♰121 雲雀舞蝶の実力を刮目せよ(手合わせside)
「その術式も、射撃も、結局は組長からの恩恵だろ!? それなのに逃げやがって!」
「どうやったら、黙ってくれるの? 顎かち割ればいいのかな?」と、クリンと首を傾げて、とぼけてみる。
ブチッと血管が切れた音がした。
「上等だ! お得意な銃でも術式でも、かち割ってみろや!! 表出ろ!」
「嫌だ。授業が始まる。泣きじゃくって授業サボる人じゃないから、私」
「んな!? お、おお、おれ、おれは! 泣きじゃくってないぞ!!」
「別にあなたのことを言ってないけど?」
白々しい私に翻弄されて、恥じらいから怒りで真っ赤になる青井少年。
「じゃあ、放課後!」
「それは無理、保護者が迎えに来るから、中断されるのは目に見えている」
「っ!! 結局、怖くて戦いたくないと認めやがれ!!」
「そんな嘘をつく必要はない。昼休みにしようよ。食後の運動には、軽くていいんじゃないかな。運動になるか、わからないけれど」
にっこりと笑って煽る。
「ぶった切るー!!!」と、怒りで燃え盛っている気がする青井少年。彼は剣術を使うのか。
〔お嬢……〕
「舞蝶……」
月斗と燃太くんが、心配そうな声で呼ぶ。
「大丈夫。私が負けるとでも?」と、フフンと笑って見せた。
そういうことで、青井少年と一戦やり合うことを教室に戻って来た和多先生に報告。
「ええぇ……」と報告されたことに、青ざめて驚く和多先生に。
「わだかまりをなくすために、一戦交えることにしました。負けたら互いの要求を一つ聞きましょう。私は、今後突っかからないことを約束してもらいます」
「おれは雲雀家に戻れと言う!」
「互いの保護者が許可してくれれば、学校側も許可を出してくれますよね? 保護者の青井警部補と風間警部に、許可を取ってもらえますか?」
誰が戻るか、絶対ぶっ潰す、と毒を吐きながら、笑顔で連絡しろと圧をかける。
嫌々ながら「片方が許可しても片方が拒否すれば、この話はなかったことにして穏便にわだかまりをなくしてください」と連絡を取ることにしてくれた和多先生は、次に戻ってきた時には「許可が出ました。青井警部補は来れませんが、風間警部が立ち会うそうです……」と、魂が抜けそうなほどに疲れた声を出して、決闘もとい試合の決定を告げた。
思った通り。青井警部補も許可を出したか。
まったく。小学一年生の女の子と戦えって。
どんだけ憧れの組長から離れた私を目の敵にしているんだ、あの親子。
徹くんなら、やれ! のゴーサインをくれると思ったけれど、またもや訪問するんだね。大丈夫か、お仕事。
例の掲示板でクラスメイトの誰かが書き込んだらしく、知れ渡って盛り上がってしまい、昼休みの見物客は多かった。
「はい。立ち合い人の風間徹です。今回はあくまで手合わせであり、勝者の要求を呑むように契約書まで書く徹底ぶりです。これは、そこまで大事になっているってことは、わかってくれていますね?」
多くの見物客を見回してから、徹くんは青井少年を威圧的に見据えた。
負けずに睨み返すが、最早、尻尾を足の間に挟む犬にしか見えない。
「手合わせのルールは、何でもありだ。術式を使ってもいい。ペイント弾やゴム弾の銃でもいい。そして真剣ですらいい。ただ一つ、縛りをつける。”相手を殺さないこと”だ」
冷酷に告げられた徹くんの声に、周囲はざわっとした。
相手を殺しさえしなければ、何もしていい。
●●●手合わせside●●●
ペイント弾の銃を手にした舞蝶。対する青井蒼(あおいそら)は、木刀を片手。
見物客はすでに、体格差で不安になった。小さな少女に対して、木刀を持つ長身の少年。
歴然の差が見えて、やる必要があるのかと不安になりつつも、見物はやめようとはしなかった。
「では、雲雀舞蝶と青井蒼の手合わせ、開始!」
担任の和多が、そう手を振り下ろして、開始。
銃の舞蝶が、先手を打つとばかり思った。しかし、撃たない。
舞蝶は大胆不敵にも、銃を下ろしたまま、持ち上げることなく、空いている手でクイッと指で招いて挑発。
単細胞な青井少年は、カッとなって、木刀を持って、床を蹴り、距離を詰めようとした。
小学生にしては、素早い身のこなし。これでは小さな舞蝶が、木刀で切られかねない。と、ヒヤッとしたが。
足元に氷が生えたため、それに思いっきり躓く青井少年。
倒れかけたがなんとか持ち直した彼に、パンと青い色のペイント弾を木刀を持つ手に当てた舞蝶。
ペイント弾でも、衝撃は強く、木刀を落としかけた青井少年だったが。
舞蝶は容赦なく、顎にペイント弾を当てた。
「うっ!?」と痛みで涙目になった青井少年だったが、その衝撃が一発ではおさまらない。
パンッ。二発目が撃ち込まれて、後ろによろけた。
パンッ。一押しのように撃ち込まれた一発で、後ろに倒れかけたが。
パパパンッ。三連続で撃ち込まれた。
合計、六発。バタンと、倒れた青井少年は痛みで、もう生理的な涙を流す。
「ペイント弾だと、流石に顎はかち割れないけど……十分痛い目みたよね? 立てないなら、もう私の勝ち。今後、突っかかるのはやめてもらうわ」
シンと静まり返ったその場で、舞蝶は言い放った。
痛みで、呻くことすら痛い青井少年は、うるうると涙をこれ以上零さないようにしたが、悔しくて歪ませるだけで、ジンジン痛む顎のせいで、涙は溢れる。
