♰54 君を想って眠れない夜に訪問者。(影本月斗視点)
窓辺に座って、ぼんやりと月明かりに照らされた庭を眺めた。
本当は単に考え事に耽っていて、庭なんて見ていない。
いや本当は、考え事というより、眠れないなぁ、お嬢と添い寝したいなぁ、とかグルグル思っているだけだ。
昨夜は、マジで夢心地だった。
朝までお嬢の匂いに包まれて熟睡。お嬢の温もりを身近に感じたし、なんなら手も握った。子ども体温で温かかった。
目覚めたら黒い笑顔の氷室先生がいたので、悲鳴を上げかけたけど。
確かにお嬢と添い寝はいけなかったけどもぉ。
はい。全面的に俺が悪いです。すんません。
……でもなぁ。今キーちゃん、『式神』なのに、お嬢と添い寝してるんでしょ?
夕方まで爆睡していたのに、術式の練習して疲れて、また花をむしゃむしゃ食べて、今頃お嬢のお布団の中で爆睡中なんでしょ? いいな……いいなぁ、キーちゃん。
俺はそこは自重して、お布団の中は入らなかったけれど『式神』だからって入れてもらえてるんでしょ?
いいなぁ、キーちゃん。もしや、お嬢に抱き枕されてる? いーいーなぁー。
やべぇ。羨ましすぎて眠れん。眠れる気がしない。
……それにしても、お嬢。本当にすごいなぁ。あんな才能。『完全な無敵な術式使い』になる才能じゃん。
自分は完コピ出来ちゃうし、敵は無効化に出来るし、味方の能力をパワーアップや回復まで可能では……?
俺もヤベー能力持っちゃったなー、とすごすぎて手に負えないと途方に暮れていたけれど……それはひとえに、俺にはこんな能力を持ったところで使いこなすことはないと思ったからだ。
そのくせ、あるとわかれば使えと強制させられることだけはわかった。
使うだけ使わせられて、俺は葬られることも。
そんな後継者争いから逃げた先にいた、執着するほどに惹かれるお嬢もまた、すごすぎる能力を持っていた。
……不思議なめぐりあわせだよなぁ。
ゴクリ、と喉を鳴らす。
……お嬢に会いたくなってしまった。
少しでもお嬢を感じたくて、お嬢の部屋の壁際へ寄ろうとしたところで、部屋の外に気配を察知。
「月斗」と、囁く声で呼ぶのは、氷室先生だ。そこまで行き、襖を開いた。
「どうしました?」
「夜分にすまない。お嬢様は流石に寝ていると思って、月斗から話を聞こうと思いまして」
え。な、なんですか。俺の能力のことは、これ以上喋りませんが?
部屋に入れろと圧を感じたから、しぶしぶ中に入れる。
「お嬢様は、どこに行こうとしているんです?」
あ……。その話か……。
オロッと、お嬢のいる部屋の壁を見てしまう。
「彼女は、私に話す前にあなたの意見を問おうとしていましたよね? あなたがいいと判断するなら、問題ないのでは?」
と言いながら、氷室先生は俺の肩を押して、逆の壁際まで移動させた。
お嬢に話し声が届かないためだ。もちろん、睡眠を妨げないため。
「忠誠を誓った私も同行させるかどうか……考えているでしょうから、聞いておきたいのですが?」
そうだな……。お嬢としては、お嬢個人に忠誠まで誓うことで、信用していいと判断したみたいで、喜んで目を煌めかせていたし、話してもいいんだろう。
術式を今後も習得するためにも、この人にはいてもらわないといけないし。
「実はずっと……お嬢はこの家を出て、公安に保護を求めようと考えているみたいなんですよ」
盗み聞きをされていないことを、周囲に気を張りながら小声で伝えた。
「公安、ですか?」と驚く。
そうだよな。組長の娘が、味方だとしても警察に駆け込む気でいるんだから、驚くよねぇ。
「はい。バッタリ会った風間警部も、初めて会った日、不審そうに見てなんでも相談してくれって言いましたし、冗談だとは思いますが、グールのヘッドショットをお嬢がやったと聞いて、戦闘員に育てたいみたいな勧誘までしてましたし、一応伝手としてはいいと判断したみたいです。氷室先生がここに呼び出された日だって、家出るって声を上げましたが……組長が家を用意しないなら、マジで駆け込む気だったみたいですよ。俺は立場上、危険だからやめた方がいいって言ったんですけど、一番の本音は、俺はお嬢と離れたくなくて引き留めちゃって……でもお嬢は俺も一緒がいいって伝えてくれたんですよ」
