♰29 『最強の式神』を『完全召喚』で才能開花。



 対象を閉じ込めて、結界内で怪物に襲わせるトラップ、『負の領域結界』内。

 幼い私には、見ているしか出来なくて、なすすべもない。



「えげつない『負の領域結界』ですね。これほどだと、確実に対象を殺す気でしょう」


 ポタリ、と汗を垂らす氷室先生。


「おい、アンタ。……気力(きりょく)、持つか?」

「……いいえ、あまり。武器はありますか?」

「弾数が持つかわからん。戦争に備えたリムジンじゃないんでなぁ」


 藤堂と氷室先生のやり取りは、離れてても聞こえた。


 あの赤黒いサイスの『式神』はたった一部だとしても、天才の氷室先生がやっと出せる最強の『式神』だという。

 ずっと出していられないのだろうか。

 答えは無理。

 その証拠に、氷室先生はつらそうだし、現に無理だと、藤堂に言っているみたいだ。


「おい! 月斗は、お嬢を守りながら、そのデカブツを引き付けてくれ!! 危ういが、分散だ! こっちでなんとかエネルギーを消耗させるから、逃げながらお嬢を守ることに専念してくれ!!」

「はい!」


 無限みたいに増えるし不死身な怪物相手に、なるべく分散してくる相手にダメージを与えて、エネルギーを消耗とやらを目指していくとのこと。


 ……私は、じっと守られることに徹すればいいですか?

 ザ・足手まとい。


 いっそう力を込めて私を抱き締める月斗だったが、すぐに「なっ!?」と声を上げて、震えることになった。


 引き付けることを承諾した途端、そのデカブツの肉だるまは、分裂したからだ。

 四体のにょろにょろした人型のようで、いい加減な四本足の怪物は、猛スピードで迫ってきた。


 足を止めようと足を撃ち抜いても、びくともしないし動揺もしないまま、距離を詰めた怪物二体に挟み撃ちにされた月斗は、咄嗟に私だけを庇い、背中に衝撃を受けて一度道路に転がった。

 すぐに起き上がって、さらに遠くへとジャンプして距離を取る。

 追撃の二体のうち一体は、藤堂がなんとか撃ちまくって止めたけれど、一体が迫り、月斗の右手を鋭い爪が掠めた。

 衝撃で持っていた銃は、飛んでしまい、途中で落ちる。


「っ、銃を……。あ、大丈夫大丈夫。お嬢は平気? よかった」


 悔し気に顔を歪める月斗は、腕の中で守られていた私に怪我がないかと、確認した。

 右手が真っ赤なのに、何を言うんだ……。すぐに吸血鬼の自己治癒したみたいだけど……。


「ごめん、お嬢。そばにいるけど、ちょっと、アイツらと戦うから待っててね」


 私を下ろすと、左手で私の手を握ったまま、立ちはだかる。

 その背だって、引き裂かれた服は、彼の血で真っ赤だった。


 見えた横顔で、黄色の瞳がギラついていることに気付く。怒気を放つ。



「お前らさぁ……お嬢が怪我したら、どうしてくれんだよッ!!!」



 牙を剥き出しに咆哮を飛ばした月斗の影が、異様に伸びる。

 闇が飲み込むかのように地面が黒に染まり、ズトンッと影は立体化して巨大な棘となって、怪物達を貫く。


 お、おおぉ。影の特殊能力って、そんなことも出来たのか……。


「おいおい、マジか!? って……! !!」


 藤堂の声が、やけに耳に届いた。

 ……? 吸血鬼にも王族がいて、影の特殊能力は、王族の特有?

 じゃあ、月斗は……――。


「おい! もっとやれるか!?」

「王子じゃないです!! 無理っすね!! 俺、血、補給してなくてっ!」


 私と手を繋いでいる月斗は、汗がすごい。

 血というエネルギーが不足している上に、月斗は今さっき怪我を負って治癒でも、消費してしまった。


 大きな棘に串刺しにした怪物達は、ノロくはなったが、また元の形に戻ってしまう。


「クソが! こっちの方が、エネルギーゼロになりそうじゃねーか……! いや、その前に畳みかけろ!! ドクター! 月斗! 野田(のだ)!! フルボッコのみじん切りにしてやれ!!」


 藤堂は、勝負に出る命令を轟かせた。

 吸血鬼の特殊能力の月斗と、『最強の式神』使いの氷室先生と、銃撃をする藤堂と部下の野田。

 どれほどエネルギーを持っているかわからない自己再生を繰り返す怪物に挑む。


 こちらがゼロになる前に、相手の方をゴリゴリに削ってゼロにする。



 危ない賭けには――――負けた。



 リムジンのトランクに積んだサブマシンガンを放ち、集中砲火を浴びせては、大カマで何度も真っ二つに裂き、黒い影が下から棘をザックザクと刺すが……。

 ダメージが残ったようにノロノロになっても、歪んだ顔はニタリと笑って、人の形に戻る。


「っ……限界、だ」とそこで、氷室先生の『式神』が消える。


 それを横目で見て「万事休すかよ……」と、引きつった笑みで、苦しげに言う藤堂。


 目の前に、複数の敵。しかも、何度も再生して、ダメージを与えられた気がしない。

 月斗も今にも崩れそうなほど、屈んで息を切らしている。氷室先生も同じだ。

 こっちの特殊な主戦力も消えてしまい、完全に押し負けた。



 そんな状況で、私は氷室先生の頭上で消えている『式神』が一瞬残す文字に、気が取られている。


 漢字とはやはり違うけれど、複雑な形のそれを覚えてしまった。

 一番難解な漢字がズラッと並んだみたいな文字は、一体どんな意味を持つのだろう。

 頭に浮かべていたら、違和感を覚える。



 ――――……



 直感的に、思った。

 この気配。氷室先生の『式神』の気配だ。


 目を閉じて、文字の羅列に集中した。

 はっきりと刻むみたいに、その文字の形をしっかりと認識する。


 氷漬けになった骸骨が頭に浮かんだ瞬間、月斗の手を引っ張った。

 超人的な吸血鬼だとしても、限界が近い月斗は、非力な幼女の手によって、いとも簡単に尻もちをついた。


「お嬢!? なに、っ!?」


 びっくりしている月斗は、手を引っ張った理由を問うが、さらに驚く光景を目にして、一瞬固まる。



 私の頭上に、ぶわりと闇が蠢き、そこから巨人が出てきたからだ。

 慌てて、私を片腕で抱き寄せる月斗を宥める余裕はない。


 私が、集中しないと、多分、””、保てないから――。


「おいおい……おいおい! なんでお嬢の真上にっ……てめえの『式神』のサイス持った怪物が出てくんだ!? 氷室!!」


 藤堂が混乱した声を出す通り、巨人の片手には、氷室先生の『式神』だったサイスが、握ってあった。



「まさか、お嬢…………『』……したの?」



 ポカンと見上げる月斗は、それに目が離せないでいるようだった。



「氷室家の、『最強の式神』……『完全召喚』……そんな……なんだ、これ……。――――悪夢、だな……」



 驚愕の顔から、乾いた笑いを零す氷室先生。


 私の呼びかけの応じた『式神』は、歓喜したかのように氷漬けのガイコツの顔で、カタカタと口を揺らした。その骨がぶつかり合う音が、異様に響き渡る。

 真っ黒な着物の姿の巨大ガイコツは、その大きさに相応しい赤黒いサイスを、スチャッと構えた。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る