♰28 奇襲で不死の怪物の『負の領域』へ。



 ニッコリした藤堂が「遊園地行きたいですか?」と言い出すが。


「声を出すような乗り物がある場所はいけません」と、氷室先生がキッパリ却下。


「動物園で癒されます? もふもふは?」と、月斗が提案してくれた。


 けど「お前、動物にビビられるだろ」という藤堂のツッコミに、「あっ」と思い出す月斗。

 吸血鬼は、動物にビビられる。メモメモ。


 どこに行きたいと言われてもなんちゃって地球の日本は、もといた日本と微妙に違うし、なんなら、ちょっと日本列島の形が違っていたりするから全然ある物がわからない状態な私には何も出てこない。


【学校休んでいるから、この辺の歴史の勉強とか出来るところないかな?】


 苦し紛れなことをスマホで伝えてみれば、噴き出してはゲラゲラと笑った藤堂。


「じゃあ、軽くドライブしましょうか!」と、言ってくれた。


 氷室先生も「では、やはりあそこに行くのがいいでしょうね。景色もいいですし」と場所を提案。

「あ、俺まだそこ行ってないです。行きましょうか!」と、うちの組に来て一年の新参者の月斗もノリノリなので頷いた。


 そうして、リムジンに乗って出発。


「舞蝶お嬢様は、どこまで日本の歴史を学びましたか?」


 氷室先生が、なんとも答えづらい質問をして来た。

 一応、今までの『雲雀舞蝶』のノートで授業内容はわかってはいるが、なにぶん一月近くはお休みしていたのだ。


【一年生の教科書は読破したけど、この辺のことはあんまり書いてなかった】という無難な回答! 嘘じゃない!


「読破したんかーい。そうか……部屋にこもって、教科書を読み込んだのか……」


 憐みの微笑みを向けてくる藤堂にスマホを投げ付けていいだろうか。


「それで難しい言葉も使いこなすのですね」


 妙な説得力になってしまったけど、否定しないでおこう。うん。


 ……いや、でも。

 そろそろ、記憶喪失だって言うタイミングを計らないとな。主治医にいつまでも黙っているのも申し訳ない。

 もう決意は固まったようなものだ。

 月斗を連れて『雲雀家』を離れる算段をつけたいが、記憶喪失の私を選んでくれるかどうか月斗に意思を確かめないとだし。

 当ては風間刑事だけだが、彼の方はなおのこと記憶喪失の少女を保護してくれる気がする。

 信用していいと思えている、この三人に話すタイミング。……ちなみに、藤堂、お前はだめだ。


 不意に、トンネルの中を走っていたリムジンが何か膜のような中に突っ込んだみたいな違和感を覚えた。

 しかも視界は不気味な紫色の薄暗さになっている。


 がしっと、隣に座っていた月斗が片腕で私を抱き締めて引き寄せた。


「『』内に閉じ込められた!? これはっ!」

「っ! 走行中に、マジかよ! 襲撃か!? 前方を確認しろ!! 何もなけりゃ路肩にとめ――」


 ピリピリした空気に、これは非常事態だと知る。

 月斗と反対側の隣の氷室先生も私を片手で庇いながら探るように周囲を見回すし、藤堂は焦った顔しながら銃を取り出した。運転席側の部下に指示を飛ばした声は途中でとぎれた。


 リムジンは衝撃を受けて宙に浮いたからだ。


 悲鳴を上げかけたけれど、グッと口を閉じて抱き締めてくれる月斗にしがみついて身を縮める。

 グルンッと半回転したであろうリムジンは、ガシャンと横に倒れた。


「くっそ! お嬢、怪我ないな? 月斗! 氷室! お嬢を、中で死守! 俺は外で安全を確保するから」


 私の無事を確認してから、藤堂はそう指示を下す。護衛の責任者だからだろう。

 でも、氷室先生は。


「ご冗談を。私が外に出てこの『負の領域』を正確に把握した方が安全を確保出来るでしょうし、可能ならすぐに『領域結界』を壊します」


 と、自分も外に出ると言い出す。


「ハッ! そうしてもらいたいね! お先に!」


 左ドアだったはずのリムジンのドアをよじ登って外に這い出る藤堂。

 すぐに小さめな銃声がいくつも聞こえてきた。

 藤堂が撃っているのだろう。いや、複数かな。運転席側の部下二人も外に出て応戦……?


