♰149 大きな希望。(???視点)
「……突っかかって、すみません。いいことありますって。お嬢に見付けてもらえたように」
何故か同情的に切り替わった青年に、ポンッと肩に手を置かれた。
近付いた隙と言わんばかりに、少女には口に薬を捻じ込められた。カプセル状の薬を、一錠、飲み込んだ。
「あ。増援到着? よかった。この人のこと、研究するために戻る可能性があるからね。聖也さん達には、この人を守ってもらおうか。先ずは私達が、他に出入口がないかを確かめるよ。全部回るから待機して……ええー? 入っちゃったー? 飛び込むの、止められなかったのー?」と、少女は青年に下ろされながら、誰かと話しては呆れたように肩を落とした。
「じゃあ、優先生達は合流するまで、そこで。そっち向かいます」
少女は、俺の拘束具に張り付けられた札をベリッと破き、青年に目配せをすると、青年が鎖を引きちぎって、俺を解放する。
「!」
力が戻っていると気付き、あとは自分で壊して取り外した。
「力が……」
「薬効いた? 大丈夫? 気持ち悪くない? 力漲りすぎてない?」
「あ、ああ……万全に戻った、という気がする」
万全の状態をよく知っているわけではないので、気がすると言っておく。立ち上がっても、ふらつかない。少し軋むが、動かせば、問題なくなる。
「名前はある?」と首を傾げて見上げられた。
「……記憶がないから」
名前も覚えてないし、つけられてもいない。
「じゃあ、呼び名として、名無しのナーさんって呼ぶね」と、呼び名をつけてくれた。喉を鳴らしそうになったが、堪えておく。
「とりあえず、保護させてもらおうね。先ずはここから出るよ。あ、私は舞蝶」
「俺、月斗っす。……今更ですが、こんなに明かして大丈夫なんですか?」
「能力使ってここに来ちゃったあなたに言われたくないよ」
「うぐっ」
少女の名前は、あげは。蝶の名前か。青年の名前は、つきと。
明白な主従関係があるようだ。お嬢と呼んでいるのだから、青年の方が仕えている身のはず。
「今、公安の上の者と交渉中です。公安側が危険視するなら、私が責任持って見張りも兼ねて保護すると伝えてくれるかな? 徹くん。さぁ、ナーさん。行きましょう」
強い意志を込めた声を放ったかと思えば、手招きして牢を出るあげは少女。つきと青年も、出て行く。
「『トカゲ』……いえ、ここに出入りしていた人達の情報を教えてくれる? 厚遇を得られる材料になるから。整理しよう」
「そう、言われても……トカゲの絵の白い面の男は袴姿だったり和装だったり……他にも何人か行き交う人間も、白い仮面をつけていたぐらいしか、情報はない」
「他は何人?」
「多くても四人が行動してしていたが、仮面が似たり寄ったりで区別がつかなかった」
情報を提供しつつ、廊下を進む。隣の牢には右側が爆発したような成獣の熊みたいな遺体が転がっていた。その隣にはライオンの顔と後ろ脚を取り付けられた人間らしき身体が横たわっている。
……悍ましいな。俺はこんなところにいたのか。
「あれ? 行き止まりですか?」
曲がり角を曲がれば、その先は階段。しかし、つきと青年は行き止まりと言う。
「階段があるじゃないか」と指差す。
つきと青年は、キョトンとした。
「サーくん、そうなの?」と、あげは少女が抱えた人形に問うと、コクコクと頷いた。
「幻覚で隠されているみたいだね。入り口と同じ。私も意識しないと違和感に気付けないほどだよ。月斗、入り口みたいに蹴って」
あげは少女の指示に従い、つきと青年は足を上げると、あげは少女が手を一振り。ドカッと衝突する音で何かを蹴ったとわかった。弾け散るのは、結界だろうか。
「おお! 見えた! ナーさんって、幻覚に耐性があるんすかね? サーくんも見えてるみたいだし」
「ありがとう、月斗。なおさら、『トカゲ』の手中には収まってほしくないよね。ねー?」
つきと青年に応えると、あげは少女はサーくんと呼ぶ人形の脇を持ち上げて、鼻先をこすりつけ合った。じゃれて喜んだ人形は、やがてじっと見上げてきた。
……不思議なものだな。生きている人形に見つめられるとは。
階段を上がりながらも、また情報を引き出される。
なんとか役に立ちそうな情報を捻り出そうとしたが「……ナーさんって疑わないね?」と、足を止めて振り返ってきたあげは少女。
「え?」
「もうちょっと“コイツ、情報だけ引き出してあとで俺を始末するんじゃないか?”とか心配しないの? もしくは、保護を確約してから情報を出すとかさ」「……あ」
……確かに、確約してから情報を出すべきだった。
考えが至らなかったとわかると、あげは少女は笑い声を上げた。
「もしかしたら、惑わされることに関して、無効化を持っているのかもしれないね。『トカゲ』は嘘くさくて信用出来ないと思ったから命令には従わず、私のことは信用出来ると思ったからペラペラ話しているのかも」と、冗談まがいな推測を口にする。
「惑わせることに絶対的な耐性があるんですね? サーくんの天敵だ~」と、つきと青年は、人形の頬をつつく。
「そこのところ、『トカゲ』には知られているの?」
「……わからない。口を開くこともなかったから、話したことなどないし、初めて知った」
「……初めて喋るの?」
「……あ、ああ」
初めて喋ったんだ……君に会ってから。
