♰39 研究内容は治癒の術式。(+氷室視点)



 伝えたいことも伝えられて、スッキリー。


「舞蝶お嬢様。このメモ、スクショしてもいいですか? 保存用と、研究参考用に」


 ……それは、複製(コピー)とかでは、だめなんだろうか?

 別にいいと頷いたら、スクショを、本当に二回した。


「我が家の『式神』には、自我があった。そして、血の縛りは解いた。今もお嬢様の『召喚』に応じるのは、やはりあの『式神』の意思。好きで出てくるのでしょうね。次の疑問としては、どうしてお嬢様が、血の縛りを掻い潜って『最強の式神』が召喚が出来たか。何かをお持ちなのでしょう。それが何か。それは他家の『最強の式神』にも通用するのかどうか否か……そもそも他家の『式神』も、同じ理由で現代では『完全召喚』されにくいのか、自我があるのかどうか。解きたい課題は多いですね」


 顎に手を添えて、つらつらと語る氷室先生。

 ……研究者なんだなぁ、としみじみ理解した。研究して答えを見付け出したい性分なのだろう。

 あ。そうだ。聞きたいことがあった。


【氷室先生は人体を研究参考にするって言ってたけれど、『式神』のため?】


 仮初の病院勤めは、人体を観察するために研究参考になるからと引き受けた仕事だと話していた。

 なんの研究参考になったのかと、尋ねたかったのだ。


「ああ、それなら……秘密ですよ?」と、月斗以外はいないけれど、屈んでコソッと耳打ちしてきた。



「吸血鬼の血以外で、治癒の術式を作る研究のためです」



 吸血鬼の血は、術式を加えることによって、他者にも吸血鬼特有の自己再生能力効果を与えることが出来るらしい。

 『血の治癒玉』と、呼ばれている。

 吸血鬼の血抜きで、治癒の術式を作る研究。つまりは、治癒魔法を作り出そうとしたのか。


「ええっ。それって、吸血鬼のアイデンティティが減りますけど」


 ちょっと不満げな月斗まで、声を潜めた。


「そうでもないでしょう? そもそも、今までになかったのですから、例え出来上がったとしても、天才と呼ばれる術式使いぐらいが使える代物となるでしょうね。出来上がったあとに、そこそこの腕前の術式使いも使えるように試行錯誤の工夫も必要でしょうが……それだって容易くはない。それに、あなた方、吸血鬼の血の提供も、無理もないですが、少ない。吸血鬼本人が持つか、または限られた許された者だけが持つか。何かと問題のある吸血鬼の血による治癒薬よりも、術式だけで行える治癒があればそれでいいではないですか。まぁ、進んでいませんがね」


 不甲斐なさそうに笑い退ける氷室先生だけど、ぶっちゃけホント、すごい。

 研究して作り出そうとしているだけでもすごいことでしょ?

 だって、治癒魔法を作り出すって……。


 さっき学んだ術式について知ったことだけど、術式が発動の糧にするのは、気力だ。エネルギーは、集中力とか精神力とか。もっと言い換えると、魔力と言っても過言ではないと思う。

 そして、術式は、いわば、和風の魔法だ。


 吸血鬼が超人的であり、自己再生能力が優れているのは、血にある。血が超人的なパワーとスピードを生み出しては、自己再生を異常な早さで促して、すぐに治癒する。

 代償に、消耗は激しいために、他者、つまりは他の人間からの血から栄養という糧を得て、補うのだ。

 その血を、術式によって、治癒薬に作り変えた。『血の治癒玉』だ。

 まぁ、グールの件もあって、それ以上は禁止されているらしい。その『血の治癒玉』も悪用されまいと、持つものは限られている。公開されている術式も、吸血鬼の本人の許可がないと治癒薬を作成が出来ない縛りがあるものだとか。あと改良など研究も封じられているとかね。

 ルールががんじがらめだとしても、重傷から回復が出来るなら、欲しいだろう。そのアイテム。

 その治癒薬とは別に、氷室先生は、魔力だけでも治癒が出来る魔法を作り出そうと奮闘しているのだ。

 難航はしているようだけれど、氷室先生なら可能な気がするから、すごい人だよね……!


「さて。今日はもう少ししたら、早寝しましょう? 日中寝たとはいえ、『召喚』で気力は減っているはずです。回復のためにも、どうか早めにお休みください」


 あくまで、お願い。

 まぁ、それもそうだよね。今日は何かと気疲れした。休んでおこう。




 ●●●氷室優視点●●●



 自分の部屋に引っ込むと、電話がかかってきた。

 【風間徹】の名が表示されて、この前初めてまともに会話をした軟派な刑事の顔を思い出す。


「はい。もしもし?」


 お嬢様の部屋とは逆の壁にもたれて、電話に出た。


〔こんばんは、氷室先生。今日は災難でしたね。舞蝶ちゃんはご無事だとは聞きましたが、大丈夫ですか?〕


 明るく出していても、真剣に尋ねている声。


「はい。そちらの上司からお聞きしていないのですか?」

〔聞きましたよぉ~。――――使


 眉をひそめる。


「はい? 一体何の話ですか?」


 私は、とぼけた。

 舞蝶お嬢様が術式が使えることは、極秘中の極秘情報だ。

 風間が相当な立場にあることは聞き及んでいるが、これは探りに違いない。

 山本部長が、うっかり仄めかすことでも言ったのだろうとは、予想が出来た。


〔いや、だから聞いたんだよ。って〕

「いや、意味がわかりませんって。何を仰っているのですか。酔っぱらっていらっしゃる?」

〔もぉー、冗談じゃないよぉー。上から下まで大慌てで、今日の襲撃の手掛かりを探しまくって大忙しですよ〕


 お酒を飲む暇などないだろうな。この敵を捕えるか、潰すまで。

 だが、その前に、公安が舞蝶お嬢様の才能に目を付けて、そっちに手繰り寄せようとしたいのなら、そっちにも刃を向けてやろう。

 ただでさえ、組長との絆は半崩壊状態。公安の横やりによって、公安とも対立するような最悪な構図が出来上がる。

 三つ巴……やっている場合ではない。


「では、電話している場合ではないですね。舞蝶お嬢様はご無事だと知れたなら、もういいでしょう。切らせていただきます。じゃあ」


 何か言っていた気がするが、電話は切る。

 何が目的か探りたいが、こちらもボロを出してしまっては意味がない。

 お嬢様が書いたメモを見て、感嘆の息を吐く。


「もう私の教え子です……。傷付けさせませんよ」


 聡い子。

 青灰色の大きな瞳で見抜く彼女に、もしかしたら、吸血鬼の執着心並みには、執着し始めたかもしれないと自分を笑ってしまった。




 

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