俺は、へらりと笑ってしまう。
「俺の働き次第では、お嬢の生活も保障されて、公安の保護もいいのかなぁ~って思ったんですけど、多分、声が戻るまではまだ動かないかと。事件もありますしね。昨日も言い聞かせたんですけど、ちょっと不貞腐れた顔ではありましたね。事件が解決したら、それもお嬢の活躍もあったとなれば、公安もお嬢を囲いますよね? 利用されないようするには、どうしたらいいでしょうか? というか、先生は反対? どう考えます?」
ベラベラ話してしまったが、肝心の氷室先生の考えを確かめていないと気付いて、首を傾げる。
お嬢に忠誠を誓ったのは、真剣そのもののはずだけど、どうだろうか。
自分と違って、家族と修復可能なら、家出は止めるのかな。
お嬢はまだ、幼いしね……仲直りをするにしても遅くはないのかも。
「公安、ですか。まぁ、そうなると、なおのこと、事件では活躍させたいところですね。公安はあの”完全な無敵”のお嬢様を切り札として手に入るということになるでしょうから。こちらがいいように使われないように気をつけさえすれば、いい判断だと思います。それにあの風間警部だって、伝手がいい相手ですよ。お嬢様の健康を心から心配してましたし、ちゃんと配慮してくれるでしょうし、あの人、能力も人望も高くて、まだ29歳にしてトップツーの座を押し付けられそうになっている人材ですしね」
「えっ? あの人、そんな年上だったんですか!? めちゃくちゃ近いと思ったのに! 年上だとは思ってたけども!」
初対面でため口聞いちゃった俺! しかもかなり公安でも立場上で買われてる人だ! 童顔だなあの人!?
「えぇ? 藤堂さんより上……あれ、あの人は何歳でしたっけ?」
「知りたくもありませんが?」
冷たいな。
「先生は25歳でしたっけ?」
「はい。まぁ、あの人は私の一つか二つ上くらいでは?」
心底どうでもよさそうな態度。冷たいな、マジで。
「俺は20歳……あ、そういえば、お嬢の誕生日が近いんですよね! なんか今までもお嬢が嫌がるからやめろ、って言葉を真に受けてパーティーが出来なかったんで、サプライズパーティーするってみんながコソコソしてます」
お嬢が7歳になる!
橘もサプライズだからって、どうやって料理を決めようと料理人達と会議を続けているらしい。
「サプライズパーティーって……その頃には、お嬢様も声が回復していますよ? もう家を出る準備をなさっているのでは? むしろ、出たあとかもしれませんよ」
「あっ……」
……どうしよう。お嬢が家出るから、サプライズパーティーはやめとけとは言えないけど、かといって、準備させるのもなぁ……。
「てか、反対はしないってことですか……?」
「反対? 私が?」
お嬢の家出に反対ではないのか。逆に首を傾げられた。
「あのお嬢様が決めたことです。家を出るほどの決断です。説得して我慢させても精神衛生上よろしくありません。……正直、幼い頃の私なら、家を見限って旅立つ選択が見えてさえいれば、それを選んだと思いますよ。見えさえしなかった時期でしたがね」
そう、肩を竦めて見せる。
「修復可能なら、それに越したことはありませんが…………あの組長との現状では、無理難題では?」
「…………」
何も言えなかった。確かにお嬢の父親への嫌がりようは、修復には無理難題。
お嬢の気持ちは俺だって理解が出来る、と言ったらおこがましいけれど、あんな扱いに気付いてもらえなかったお嬢が見限ってしまうのは、当然だった。
今更修復を望まれても、お嬢からすれば……本当に今更なんだ。
俺が組長の立場なら嫌なんだけども、お嬢の意思を尊重する。
「風間警部に話を戻しますが、かなりの切れ者です。山本部長がうっかりなだけかもしれませんが、仮にもトップツーを務める方だ。その人から、お嬢様が術式を使えるという情報を掴んだようで、昨日電話がかかってカマをかけられました。引っかかりはしませんでしたがね」
「お、おお……」
