♰37 二年半前の吸血鬼の”執着”事件。(困る護衛side)
反省している藤堂に。
「てか、そういうことなら、予め言ってくださいよぉ。せめて、”
月斗も、むくれ気味に苦情を言う。
「あー。だって……お嬢が怖がるかと思って。ぶり返したら……マズいし」
気まずそうに舞蝶を見て、ガシガシと頭を掻いた藤堂。
”
それはあまり多くの者は知らない。
ただ、”よその吸血鬼にお嬢が狙われて襲われた大事件”と表沙汰になっている。
当時から、舞蝶は吸血鬼の執着症状を知らない。
「でも、本当にお嬢、俺のこと怖がってませんよ?」
「わかってるがよぉ。吸血鬼絡みに敏感になるのはしょうがねーだろ。狙って襲ってきたのは
「そういうところですよ。素でアホなんですか?」
トラウマを刺激することをわざわざ口にしてしまった。しかも、モロだ。
氷室の蔑んだ眼差しに、ぐうの音も出ない。
「す、すみません。聞きたくない話ですよね」と謝るが、舞蝶はなんとも思っていないような顔で【覚えてないから、大丈夫】と、タブレットで伝えてきた。
「覚えてないって……まぁ、覚えておきたくもないでしょうねぇ」
苦笑を零してから、藤堂は平然とした舞蝶と見つめ合っては探ったが、本当に恐怖も怯えも見せず、舞蝶は術式の本を読み直す。
「……お嬢が話しても大丈夫って言うなら、例の側付きのオバサン達からの尋問で、明らかにした罪も報告に上がったんで、始まりのその事件とともに、氷室先生と月斗に話しても大丈夫ですか?」
藤堂は慎重に言うと、舞蝶は顔を上げて、コクリと頷いた。
そして、本を閉じて、聞く姿勢を作る。
氷室の膝の上だが、まぁいいか。
と思いきや、舞蝶に手招かれて、月斗もベッドに腰かけた。
……お嬢のベッドに異性が座るのはいかがなものか。気が散りそうになったが、なんとかツッコミを堪えておく藤堂。
「二年半前。イカれた吸血鬼の襲撃で、護衛の一人が瀕死になり、そして助けに入ったバカな吸血鬼の奴の無配慮な戦いを見て、心底怖い目に遭ったお嬢は、吸血鬼が怖くなっちまったんですよね? それなのに、バカな吸血鬼の奴が触ろうとしたから、心底ビビってパニックを起こした。覚えてないでしょうが、泣いているお嬢に触ろうするあのバカを引き剥がしたのは、俺なんすよ?」
藤堂は覚えているのだと、力なく笑って見せる。
脳裏に浮かぶのは、怯えて泣き喚く幼い舞蝶を、笑って触ろうとするバカでドアホな吸血鬼。力づくで引き剥がして、他の者とともに捕えた。
それでもヘラヘラした顔を思い出せば、憎しみも湧く。
アイツのせいだと、罵りたくもなるのだ。
「でも、そのせいで、全然見れませんでしたね。泣き喚くお嬢を庇っているように見えた側付きが何をしていたか、何を言っていたか。その時、側付きはお嬢のトラウマを利用することにして、吹き込んできたんでしょう? ”あの吸血鬼も狙っている”とか”引き裂かれてしまう”とか”目を合わせない方がいい”とか”母親のように男を惑わしてしまうのだから”とか。そういうことを吹き込まれて追い込まれたお嬢は、吸血鬼どころか、男も怖くなってしまった。それで孤立が出来た側付きは、冷遇を始めた。自分に従う使用人をお嬢専用にしては、上手い具合に冷遇をしたんです。俺達は迂闊に近付かないように距離を取り、その間に側付きは虐げた。それが事実ですね?」
「……」
間はあったが、舞蝶は頷く。
「……直接的には手を上げてはいないと言っていましたが、事実ですか?」
緊張を孕んだ質問。
嘘か真か。尋ねないといけない。
「……」
また間はあったが、舞蝶は頷く。
「そうですかい……。だからって、お嬢への仕打ちの重さは軽くなりませんけど」
ホッとはしたが、情状酌量はない。
