを中に入れた時に、挨拶を済ませて、体調を確認して、告げた。


「えー……今日は薬飲んじゃだめなの?」

「うん。一回確認しないと。つらすぎるようなら、その分、負担を減らせるように調節しないと」

「不調にならないように薬を飲めば?」


 好き好んで体調不良にはなりたくないのは、当然。嫌そうな顔をする燃太に、微苦笑してしまう。


「例えば、不測の事態で能力を使いすぎた場合、同じく気力不足に陥り、不調状態になるでしょう? その際に身動きもつらいとなれば、何かと不都合。逃げるに逃げられない、助けを呼べない、なんて最悪な事態もあり得ますから。その最悪を想定して、回避出来るように舞蝶お嬢様が調節するのですよ」


 優先生が、柔らかに教えた。


「あ、僕の安全のためか……ありがとうございます。わかった。今日は……寒いから、多分ぐったりするけど、頑張る」と、嫌そうながらも、納得したので、気合いを入れて拳を固める燃太くん。


「今日を乗り越えたら、明日薬を渡すよ。安定重視の薬、昨日作ってみたから。効力は、正直はっきりとは一日続くとは言えないから、そこは下校時や翌日の登校時に寒さに触れて、能力が無意識に発動して疲れないかどうかで判断しよう。夜のうちに不調になったら飲めるように一錠だけ渡す。それで朝に不調になったら、私の方から渡すから、それを飲む感じで」

「……一錠だけ渡すの? もっと」

「だ、め♡」


 試験薬を、余分には渡しません。


「お嬢様は完璧主義者なので、試験段階で余分には渡したりしませんよ」と、一応フォローしてくる優先生。


「君の能力特訓については?」

「いつもは攻撃のコントロールばかりだったから、具体的に制御となると兄さんに聞かないとわからないんだけど……まだ叔母さんへの返事もないから、忙しいみたい」

「『トカゲ』探しに専念中? 連絡も反応ないのは、心配だね」


「んー、まぁ、突っ走ってるところだと思うよ?」と、不安になるほどでもないと言う燃太くん。

「とりあえず、舞蝶が来て僕の薬を作ってくれるってなったって、叔母さんのメッセージを見る余裕が戻ったら、詳しく話す」とのこと。


「じゃあ、叔父の方は? 燃太くんの転校。順調にいけばいいけど、難航したら離れるのは、君にはあんまりよくないから」

「大丈夫だった。君が作るってことには心底驚いたけど、そういうことなら、話を通していつでも転校出来るようにしてくれるって」

「あ。よかったね。……あ、私は徹くんに言ってないや」


 転校を気にするなら、先ずは自分からだった。


「わ。噂をすれば影ってか」と、スマホを鳴らすのは、徹くんの着信。


「徹くん、おはよう。転校したい」

〔え? 何があったの? おはよう、舞蝶ちゃん〕


 挨拶のあとに、開口一番に転校の意思を伝えておく。


「いや、もう飽きた。次の学校に行くよ。あれ? 警視総監さんと会ったの、聞いてない?」

〔聞いてないね!? あの人! 気にしているわりには、会わせろって言ってこないの、ちょっと変だと思ったら! バリバリ会う気だったのか!〕

「うん。それは優先生か、月斗に聞いて。大したことないから。絡まれたところ、やって来て少し話しただけだし」


 ふわりと頭に浮かぶのは、美魔女の意味深なセリフと、口チャック。


〔絡まれた? 警察学校で? 舞蝶ちゃんが誰かわかってて?〕と怪訝な徹くん。

 きっと理解出来ないのだろう。私もだ。


「アホな生徒達は、警視総監直々に担任へ注意してくれたと思うよ」

〔……退学するだろうけどな、舞蝶ちゃんに絡んだ時点で、アウト〕

「絡んだといえば、クラスメイトにも絡まれたよ」

〔災難な転校初日だね!? すぐ手配するから!〕


 転校したい理由は、別にそんなことではないんだが。


「徹くんが見に来てくれた銃の訓練は楽しかったけど、普通でいいかもって思って。それで、クラスで絡まれた時に、燃太くんが助けてくれてね」

〔もえた? あれ? 聞き覚えがある……〕

「私も助け返して、友だちになったから。彼も同じ学校に転校することになったの。紅葉聖也の弟の燃太くん」

〔あっ!! 『紅明』の若頭くんの弟の名前!? そこにいたの!?〕

「今、隣にいるよ」

〔ぬあに!?〕


 徹くんも知らなかったかぁ。

 名前を知ってても、顔までは覚えてなかった、と。

 燃太くんもあんまり気にしてない辺り、徹くんを知らないのだろう。


「公安の警部だっけ? なら青井のこと、話したら?」と、進言してきた燃太くん。


「あ、そうそう。絡んできたクラスメイト。青井って苗字の子でして、公安の刑事、いや警部補さんな上、親子で私の父のファンで、強い父から逃げたことが許せないみたいで、教科書まで投げつけてきました」

