♰55 吸血鬼の執着で傷つけないために。(影本月斗視点)



 びくっと肩を跳ねた俺は、がぁああっと顔を赤らめる。


「えっとぉ……そのぉ……そ、それは、そのっ……ど、ど、ど、どうなん、でしょ?」


 動揺して、わけがわからないままに首を傾げた。顔が熱い。


「い、いや、でも、ほらっ……執着心と恋心と直結するとは限らないって、母さんが言ってたし」


 オロオロと言い募るが、じとーと見てくる氷室先生。


「……吸血鬼の特殊能力を調べたついでに、逸話も知りました。大昔のとある吸血鬼が、とある国のお姫様を拉致して監禁したそうです。一目惚れをしたそのお姫様をただ部屋に閉じ込めて、ベッドの上に手枷をつけて置いたとか。指一本、手を出したわけではなく、ただただ死ぬまでそこに置いたそうですよ。彼が執着したのはお姫様の見目でしたので、餓死するまで眺めていたそうです。泣いて喚いても、空腹を訴えても、死を見届けました。それが彼の執着の終わり」

「……こえぇー」


 なんですか。それ。絶対に闇の葬られる話じゃないですか。

 とある国って……絶対に特定しちゃいけない気配ムンムン。


「はい。吸血鬼は、色々と淡白でして、気に入ってしまえば、その固執は強烈。言動も、時には異常です。今の例えは、極端ではありますが……お嬢様も、一度異常な執着心による吸血鬼の被害を受けて、トラウマまで植えられた過去を持ちますよ。同じく執着を持つあなたは許されている。だが、だからこそ、お嬢様が心を許していることをいいことに、信頼を裏切ることをやめてほしいのです。あなたが裏切れば、二度と吸血鬼を信じませんよ。いえ、最悪、誰のことも信じなくなってしまいます」

「っ――」


 誰も信じない。信じなくなってしまう。信じる心を失う。それは嫌だ。


「わかってますよっ……俺はお嬢を裏切ったりしません。死んだ方がマシだッ」


 お嬢が信じない。そんな目を向けられたくない。

 が、順序が逆だ。俺が裏切ったらの話。その前提はあり得ない。そんなことをするくらいなら、自分の命を先に捨てる。思わず、語尾を強めて言い放ってしまった。


「その意気です。ただ……変な気を起こさないことを心掛けてくださいよ? 独り占めしたいからと、お嬢様を勝手に連れ去っての監禁も、もってのほかですよ」

「しませんよ、そんなこと!?」


 すると思うなんて、心外ですが!? そんな外道なことしませんから!!


「油断は禁物ですよ。吸血鬼の執着が、他にも発揮するかもしれませんよ? 恋愛感情により、嫉妬心や独占欲で誰にも触れさせないほどまでにお嬢様を放さないことも起こりえるのですからね。吸血鬼の執着心の逸話をいくつか知り、推測したのは……


 氷室先生は、人差し指を立てて見せた。

 一つの感情や考えにも?


「執着症状は、人に対して出ますが……後継者争いをする吸血鬼達だって、王座というものに執着しているはずです。逆にあなたは執着していないからこそ、逃げて隠れている。とある国のお姫様に一目惚れした吸血鬼は、拉致監禁し、餓死するまで眺めた。その時だけの美しさを眺めたいがために。固執して異常行動に出た。殺したいがために、執拗に追い回して殺し合う吸血鬼もいましたね。理由は知りませんが、街一つは壊滅したとか。感情がどうやってどう動くかは予測しにくいですよ。例えば、今現在のお嬢様が好きだから、小さな身体を維持させようとしたり、成長する前に止めたり」


 ヒュッと息を呑んだ。

 氷室先生が、喉を切る仕草を見せたからだ。

 震えた。

 ”今のお嬢が好きだから、殺す”って話が意味がわからず、ひたすら震えた。


「そういう感情を持つなら、今すぐご自分の命を捨ててください。今すぐ」

「二回言った! 待って! 俺そんなこと考えてません!」


 極寒の如くの眼差しを向ける氷室先生に、ブンブンッと首を左右に振って必死に否定する。


「それならいいですが。お嬢様は今でも十分魅力的ですから、”現状維持”なんてことに執着でもしたら、やりかねないですからね。今でも可愛らしいお嬢様に見惚れるのはいいですが、未来のお嬢様も想像して、そっちにも執着心を持って未来を楽しみに、そばにいてください。……あなたのタイプは知りませんが、成長するお嬢様の姿も興味持ってくださいよ」


 極寒の凍てつく眼差しで見てくる!! 俺に、ロリコン疑惑!!


