♰38 『血の縛り』から解放された『最強の式神』。



 うまうま。

 橘と他の料理人で作ったという本格ハヤシライス。

 マジ美味い。何このトマトの甘さと濃厚さ。

 言っていた通り、具だくさんで盛り付けてもらい、高級牛肉を噛み締める。


「美味しいですね」と言う氷室先生と月斗に、ほっこり笑顔で、うんうんと相槌を見せた。


「こんな美味しいのに……”美味しい”も言えないなんて。うっかり言いそうですよね」


 それな。月斗に同意の頷きを見せておく。


「さっきので、喉、また痛めました? まだ声を出しちゃいけない期間、増えました?」


 眉をハの字に下げた月斗が、氷室先生に尋ねる。


「幸い、悪化はしていませんね。しかし、元々はあの薬の苦味のない方をもっと早く飲んでいれば、すでに喋れていたはず……仕方ありませんが」


 本当に仕方ないことを零す氷室先生は、眼鏡をクイッと上げた。

 最初に処方した喉薬が飲めていたら、今頃、喋れていたのか。

 ……そして、あんな激苦い薬を、毎食後に飲まずに済んだのか。


「それほど痛まなかったですが、本当にまだ単語でも声を出してはいけませんよ? 主治医からの言いつけを守ってください。舞蝶お嬢様」


 主治医の言いつけなら、致し方あるまい。と、重く頷いておく。


「お怒りなら、『式神』でどうぞ訴えてください。組長ぐらいなら、大丈夫ですよ、多分」


 いや、そこは止めないの? わざわざ言っていいことなの? 多分、とは?

 氷室先生の仕方なさそうな笑みを見てから、月斗を見てみたが、美味しそうにハヤシライスを頬張るだけ。

 何も言わないの!? 組員!?

 藤堂なら、喚き縋って止めそうなんだけど?

 残念ながら、只今藤堂は警備強化で動き回っているらしい。


 そういえば、父の持っていたあの妖刀みたいなの。なんなんだろう。

 スプーンを置いて、タブレットを持ち上げて、【組長が出した刀は何?】と尋ねる。

 二人して、不思議そうな顔で首を傾げた。


「聞いたことないのですか? 雲雀家の妖刀。家宝です」


 げっ。家宝かよ。なら、昔に聞いていそうだ。


「まぁ、主を選ぶそうで、雲雀家で選ばれたり、選ばれなかったり……術式使いの家系に縛られた『式神』と似たようなものっすね。選ばれた者なら、抜けるらしいです。鞘は変幻自在、というか伸縮自在、か。だから小さくして、袖に隠しているみたいです。あと、あの禍々しいオーラの黒い刃は、生命力を容易く奪う能力を持ってますから、俺みたいな吸血鬼も切られたら治りませんねぇ。今日の怪物もあれがあれば、簡単だったでしょう」


 けらりと、月斗が語る。

 何それ。自己再生能力を奪うってことじゃない? それこそ死神かって。


「こら、食事中ですよ。月斗」

「あ、すみません、お嬢。てか、結局、どうしてお嬢は氷室家の『最強の式神』を召喚出来たんすか? さっきのお勉強だけだと、術式も血筋に左右されるって言ってましたけど……」


 氷室先生に、月斗は尋ねた。

 あ。しまった。それ。すっかり忘れてた。


「それは、私が知りたいですよ。氷室家が生み出した『最強の式神』は、血筋に縛られているし、才能を選ぶ。お嬢様には、血筋の縛りを掻い潜る何かがあるのか、それをゆっくり調べるつもり……?」


 ポチポチと打ち込み、タブレットを見せる。

【それなら食べ終えたら、話したい】と。


 すると、心なしか、氷室先生はがつがつと素早く平らげた。


 残念ながら、私はゆっくり食べないとだめな子どもなので、氷室先生が食べ終えても、もぐもぐと味わっていた。味が染み込んだニンジンまで、うまうま。

 月斗も私になるべく合わせてくれたが、成人男性の方が食べ終わるのは当然で、飲み物を飲んでまったりしている。

 氷室先生は、例のお薬を用意するものだから、ガビーンとなった。

 ……それ、食後、30分後に飲むんだよね? 気が早いよ、先生……そわそわしすぎ。

 食べ終わり、飲み物を飲んで一息。


【氷室先生は、『式神』の意思についての研究をしていると言ってたよね?】


 スマホで、そう氷室先生に問う。


「はい、その通りですが…………まさか! 意思の疎通が、やはり出来たと!?」


 私はタブレットをキーボードに装着して、ノートパソコン形態にしてから、興奮した氷室先生に頷いて見せる。

 ちょっと待って、と掌を突きつけてから、作業を始めた。


「やはり……! ん? それはすでに書いたメモ?」

「あ。多分、山本部長に怒鳴られた時に打ち込んでいたメモかと」


 保存していたメモを開いて続きを打ち込むと、斜め後ろから見えている氷室先生と月斗が話す。

 ちゃんと、中身を勝手に見ずに待ってくれている。


「ああ、あの時か。あの時も、血の縛りについて話していたが……あ、書けましたか。拝見します」


 タブレットごと渡そうとしたけど、氷室先生は私の肩越しに覗き込んで読み始めた。


「【縛りといえば、あの『式神』は】……【ずっと血の縛りから解放されたがっていたのだと思う】!? 【『完全召喚』と引き換えに、顔の氷を砕いてくれと、言われた気がしたから、約束したら】……【出てきて戦ってくれた】……」


 心底唖然としながらも、読み続ける。


「【助けてくれたお礼に、約束通りに顔の氷を砕いたの。バンッて】……それで、あのヘッドショット……。【『式神』もありがとうって】……ははっ。確かに、お礼を込めて頭を下げていましたね……」


