♰58 銃が創造し放題。(大人side)



 ふぅ、と一息つくと、氷室のそばに落ちていた紙を二枚、拾った舞蝶。

 希龍の姿を隠すための術式の書き散らし。それを見比べた舞蝶は、右の方をポイッと床に放って、キョロキョロとしては、お目当てのペンを氷室の胸ポケットに見付けると、修正を始めた。書き込んだそれを、氷室に手渡す。


「えっ……これ……これでいいんですか!? どうして、こう仕上げたのですか?」


 驚愕してその術式を見つめて覚えようとする氷室は、一旦止めて、舞蝶に問う。


【ヒョウさんが、優先生にはこっちが一番合うって言うから、優先生の気力の質に合うように調節してみた。氷を作るために空気を冷やすでしょ、それで幻覚効力を強めれば、より隠しやすいと思う。ひんやりしちゃうかも】

「っ! 氷平さんの意見と……お嬢様のアレンジ……! す、素晴らしいですね……! つまり、これは、”希龍を知る者”以外に発動される隠蔽の結界ですね! ”希龍を知らない者”には、もちろん見えませんし、言う通り、その結界内に入ったら、冷たさを感じ取りますね」


 大興奮の氷室に、舞蝶はコクコクと頷く。


「えーと、ドクター? 説明」

「ちょっと待ってください! 今、希龍を隠して見ますので」


 何を興奮しているのかと、全く話が読めないと、藤堂が声をかけても、しっしっと手を振られるだけ。

 舞蝶が修正した術式をちらちらと見つつも、氷室はベッド上の希龍に両手を翳した。キラリと周囲は粒のような輝きを放ったが、藤堂達は異変が見えない。


「……張れました。なので、確認のために、使用人を呼んでもらえますか? 片付けの手伝いでも言いつけて」

「え? マジで!? 大丈夫かよ……まぁ、口止めなら大丈夫だからいいけどよ。希龍がいるから遠ざけてたのに。電話して呼ぶからな?」


 結界の縛りは”希龍を知る者”だ。それに該当しない者は、希龍を認識できないはず。

 遠ざけていた使用人を呼び付けた藤堂。いつも夜に担当してくれている女使用人がすぐにやってきたので、襖を開けて中を見せた。

 ドキドキと緊張して女使用人の反応を待つ。普通なら、ベッド上の大蛇に驚いてひっくり返るところだろう。


「わ、す、すごいですね……片付ければいいですか?」と女使用人は、そう苦笑して藤堂に尋ねる。


「あーうん。その、ベッドの前の方を全部一つにまとめてくれよ」

「かしこまりました」


 女使用人は、せっせと絨毯の上の氷室が散らかした紙を集めた。

 術式のものだと気付いて顔を引きつらせたが、希龍の存在に気付いた様子はない。

 氷室と藤堂は、上手くいっていると目配せで言い合う。


 舞蝶の方は、月斗と一緒に机周辺の自分で散らかした紙を拾い集めた。

 それに興味を示した希龍はふわりと宙を泳いで、舞蝶の頭上をくるくるしながら眺めている。

 それにすら、気付かない女使用人。


「あの。ベッドの上の花は?」

「あー、それも頼むわ」


 紙を束ね終えた女使用人は、次は、ベッドの上の食料を片付け始めた。


「どうしてベッドの上に花なんて?」と疑問を口にするが「窓際の花瓶に戻してくれ」とだけ藤堂は指示する。


 そこで、希龍は振り返り、女使用人が手にした花に一輪、噛み付いてしまった。


「ひゃっ!」と声を上げて震える女使用人。


 流石に接触したら、気付かれるか!?

 ただ人間の直感でも、見破れることもあると、藤堂は焦った。

 しかし、女使用人はむしゃむしゃとしている目の前の龍は見えていないようで、キョロキョロとしているだけ。


「ど、どうした?」と声をかけると「あ、いえ。急にひんやりしたかと思えば、花が一輪、なくなったような……?」と、首を傾げる。

 結界が保たれたまま。

 女使用人には、希龍を認識していない。

 危惧した通り、空気の冷たさを感じるが、見えないし、花が消えたことにもそれほど気にすることなく、花瓶に花を挿した。


 また呼ぶかもしれない、とだけ伝えて、部屋から出てもらったあと、ホッとドデカい安堵を吐き出して「すっげ~! マジで見えてないじゃん! 流石天才! よ!」と藤堂は褒め称える。