〔……っ! 舞蝶ちゃんに教科書を投げ付けた……?〕


 怒りで震えているみたいな声。


「私を守るために、燃太くんが燃やしてくれたわけです。哀れな罪なき犠牲者……教科書。担任が、ちゃんと青井家に請求するそうです」


 なーむ、教科書。


〔う~。青井……青井め。青井警部補だな。確かにアイツは、熱狂的な雲雀さんファンだったと記憶しているよ。それを……まったく。頭のいい生徒が集うクラスの息子が、年下の女の子相手に……許さんっ! 俺も物申すね。万が一にもまたあったら、すぐ俺に電話していいからね!〕


 青井警部補と対立して平気なのかしら。

 いくら、実質トップスリーな地位だとしても……。


「あれ? 今日はどうして電話をしてくれたんですか?」

〔うーん、昨日の銃の特訓で舞蝶ちゃんのこと、盛り上がってるんだよ……掲示板。氷室に送るね〕


 掲示板? またネット?

 優先生に目配せして、スマホをつついて見せた。優先生は、スマホを取り出す。


 もう学校に着いてしまったが、大事な話だろうから、徹くんの話が終わるまで、駐車場で待機。


〔若者達、特に警察学校の生徒達が集っている掲示板。舞蝶ちゃんの能力の高さを讃えたり噂話をしているんだ……まぁ、射撃の素晴らしさは当然だけどね!〕


「……学生のネットワークも困ったものですね」と、目頭を揉んだ優先生は、私にスマホを手渡してくれた。

 月斗が持ってくれたので、私はスクロールして私の噂話をサッと目を通した。


「面倒だね。僕の時も『紅明組』の二番目の息子がどうのこうのって騒がれたけど、兄さんの部下にハッカーがいたから、何かしたみたいで静かになったよ。頼む?」と、燃太くんも覗き込む。


「んー。徹くん、ハッカーの手は必要?」

〔そこは……どうかな。今のところ、悪質なのはないけれど……舞蝶ちゃんが転校するなら、すぐに収まると思うけど……不快なら今すぐこっちで対処するよ。公安の保護下にあるのに、公安の若者達がガヤガヤ言うなんて、許さないよ〕

「私は見なければいいし、それくらいの実力なら知れ渡っても問題ないじゃないかな? 徹くんも忙しいのだし、ね?」

〔そう……? 俺は責任があるからね。舞蝶ちゃんが平気だと言うなら。じゃあ、学校、今週だけでも楽しんで。転校手配しておくからね〕


 そういうことで、徹くんとの電話を終えて、燃太くんにも「ハッカーに頼まなくても平気」と言っておく。


 登校。

 ギロッと睨む青井少年と言葉を交わすことなく、授業を受けた。



 燃太くんは、ダウン。

 どうやら外気の冷たさに反応して、火の特殊能力は発動しているようだ。キーちゃんに試しに近付いてもらえば、小さな水滴をポタポタと落とした。結構、冷気に過剰反応するみたいだ。


「思ったんだけど……どうしてそんなに火の気力が強まっているのに、僕はそんなに熱いって思わないの?」


 片腕をついて、ぐったりとした燃太くんは、気だるげに尋ねた。


「火の特殊能力の体質とも言えるかもね。熱さが苦じゃない、とか。あるいは、それもまた能力を使っている可能性もありえるね。体温や体感調整を行っているとか。吸血鬼も寒さや熱さは苦じゃないって言っていたから、通常の人間よりも、寒さや熱さに動じないのかも。特殊能力者は」

「舞蝶は、やっぱりすごい。……能力が使える分。不便になるなら、要らないのに……」

「しょうがない。君の場合、生まれ持ったものだ。人間が人間に生まれたように、吸血鬼が吸血鬼に生まれたように、特殊能力者が特殊能力者に生まれた。変えられない」


 生まれは変えられない事実。

 互いに組長の子どもとして生まれたこともあり、思うところがあって、微妙な顔を合わせてしまった。


「人と違って持っているモノが、利点ばかりじゃないのは、確かに不便だよね」


 と、足元の影を足の裏で撫でる。薬のおかげでエネルギー切れの心配もない月斗が、今日も影の中にいる。むしろ、そうやって能力を使うことで、薬の効きを確認しているところだ。


 最強すぎる特殊能力を持ってしまった故に、生きにくくなった吸血鬼も、ここにいる。


「じゃあお前は、組長の娘に生まれたことが不便だって、ワガママを思ってんのか!?」


 そう広くない教室の中で、そう離れていない席で話していることを聞いて、青井少年が椅子をバタンと倒して立ち上がって声を張り上げた。

 盗み聞きして、勝手に話題に入らないでほしいものだ。


 心底だるそうに後ろの彼を睨みつける燃太くん。



 

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