♰122 ゴーストボーイと運命の出会い。



 この家に腰も据えることで、お買い物へ。


 ショッピングモールへ連れて行ってもらい、小物買い。

 隙あらば、服を買い与えようとする徹くん達。


 ぬいぐるみを選ぶ中、私は隠されたかのように奥にあった人形を見付けてしまった。

 ハロウィンの残り物であろう幽霊みたいな黒いジャケットの男の子っぽい人形。ゴシック風で可愛い。


「この子、『式神』にする!」


 目を輝かせておねだりする私を見て「「えっ」」と言葉を失う徹くんと優先生。


「見た目怖くね!? さっきから選んでいるふわふわやらもこもこやらの猫のぬいぐるみと真逆ってほどにタイプ違いますが!? どうして!?」

「それでも、この子は可愛い! 買う! 転校祝い決定!」

「意志つよ!?」


 藤堂が反対しても、譲らない。買う。

 この子、私の『式神』になるんだ!


「お嬢様。『式神』にするのは……必要ですか?」

「うんっ! キーちゃんみたいになるとは限らないけど、一応、花はつけて、この子を依代に『式神』作成するー」


 と、優先生にニコニコ笑顔で告げておく。

 仕方なさそうに肩を竦めた優先生は、反対しないようだ。


「俺も舞蝶ちゃんの『式神』作成を見学していい?」と、ウキウキした徹くん。


 早速家に帰って、自分で『式神』作成の陣の術式を書く。

 専用の墨と紙で、キーちゃんの時と同じくらいの大きな用紙。


「お嬢様。念のために、負荷が必要以上にかからないように、希龍は一度しまいましょう」


 優先生が言うため、新しい仲間にワクワクと尻尾を振り回していたキーちゃんは、へにゃへにゃと伏せって落ち込んだ。

 あとで会わせてあげるから、と頭を撫でておく。そして、異空間に戻ってもらった。


「念のため、庭でやろう!」と、コートを着直して、庭へ飛び出す。


「また蛇とか飛び出してこないよな?」と藤堂がまさかな、と心配しては周囲を確認。


「入り込みませんよ。ちゃんと侵入不可の結界を張っておいていますからね」と、優先生。


「張る前に動物もいないってことも、確認済み」と、徹くん。


 玄関前と駐車場は、運転手も来れるけれど、敷地内はキーちゃんの存在を知っている者のみが出入り可能の結界を術式道具で張ってあるのだ。

 だから、前回のように蛇は入って来ないので、飛び出して入るアクシデントは起こらない。そう高を括る。


 月斗が敷いてくれたコートの上に膝をついて、ぬいぐるみを置いたけれど、なんか足りないと思って、花壇へと駆け寄り、薔薇を取ろうとしたら「棘がありますんで! 俺が!」と、同じく好奇心で覗きに来た橘が、代わりに一輪とってくれた。

 赤黒い薔薇を一輪、ぬいぐるみのジャケットに差し込む。

 それで『式神』作成の開始。


 両手をついて、気力を注ぎ込んで、空白の部分に入れる『式神』の術式の名前を思い浮かべた。

 これは……キーちゃんの時並みに注がないといけないみたいだ。

 時間がかかるなぁ、と思いつつ、出来上がった『式神』も想像。

 術式の名前は、幽霊、人形、黒、赤黒い薔薇。

 相応しい漢字を選び、組み合わせて、揺らめくようにして、それからなんとなく、幻の一文字をど真ん中に入れてみた。

 そういえば、隠れていたみたいだったな、と思い出して、下に隠の文字も入れておいた。


「お嬢様! 今はだめです!」


 後ろから飛んできた声に、思わず、ビクッと震え上がる。

 同時に、”完成した”感覚に、集中力は途切れた。

 依代は、闇に呑み込まれて消える。……デジャブ。


 後ろを振り返ってみれば、あちゃーと額を押さえて天を仰ぐ優先生、藤堂。

 片手で口を押える徹くん。

「ま、マズいんでは……?」と、青い顔で彼らと私を見比べる橘。


月斗は「お嬢、今回も大丈夫? だよね?」そうであってほしいと顔を覗き込む。


「え? うん。何? どうしたの?」と尋ねると。


「てんとう虫が……人形に留まってしまいました」と、優先生が絞り出した。


 てんとう虫が……混入だと!?


