♰27 愛されていた事実に怒り。



 部屋に戻る前に、ちょっとお礼を伝えたいということで、食事を片付けるついでに厨房へ。


「お嬢!? な、何か?」


 月斗に呼んでもらえば、私の料理担当の橘が、焦り顔で廊下に出てきた。


【美味しかったって伝えに来た】

「わ、わざわざ! ありがとうございます」

【こちらこそ、ありがとうございます】

「いえいえ! こちらこそ!!」


 ぺこっと頭を下げるから、橘の方が、さらに深く頭を下げる。

 ”料理人泣かせのお嬢”が来たと言うことで、厨房内はざわざわし始めた。

 居座ると迷惑かな、忙しそうだし。

 すぐにバイバイしておく。


「羨ましい! お嬢にお礼を直接もらうとか!」

「いいなぁ。俺の料理は、クソ使用人が突き返しただけってことなんだろ? ふざけやがって。俺も拷問やらせてもらえねーかな」

「しっ! 聞こえちまうぞ!!」


 めちゃくちゃ聞こえますね。

 え? 拷問、やっぱりされてるの? そして、わりと自由参加???


「お嬢を虐げるとか、ウチの組舐めすぎでしょ!? つか、料理を突き返しやがって! 殺さないように殺す!!」

「だから声デケェわ!!」


 約二名、声大きすぎて廊下に響いているけれど、聞こえないフリして歩いた。



 苦いお薬の時間を乗り越えて、まったりと音楽を流しながら、読書。


 それから、すぐにすやーと眠りに落ちた。


 起きたら、スマホにメッセージが一件あったので見てみれば、藤堂からで【良い子はいっぱい寝なねー! お嬢はただでさえちっちゃいんだから!w寝る子は育つって言うから育ちな!w おやすみなさーい~!】という内容。

 ……メッセージですら、煽るスタンスなのは何故だ。性格悪さは出さないと死んじゃう病気なのかな? スルーしとこ。


 相手にするだけ無駄、と朝の支度を済ませて、月斗と氷室先生の三人で朝食をとっていれば、藤堂本人登場。


「お嬢! 既読スルーって酷いですぜ!? 一言目を即読スルーって!」とわざわざ文句を言いに来たらしい。

 暇人か、この人。

 私の登下校がなくなったからって、送迎以外にも、仕事はあるだろうに……。


「あなたが既読スルーされるような内容を送ったのでしょう? そして先ずは、朝の挨拶をしてください。大人としての見本を見てください」


 冷ややかな対応の氷室先生。

 この付き合いの浅さで、見抜かれている藤堂に【おはよう】のメッセージを送っておく。


「あ、おはようございます。って、これでメッセージに反応したつもりですかい!? なんでそう、俺にはつれないの!?」

【ロリコン?】

「ちゃうわ!!!」


 首を傾げたら、盛大に全力のツッコミをされた。



 朝食を済ませて、また苦いお薬の時間。

 月斗にえらいえらいされている間に、また藤堂がおちょくるから、氷室先生にお薬を差し出されて、本気で嫌がった。大人のくせに。

 今日の予定を立てる。そのためにも藤堂はやってきたのだ。出掛けるなら、人を集めておく、と。


 でも、昨日はたくさん買い物したし、家でゆっくりしていいんじゃないかな。

 元オタク三十路女、この異世界のマンガを読み漁りたいのである。

 でもそうすると、月斗が暇かな? と、ちょっと首を捻った。

 この子、無趣味よ。マンガを勧められたら暇潰しに読む程度。そんな感じ。吸血鬼は、いいところでマンガの連載が打ち切られても、全く気にしない。今までもプラプラと散歩したり、レンタルでマンガや映画を観てきただけだったとか。一昨日、ポロッと話していた。