「勝者、雲雀舞蝶! 青井蒼は、手当てを!」
怪我人に備えていた医者が駆け寄り、青井少年の手当てを始めた。
ようやくザワザワし始めたが、そこで徹が声を張り上げる。
「雲雀舞蝶の実力を刮目した諸君! 盛り上がるのはいいけど、彼女のことを何者か理解しているならば、そして! 公安の預かりになっている理由を、よく考えなさい。特に、掲示板に書き込む時はな」
明るいかと思えば、強い声で釘をさす。
掲示板で、無用に騒ぎ立てるな、と。
○○○舞蝶視点○○○
公安の若者向けの掲示板は、異様に静まり返ったらしい。
青井少年を黙らせるついでに、集まった見物客に釘をさした徹くん。
その見物客の大半が、恐らく、掲示板に書き込みをするタイプだから、ちょうどよかったのだろう。
満足気に帰っていった徹くんは、またもや動画撮影をしていて、優先生達に送っていた。
「術式道具を持つ吸血鬼相手に圧勝していた舞蝶お嬢に、勝てるはずないんですけどね〜」と月斗。
「まぁ、組長ファンだけあって、体格からしても、かなり鍛えているんでしょうね。ただの小学生枠からは外れる身のこなしではあったが……お嬢の敵ではなかったですねぇ、やれやれ」と、藤堂も呆れ笑い。
「痛そうですね……」と、同情はする橘。
「ペイント弾はなかなか痛いぞ……顎はヤベーな」と経験談を語る藤堂。
「身の程知らずが、この痛みで思い知ればいいですけどね。特別クラスの生徒でも、お嬢様に絡むなど、頭が足りてません。バカは学習しませんから、次は実弾ですね」と、辛辣な優先生。
「実弾で顎割らせる気かよ?」
「違いますよ。手でも撃ち抜いて、木刀すら持たせないようにすればいいのです」
青井少年のヘイト、溜まりすぎ。
彼は二日休み。最後の登校の日、顎にギプスつけて睨み付けたが、約束通り、絡みには来なかった。
何事もなく、転校すると告げて、淡白にお別れをした。特に仲良くなるどころか関わらなかったので、何も言うことがない。
転校するのは、燃太くんもだ。
薬の事情を聞いた徹くんも手配を手伝ってくれたらしく、二人揃って来週は同じ学校の特別クラスに転校だ。
燃太くんは、私の薬を初めて飲んだ翌日の寒さによる体調不良は、いつもと同じような脱力だったそうなので、特に反動という副作用もなかったので、安定重視に改善した薬を一錠飲ませて、薬入れにも一錠入れた物を持たせた。
能力も勝手に気力を消費しなくなったので、元気になった燃太くん。
最重要の能力の特訓だけれど、聖也の若頭は最後の登校の日にようやく慌てた様子で叔母の家に飛び込んできたらしい。
”舞蝶のお嬢様が薬くれるってマジかー!!?”が開口一番で叫ばれたとか。
しっかり経緯と話を聞いては、体質改善内容を聞いて”舞蝶のお嬢様には改めて直接お礼を伝えるから、代わりに伝えておいてくれ。今は忙しくて悪いが落ち着いたら能力の特訓しような? 素早いトカゲの尻尾が掴めそうなんだ”と頭を撫でて、申し訳なさそうに夕食だけを一緒にとるなり、帰ってしまったそうだ。
長年公安も攻防に苦戦している『トカゲ』の尻尾が掴めそう?
それは大事だ。弟も心配だろうが、後回しに出来ないことだろう。
転校先は小中学校が同じ敷地内にある近くの大きな学校だ。
飛び級制度で設けられた特別クラスは、年齢にすれば四年や五年生ばかりの生徒。
六年生は大抵、中学の方の特別クラスに通うことになるらしい。
人数は10人いたので、私と燃太くんで12人。
学力が高いだけで、普通の子達。ただし、裏のことはわかっている関係者でもある。
格上組長の子である私達には恐る恐るとした様子で話しかけてきたが、もちろん突っかかる生徒はいない、本当に普通の子達だった。
穏便な学校生活が送れそうなので、ここでいいや、という結論を出しておく。
制服も可愛い。落ち着いた青色で、スカートは黒のフリル付き。黒のネクタイも、フリルだ。名札とは別に、学年腕章で区別出来るようにしている。金色の刺繍で、”特別”と書かれたもの。
「よかった! じゃあ、無事、転校が済んだお祝いでもしようか?」
「カニが食べたいな」
「カニー!? いいよ! 店で食べる? 橘に料理してもらう!? 美味しいカニを徹くんが用意してあげるよ!」
言ってみただけだけど、驚いたあと瞬時に乗り気になった徹くんに頼んで、取り寄せてもらい、橘が料理することになった。
「あっ。月斗を借りてもいいかな? グール退治をお願いしたいんだよね」
「えっ!? お、俺にお嬢から離れろと!?」
「一瞬だよ。シュッと行って、シュッと済まして帰る。どんだけ離れたくないんだ。気持ちはわかるよ、羨ましいほどに」
月斗だけが仕事に指名されて、離れてしまうことがあることに、げんなりと落ち込む月斗。
月斗の実力なら簡単に瞬殺出来るだろう。たかがグールだ。
「私も行っていいかな? 試したい術式があるから」
「いいの? ごめんね。もっとゆっくりしてほしいけれど、ここに保護した以上は、この辺の掃除は任せないといけないからね」
と眉を下げて苦笑する徹くん。ギブアンドテイク。しょうがない。
そういうことで、また三人でグール退治。
ただ、藤堂は姿が見える範囲に同行すると譲らなくて、実質四人。
特に問題は起こることなく、退治は済んだ。
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