「なんでいるんだよ、てんとう虫が!」

「虫はいるでしょ、庭だよ!? いやマジで! 生き物が入ったのに、舞蝶ちゃん無事って……いいことだけども!」


 と、ツッコミの藤堂と徹くん。


「出てくるにしても、なんてタイミングで……ピンポイントで……。最早、お嬢様が『式神』を作成すると、生き物が呼び寄せられるのでは???」


 テンパっていらっしゃる優先生。落ち着け。


「んー。今度は虫だけど、生き物に変わりはないからなぁ……とにかく、『召喚』してみるね?」


 もう、また『生きた式神』の誕生かとざわめく場で、確かめるには『召喚』するしかない。


 新しい『式神』は、一度『召喚』しないと繋がりが出来ないみたいだから、今術式を思い浮かべても返答なんてない。


 『式神』を『召喚』する。

 黒い闇から、一回り大きくなった人形が出てきた。


 胸には一輪の赤黒い薔薇をつけて、なんだか輪郭がユラユラと揺らめくように見える。幽霊みたいな子だと思った結果か、ちょっと実体があるか怪しい子だとじっと観察してみれば、てくてくーと短い二本足で歩み寄ってきて、座り込んだ私の胸に飛び込んできた。

 ムギュッとしがみ付いて来て、可愛い。

 見た目で一目惚れした私に、どストライク。可愛い。


 なんだなんだ、君。出てきてそうそう、甘えん坊かな?

 頭を撫でてみれば、すりすりと頬擦りならぬ、顔擦りをしてくる。

 甘えん坊ですな!


「あの? お嬢様?」と、優先生が戸惑った反応で声をかけた。

 顔を上げれば、一同は困ったような顔で私を見ていた。


「『召喚』は出来なかったのですか……?」

「え? 何言ってるんですか? ここにいるじゃないですか」

「えっ?」

「「「「!?」」」」


 どうやら、優先生達は見えないらしい。

 見えない『式神』なんて。キーちゃんは存在を知っている者にしか見えないように結界を張っていたけれど……。

 ……心当たりがあるね?