 まぁ、あの巨体で傅かれたのは、びっくりだったけども。


「【意思の疎通は出来るから、あの『式神』には意思があると思う】」


 このあとから、新たに書き加えたことだ。

 他の『式神』は知らないから何とも言えないけど、あの『式神』には間違いなく自我がある。


「【ここからは私の推測。あの『式神』の縛りは、血と才能だと言っていたけど、実際は『式神』が自分の意思を汲み取り、『解放』してくれる術式使いを選んでいたんだと思う。私には何かしらの特別な才能があり、それは『解放』も出来たから、呼びかけに応じた。『最強の式神』は、その家が生み出した物だから、その家に縛られて不自由だった。血筋から、才能を選んだのは間違いないだろうけれど、一番は自分を解放してくれそうな人が条件だったのかもしれない。だから】……【強情な『式神』というのはあながち間違いじゃない。選んでいたから。才能があって、自分を解放出来る可能性を持つ相手を】……」


 氷室家が召喚に手こずっていたのは、強情に拒み続けたから。

 才能があっても、認めなかったのも、自分を解放できそうにない相手だったから。

 『召喚』に応じたのは、条件に合う者だけ。

 私は血の縛りを掻い潜った何か特別な理由を持っていたみたいだけど、解放も出来るからこそ、名前で『召喚』を呼びかけた私に、条件を突き付けてきた。


「【あと、きっとあの『式神』は】……」


 その続きは、氷室先生は動揺で、最後まで読み上げなかった。


!】


 という、まぁ、私の憶測。

 でも、思い当たることがあるのだろう。

 呆れよりも、驚きで呆けている氷室先生。


「……お嬢様の推測は、正しいかと」と、ポツリと氷室先生は、声を絞り出した。


「過去の『召喚』成功者は……幼い頃から術式を叩き込まれた者達ばかりです。才能があるだとか、天才だと褒めはやされていましたが……本当は努力家、ばかりです……」


 涙が滲む氷室先生はきっと、自分も含めていると思う。


「私も、『式神』に期待はされていたのですね……。まぁ、研究をしていましたし、いつかは辿り着くかもしれないと思ってもらえたのかもしれない」

【多分、そう】

「ふふ……応えられた自信がありませんね。解放されたがっているなんて、微塵も気付かなかった私になんて……」


 自嘲の笑みを零す氷室先生。

 それを見上げてから、私は『式神』の名前を思い浮かべて、問いかける。

 氷室先生に少し顔を見せてあげてくれないか、と。

 拒否の気持ちとは別のものが伝わってきた。承諾だ。だから、横の方に手を翳して、『召喚』をした。

 闇の中から、のっそりと巨大なガイコツが、顔をはみ出させる。

 誰だって、ビックリして震えるだろう。

 月斗はそっと肩に手を置いてきて警戒してきたし、氷室先生も驚きで仰け反る。

 『召喚』の意図を測りかねて私を見ている氷室先生に、どうぞ、と『式神』との対話を促す。


「……触っても?」と私を通して、『式神』と対話を試みる氷室先生に、頷いて見せた。


 恐る恐ると手を伸ばして、頭蓋骨に触れる氷室先生。

 ピタリと触れた手が、すすー、と表面を撫でるように動く。


「冷たい……。氷室家は、名の字にあるように、氷を象徴し、術式も氷に関係するものも多いのです。……氷漬けが、氷室家の『血の縛り』の象徴とは……氷室家らしい」


 忌々しそうに顔を歪めた氷室家の横顔は、悲しそうでもあった。


「幼い頃から、私の『召喚』に応えて、力を貸してくださって……ありがとうございます。それなのに、私はあなたの期待に応えられず……申し訳ございません……」


 俯いて感謝を伝えたあと、謝罪をする氷室先生。


「私はひたすら『完全召喚』を可能にすることばかりに囚われていたのに……。でも、舞蝶お嬢様と出会えたのは、幸いでしたね。私に力を貸したのも無駄とは言えません。やっとあなたを解放できる真の天才と出会えたのですから」


 苦そうに冗談を言って笑って、誇らしげそうに私を見てきた。

 まるで同意するかのように、巨大な頭蓋骨はカタカタと顎を震わせて笑う。

 それを見てギョッとはしたけれど、ふはっと噴き出して笑う氷室先生。


「おい? なんかあの死神が笑う音がする――――って、マジでいる!! なんで頭だけ!? 何してんだ!? 食事後の運動に、”ソレ”を『召喚』って!」


 その音を気にして覗きに来た藤堂が、びっくり仰天してツッコミ。


「失礼ですね。”ソレ”とは。今日の命の恩人に、敬意を払ってください」


 氷室先生は、笑みを引っ込めて眼鏡をくいっと上げると、淡々と告げた。

 藤堂を笑うかのように、そっちに顔を向けて、カタカタと震える『式神』。

 『式神』に笑われてない?


「俺、『式神』に笑われてるのか……!?」


 あ、藤堂と考えてること、被った。


「そうでした。お嬢様。長く出していては、お身体に障ります。もうお戻しください」


 氷室先生が言うので、確かに、と頷く。

 ただでさえ、今日は初めての術式を使い、気力をごっそり持っていかれて、半日は爆睡したからね。

 バイバイと手を振って戻す『式神』を、氷室先生はちょっぴり寂しげに見送った。


「……では、お薬の時間です」


 ……げっ。


「よし。問題なし。警備に戻りますんで」


 見たくもないらしい藤堂は、逃げた。

 何しに来たアイツ。


 苦い苦いお薬をグビッと飲んでは、月斗にしがみ付いて悶え耐えた。



 

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