♰26 父娘の初食事とアルバム要求。(+組長side)
風間刑事の珍入で、ショッピングは乗っ取られたけれど、必要なものは購入。
……たくさん買いすぎたけど。
出掛けるための服から、部屋着とパジャマまで。下着から靴下。年相応で可愛い物。
柔らかな猫のクッションや、夜空色のペン立て。ブラシも髪飾りも、新たに購入してもらった。
無事に帰ってみれば、私の部屋のベッドの上に、箱が置かれた。
上にあるメッセージカードには【早いかもしれないが、持っていないさい。初期設定は済ませた。父より】と書かれていた。
……常に和装のくせに、どうして横文字でボールペンなんだ。
真っ先に、ずれたツッコミを心の中でした。
せめて筆ペンで縦文字にしろ、とか、イメージに固執しすぎ?
【P.S 夕食は二人で。返事はメッセージアプリにくれ】
箱の中は、私へのプレゼントというか、周囲と会話するためのスマホらしい。
しかも、夕食のお誘い……。
今朝は人伝だし、これはメッセージカード。……なんか、ヘタレだなぁ。
「お嬢……どうするんです?」
ぺいっと、ベッドの端に放ったメッセージカードを見て、藤堂が首を傾げる。
私は反応することなく、小さな箱を開く。
ピンクゴールドのスマホ。タッチするだけで、充電満タンの画面が表示された。
「舞蝶お嬢! 一番に俺の連絡先を登録!」
「ばーか。すでに組長の連絡が入ってるに決まってんだろ」
パッと目を輝かせた月斗と、藤堂が会話している間に、スマホの中を確認。
確かに、父もそうだけど、月斗や氷室先生、さらには藤堂や橘まで、登録が済んでいる。
ほぼほぼ初期状態のスマホ。怪しいアプリはない。
もしかして、本体の中かな……?
念入りに探っている私を、三人は不思議そうに見つめてくる。
「何を探しているのですか?」と氷室先生が問うので、よくぞ聞いてくれました! と、私はメモアプリを開いて、そこに書き込んだ。
【盗聴器や発信機の類。アプリが見えなくとも、ペアリングで画面を盗み見るとか、そんな仕掛けがないかどうか。どうやったらわかるの?】
「「「……」」」
三人は、固まった。
「……すみません、舞蝶お嬢様。少し大人だけで相談させてください」
掌を見せて待ったをかけた氷室先生は背を向けると、月斗と藤堂を顔を合わせた。
「どこからの知識なんですか? 迷いなく盗聴器や発信機の文字を打つのは、さておき……その手のハイテク技術を、何故知っているのですかね? 送迎中に、仕事の話をしました?」
「俺達を疑うなよ! マジでお嬢とは会話なかったし! お嬢を乗せている時は、ほぼ無言だよ! なんならその手の仕事はしてねぇー連中だけだ!」
「俺、その手の知識があるってことより、そんな仕掛けをする父親だと思われている点が、めっちゃ気になるんですけど……大丈夫なんすか? そこんところ」
三人とも……聞こえているよ、大人会議。
犯罪ドラマで観たことあるから、知ってるんだよ。
めんどいから、とりあえず、父に食事誘いの返事をしないと。
遅かれ早かれだ。ぶっちゃけ疲れてはいるのだけど、会っておかないとなぁ。
父との二人の食事がどんなものになるか、ちゃんと確認しないと。それ次第で、見定めておく部分が決まってくるし、私の選択肢も絞られる。
【舞蝶です。ただいま帰りました。夕食は、そちらの都合がなければ、18時にお願いします】
と、メッセージを父宛ての送信。
おおむね、小学一年生の娘からのメッセージとは思えないけれど、父が『雲雀草乃介(ひばりそうのすけ)』という名前だってことも、今知ったばかりなくらいなので、しょうがない。
メッセージを送ったことで、送信完了の音が、ピコンと鳴り響いた。
「組長にお返事したんですか? なんて?」
月斗が、真っ先に覗いてきたのだ。
そのまま、アプリ画面を見せると【わかった。時間になったら呼びに行かせる】と、父からピコンと届いた。
業務的な返事。
……”おかえり”の一言は、どうした。
「大丈夫ですか? 無理をなさらなくてもいいのですよ?」
【直接聞いてみる。盗聴器とか】
「今調べて上げますので、それはやめましょう」
氷室先生が無理して父と会わなくていいと言ってくれるけど、直接訊いた方がいいと思ったと打ち込むと、素早く氷室先生と藤堂がスマホを調べ始めてくれる。
その間、苦笑を零す月斗の指示の元、私の要らない古い服を片付けさせて、買ったばかりの服を使用人達にクローゼットの中へ、しまいこませた。
夕食の時。
個室の食事のための部屋でも、そこそこ広く、座椅子とお膳を置いて、向き合う形で食事は開始された。
「……」
「……」
無言の食事。
わかっちゃいたけれど、想像より苦痛だ。
せっかく橘が腕を振るって作ってくれたであろう豪華な料理の美味しさも、半減してしまいそう。
全然喋る気配のない父。
私は喋れないのに、どうして無言を貫くんだ。
頷きで応えられる程度の話ぐらい振ればいいもの……。
これでは宴会状態の組員達と同じ部屋で、ちまちまとぼっち状態で食事を食べていた方がマシな気がする。
この時間、必要? 二人で食事するって、必要? 必要なくね?