「お嬢様と氷平さんのおかげですよ」といつもならウザがるが、ご機嫌になる氷室は鼻を高くする。


 『最強の式神』と舞蝶の術式を完璧に使えたことが、誇らしいと胸を張るのだった。

 そこで、藤堂のスマホが鳴る。


「げっ! 組長!!」と、表示される名前に青ざめた。

 どうしようと、こちらをチラチラと見てくるが、舞蝶は自分の書き留めた紙を確認作業中。

 気にしちゃくれない。


「はいっ! 組長!」


 ビシッとした声で電話に出る藤堂は、自棄だった。電話で聞く組長の声に、ビクリと身体を震わせる。

 通話はそう長くはなく「……はい。かしこまりました。はい」と、魂が抜けたような声で返事をしては切った。


「なんです?」

「……組長も夜帰ってくるから話聞かせろって!! ダブルブッキング!!」


 わあっと頭を抱えた藤堂。


「何を言っているんですか? 一度で話が終わればいいじゃないですか。準備ならしてあります」

【がん首揃えて、作戦に乗ってもらおう】

「誰ですか!? お嬢にがん首なんて言葉を教えたのは!!」

「あ、俺、プロジェクターの準備しておきましょうか?」

「阿呆! そんなん使用人にやらせとけ! お前はお嬢の世話役なんだから、離れようとすんな!」


 舞蝶の作戦をプロジェクターで映し出す方がいいと、月斗は用意しようとしたが、首根っこ掴まれて舞蝶の元まで戻された。


「お嬢……大人の事情で大変申し訳ないんですが……あんまり組長と仲が悪い風なところ、公安に見せないでもらえますか? ほら、その、大人の事情でして」


 口ごもる藤堂。


【都合が悪いことは隠すんだ? 汚い大人】

「ぐはっ!! お、仰る、通り、ですが……頼みますっ」

【私は汚い大人じゃないので、あからさまなことはしません】

「ぐっ! 感謝いたします!!」


 逆に言えば、組長が何かやらかせば、仲が悪いことを示すことになると思うのだが。

 正座で頭を下げる藤堂を見つつ、悪い予感がすると思う月斗と氷室だった。


「……それで、お嬢。お嬢はなんの術式をせっせと書いていたんです?」


 また確認作業に戻る舞蝶に、尋ねてみた藤堂。

 手を止めた舞蝶は、少し考えたあと【銃貸して】と目をパチパチさせた。


「え? 怒ってるんすか? 嫌ですよ?」


 思わずスーツ下の銃を庇う藤堂。


【ヘッドショットしてやろうか?】

「余計に渡せない脅し!!」


 笑顔の脅迫に、震え上がる。


【冗談。リボルバーの方を弾抜いて貸して】と、舞蝶は銃本体のみを求めた。


 藤堂は、しぶしぶ、腰に差したリボルバーを取り出して、シリンダーから弾丸を全て取り除いてから、ガチャリとシリンダーを戻した本体を持ち手の方を差し出した。


 受け取った舞蝶には、少々大きなリボルバー。

 見よう見まねでシリンダーを出しては戻して、撃針を引いては、かちりっと引き金を引いた。もちろん、弾丸は飛び出さない。

 舞蝶は一枚の紙をぴらっと見せた。この術式を使うということだろう。だが漢字に似た文字を見せられても、藤堂には、さっぱりだ。

 左手にリボルバーを持った舞蝶が、右手を上げれば、そこに同じリボルバーが現れた。リボルバーが、増えた。


「えっ?」

「武器の複製ですね。しかし、一回使用しか保てないものです。……

「っ!!」


 氷室の言葉を聞いて、咄嗟に現れた方のリボルバーを奪い取った藤堂だが「いや入ってねーじゃん!!」と、シリンダーを覗き込んで叫ぶ羽目となった。

 しかし、舞蝶は、くいくいと引き金を引いてみろとジェスチャー。


「なんすか? 見えないだけで弾が入っているってことですか? んなバカな」


 藤堂は引き金を引いた。と小さな小さな破裂音を鳴らして、上を向いていた銃口は、天井に穴を開けた。


「バカはあなたですよ。自分の顎に風穴開けたいんですか?」と、心底呆れ果てた目を向ける氷室。


「なんでだよ! 弾ねーのに!!」と、叫ぶ藤堂はシリンダーを出して空砲だと確認してはまた天井の穴を狙って、撃つ。微妙にずらした狙い通りに穴が広がる。


「なんでだ!?」

「穴を広げないでください。武器の複製と言ったではありませんか。弾も入っていると。弾は気力の塊として、そこに入ってます。使い切れば、その銃も消えますよ」


 スパンと頭をひっぱたいてリボルバーを奪った氷室は、窓を開いて、外の地面に向かって発砲。

 弾がなくなって、リボルバーは跡形もなく消えてなくなった。

「す、すげぇ……」と口をあんぐり。


「ちなみに、お嬢様が先にリボルバーを観察したのは、形状を頭に入れるためです。もうお嬢は何度でもあのリボルバーを出すことが可能となりました。創造して、使用して、消す。それを気力がある限り、延々と出せます。です」


 いやなんの心配だよ。


「なん……だと……!?」


 舞蝶の武器不足の心配などしない、したくもない。


 笑顔で親指を立てる舞蝶。

 藤堂は、どばっと冷や汗を噴き出した気がした。


 ヘッドショットまで華麗にこなす舞蝶に、実質、銃を与えてしまった……!

 これから組長と会うというのに! え? 大丈夫? 大丈夫だよな!?


 ハッとする。藤堂に、憐憫の眼差しを注ぐ月斗に気付く。


「月斗! お前は自分の銃を預けるなよ!?」


 これ以上武器を持たせるな危険! と阻止しようとしたのだが、思いっきり月斗は顔を背けた。


「手遅れです」と一言。

 時すでに遅しだと理解する。


「お前ってヤツは!!」と嘆き、床を拳で叩いた。


 少し考えてみれば、オートマではなくリボルバーを要求したのは、月斗のオートマを観察して複製することに成功したからだった。


 もう舞蝶は、オートマとリボルバーを作り放題だ!

 なんて危険人物!!


「嘆いてないで天井に開けた穴をどうにかしてください。あと、あなたには作戦で覚えてもらいたい動きが追加でありまして」

「パワハラで訴えるぞ!!」

「どこにですか? お嬢様がヘッドショットするかもしれませんが、どうぞ?」

「息を吐くように脅すようになった!!」





 

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