♰56 新情報が集まった。(大人side)
奇襲を受けた翌日の夜。
月斗と氷室がこそこそと家を出る方針を話していた間、藤堂はやっと雲雀家の本邸に顔を出した加胡と会った。
「どうでした?」
「……進展なしだな。お嬢の方は? 問題ないな?」
特に連絡出来る情報を得ていないという加胡に、少しビクッとしてしまいそうだったが、藤堂は平然を装う。
「あー、はい。順調に術式を学んでいらしてますよ。
「結界を消す? 『負の領域結界』も敗れる術式を開発出来るなら、助かるな」
「はい。もっと早くしてくれれば昨日は楽勝だったんですがねぇ」
ヘラヘラしておく藤堂は追及してこないことに安堵した。
元々、氷室は外部の者のため、彼の研究内容に必要以上に首を突っ込まなかったのだ。本当によかった。
嘘を重ねずに済んだ。
そもそも、ギリギリ誤魔化しているだけで、嘘はついていない。
とか、心の中で、必死に言い訳をした藤堂。
「あ、そういえば、会合の方はまだ仮定だと思いますが、場所は候補ぐらい絞ってるんですか?」
罪悪感を湧かせつつも、探りを入れる。
なんせこの加胡に、女遊びをチクられないために、必要なのだから!
なんとかバレて怒られない方法をとるしかない!
「まぁ、一応。何故そんなことを聞く?」
「え? 何って……お嬢も連れて行くでしょ? そしたら俺達も護衛でついていきますし」
「は? 組長達が自ら囮になるなら、お嬢は必要ないだろ!」
「いやいや! 昨日の狙いは、お嬢、つまりは『夜光雲組』を狙って喧嘩吹っ掛けたって、思っていることにしておくなら、お嬢も連れて行った方が自然ではないですか? 負の領域結界を対処したことにする氷室先生も付き添ってくれるなら、頼りにもなるじゃないですか。お嬢もそのつもりだそうで、先に知れるなら知っておきたいと仰ってましたよ」
戦場に行く、ってどころではなく、戦場を裏で支配して勝利させる気であることを、今はまだ言えなかった。
舞蝶の活躍が必要だと確定するまで、口止めをされているのだ。胃がキリキリする。
直属の上司と、守る対象の組長のご令嬢の板挟み。
ストレスで吐ける。
直属の上司は怒ると怖いし、下手すれば容赦なく、護衛責任者の地位も弾かれる。
守るべき対象は、強力すぎる力を持つし、容赦なく弱味を責めてきては脅してくる。
あれで6歳の女の子だぞ。怖すぎる。
「んー、一理あるが……お嬢を危険にさらさない方がいいに決まっている」
「そうですね。相手次第になりますよ。どうしても『夜光雲組』に大打撃を与えたいって言うなら、会合中、留守番しているところを一点集中に襲撃なんかされてみてくださいよ。迎え撃つために主戦力を持って行かれたガラ空きのこっちに仕掛けられたらたまったもんじゃありません。なら、主戦力が勢揃いの会合に、お嬢を置く方が絶対安全じゃないですか」
咄嗟に適当なことを言ったが、めちゃくちゃ説得力があると自画自賛した。
だが、これも結局、つい先程、氷室に説得されたこと。正しく言えば、舞蝶の考えだとか。
「確か、に……」
「まー、相手さん次第ですね。だから、何かわかったら教えてくださいな。お嬢も、万が一のために、身を守る術式を使えるように練習頑張るそうですので!」
ニッと笑って見せた。
身を守るどころか、周囲の術式を無効化する攻撃を練習していたとか、言えない。
本日は『生きた式神』を生み出しちゃいました★とか、言えない。
色々言えない藤堂は、罪悪感で胸をチクチクさせてはいたが、我が身が可愛いので、情報をくれという頼みは厚かましく押し付けたのだった。
翌日の夕方。
藤堂は加胡からの電話を受けて、マズいことになったと頭をガシガシと掻いた。
そのまま、廊下を進み、舞蝶の部屋の襖を無遠慮に開けた。
「うお!? すっげー散らかってる!」
中は紙類が散乱し、月斗はその上にぐったりと倒れているし、氷室もあぐらをかいて座って余裕なさそうに肩を落とす。
ベッドの上には、花をむしゃむしゃしている『生きた式神』希龍が、一体だけ呑気にしている。