 私が彼の執着相手なので、勧めれば、のめり込むかなぁ。

 とりあえず、国民的少年マンガを読んで、アニメも一緒に観ようか。


 迷っている間に、部屋にやってきたのは、父に頼んだアルバムを持って来た人。角刈りの灰色の髪で、少しインテリ風なヤクザって感じ。年齢は父と同じく、三十代かな。

 藤堂より上の立場の人らしく、あぐらかいていたけれど、立ち上がっては頭を下げた。

 もしかして、前に藤堂の頭を、ひっぱたいた人だったかな。


「お嬢。組長から、お母様との思い出の写真を収めたアルバムです」


 丁寧に、一冊の白いアルバムを差し出した。蝶の模様が刻まれたアルバムは、真新しい。


「……申し訳ございません。前のものは、見付からず……」


 目を伏せる姿は、ヤクザにしては、人がよさそうな人相の男性。

 どうやら、一応側付きが隠していないか探したようだ。

 まぁ、憎き女の幸せそうな写真が詰まったアルバムなど、いつまでとっておくわけがないだろう。


「組長が、自ら一枚一枚差し込んで用意したのですよ」


 ”誠意がこもってます”アピールをする。気の利く部下がいたものだ。

 いや、多分、幹部かな。前も連れていた人だから。


 そうだよね。アルバムを一人一つずつ持つことって、普通はないよね。

 家族のアルバムなら、普通は一つだけ。

 その家族のアルバムは、『雲雀舞蝶』の元にあったが、側付きが奪って捨てた、というわけだ。現像するデータが、残っていてよかったわねぇ……。

 ベッドの上で、アルバムを捲った。


「へぇ……その方が、お母さんなんですね? 噂通り綺麗な人」

「ああ、とても綺麗な方だった。朗らかな人で」

「うわぁああっ! お嬢! ちっちゃ! さらに小さなお嬢が! か、か、かわわいいぃ」

「落ち着け、月」

「あ、落ち着きました。藤堂さん、俺をもう月って呼ぶのやめてくださいよ。なんか愛称で呼ばれてるみたいで、気色悪いです」

「言うようになりやがってクソ吸血鬼」

「やめてください」


 月斗達が騒がしいけれど、一枚一枚、写真を見つめる私は、そっちに反応を示さない。


 凝視する私に気付いて、一同が黙り込んでも、私は気にしなかった。


 三人一緒の写真だけじゃない。

 幼い『雲雀舞蝶』を抱えている夫婦は、美人同士でお似合いで、幸せそうに笑っていた。

 一人で戸惑って抱え上げる父。そして愛しげに見つめている父。

 本物の揚羽蝶が映り込んだ写真とは、これか。

 明るい栗色の髪と薄い青色の瞳の美しい母が、驚いたように笑っている。腕には、目を真ん丸にしているそこそこ大きくなった赤ちゃん。

 三人だけの家族写真。

 でも、きっとずっと護衛はそばにいて写真を撮っていたのだろう。

 歩けるようになった『雲雀舞蝶』の手を、夫婦で左右から握って歩く姿がある。普通の服を着た父が、しゃがんで幼い『雲雀舞蝶』に差し出されたソフトクリームを食べている。浴衣姿で祭りを楽しむ。

 小舟に乗って手を振る三人の親子。押し寄せるさざ波に怯えて父にしがみ付いて、笑い声を上げている様子の母の海の写真。


「あの、お嬢……ビデオも、ある……の、ですが……」


 恐る恐ると声をかける幹部はまだいたのか、と思いつつも、ページを戻って、また写真をじっと観察した。

 無視された幹部は、もう声をかけなかった。


 白紙のページを意味もなく、ペラペラ、ペラペラと捲った私は、ポスンとベッド端に、アルバムを投げた。


 頬杖をついて、ぼぉーとしていれば、オロオロする幹部を目に留める。

 ”持って帰りたいの?”と、アルバムを指差してから、彼を指差して、首を傾げて見せた。

「いえいえ! これはあなたの物です!」と、ブンブンと首を振る。


 私の物、ねぇ?

 なら、”もう用がないでしょ”と、言わんばかりに、しっしっと手を振った。


 私が片手で髪を掻き上げて、はぁー、と深くため息をつけば「……失礼します」と、静かに出ていく。


 襖が閉められたと同時に、ぱたんっと背中から倒れた。


 嫌な沈黙の中、アルバムを見て、受け止めなくちゃいけない事実を整理した。



 『

 少なくとも、アルバムの三年間は、確実にだ。



 その事実は、どうしても怒りを覚えずにはいられない。

 あの父に、この怒りをどうやって伝えればいい。



 『雲雀舞蝶』は――――惨めだ。憐れだ。可哀想だ。



 母の死を境に、残った父にも背を向けられて、孤立させられて虐げられた。


 笑いたくなるほどに、『雲雀舞蝶』としての失くした記憶は、蘇らなかった。


 これは、もう。戻らないのだと思う。過去にいた『雲雀舞蝶』は、もう戻らない。


 アルバムの中の『雲雀舞蝶』は、両親にめいいっぱい愛されたただの女の子だった。

 でも、もう戻らない。

 そんな過去の続きは、ありはしないのだ。


 ぼんやりと、天井を見つめていたら、月斗がそばによって、ベッド端に顎を乗せて私を見つめてきた。

「お嬢?」と、そっと優しく、呼びかける。


 お前らの組長は、クソな父親失格だな。


 と声を出さずに、天井に向かって言ってやった。


「ごめん、全然何を言ったのか、わからない……」と、口の動きを読み取れなかったと、申し訳なさそうに謝る月斗と手を握る。



 月斗は、私のそばにいて。



 と、ゆっくりと口を動かして、伝えた。


 ボンッと真っ赤になった月斗は、ゴクリと息を飲んで、喉を鳴らした。


「お前っ! また鳴らしやがって! 加胡(かご)さんにバレたら、組長に直行だからな!?」


 部屋の外を気にする藤堂が、叱り付ける。どうやら、さっきの幹部の名は、カゴらしい。


「さっきもお前が鳴らさないかって、ヒヤヒヤして!」


 ぶつくさ言う藤堂をスルーして「アルバム。一応本棚にしまっておきますか?」と、氷室先生はアルバムを拾い上げて、優しく尋ねた。コクリ、と頷く。


「お嬢。少しお出掛けしましょう?」

「それがいいでしょう。疲れない程度に」

「あー、どうせなら遠く行きません?」


 三人は、気晴らしのお出掛けを提案してくれた。

 引きこもって、このまま気まずい空気にするより、外で気晴らしをした方がいいだろう。

 スッキリしてから、今後の計画を立てて実行しないとね。家にこもっても、みんなして、気まずいもん。


 コックン、と大きく頷いて、お出掛けの準備を済ませた。



 父の見送りはなかったが、私も連絡するつもりはなく、そのまま、すっかりおなじみのリムジンへ、乗り込んだ。



 

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