 優先生が、目を凝らして覗き込むから、新しい『式神』は、ビクンと震え上がって、私のコートの中に頭を突っ込んでブルブルと震えた。

 頭隠して尻隠さず……。


「キーちゃんより、臆病な子みたいです。コートの中に隠れちゃいました」

「はい? コートの中に……? え? どちらのですか?」


 優先生は左右を見比べるが、一目瞭然のはずだ。左側のコートは盛り上がっているはずなのだから、わからないなんておかしいと、私も困惑してしまう。

 こっち、と『式神』の頭をコートの上からポンポンと叩く。


 恐る恐ると手を伸ばした優先生が『式神』の背に触れた瞬間、ビクンと震え上がった『式神』と優先生。


「っ!?」と、優先生はひっくり返るほどに尻もちをついた。


「あはは、なんだよ、ドクター。そんなビビるほどに怖い見た目の『式神』になったわけ?」

「~っ!! 笑うなら、一度触ってみてから笑いなさい!!」


 ぴしゃりと言い放つ優先生は、顔色が真っ青だ。

 その様子をおかしく思いつつ、笑った藤堂は歩み寄ってきては、同じ部分を触ろうとした。


 ぴと、と『式神』に触れた途端、ビクンと震え上がった『式神』に押されたかのように仰け反っては「うあああっ!!」とドシャリと背中から倒れる藤堂。


「うお!? うおお! なんなんだよ今の!!」と青ざめてカタカタ震える藤堂は、肩に手を置いた徹くんにも怯えた。


「何? どうしたの?」

「なっ、なんかっ! ッ生々しい悪夢をカオスにしてぶつけられた感じ!!」


 と説明。

 ごめん、よくわからない。


「なんか……見せられた? ってことでしょうか?」と、横の月斗が不思議がる。


「とにかく、私以外は怯えてるね」


 今のところ見えているのは私だし、触れることを許されているのも私だけ。

 作成者であり、術者なんだから当然だろうけれども。


「臆病な子なんですね。キーちゃんがヒョウさんに怯えて初めて鳴いた時みたいに、やっぱり幻覚みたいな技を使っちゃったんじゃないでしょうか?」と、推測する月斗。


「その可能性は高いみたいだね」と、顔色の悪い優先生と藤堂を見て頷く。


「お嬢、その子の呼び名は決まったんですか?」

「あ、一目で決めてたんだ! カタカナで、サスケ! サーくんだよ!」


 コートに包まれた『式神』のサーくんを抱き上げたが、見えなかったんだった。

 ひしっと、私にしがみついてくるサーくん。


「へぇー、サーくんなんだ。見えないけど、よろしくね? 俺は月斗だからねー。ちょっと触ってみるね? いくよー」


 声をかけながら、月斗は人差し指を伸ばして、ゆっくりと近付けた。

 じっとコートの中でそれを見つめるサーくん。月斗の指先は、ぴとっとサーくんの足の裏に届く。


「あっ。サーくんが見えた! こんにちは、サーくん! おっきくなったね! ……あれ? 俺は別になんともないですけど? 怯えなかったのかな。ありがとう、サーくん」


 月斗は、無事。

 声をかけると、恥ずかしがってコートの中に隠れてしまったから、二人して顔を合わせて、笑ってしまった。


「いや、そこだけで和やかに笑っている場合じゃないからね?」と、まだ見えていない徹くんがツッコミ。


「うかつ、さわる、だめ……」と、さすさすと自分の腕をさする優先生がぶつくさ呟く。

「お嬢、鬼……」と、こちらも顔色が悪いままの藤堂。

 う、うん……二人が重症だ。


「えっと、そう言われても……トラウマ状態でしょうか?」


 二人の状態は。


「そうだね……ショッキングな幻覚を脳にぶつけられた感じみたいだけど、経験豊富な二人が、こうなるほどのショッキングってなんだろう。……俺、試していいかな?」

「チャレンジャーすぎません?」


 笑顔な徹くんの方が笑っている場合ではない。そんな風にワクワクした風に笑わないの。


「やめとけ!」

「遊び半分で味わっていい恐怖ではない!」


 と、血相かえて止める二人。


「大丈夫だ。伊達に最年長じゃないってことを見せつけてやる!」

「最年長関係あります!?」

「死線を乗り越えた数は多いんだぜってことだ! サーくん、覚悟!」


 二人の制止も虚しく、チャレンジャー徹くんは、恐怖に立ち向かった。

 コートの中で震えたサーくんに弾かれて、ドサッと徹くんは尻もちをついた。

 顔はもう真っ青で、両手を見てみれば、プルプルと震えてる。


「う、おっ。すげっ。何この恐怖! 怖すぎてっ、笑えてくる! あはははっ!」と、恐怖に震えるを通り越して笑い出す徹くんに「アンタはイカレてんのか!!」と、本当に口が悪い藤堂。

 もっと言葉を選べよ……。


「……三人とも、腰抜かせて動けない?」と尋ねると「「「……」」」肯定の沈黙が返ってきた。


「術式のせいなら、キーちゃんも『召喚』してもいい? 自立型の『生きた式神』なら、私の負担もないって証明したいし」

「『生きた式神』だという確証は?」

「怯えてるし、相手を選んでるし、自我はあるでしょ? 生き物が入った以上、『生きた式神』だと思うけど……月斗、花をちょうだい」

「はい」


 月斗に花を一輪摘んでもらい、力を使ったであろうサーくんの口元に運ぶ。

 かぷりと食べた。

「食べましたね。『生きた式神』です」と断定。


「キーちゃんに受けた幻覚の恐怖が取り除けるかどうか、試してもらいましょう」


 そういうことで、慎重にキーちゃんも出てこれるか、尋ねてみて、『召喚』した。


「サーくん。キーちゃんだよ。お兄ちゃんだよ? ……いや、お姉ちゃん? あれ? まぁ好きな方で」と優しく呼びかければ、コートの下からそっと覗き込むサーくん。

 キーちゃんも興味津々に覗き込んで、小首を傾げる。

 一回りして尻尾の先で、こしょこしょ。

 機嫌がよくなるサーくんは、尻尾を掴もうと懸命だ。


 掴んだ瞬間、一同が動揺した。


「希龍が消えた!」

「見えなくなったぞ!」

「俺もサーくんが見えなくなった! え? 戻しました?」


 と焦る一同に対して「え? キーちゃんもサーくんも、ここにいるよ?」と言うしかなく、言葉を失う一同。


「待って? 何その『式神』くんは? 強烈な恐怖の幻覚を見せるわ、姿を隠すわ……しかも触れないと姿を確認出来ないほどに強力な、認識阻害の幻覚ときた。大の大人を腰を抜かせるほどに特大の恐怖を与える技……いやいや、なんていう最強なの? これ、逃げられたら、先ず捕まらないよね。『式神』は、逃げないけどさ」


 参ったように額を押さえる徹くん。

 顔色の悪さで、思い出す。

 術を解いてあげないと。せめて、中和は出来ないか。


「キーちゃん。サーくんの技を受けた三人を治せる?」と、尋ねてみたところ。

 コクコクと頷いたキーちゃんは、スイーッと一番近い徹くんにピッタリ張り付いた。


「ビックリした! キーちゃん!」

「キュルン」

「あ。震え止まった……」


 あれほど震えていた手も止まる徹くん。

 次は藤堂。優先生の順番で、キュルン、で状態異常を治してあげた。


「ありがとう、希龍。お嬢様……一体サスケにはどんな思いを込めて、作成を?」と、ようやく立ち上がれた優先生は、身なりを整えながら尋ねてきた。


「思いと言うほどではないよ? ゴーストボーイみたいな外見だから、幽霊属性になっちゃったんじゃないかな。幽霊といえば、消えちゃうでしょ? だから幻って字も入れたし、あと、見付けた時は隠れているみたいだったから、隠の字も」


 心当たりしかない。

 うん。どうりで、って、納得いく特性の『式神』が誕生したよね。



 

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