♰57 敵の正体がわかったので。(大人side)
廊下を確認しては、襖を閉めて、藤堂は紙を退かしてその場に座った。
「なんでこんな紙が散らかるんです?」
「新しい術式を試すには、書く方が効率がいいから、全て術式を書き込んだ文字ですよ。月斗が能力で整頓したり積み重ねていたのですが、見事に散乱させた結果です」
「えっと、こっちはドクターのとして……お嬢の方は? あれも、まさかの術式?」
「……他になんだと思うんですか?」
冷めた目の氷室は、眼鏡を上げて、ベッドに凭れるように座った。当然術式に決まっている。
「………初心者ってそんな書けるもんなの? 何書いてたの?」
「……実は氷平さんから、色々術式を教えてもらったみたいで」
『最強の式神』こと氷平が、吹き込んだ術式を書き留めていた。
その事実に、藤堂は震え上がった。
「『最強の式神』と交流しすぎね!? 氷平さん、頼むから兵器を持たせないで!!」
「私に言われましても……今まで才能ある氷室家の術式使いを見てきた分、氷平さんも教えられる術式が多いようで素晴らしいですよねぇ」
遠い目をするしかない氷室。
いやアンタが教える側だろうがっ!
ツッコみたかったが、覇気のない氷室にはこれ以上は気が引けてしまう藤堂。
【ううん。半分はアレンジ。ヒョウさんのアドバイスで、改良してた】と、ベッドに乗った舞蝶は、タブレットで会話に加わった。
それを見た氷室は「ひょえぇ……」と気の抜けた空気を口から出す。
すごすぎて追いつけない藤堂。
とりあえず、お嬢はまたすごいことをやらかしたことはわかった。
術式の研究者が、そんな間抜けな反応しか出来ないすごいことをやらかしたことはわかったので、なるべく詳しく知りたくない。頭パンクしそう。
そんな舞蝶が、催促するように手を振ったため、背筋を伸ばす。
「例のショッピングモールにいた『陽回組』の多田を追い回した女術式使いや、その日にショッピングモールに出入りした術式使いを見付け出して、調べ上げた結果、どいつもこいつも、組織には属している記録はありませんでした。ですが、あの日以来、家には帰っていません。誰一人も、です。断定していいようですね。敵は、大半が術式使いの集まりのようです」
あの日、女術式使い以外にも、敵は紛れていた。彼らが、敵。家に戻っていないということは、行方不明ということ。ほぼ決定打。だからこそ、あの日『夜光雲組』の藤堂が追跡されて、奇襲の標的となったのだ。
「何人か探ってみれば、数年前から集まっては、水面下で動いている形跡を掴めました。明確には組織の人数は掴めません。が、しかし、公安の情報ではそこそこな術式使いばかりの名が挙がっているそうです。いずれも、最近はなりを潜めた連中ばかり。そういう術式使いが全員集っているとは思いたくはありませんが、ざっと50人はいるそうです」
容疑者は50人。または50人の術式使いの組織もあり得る。
「そこそこの術式使い、ですか。そういうレベルなら挫折したか、辞めていったとか、思われるだけですね。不審に思われない。術式使いの界隈では、秀でた者しかスポットライトを浴びませんから」
舞蝶に、氷室は補足のために教えた。
「最悪なのは、これからですぜ。中でもみょーに沈黙している奴らが、妙だって思われる理由は”野心が強い傾向”を持っていることです。それでも野望と実力が追いつかない奴ほど挫折しやがるもんですし、悪にも走りやすい」
藤堂の目が鋭くなる。
主犯格は、予想が出来た、わけか。
「てっぺん目指したい野心の強い奴らが、集まって、パワーバランスを覆すために、密かに力を備えた組織を結成した。この線は濃厚となりました。いえ、確定しました。野心家のそこそこな術式使い達が結成した組織が、裏のパワーバランスを覆そうとしています。『夜光雲組』を襲い、危険な存在の対策を練るために開かれる会合で、仕掛けてくると判断が下されました」
野望を掲げた術式使いの組織。それが今回の敵。そして、会合を決戦の場にして襲い掛かると予想した。反撃に備えて、迎え撃つことは決定したということだ。
「では、午前中に練り直した作戦が出来上がっています。舞蝶お嬢様、もう話を通しておきましょうか?」
意外ではないため、氷室はあっさりと舞蝶に作戦を伝えて作戦Aを伝えるかどうかの確認をする。
ずっこけそうになる藤堂。
あっさりしすぎだろう!
