♰25 飛び込み刑事の買い物乗っ取り。
イチゴのミキサージュースをストローで吸い込み、休憩。広い通路のど真ん中のベンチに並んで座って、百パーセント果汁ジュースを飲む。
いっぱい買い込んだので、二人の護衛が荷物をリムジンへ持っていき、手持ちを軽くした。
まぁ、私は元々手ぶらだけどね。
甘酸っぱいイチゴ。うまうま。
ベンチで座っていれば、騒ぎが起きた。
「待てゴラ、女ぁ!!」と、ドスの利いた声がしたかと思えば、私の目の前に立っていた藤堂の後ろを、一人の女性が駆け抜けて、追いかけた男性が、彼の背中にぶつかった。
「何突っ立ってんだてめぇ!!」
「あんだとゴラ、ぶつかってきやがっててめぇ!!」
瞬間的に、胸ぐらを掴み合う柄悪い男二人。
藤堂はヤクザなんだけども、相手も派手な色のワイシャツとスーツで、ヤクザっぽい。いやチンピラ?
抗争とかしないよね?
と、一人で冷や汗かくには、私だけだったようだ。
月斗も氷室先生も、静観。なんなら、藤堂の部下も見ているだけ。
「って! 『夜光雲』の藤堂さん!?」
びっくりこいて、胸ぐらを掴む手を放す相手。
「なんだ。『陽回(ひまわり)』んとこの……誰だっけ?」
「多田(ただ)っすよ」
「そうそう、多田。追わなくていいのか? さっきの女の尻」
「あっ! しまった!」
どうやら、知り合いだったようだ。
ペコッと頭を下げると、慌てて追跡を再開。
同じくらいのタイミングで、数人も走るのだが、その中の一人が、こちらを見て、足を止めた。
「舞蝶ちゃん!!」
パッと明るい満面の笑み風間刑事。
明るい茶髪の若々しい爽やか刑事さん。
お、おおう……。またもや、ヤクザと刑事が鉢合わせた。
「あ、あの、風間さん」
「行って行って。こっちがVIPだから」
呼びかける男性を、しっしっと追い払う風間刑事は、ニコッと笑顔に戻ると、私の目の前でしゃがんだ。
「また会えたね! まだ声が出なくて、学校お休み中?」
眉を下げて心配してくれる風間刑事に、なんて答えようかと、首を傾げてしまう。
なので、ヘルプとして、氷室先生に顔を向ける。
「あれ? アンタは、術式使いの……」
風間刑事もその視線を追いかけて見ると、目を丸めた。氷室先生を知っているようだ。
「舞蝶さんの主治医の氷室です」
「主治医? ……ああ」
事情を、おおむね把握したもよう。
刑事だから? 情報通なのかな……。または、氷室先生が有名なのか。
「一度は登校したのですが、ちょっとしたトラブルの際に、声を無理に出して痛めてしまい、悪化。しばらく付きっきりで治療することになったのです。現在は、舞蝶さんの臨時専属主治医でしょうかね」
「……
笑えない冗談みたいに顔を引きつらせるけれど、氷室先生はしれっとした態度だ。
術式使いとしてか、天才化学者としてか。かなり評価は高いらしい。幼い子の主治医をやっている人材ではないと、風間刑事は思っているみたいだ。
「いや待って? 舞蝶ちゃんの喉って、そんなに酷いの?」
ハッとして、焦ったように心配してくれた。
「苦い薬も毎食飲んで経過を見ないといけませんが、好調なら一週間後には単語ぐらいは、声で出し始めるはずですよ」
「はぁ、よかった。治るんだ? でも、それまで苦いお薬飲むわ、喋れないわで、つらいでしょ?」
安堵して胸を撫で下ろす風間刑事だったけれど、やっぱり痛ましそうに心配。
心配性なこの刑事さん。冷遇事件を知ったら、どんな反応をするのやら。
でも、だからこそ、最終的には頼る相手としては、適任だったのだ。
「いや、お嬢元々無口だし、友だちいないから、
ヘイトしか湧かない言葉を出した藤堂のせいで、この場は凍り付いた。そして冷たい眼差しが、藤堂に一点集中。
性格悪すぎる発言。それがうっかりなのかなんなのか……つい出る悪癖らしい。
何言ってんだお前、と言わんばかりの睨みを向ける風間刑事に「な、なんでここにいるんです? 風間刑事」と、慌てて話を逸らす。
あれ。藤堂より、風間刑事は年上? えらい人? 役職は、警部だったね。……風間刑事、かなりの童顔? この三人はだいたい、二十代後半のはずだけどぉ……?