確かにうっかりそうなスキンヘッドおじさんだもんなぁ、中身は結構。でも今の立場についた実力はあるはず。
そんな人を油断させて、極秘扱いされたお嬢の秘密を引っ張り出して、氷室先生から確証を得ようとカマかけるとは、やり手だな……。
それをかわした氷室先生もすげーけど。
「お嬢様を利用する、という点はないと信じられますので、お嬢様が才女だと明かすことは構いません。悪いようにはされませんよ。ただ、問題はあなたの方ですね」
スッと、俺を人差し指で差す氷室先生。
「
核心を突かれて、思わず目を背ける。
「はい……まぁ、そう言ったじゃないですか。他の後継者と違って、頭一つ分どころじゃなくて、影の特殊能力は強力なんで、逃げてきたんですよ。お嬢様と違って、俺は誰かに忠誠を誓ってもらえるほどの魅力はありませんし、頭だってキレません。利用され尽くして、最後には後ろからザクッと首を刎ねられるのがオチです。幸い、昨日のような攻撃が俺の最大力だと思われたままですし、力はあるくせに臆病者だと笑われてそれっきり、捜されていないみたいです」
首の後ろをさすって、そう白状した。
「俺には本当に『王座』とか権力とか興味ないんですよ。利用されたくもありません。その後、消されるだけですしね。……でも、お嬢なら別に利用されてもいいですよ。というか、お嬢、使い捨てなんかしませんしね。俺もお嬢に気に入ってもらえていると自負していますから」
同じ利用と言っても、全然違うだろう。
お嬢は利用するわけじゃない。お願いして頼ってくれる。捨てたり葬ったりはしない。
というか、下手踏んでそうなっても、そん時は、泣きながらすがりつきます。捨てないで。
「始めは俺だって同情心で、助けてあげられないかなって、食事をあげてただけなんですよ。可愛いとは思っていたんですけど、探ろうとするとはぐらかして、心を込めてお礼を笑顔で伝えてくれる賢くていい子の……仕草が可愛いと思っていたら、はぐれた時にグールと遭遇して、助けようとした俺の銃を拾って逆に助けてくれて、華麗にヘッドショット。お嬢は怖い思いをしたはずなのに、真っ先に俺の心配をして怪我をしてないか見てくれたんですよ? かっこよくて、優しい。そこで、初めて喉が鳴っちゃいました。関わるようになって三日で、執着症状が出たんですよ」
氷室先生と同じ。可哀想な子のためだった。
でも、違うんだ。ただの可哀想な子じゃない。
不安げな大きな青灰色の瞳で、お嬢は俺を見上げたけれど、すぐに大丈夫だと判断したみたいに、そのあとも会ってくれた。
初めて触ってくれた顔と掌を重ねる。小っちゃくて可愛い手と指だったな……。
その手で、俺を助けてくれた。平然ともがいていたグールの頭を一発で撃ち抜き、それから、俺を心配してくれた青灰色の瞳。
真っ直ぐに見上げてくるあの大きな瞳と小さな存在に、喉は酷く乾いて、ゴクリと音を鳴らすことになった。
「……では、舞蝶お嬢様を、後継者争いには巻き込まないと誓えますね?」
「もちろんです! お嬢にも、俺にも関係ない、遠い話のことです。お嬢も最強な二人だって笑ってはいたけど、巻き込むなんてあり得ません!」
ないない、と首と手を横に振る。
「それなら……いいでしょう。公安の山本部長は、知っているようですね?」
「まぁ、根回しのために……」
一つ頷いておく。一応、万が一のためにも、組長が山本部長に話を通してくれたから、顔は覚えてもらっている。
だが、組長にも山本部長にも黙っていることがあった。
……お嬢だけに明かした能力。
それを明かそうかどうか、悩むな。もうお嬢の許可なしには、明かせない。
「……他に私が知るべきことは?」
「お嬢の許可なしに話せることはありません」
「秘密はまだあるってことですね……」
……うん。
呆れた様子で眉間をこねた氷室先生は。
「では、これを確認しましょう。今現在、あなたの舞蝶お嬢様への執着心には……恋愛感情なのでしょうか?」
と、ズバッと尋ねてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます