♰59 作戦Aのプレゼン会議。(公安side)




 『夜光雲組』の組長の雲雀家本邸に、公安の山本と風間は来た。


「はい。ここを通りたければ、検査を受けてくださいねー」


 疲れたようなやる気ない声で指示をする藤堂は、雲雀家にやってきた風間達に検査を受けさせた。

 手土産のお菓子も、術式の類が仕込まれていないか、念入りにのチェックだ。


「なんでそんなやる気ない声? お疲れ? 俺達だってそうだよ?」

「あ、そうですか。帰ります?」

「なんでそこで笑顔? 呼んでおいてそれはないでしょ」

「はぁ……風間警部」

「何?」

「ヘッドショットには気を付けてください」

「ヘッドショットに気を付けろって何? 頭に防御の術式をつけてもらえっていう忠告???」


 遠い目で乾いた笑いを零す藤堂に、首を捻る風間。


「うちの組長もあと数分で到着しますんで、先に部屋に案内しますね。お嬢がお待ちです」


 チェックをパスしたため、風間達を案内すべく、藤堂は玄関に入った。


「舞蝶ちゃんの才能♪ ん? 待って? さっきのヘッドショットって、舞蝶ちゃんにされるなって意味? どうしてされるの???」


 舞蝶の術式の才能を楽しみにしていたが、その前にヘッドショットの才能があったことを思い出して、藤堂の発言はそうなのかと気付いた風間。


「ふっ……誰もヘッドショットされないことを願います」


 振り向くことなく哀愁漂う背中で言う藤堂。


「待って??? 物騒???」


 小学一年生にヘッドショットを受けるとはどういうことだ。


「あのなぁ、風間。はしゃぐな。確かに舞蝶お嬢さんは、頭がよくて、才能も素晴らしいが……本来こんな非常事態の中で、時間を割いてまで話を聞きに来ないんだぞ」


 スキンヘッドの山本部長が、戒めるように注意した。


「いや、舞蝶お嬢様を買ってるからこそ、こうして山本部長も出向いてきたんでしょ? お嬢様のヘッドショットの才能を褒めていただけで、別の才能を口を滑らせちゃった部長さん♪」

「うぐっ!」


 廊下を歩いているので、誰が聞いてもわからないように伏せた会話をする。


「……なんだ。風間警部、まだ詳細を聞いてないんですね。例の事件」


 チラリと、藤堂は振り返った。

 表向きは、藤堂達と主に氷室が『負の領域結界』を打ち破ったことにしてある件。


「ん? まー、極秘決定しちゃったし、雲雀さんの許可がないからって黙秘されちゃった。でも、さっき氷室と話した内容がそれでしょ?」


 さっきの電話。内容は、術式の無効化。


「ああ、あれ。違いますよ。あれとはまた違います」と、首を左右に振る藤堂。


 思い込んでいた風間は、驚いた。

 では、事件解決の真相はなんだろう? と首を捻る。


「藤堂さん。お嬢への食べ物が届いていると聞きましたが」


 そこに料理人の橘が、廊下の向こう側から来た。


「ああ、公安の風間警部さん達からの土産だ」

「いや。俺個人のお土産。冷蔵庫保存で頼むよ。あと、一個だけ寝る前に舞蝶お嬢様に渡しといてあげて」


 と、ウィンクした風間だが。


「あ、それはだめです。主治医にも言いつけられてますんで」

「んな!? ガード固いな!? 一個だけ!」

「だめです。料理人として食事を多くとりすぎてもだめですしね。あとさっき、お出ししたプリンを完食してお腹いっぱいでしょうから、無理っすよ」


 料理人は一切揺らがなかった。

「ぐうう」と悔しく呻く風間だった。


「おーっと、ここからは風間警部と山本部長しかお呼ばれしてないんで、適当に待機してもらっていいですかい?」


 橘に土産を渡して少し廊下を進んだあと、藤堂は二人が連れて来た部下を止めた。

 不快そうに顔をしかめた部下達だったが、風間も山本部長も、待ての指示をした。


「舞蝶お嬢。山本部長と風間警部をお連れしました」


 大広間に入った。

 そこには、大きな液晶テレビが壁に設置されていて、ケーブルが伸ばされた先にはソファーのようにしっかりした造りの座椅子に座った舞蝶の前に置かれたノートパソコンと繋がっていた。


 緩い三つ編みをしていて、ふわふわしたカーディガンとニットのワンピース、おまけにもこもこの靴下を履いたふんわりした女の子なのに、両手に持ったマグカップで何かを飲んでいる姿は気だるげに見えてしまい、ドキリとする。

 親譲りの美貌のせいだろうか。

 艶やかな黒髪。すぅ、と細められた青灰色の瞳。ほう、と吐息を零す唇。気だるさが、妖艶。


 マグカップを隣に控えていた月斗に渡すと、舞蝶は立ち上がった。


 ハッと、我に返った風間に、舞蝶は足にギュッと抱き付く。

 にっこりと笑顔。可愛い女の子に、そんなことをされて喜ばずにはいられないだろう。


「こんばんは! 舞蝶ちゃん! 待たせちゃってごめんね! 元気そうで何よりだよ!」


 髪型が崩れないように軽く頭を撫でてデレデレする風間は、不意に冷気を感じた気がして、周りを見る。

 だが、エアコンがついていないし、扇風機も設置されていない部屋だ。窓も開いていない。


「ん? なんか冷えて……ないな? あれ?」


 部屋が寒かったのではないか、と舞蝶の小さな手を確認してみたが、握っても逆に温かだ。

 マグカップからして、温かい飲み物を飲んでいたに違いない。


 また、ドキリとする。

 青灰色の瞳を細めて見上げてくる舞蝶に、観察されていることに気付いたからだ。


 何故だろうか。何をそんなに観察している? 小学一年生がそんな目で観察するか?

 やはり、妙に寒い。


「えーと。部屋寒くないの?」

「お嬢様は今喉にいいノンカフェインの紅茶を飲んだところです。もちろん、ホットです」


 舞蝶の座椅子の隣に座布団を敷いて座っていた氷室は、そうしれっと答えた。


「そっか。声はまだまだ出ないんだってね? はぁー、早く舞蝶ちゃんとお喋りしたいなぁ。っ!?」


 舞蝶をひょいっと抱き上げると、ゾクッと冷たさを感じた風間。


 振り返ると「? どうした? 風間?」と不思議そうな顔をした山本部長がいるだけ。


 いやそっちじゃない。あっちこっちから感じるような……。

 キョロキョロしていれば、一瞬目が合った藤堂が、スイッと逃げるように顔を背けた。


「(いや絶対なんかあるだろ! でもなんだ? なんか、いる気がするが……見えねぇし、わからねぇ)」


 目を凝らして、周囲を見るが、何も見付からない。


「(普通、ここまで気取られれば、見破れるはずなんだけどなぁ……どうやって巧みに隠したんだ?)」


 ジトリ、と犯人である氷室を見たが、氷室は舞蝶を見ているだけ。

 ハッとして舞蝶を見ると、自分の肩に頬杖をついてじっと観察していた。

 自分の反応をじっくりと観察している。観察されていた。


「(……そうだ。例の事件の解決も、術式の無効化も、表向きは氷室が功労者だが……本当は、この子!)」


 この正体不明の冷気を仕掛けている犯人は、恐らく舞蝶だ。



「……舞蝶ちゃん。悪戯してるの?」



 笑いかけてみると、にんまりと舞蝶は肯定で笑みを深めた。

 ゾクリッ。寒気ではなく、興奮による刺激を肌に感じる。


「(何この子! めちゃくちゃ気になる!! いや、ホントは街中で初めて見た時から気になってしょうがなかったんだけどさ!!)」


 瓦礫の中から見付けた宝石のような。ワクワクした興奮が高ぶる。


「あっ。組長達も帰ってきました」とそこで藤堂が連絡を受けて報告。


「お二人はそちらに座ってください。あと組長が来る前にお嬢は下ろしてくださいよ。放してくださいよ!」と、強調しておく。

 風間が舞蝶を放すように。


 ブーブー言いながらも、舞蝶を下ろしてやれば、すんなり舞蝶は離れて、座椅子に戻った。

 その際、真横を冷気が横切った気がして、そこをさする風間。

 それを見ていた藤堂と目が合えば、気まずそうに目を背けた。なんなんだ。


「山本部長、風間警部。舞蝶お嬢様はこのノートパソコンに文字を打ちこんで、こちらの液晶テレビに映し出して会話をするので、話し中に打ち込んでいてもくれぐれも、遊んでいると思って怒鳴らないでくださいよ? 前回のように」


 液晶テレビの電源をつけた氷室の強い注意を聞き、ギロッと風間が山本部長を見たため、思いっきり顔を背けるスキンヘッド。


「前回のように?」

「あれはちがっ、くないけどっ!」

「怖がらせないでくださいって言いましたよね!? ただでさえ怖い頭と顔してるくせに!」

「酷い言いようだな!?」

「事実!!」


 容赦のない部下と、涙目のスキンヘッド上司。そうしている間に、組長一行が到着。


「おかえりなさいませ!」と、頭を深々と下げる藤堂の緊張はピークだ。


「待たせたな」と、今日は和装ではなく黒いスーツだということが意外で凝視する舞蝶に一言伝えている、つもりの組長。


「お邪魔してます、雲雀さん!」

「なんでそう、気安いかな、お前は」


 ヤクザの組長に対して気安い風間と呆れる山本部長。


「あ。すんません。組長。これから話す作戦、風間警部を追加しただけの、一昨日のメンツでお願いします」


 ゾロゾロと幹部も入るが、藤堂は意を決してそう伝えた。ピクリと眉をひそめる組長。


「何故だ? 舞蝶の”アレ”なら、この幹部も知っているが?」

「……他でもないお嬢が、そうすべきだとお考えなんです」

「……」


 藤堂は頭を下げて、下手に出る。

 極秘扱いである舞蝶の『最強の式神』の『完全召喚』を聞かせることが出来た幹部達だが、もこもこ靴下を履いた足を延ばす舞蝶は、部屋を出ることを待つかのように、じっと見つめていた。


「仕方ない。話は長くはないはずだろ? なら、お前達は戻って作戦会議に戻れ」

「お言葉ですが、そちらの幹部達は、組長達がこちらの作戦にゴーサインを出した時のためにも、近くで待機した方がよろしいかと」


 組長の決定に、そう氷室は異議を唱えた。

 外部の者がふてぶてしくて、睨み付ける幹部達。


 ダン、とマグカップを畳の上のお盆に置いた舞蝶が、腕を組み、足を組んだ。こちらの方がふてぶてしい。

 睨めるもんなら睨んでみろ、と言わんばかりの冷めた目を受けて、身体を強張らせる幹部一同。

 組長も、僅かにたじろぐ。


「……なんか様子が、変じゃないですか?」

「う、うーん」


 こそっと風間が耳打ちするも、山本部長もよくわからないため迂闊なことを言えなかった。




 

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