「待って! ホント待って! 俺はロリコン違う! ヤバいヤンデレロリコン違います!!」


 ブンブンッ! 否定した。

 人を、”現状維持”って怖いよ!! 吸血鬼の執着ヤベー!!


「確かに今も超絶可愛いですけどっ! ……やっぱり、どんどん綺麗になるんでしょうね? 組長を超える美貌になりえますよね? いや……見ただけで、骨抜きにする美貌の美女になるのでは……!?」

「……大丈夫そうですね」


 組長はただでさえ、吸血鬼を超える美貌の持ち主だと揶揄される人だ。

 確かに吸血鬼は美男美女揃いで、他人を魅了する美貌を兼ね備えているのは当然な種族。

 その組長の娘。母親も相当な美女ときていて、今現在ですら、超絶可愛い。

 ゴクンと、喉を鳴らしてしまった。


 そんなお嬢の成長姿……!


 ゴックンと、喉がまた鳴ってしまった。


「鳴らしすぎですよ、喉。とにかく、執着するなら、これに限ります。””。ことで、傷付けて裏切るようなことはないでしょう」

「!」


 ”お嬢を傷付けずにお守りする”という誓いに執着する。

 目に鱗だ。

 それで吸血鬼の執着心による異常行動で、お嬢を傷付けるようなことは起こらない!


「っありがとうございます! せんせ! そうします!」


 思わず、手を握って感謝を伝えた。


「いいですよ……お嬢様自身にも頼まれましたし、他でもないお嬢様の危険を防ぐためですからね。今後、我々は運命共同体とも言えますから」


 嫌々そうながら眼鏡をクイッと上げて、仕方なさそうに笑う。


「この家を出て、公安に行く方針は理解しました。ただ、今はその時ではないですね」

「ああ、はい。俺もお嬢に言っておきました。お嬢も納得しました、ね。声のこともありますし、事件もありますし」


 ふと、過る。


「……そういえば、昨夜添い寝した時には、事件のことは気にしてなかったというか、首を突っ込む気はなかったはずなのに……術式の才能を活かして、公安を自分を売り込むいい機会だって思ったからでは?」

「なんと? どういうことですか?」

「お嬢、自分もしっかり公安で働く気なんですよ。昨夜も俺に一緒に働くかって言ってきて……。『最強の式神』ヒョウさんで、大立ち回りは朝には考え付いていたんじゃないですか?」


 お嬢のキレッキレの提案。公安に売り込むため。その思惑も含まれている。なんて深い考え。


「……震えますね」

「全くですよねぇ。お嬢の藤堂さんへの容赦なく弱みをつつく姿を見れば……あの元使用人達に、お嬢の手が下されていないことが不思議ですよ」

「……もしかして、もう三年の拷問地獄の刑だと聞いたのでは?」

「いや、最初から証拠を出すだけで、あとは組長にお任せです。今日も初めてあの蔵にいるって知ったんだと思いますよ」


 ちょっとそこんところ、わからないんだけど。

 お嬢としては、もう考えるに値しない相手だってことなのかな。と、二人で首を傾げてしまった。


「公安に保護を求めるとなれば……組長には一応話すだろうか? それとも、黙って去るおつもりか? それは厄介だろうし、公安も……いや事情が事情だから、可能かもしれないが」

「お嬢の意向はまだ聞いてませんね。公安と相談、でしょうか。先ずは。食事も一度は応えましたし、多分、意思は告げるんじゃないでしょうかね……」

「……どっちでも穏便に行くとは思えないな。組長の一方通行で、お嬢様は完全に心を閉ざしているようですしね。その点、声があと五日ほどで単語ぐらいは出せるようになるから、聞いてみましょうか。その頃には、事件も解決しているでしょうしね」


 うむ。そうか。あと五日でお嬢の声が戻る。

 ……まともにお嬢と話が出来るのか。楽しみだ。


 ゴクリ、と息を呑んだ。


「いや、このタイミングで喉を鳴らさないでくださいよ」

「す、すみません……」


 恥ずかしい。


「……誓いといえば、氷室先生が先に忠誠を誓った感じですよね。なんだろ、敗北感……」

「……私に嫉妬して牙を向けるのはやめてくださいよ?」


 ギロリと眼鏡の奥で警戒を滲ませるから、俺は苦笑を零す。

 そんな危険もある。それが吸血鬼だ。


 吸血鬼の執着心。

 それを、俺は執着しているお嬢を”傷付けずにお守りする”という誓いにも当てることにした。



 

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