「てか、うちのお嬢を、ちゃん付けで呼ぶほど、いつの間に知り合ったんです?」
痛い質問をされてしまい、ピタリと強張る風間刑事。
スッと、立ち上がっては、スーツを整えた。
「バカ、お前……こんな人が多いところで、刑事だとか、お嬢とか、呼ぶなよ」
ちょっと小声になる風間刑事。
「気にするほどですか? どうせ見た目的に、いかにもでしょ。その方が安全ですし」
開き直る藤堂は、自分達がヤクザ感醸し出しているって、自覚していたのか。
だろうねぇ、隠す気ゼロだもん。黒光りのリムジン。黒スーツ。
今現在も、バリケードするかのように護衛は配置されている。
「前の会合だって、風間さん、来てませんでしたよね? なんでうちのお嬢を知ってるんです?」
「それは、えっと、あれだ……」
こっそり出掛けている時に会ったとは言えないため、隠そうとしてくれる風間刑事が、嘘を必死に考えている。
「舞蝶ちゃんの通学途中で!」
「……へぇ? 俺ァ、お嬢の毎日の登下校から、お出掛けまで、送迎担当している護衛なんですが、風間さんとは会ってないなぁー、どうしてですかねー?」
満面の笑みで首を傾げる藤堂。もちろん、上っ面な笑みである。皮肉全開で遠回しに”嘘だろ”と指摘。
「……」
見事に、下手を踏んだ風間刑事は、顔を引きつる。
どうしよう。風間刑事と月斗が、責められちゃうかな……。
こっそり抜け出したことも、グールと遭遇したことも。
「こっそり出掛けている時に会ったのですか?」と、左隣の氷室先生が、こそっと耳打ちしてきた。
頷きで白状すると、大丈夫、と込めて微笑んだ。
「だいたい、なんでお嬢が声出ないってことを知って」
問い詰めようとした藤堂に。
「入院中に会ったそうですよ」
と、氷室先生が嘘を言ってくれた。
目を丸めて、こちらを見る藤堂に、私も肯定の頷きを見せておく。
「そうなんだよ。野暮用で病院入ると、雲雀さん似の可愛い女の子がいると思ったら、それが舞蝶ちゃんでさ!」
と、乗ってもいい嘘だと判断して、遠慮なく飛び込む風間刑事。
「てか、舞蝶ちゃん、髪切ったの!? つうか、今日の髪型、超可愛いね!! 何そのハーフツインテール、プリティすぎる! また学校お休みした方がいいけど、暇だからショッピング? ……え? こんな可愛い舞蝶ちゃんのお洋服選びが出来るってなんのご褒美? よし! おにいさん、張り切っちゃうぞ!」
一人でまくし立てた風間刑事に「誰も、何も、言ってませんけど」と、氷室先生がツッコミ。
うん。ショッピングに参加していいだなんて、言ってないよね。誰も何も。
「仕事は? 風間刑事」
ショッピングに参加する気満々の気合いが入った風間刑事に、月斗は断ることは言わないが、忘れていないかと、一応言っておく。
「んー、大丈夫でしょ。だって、ちょっとオイタした術式使いを捕まえるだけだしね。なんなら氷室先生に、術式使いについての相談してたって言い訳するし」
追いかけっこした一同が、消えた先を見る風間刑事。
眼鏡をくいっと上げた氷室先生は「私の相談料、高いですよ」とつれないことを言うので「言い訳にするだけですけど!? とるの!?」と、ギョッとする。
「『陽回』の者もいましたけど、本当にいいんですかい?」
「ん。平気平気。『陽回』の下っ端にちょっかい出したってだけで、マークされた術式使いだから」
ひらひらと手を振って風間刑事は、藤堂にもそう答える。
さっきから”ひまわり”って言っているけれど、漢字はなんだろう。花のほうじゃなさそうだ。絶対。
タブレットで打ち込んで、それらしき漢字を予測変換で探すが、これでわかるわけないか。
「太陽の陽と、回るって書いて、『陽回』ですよ」と、横から月斗が打ち込んでくれて変換。
「まぁ、まだ小さいところの組なんで、舞蝶ちゃんは教わってないか」
小さいところの組。つまりは、傘下の組、かな。
そうだった。
父の組の『夜光雲組』って、とんでもなく力のある巨大組織だ。どこの組の組員でも、藤堂に喧嘩を売っても、軽く一蹴出来ると思って、月斗達も護衛達も、動かなかったのね。
へらりと笑う風間刑事は、藤堂からすでに回った店を聞き出すと「次この店行こう! 舞蝶ちゃんに絶対に似合う!」と、ショッピングを乗っ取り始めた。
ヤクザのお嬢のショッピングを、刑事が仕切るって何……。
ミスマッチすぎるわ。
試着地獄を味わって、へとへとな私をかわるがわるで、抱っこ。
なんで私、回し抱っこされているんだろう。
ボケっとしている間に、何故か風間刑事が抱っこした時に。
「え!? 小学一年生って、こんな軽いっけ!? 羽……! 羽根だ……正真正銘の羽根の軽さだ!!」
と、衝撃に震えた。
いや、ちゃんと羽根よりは重いから。羽根よりは体重あるから。小さい分、軽いだけだから。
「……舞蝶さんは、もっと食べるべきですね。美味しいものを、出来る限りたくさん」
とだけ、氷室先生は静かに言い、月斗は目を背けて、藤堂達は無言を貫いた。
いかにも、何かある空気じゃん……。
ヤクザ、嘘下手か。
刑事の前で、それはマズいでしょ。協力関係にあっても、幼女の虐待を知られたら、おナワよ。
「舞蝶ちゃん……俺、それなりに頼りになるから、いつでも相談してね? 誰かのスマホから、メールでもいいからさ」
と、耳打ちで、そっと囁く。
ああ、なるほどね。と気付く。
氷室先生は、私を心配する風間刑事は味方になるって見抜いたのか。だから、嘘をついてくれて、助けてくれたんだ。
まぁ、明らかに、私が秘密で抜け出したと、予想が出来たから、私を守るためでもあったと思うけど。
コクコク。
不格好でも、風間刑事の肩に顎を乗せたまま、頷いて応えた。
あやすみたいに、風間刑事は、ポンポンと背中を掌で優しく叩く。
不覚にも、うとうとしたくなってしまった。
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