机の方では、ポニーテールに束ねた舞蝶が、何かをどんどんと殴り書いていた。
その紙が次から次へと、床に落とされる。机の上はもうペースがないからだろうか。
「な、何? このカオスな部屋は……何してるわけ?」
「練習中ですよ……月斗は能力を活用してこなかったので、持続させつつ、他の能力の練習をしていて、エネルギー切れを起こしているところです」
答えたのは、氷室。
「あ、そう……ドクターは?」
なるほど、だから倒れているのか、と月斗を一瞥。
「私はこの希龍を隠す術式を試しているところですよ……。お嬢様が、グールやグールを知っている者だけを領域に引きずり込む術式があるなら、希龍を知る者以外が見えないようにする術式も作れるんじゃないかって案をくださったので……お嬢様からのお題をクリアするまで邪魔しないでいただきたい」
「殺気立つな」
ギロリと見てくる氷室は余裕がない分、だいぶ目がいっている気がするから怖い。
「『式神』を隠す術式か……そりゃあ、見せるわけにはいかないが、コイツの力が必要だもんなぁ。発想を出すお嬢もすごいが、それに応えるアンタもすごいな……天才術式使いが手こずっているんだから、難しいことなんだろ」
苦戦しているというなら、そういうことだろう。
「ええ。他者から姿を隠す術式ならまだしも、特定の『式神』の姿を隠すだけの術式ですからね……」
「俺の部下に、自分の姿を消して襲撃者を後ろから返り討ちにするのが得意な術式使いいるけど、そういうのじゃだめなわけ?」
「それは術者自身が姿をくらますだけの術式だから、単純で簡単なのですよ。私が使うのは『生きた式神』の姿を消すことですよ。単純に姿をくらます術式では、希龍は気力が強すぎて掻き消してしまうのですよ。隠蔽の術式は、術式ではなくても簡単に打ち破れます。吸血鬼の嗅覚や聴覚、さらには人間の直感、動物の本能ですら。だからこそ、縛りをつけた結界で囲って隠す方法をお嬢様が提案してくれたのです」
「……ほー。その縛りが”希龍を知っている者だけが見える”って類か。……アンタ、結界の類は苦手だって」
昨日言っていたよな?
「ええ、故に苦戦していますっ。こうなるなら、死ぬ気で得意になっていましたがねっ!」
半ギレな氷室。
「藤堂さん。もう氷室先生の邪魔しないでくださいよぉ……。てか、長話してないで、お嬢に報告することあるでしょ」
と、そこでのっそりとだるそうに起き上がる月斗。
床の影が、彼の上半身を持ち上げて起き上がらせたのだ。
「え? なんでわかったんだ?」
「え? 聞いてないんですか? 今朝、影を繋げたじゃないですか。離れている藤堂さんの声は聞こえるようにしておくって」
「いや影の許可はしたが、盗聴は許してねぇぞ!?」
「へあ!? で、でも、お嬢がっ」
その会話で、やっと舞蝶が止まった。
驚いた顔で振り返ったのだが、すぐにあわあわと机の上の紙や本の下をあさっては、ベッドの上で花に埋もれていたスマホを見付け出した。
画面を見て、げんなり顔。
窺うように藤堂を見たかと思えば、ポチッとタッチ。
そこで藤堂に舞蝶からメッセージが届く。
【離れている藤堂だけ、声が聞こえるようにしておくね】という連絡。
「いや今更かい! 未送信にしちゃったのか! せめて俺の既読を確認して!?」
舞蝶が送信しそびれたせいで、藤堂は自分の声が聞かれているとは知ることもなかったのだった。
「ちなみに、聞いていたのは月斗だけです。私とお嬢様はウザそうなので聞こえない設定にしてもらいました」
「一言余計だよ! 盗み聞きしておいてそれはないだろ!!」
「盗み聞きに関して、あなたに言われる筋合いはないんですが」
氷室の八つ当たりを受けたが、昨日彼の過去を盗み聞いてしまった藤堂は、華麗に返り討ちを受ける羽目になった。ぐうの音も出ない。
「れ、連絡来ました……加胡さんから、敵さんの尻尾を掴みましたと」
部屋の空気は、ピリッと張り詰めたことを感じ取った。
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