「お嬢もわかっていると思いますが、動機はお嬢のお母様への逆恨みをぶつけた犯行です。寵愛がお嬢に向けられないように、組長のことも怖がっていると報告し、そしてトラウマを嵩に立てて、ワガママを言い始めたと、お嬢を悪く仕立て上げました。お嬢は悪くありません。悪いのは子どもを……お仕えすると言っておいて、虐げたあの元側付きのオバサンが悪いんですよ」
視線が下がってしまう藤堂。
だからと言って、自分達も悪くない、と言えるか? いや言えない。
【藤堂達も悪くないよ】と、舞蝶はそうタブレットで伝えてくれるが、果たして本心だろうか。
文面と感情が見えない無表情では、わからない。慰めか。
形だけの定型文か。嘘か。
【処罰はお任せするから、気にしない】
舞蝶は、処遇に対して興味を示さない。それは無関心でいたいのか。何か望むなら、情状酌量以外なら聞いたのに。
「はい……お任せを」
【藤堂達も悪くない】
「えっ……あ、はい……」
返事をしなかったせいか、また同じ文を見せられた。コクリと頷いてしまう藤堂。
自分はそんなに罪悪感いっぱいの顔でもしてしまったのだろうか。
チラリと氷室と月斗を見たが、二人は舞蝶が打ち込んでいるタブレットを見ているだけ。
【警備はどうなるの?】
「あ、はい。厳重態勢で対応します。少なくとも、組長の許可が出るまで、外出は出来ないと思ってください」
仕事モードに切り替えて答えたが、組長にピクリと眉を動かした舞蝶を見て、ヒヤリとする藤堂。まだ怒っているのか。
「敷地内は? 体力作りのために、多少は散策がてら歩かないと」
氷室が主治医として言う。
「お嬢の体力、壊滅的にないですもんねー」
【わかった。リムジン登下校やめる】
「やめないでください。俺達まで徒歩ですかい? 嫌ですよぉ。歩くと結構遠いじゃないですか」
子どもらしく、むくれる舞蝶を、ついつい笑ってしまった藤堂。
「予め言ってくれれば、庭に人員配置すんで。散策する時は、事前報告でお願いします。他の警戒も怠れないんで、全部をお嬢の元には配置出来ないのは、ちょっとなぁ……。まぁ、襲われたのはお嬢だし、お嬢狙いを警戒してっていう形を示すのも大事ですけど。まだ明らかになってないんで、油断は出来ませんね」
組長の娘狙いだと、こちらが思い込んでいると敵に思わせた方がいい。今のところは。
そこで、月斗が挙手。
「あのぉ……ちょっと確認したいんですけど。こっちに吸血鬼を戻したりするんですか? ほら、その、バカな吸血鬼って元々お嬢の護衛とかで」
「あんなバカを戻すなんて大反対だっ!!」
カッとなって声を上げてしまったため、舞蝶がびくと震えた。
氷室から、咎める目が突き刺さる。
「す、すんませんお嬢! アイツ、ホント、むっかつく奴でして……! あんなの人手不足だとしても、本邸に戻ってくることは、断固拒否してやります」
驚いた舞蝶に、ぺこぺこ頭を下げてから、藤堂は意志を表明する。
「……同族嫌悪?」
「アイツと同族にするなよ!」
氷室が不思議そうに藤堂が嫌う理由を問うと、バカ呼ばわりされていると自覚している藤堂は真っ向否定。
「怯える子ども相手に、笑いながら近付くイカれたサディストだ! 血飛沫大好きマンだ!」
「「血飛沫大好きマン……」」
ガシガシと前髪を乱す藤堂は。
「春に一回、近くに来たとかで、バッタリ会ったら、アイツなんて言ったと思う? ”オレは地方に飛ばされたのにお前はお嬢の護衛担当とは出世したな”とかヘラヘラと恨み言を言いやがったんだぜ? 自業自得だろーが!! ちょっと気になって、追い出された吸血鬼達が不満言ってないか調べてみたけど、そこはまぁ割り切るの得意な吸血鬼達らしく、そこに馴染んで普通に仕事こなしてたんだが……あんのバカ! 恨み言を言うわりには、飛ばされた先でデカい顔して幅きかせてんだぜ!? なんなんだよ! イカレ野郎が!!」