「ええ? 話って……公安ですかい? ちょ、ちょっと待ってください。組長に、先ず言いません? 飛び越えられると、ねぇ?」
なるべく舞蝶を刺激しないようにと、藤堂はへらりとしながらも説得を試みた。
自分を通さずに、飛び越えて公安の人間に話してしまっては、余計父娘の関係が拗れる!
「お嬢様に負担がかかる作戦に、無駄な労働をさせる気ですか?」
「無駄な労働言うな!」
父と娘のコミュニケーションの一種だから! せめて、そういうやり取りもして! と切実な藤堂の気持ちなど、組長うぜぇな二人には届かない。
舞蝶も氷室も、嫌そうな、めんどくさそうな、げんなり顔だ。
「わかった! せめて、加胡さんから、上手い感じに伝えるように言うから!! いいですよね? それなら!」と、百歩譲った風に言うが、ぶっちゃけ、”上手い感じに話しを通すこと”は、加胡に丸投げ。
「あ、そうでした。藤堂さん、お嬢が作戦で使うそうで、用意して欲しいものを……はい、送信しました」
大人しく聞き手に徹していた月斗は、思い出して、藤堂にメッセージを送信した。
「ん? 望遠鏡? それと……レーザーポインター? もしくはスナイパーライフル、って渡せるわけねーだろ!!」
スパコーン! と藤堂の平手打ちが月斗に決まって、体力の限界である月斗は床に倒れる。
「違いますよ~! お嬢が撃つわけじゃないですよ。ほら、作戦に最適な場所で、指示がしやすいようにお嬢も望遠鏡を見たりして、邪魔そうなのはレーザーポインターで差して、藤堂さんに撃ってもらうっていう手筈」
「あ、なるほど。そうだったな。悪い」
だるーと伸びている月斗。
「ていうか、俺のいぬ間にまた作戦を変えたのか?」
「厳密に言えば、あなたがまた絞ってくれた会合場所の候補で、詳しい配置や動きを決めました。練習しましたが、この敷地内に収まる術式無効化も上手い具合にものに出来ましたよ。希龍は」
しれっと答えたあと氷室は、希龍の頭を撫でた。
キュルルッと鳴いた希龍は、嬉しげだ。
すると、今さっきまで力尽きていた月斗が、急に飛び起きた。
「キーちゃんはえらいなぁ~!!」と頭を撫で回した。
その異変が妙で、顔をしかめて首を傾げる藤堂。
「それで、この敷地内の範囲に集めて、術式無効化付与を敵に与えるために、最適な場所がある候補は二つあります。そこを推奨するので、加胡さんに話しを通したいのなら、そこまで話しておいてください。こちらも、公安の風間警部に連絡します。彼、事件の夜に私に電話をかけてきましたからね。お嬢様の術式を嬉々として聞いてくれるでしょう」
「げっ。マジかよ……。お嬢の術式は極秘の方向だろ? 術式無効化も、ほぼ味方には、氷室先生の開発したとっておきの術式にしておくって」
「お嬢様の作戦Aを通すために、風間警部の一押しも得たいのですよ。それに彼も知っていいでしょう。今回の発端は、彼も関わっているのです。指揮に参加する立場にあるはずですから、こちらの作戦の話を通すには最適な人間ですよ」
「……」
最適な人間すぎると苦い顔をする藤堂。
氷室は自分のスマホを取り出して見せて、早く加胡に話を通した方がいいぞ、と脅さんばかりの様子だ。
うげっとさらに苦い顔をしては、藤堂は立ち上がって、電話をかけ始めた。
「あー、藤堂です。すみません。これから作戦立てると思いますが、お嬢から伝言がありまして。組長に上手く伝えてください。穏便な感じで。いえ、えっとですねぇ……今回の敵、お嬢に策があるそうなんで、会合場所も選び、作戦を立てました! はい! あー! あー! 組長にそれとなく伝えてください! 許すも何も、公安の風間警部と連絡とっちゃうそうなんで! そういうことなんで、よろしくお願いしますっ!!」