「……舞蝶」
食事を半分近く食べているところで、ようやく父が口を開いた。
「スマホは、どうだ? 気に入らなかったのか?」
恐る恐るな口調。
おしぼりで手を綺麗にしてから、上着のポケットから取り出す。
【お礼を忘れていました。ありがとうございます。気に入りました】
メモアプリに打ち込んだ文を見せる。
調べた結果では、監視目的の仕掛けはなかったらしいので、一応気に入ったことを答えた。
これで月斗と氷室先生のスマホを、イチイチ借りずに済むから。
「……では何故、それを使って、俺と会話しようとしないんだ?」
ホッとした反応したあと、不満げに父が言うものだから、キョトンとしてしまう。
【食事中ですし、手が汚れてしまうので】
「あ、ああ……行儀が、いいんだな……」
当然では……?
本当に、娘から話を振られ待ちだったとは……マジ何したいの、この人。
【何か話したいことでもあるのですか?】と、私からきっかけを作ってやる。
切り出すなら、今だろう。
「あー……その……」と言葉に詰まる父。沈黙。
「……」
「……」
……これ、どれだけ待てばいいんだろうか。
料理が冷たくなる前に、完食したい。
ただでさえ、スローペースでちまちま食べなくちゃいけないお口なんだけど。
と、食事を気にした素振りで、焦りに急かされたようで、父が口を開いた。
「何か欲しいものはないか?」
と、問う。
……それって、食事の手を止めるほど重要?
それとも今、お家くださいって言えばくれるの……?
「そ、その、家を出るとか、そのために別の住処を与えることは出来ないぞ」
くれないのかよ。なら言うなよ。
「だいたい、よそは危険だ。この家の方が安全……」
「……」
「……」
気まずい沈黙、再び。
その安全とか言う家で虐げられたのは、私なんですよねぇ。
「もうお前を愚弄する者などいない。皆が敬い、侮りはしない。心配というなら、愚か者がいないか、ちゃんと調べさせる」
焦ってまくし立てるように告げる父は、そんな言葉選びでは、普通の小学一年生には理解出来ないと気付いていないご様子。
余裕がないのか……はたまた、元々子どもと話し慣れていない? 少なくとも、妻が生存していた間の『雲雀舞蝶』が三歳までは、一緒に過ごしていなかったのだろうか……?