と、不満を爆発して、頭を抱える。
「ゴホン」と、氷室の咳払いに我に返った。
「じゃあ、その、瀕死になった護衛さん? は?」と、月斗は気になって、首を傾げて問う。
「あー、アイツか? アイツは真面目すぎるが、悪い奴ではないな。組長の信用を得て、お嬢の護衛を任命された手練れだったからな。不意打ちじゃなければ、やられはしなかったらしい。やられたら、しまいだがな。人手が足りないなら、戻すかもしれませんね。お嬢が大丈夫って言うなら、え?」
舞蝶が大丈夫なら、戻しても大丈夫だと藤堂が口にするなり、ギョッとした顔になる舞蝶。
「え? なんすか? 流石にアイツはだめですかい?」
オロオロと視線を泳がす舞蝶は、最近では珍しいほどに、動揺を見せる。
こりゃだめだな。
「わかりました。万が一には戦力になるんで、一応お嬢の目の届かない位置に配置する形にしますんで、予め報告はします。それならいいですかい?」
宥めてみたら、悩んだ様子で頷いた。
「(んー。また間違いたくはないが……よくわからねーなぁ。まぁ、トラウマの元凶二人には、流石に会いたくねぇってことか。必要に迫られない限り、呼ばないと思うが、一応これも加胡さんに報告だな)」
ポリポリと頬を掻く藤堂。
【藤堂。警護のみんなに、よろしくねって伝えておいて】
「! ……はい。お守りしますんで、お任せを」
ニッと笑って見せた藤堂。
「(部下がみんな、驚いて歓喜するんだろうなぁ)」
と、内心で想像した。
直属の上司とも言える幹部の加胡に、警護内容を報告したついでに、藤堂は恐る恐ると切り出す。
「あの、加胡さん。なんか認識の違いがあるみたいなんですけど……組長、夕食を毎日食べる約束をしたおつもりのようですが、舞蝶お嬢は一回だけ許可をした、と言いますか、承諾したと言いますか……」
「……は?」と、加胡はポカンと口を開く。
「(この人も思い込んでたな)」と、苦い思いをする藤堂。
「当たり前のように毎日食べる約束をした気でいちゃだめですよ。お嬢の方は誰かと食べる方が、普通じゃなかったんですから。そこんところ、加胡さんからそれとなく、上手く言ってくれません? 今の関係で、親子として当たり前のように接するのは……その、マズいですので」
色々ぼかしながら、手を一振りする。
それは雑だが、振り下ろされたサイスを思い出させるのには十分すぎて、加胡は顔を真っ青にして、小刻みに震えた。
「怒っていらしたか……?」
「……」
幼女なりのドスの利いた声で”は?”と零しては、喉を痛めて噎せたなど言えるわけもなく、苦々しい顔で重く頷く藤堂。
「はぁ……そうか、助かった。組長には言葉が足りないと伝えておこう。……だめだな。組長も、お嬢のことでは、かけ違えたせいで、もうギクシャクと狂い通しだ」
加胡も参ったように頭を掻く。
「アルバムの件は……何か言っていらしたか?」
「いえ? 全然触れられませんよ……。あんな雰囲気ですよ? 迂闊に触れることなく、気晴らしをさせようとしたら、今日の事件ですよ」
だよな……と、加胡は肩を落とした。
「加胡さん、息子いるじゃないですか。何かアドバイスしてあげてくださいよ」
「事情が違いすぎるだろ……」
「じゃあ、友だちのいないお嬢のお友だちとして差し出すとか」
「”差し出す”言うな。却下だ。絶対にお嬢に初恋をするだろ、複雑なところに余計なものを投入するな。というか、月斗の執着心はいつから知っていたんだ!?」
「うげっ!」
がしりと頭を鷲掴みにされた藤堂は、加胡にお説教を受ける羽目となった。
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