「やはり、その手の負の……。申し訳ありません、舞蝶お嬢様。私も先に外へ行きますね。『負の領域』については、月斗から聞いてください。平たくいえば、グールに似たり寄ったりの怪物が湧いてくるような不可思議な結界の術式のことですけど。安全のためにも、指示が出るまでは月斗も出ないように。月斗の腕の中にいてくださいね。守りますので」


 優しい手付きで私の頭を一撫でして、微笑んでから氷室先生も座席を踏み台にして外へ。

 お腹を締め付けていたシートベルトを外してくれた月斗は、座席を背にしたまま私を両腕で抱えた。


「痛いところないですか? 『負の領域結界』について聞きます?」


 うん。現状把握のために説明ください。


「わかりました。術式については、なんとなく理解しましたよね? 氷室先生が見せてくれた『式神』だけではなく、結界もあるんです。グールは陽に弱いので大抵は夜に退治しますが、例外もいますからね」


 あ。弱かったんだ。グールは、太陽に。

 だから、前に遭遇した時は、あんな暗がり。


「一般人を巻き込まないように術式使いが結界を張ることもあるんです。特別ルールを設定した結界の術式があるんです。そういう設定を、俗に”縛り”って言うみたいですけど。グールを認識している人間とそのグールだけを取り込むんですよ。該当しない人間は弾き出すし、腕がいい術式使いの結界なんてもう別世界に連れて行く感じなんです」


 へぇー。結界にも色々あるんだ。しかも、別世界に連れて行く感じのものまで……。


「んー、まぁー、多分、この結界がその腕のいいレベルの術式使いのものだと思います。ただ……『負の領域結界』ってのは、怪物が出てくるという危険な別世界に閉じ込めるという種類のものでしてね。グールによく似た怪物というか、もう亡霊というか、悪霊とか、そんなモノに閉じ込めた相手を襲わせるトラップです。……こんな襲撃、聞いたことないですね。あの藤堂さん達が苦戦しているみたいだし……」


 少し気にしたように銃声と声が上がる外を気にする月斗は、私の髪を撫でたり、背中をさする。

 私を不安がらせないためだろうか。


 ……ごめん。何もわからないから、どう怯えるべきかわからない。

 危機感、壊れたかな。

 月斗の腕の中にいれば大丈夫では? という安心感がある。


「月斗!!! 出ろ!!!」


 藤堂の張り上げられた声にぴくっと反応した月斗は、瞬発的に吸血鬼の怪力を発揮して左のドアから飛び出した。もちろん、私を抱えたままだったから物凄いスピードを体感した。


 横に倒れたリムジンの上に乗った形になった私が見たのは、突進してくる巨大な肉だるま。

 ずっと私を抱えたままの月斗は、片方の手で銃を取り出すと、発砲。一応、頭らしきものがあるが、そこを撃ち抜いても分裂するだけ。止まらない。


「バカ離れろ!!」という藤堂の怒号の直後、巨大な肉だるまは、リムジンにタックル。


 月斗もほぼ同時にジャンプした。片腕で私を抱き締めながら頭上を飛び越え、もう片手でまた発砲を続けた。


 私をしっかり抱えたまま、コンクリートの道路に着地した月斗は口をあんぐり。


 何故なら、3発も頭に弾丸を撃ち込んだのに、また分裂した頭はダメージを受けていない様子。巨大な肉だるまは、倒れそうにもない。


「なんすか!? コイツ!」

「俺が聞きたいわ!!」


 月斗の問いに半逆ギレを返す藤堂も、不死の怪物みたいな笑う人型と大勢相手に戦っていた。しかも撃っても撃っても、もぞもぞと蠢いて人の形に戻る。

 場所は、トンネルを出た道路の真ん中。紫に揺らぐドームの中にいるようで、空が見えない。


「恐らく、予めありったけのエネルギーを込めた『負の領域結界』です! そのエネルギーとやらを消費させない限り、我々は出れません!!」


 声を張り上げるのは、一名負傷したようで応急手当てしている氷室先生。

 頭上には、あの死神のカマの『式神』が浮遊しては近付こうとする人型の怪物を薙ぎ払う。


「攻撃すりゃ、エネルギーは減るよなぁ!? だが、これ……効いてんのか!?」


 どんどん撃ち抜く藤堂だが、敵は分裂したり復元したり、ニタリ顔を保っている。


「ぜんっぜん効いてませんねぇ!」


 苛立ちを込めて、氷室先生は吐き捨てた。


「だろうな!!」


 頭に短刀をブッ刺した敵を投げ飛ばした藤堂。

 それさえも、エネルギーを消費させたとは思えないというのだ。


 ニタリと笑った顔を浮かべる人型の怪物は、不死のように自己再生を繰り返す。数えきれないほど、分裂しては合体して、また分裂して襲い掛かる。

 エネルギーとやらがその不死の怪物を動かしているようだが、いくら銃で撃っても、大きなサイスで飛ばすように薙ぎ払っても、減っている気がしない。


 危機感を覚えないのは、現実味が感じない視界のせいか、この特大スケールのホラー映画のような光景のせいか。はたまた、危機感のパラメーターはとっくに振り切れて、壊れたのかもしれない。


 月斗に抱えられたまま、私は見ているしか出来なかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る