丸投げの言い逃げ。呆れた奴だ。
そう思いながら、氷室の番なので、風間警部に電話した。
〔はいはーい。このタイミングで連絡したってことは、何か有益な情報や対策でもあるのかい? 天才術式使いさん〕
明るさで誤魔化しているが、不機嫌な声。
相当忙しいのだろう。慌ただしさも聞こえてくる。
「はい、ありますよ。一応言っておくと、舞蝶お嬢様も反対側から耳を当てて聞いてますので、口には気を付けてください」
ピッタリとスマホの反対側に、舞蝶は耳を押し付けて、風間との会話を聞こうとする。
〔っ! 何そのシチュエーション!? うらやま! 舞蝶ちゃん元気!? 大変だったね! 悪い奴らは、とっ捕まえてやるからね!!〕
コロッと声を優しくしている。
「お嬢様の姿勢がつらそうなのでスピーカーにさせていただきますね。ちなみに、この場にいる他の者は藤堂と月斗です」
ピッと、スピーカーに切り替え。
〔はいはーい、何かな? 舞蝶ちゃんの声が聞けないなら、イマイチ心が回復しないから、手短にしてくれないかな? 終わったら舞蝶ちゃんにお土産でも持っていくからさ! あ、事件解決のお祝いにどっか行くのいいんじゃない? なんか観光する気だったよね?〕
手短を求めておいてつらつらとくっちゃべる風間。
呆れた目をスピーカーモードにしたスマホに注ぎつつ、氷室はゴホンと咳払い。
「念のため、確認しますね。盗聴の恐れはありませんか?」
〔誰に言ってんの? ないない〕とケラリ。
「では信用して直球で言いましょう。今回、会合で迎え撃つ作戦ですが、こちらに練ったものがありますので、それを採用して、他も動いてほしいのです。あくまで作戦A。失敗した時は、作戦Bで仕留めてください」
〔作戦を? すでに準備していたのかい? 流石、天才術式使いと言っておこうか?〕
「ええ、そう言ってくださってもいいですよ。その天才術式使いは、周辺の術式無効化をする術を持っていますので、それを発揮すれば、こちらは勝ち確定となるでしょう」
〔はっ? ま、マジで? すげーなおい。そんな開発したなら早く言ってよ! 流石天才研究者!!〕
「――というのは、表向きですよ」
〔え?〕
よいしょする風間に、氷室は同じくスマホを見つめていた舞蝶を見上げた。
月斗も静観。藤堂は渋い顔。
「
〔――――ッ〕
正直、違う解釈もとられかねない。
だが、伏せられているはずの舞蝶の術式の才能を疑った風間は、正しく受け取った。
〔あはっ! あはははっ! うっそだろ!? マジで!? やっべー何それ……めちゃくちゃ知りたい〕
大笑いした風間が、お腹を抱えている様子が安易に思い浮かんだ。
〔流石に、電話じゃマズいな。雲雀家でいいか? そっちに出向くわ。作戦Bは他の奴に大まかに作らせるから、作戦Aを聞きに行く〕
「わかりました。こちらも早く聞いてもらいたいですからね」
藤堂は顔を両手で押さえて天井を仰ぐ。公安の刑事が組長の許可なく家に来るのだ。呻きたい。
〔あっ。夜になると思うんだけど、デザート買っていい? もちろん、舞蝶ちゃんに〕
「……だめですね」
〔手ぶらで舞蝶お嬢様に会えと!?〕
出来れば会いに来ないでくれ、と思う藤堂。
〔たくさん食べないとだめだって言ったじゃん!〕
「夜遅くに糖分を取り過ぎてはいけません。翌朝でも食べれるものなら構いませんよ」
〔わかった! 日持ちもするヤツいっぱい買うねー! 舞蝶ちゃーん! またね!!〕
舞蝶にデロデロな風間とも、話がついた。
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