「……橘の美味しい料理、いっぱい食べさせてあげたいな」
憐みいっぱいの目を向けられた。
「? 食事の必要はない」
「吸血鬼寄りの身体みたいだから、食べるかもしれないよ? 味わうって楽しみぐらい出来るかも。試してみなよ。ウチの料理人の料理は絶品だよ」
ニコッと笑って言ってくれるのは、楽しむことへの提案。
食事。そう言われてしまうと、空腹感を覚えた気がする。
不思議だ。この少女と会って。何か、動き出した気がする。俺の中で、まだ機能していなかった何かが、動き出した。そんな気がした。
「……ここ」と、上の階の廊下を進むと、壁に目を留める。そこには、異空間の出入り口があった。
「出入り口があるね。……ここから来るのかしら。徹くん。覗いておいた方がいい? 本拠地かも」
そう予想するが、彼女に見えなくとも、俺には見える。
「どこかの建物のフローリングの廊下だ」とベールが被ってあるようだが、見えるものを教えた。
「え? 見えるの? サーくんも見えてないのに……。あ、そうか。ナーさんって、結局のところ、『トカゲ』流の術式で誕生したから、こういう隠蔽の術は効かないんだ。まぁ、なんであれ、サーくんの幻覚が効かないくらい、耐性があることに違いはないよね」
ああ、なるほど。彼女の推察に、俺も納得した。
「誰かいる?」
「いや……誰も通らないな」
「どんな建物かわかる?」
「……病院の廊下のようにも見える」
「病院? ……まさか、他の病院に繋がっているのかな。実験体の調達は、病院? 徹くん。病院で失踪、行方不明事件がないか、調べておくべきかも」
顎を摘まんで考え込んだあげは少女は「月斗。弾丸でもめり込ませて印つけておいて」と指示をした。
「はい」と、つきと青年が、ズドンと銃で撃ち込むなり、建物の気配が変わる。
「『式神』だ! この『領域結界』の自己防衛が働いた!」
廊下の先に、ベールをまとう巨大なナマズ顔の白い『式神』が出没した。
まだあげは少女に見えない状態のそれが迫ったため、拳を構えて叩き込んだ。巨体がぶっ飛んだものだから驚く。
「わぁー。ナーさん、力持ち。吸血鬼並み? それとも超えてる? 『トカゲ』の『式神』もハッキリ見えてるなんて、『トカゲ』も惜しいだろうね」
見えるようになった『式神』が消滅していくのを眺めるあげは少女の真上に這いつくばるトカゲ人間のような風貌の『式神』が二体。襲い掛かる前につきと青年が抱きかかえたため、一緒に避けた。
「正直、ここまでパワーがあると思っていなかった!」と、思わず、こんな時に言ってしまった。
「あなたって、自分のこと、何も知らないのね。でも、わかるよ。生まれたてって、そんなものよねぇ」と、つきと青年の腕の中で、呑気なあげは少女。
「サーくんも、そうだもんねー?」
なんて、自分の腕の中の人形にも話しかける始末だ。目の前に敵がいるのに!
そう焦っている間に、『式神』が燃えた。烈火に包まれて、一刀両断されて、消えてなくなる。
「『トカゲ』の研究所を見付け出すとは……とんでもねぇー大手柄じゃないですかい。舞蝶嬢」
炎の向こう側に十代半ばあたりの少年がいた。薄茶のサングラスの向こうには、真っ赤な瞳。その後ろから、似た顔立ちの幼い少年と、黒いマスクの青年が駆けつけてきた。
あげは少女が余裕綽々だったのは、仲間が駆けつけるとわかっていたからだったのか。
「早かったですね、聖也さん。飛び込むなって徹くんが叫んでましたけど」
「なんで知ってるんだ? まぁいいけど。はぐれたって聞いたから助けに入ったら、異変を感じて、駆け付けたんですよ。一階上に氷室さん達がいるけど、俺の仲間もいるし、『式神』が出ても大丈夫。それで、ソイツは誰です?」
「あ。地下牢に囚われていた実験体。名前がないので、名無しのナーさんです」
あまりにもあっさりした紹介により、サングラスの少年は、ずっこけるように身体を傾けた。
「えっと……手なづけたってことで、間違いない……ですよね?」
「手なづけたか……? とりあえず、私へ執着症状を見せたので、大丈夫じゃないですか?」
またもや、ケロッと言う。
「執着……? 吸血鬼なのか? 今度は術式の吸血鬼だってことか?」
サングラスの少年と黒マスクの青年が、身構えた。
「『トカゲ』流の術式による誕生だけど、術者は全員死んだことで、奇跡的に誰かの手の者とは言えない状態にあるはずです。トカゲの絵の白い面をつけた男を見たそうですよ、それが『トカゲ』かと。それに目くらましの『トカゲ』の術も、彼には通用しません。ここに出入り口がありますが、彼には見えているそうですよ。協力してもらえば『トカゲ』の尻尾を掴めるんじゃないでしょうか。彼の保護をしてくれるなら」
ペラッと、あげは少女は言い退けた。
「…………大手柄にもほどがありますね」と、しか言いようがないサングラスの少年。
「私という”脱出の希望”を見付けて、喉を鳴らしたんだと思います。声も発さずにじっと囚われていたので。希望をあげるから、協力してね? ナーさん」
あげは少女は、そう笑いかけた。
そうじゃないと思う。
もっと、他の。大きな希望が。
君だと思った。
※※※※※※
また貯めたら、更新再開します! しばしお待ちを!
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