どう受け取るかはわからないけれど、私の反応を気にしているから、頷きだけを見せてやった。
露骨にホッとした様子の父。
ただの相槌なんだけど。まぁ、それは言わなくていいだろう。
【母の写真が欲しいです】という、ちょっとした賭けに似たことを要求した。
「蝶華(ちょうか)のか?」と目を見開く反応をする父に、ちょっぴり安堵。
父の地雷かと思った。
あまり触れちゃいけない可能性もあって、ホント、賭けだった。
てか、母の名前って『ちょうか』っていうのか。
私は舞蝶だから、蝶に華だろうなぁ、花かな。どっちでもいいけど。
「どの写真が欲しいと言うんだ?」
【あるだけ欲しいです。アルバムもないので】
やり取りをすると、驚愕で凍り付いた父。
「……ないのか? アルバム」
少し躊躇してから【はい】と見せた。
どうやら、アルバムは本来、あったらしい。
きっとあの側付きが取り上げてしまったから、部屋にはなかったのだろう。母を逆恨みしていたからな。絶対に、葬ったはずだ。
「…………わかった。明日には届けさせる」
たっぷりためてから、父は重たい返事をした。
【ありがとうございます】というお礼の文面を見たかも疑わしいほど、父は顔を伏せてしまう。
【今日は術式使いの話題が多かったです。母はどんな術式使いだったのですか?】という話題を振る。
これもまた、賭けだ。
『雲雀舞蝶』が知っているかどうか、わからない。記憶喪失がバレたら、しょうがないから潔く白状はするが……。
出来れば、月斗を連れて、この家を離脱出来る算段が整えてからが、いいな。
フッと、初めて父が笑った。笑ったと言うより、柔らかい表情。
「お前は覚えていないだろうが、『式神』でよくぐずるお前をあやしていた。お気に入りは、揚羽蝶だ。自分の名前と同じだから、わかっているのかと蝶華と笑って…………」
過去を思い出す儚い顔。話の途中で、父は言葉を出せないでいた。
私と同じ青灰色の瞳は、悲しみの色を濃く宿していた。
「すまない。俺は、先に失礼する。ごちそうさま」
箸を置いてしまったが、ちゃんとほとんど食べている。
「……『式神』は写真に映らないが、一枚だけ本物の揚羽蝶がやってきた写真があるんだ。……それも届ける」
部屋を出ようとする前に、背中を向けたまま、父はそう告げた。そして、出て行ってしまう。
入れ違いで、待機していた月斗が入る。
ちょこんと隣に座ってくれるので、寂しいぼっち食事にはならない。
月斗に一口差し出すと、目を真ん丸にしてから、パクリと食べては、はにかんだ。
●●●組長side●●●
「組長……」
廊下を歩く足取りが弱々しい組長を、幹部の一人は心配して声をかけた。
そんな組長の前に、向かいの方から歩いてやって来たのは、舞蝶の主治医として一時滞在している氷室。
「おや? もう食事が済んだのですか? 舞蝶お嬢様はしっかり食べました?」
不思議そうな顔で尋ねる氷室に「……まだ食べている。月が、いや、今は月斗だったか。そばにいる」と組長は、弱々しく答えた。
父子の二人きりの久しぶりの食事は、いい結果ではなかったようだ。
なんとも言えない顔をする氷室に「……舞蝶の部屋を調べたのだろう?」と尋ねた。
「え? はい、まぁ……把握のためにも」
必要な物を買うためにも、舞蝶の部屋を調べたことは、もう報告したことだ。
「……写真は、ないのか?」
「あ……はい。ショッピングの向かう車の中でも、母親の話をしていて、やっと気が付きました。お嬢様の部屋には、写真が何一つないのです。亡き母の写真も、家族写真も、アルバムさえも……。尋ねづらかったのですが、その様子では、やはり……
氷室は、察して顔を歪めた。
ショッピングモールの行きのリムジンの中で、氷室が言いかけてやめたこと。
舞蝶本人には、尋ねられなかった。
母親を亡くした幼い子どもから、写真を全てを奪うとは、なんて仕打ちだ。
元凶は、その亡き母への逆恨みらしいが、元はと言えば、そんな人物を世話係にあてがった組長にある。どうして、気付かなかったのだ。
物申したかった氷室だが、口を閉ざす。
組長は、酷い顔をしていたのだ。
今にも倒れてしまいそうな顔には、流石に追い打ちは出来そうにない。
「欲しいと、言ってくれたから、明日にはアルバムを届ける……」
弱った声音で告げて、廊下を進む。
氷室は見送っては、自分も進んだ。
組長の自室の机の上にある写真立てには、今よりもさらに幼い舞蝶を抱えて、揚羽蝶を見て驚いて笑う妻が映っている。
「すまない、蝶華……。俺達の娘を、不幸にして……」と、心痛に懺悔した。
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