♰103 大人の秘密の会議・其の壱。(大人side)
舞蝶が希龍と寝静まった頃。
明かりがついたままのリビング。
そろそろいいかと優が目配せすれば、月斗も耳をすませて「お嬢、寝てます」と寝息を確認したと報告。
お酒を飲むことを口実に、まだ居座っていた徹と藤堂と橘もリビングの足の短いテーブルを囲った。
ふかふかのカーペットの上に集合させた優は、真剣な顔で口を開く。
「無理もない話ですが、お嬢様は吸血鬼を惹き付け過ぎる体質にあるようです。すでに三人の吸血鬼に執着されています。うち二人がイカレて襲撃です。今後、吸血鬼との交流は気を付けるべき点だと思われます」
「えっと。すんません。今日、お嬢をあんな姿にして、さらにはトラウマを植え付けたという吸血鬼も、結局お嬢自身に執着を?」と橘は挙手。
そもそも自分もこの会議に参加していいのか、恐縮するが、仲間に入れてもらえている以上、舞蝶の安全の話ならば参加するしかないと腹は括ったが、まだしっかり把握が出来てない。
「ええ。お嬢様がこの事実を知る必要はありません」
キッパリと、優は言い退けた。
「あの吸血鬼は性格最悪のサディストではありましたが、お嬢様に恋焦がれて執着心をくすぶらせていたのですよ。二年半も離れられたのは、鈍感にも気付かなかったおかげのようですね。まさか3歳のお嬢様に、すでに執着心を抱いていると認めたくなかったのか……。あの容姿ですし、その頃の性格はわかりませんが、根本的に心優しかったのでしょう。護衛として少なからず接触か何かあったか、見ていただけか……”蝶のひらひら舞う”と言ってましたので、見ているだけでも、ただただ惹かれたのでしょう。二年半前にも、もう一人、お嬢様を狙った執着する吸血鬼が襲い掛かり、奪おうとしたことに怒りを爆発させて惨殺したと予想します。そのぽっと出の吸血鬼もまた一目惚れか何かでしょうね……。そして、ここにも執着する吸血鬼。前の二人よりも、かなり良心的なのは幸いですが、油断は禁物です」
驚愕しては、複雑な顔つきになる一同は、淡々と語った優が最後に名指しした月斗に注目した。
「俺は”
グッと堪えたように俯く月斗は、本当に良心的な執着をしている。
「お嬢に知らせないのは、何故ですか? お嬢は何かの思考に囚われているって認識してますけど、本当はお嬢自身に執着した異常な犯行だって……。え、傷付くとかですか? お嬢が罪悪感を覚えるとか?」
首を傾げて、怪訝に不安になる月斗。
「はい? お嬢様が罪悪感を覚えるってなんですか? 勝手に魅了されることを、イチイチ罪悪感を覚えていたら、あの容姿の持ち主であるお嬢様が、いくら強くとも心が持ちませんよ?」
何を言っているんだという目を向ける優。
確かに、現時点で可愛さが溢れてやまない容姿の上に、仕草まで心を鷲掴みにする美少女。
イチイチ一目惚れされたことに罪悪感を持っていたらキリがない。
むしろ、持たれては守りようがないと震える月斗だった。
「魅了されるのも、自己責任だよね。好き好んで誘惑したわけじゃないんだから、舞蝶ちゃんに非はないよ」と、徹も言う。
「月斗だって、お嬢様に”
「出来ないし、したくないですね」
最早、執着心イコール恋心の月斗にとって、嫌な言葉だった。
震える月斗。
「今日のイカレ吸血鬼が恋焦がれていた犯行だということをお嬢様には言いたくない理由としては、お嬢様が過剰反応をすることが嫌だったからです。今日は誕生日だというのに、サディストの歪んだ愛情表現と父親の不器用で迷惑な愛情表現で、激怒することにお疲れでしょう?」
優の疲れたようなため息に、あー、となんとなくわかると頷くしかない藤堂と橘。
「それに、自分でも気付いていない鈍感なイカれ吸血鬼が、死の直前でやっと気付いた恋心。今更お嬢様が知るなんて報われたみたいで、嫌ですね。あの世でも指を噛み千切って悔しがればいいです。この事実は私達で葬っておきましょう」
指をくわえるどころか、噛み千切る……。
死んでしまったが、知らせてしまっては、なんとなく思いを遂げたような感じで、葬りたい気持ちがわかる一同。
特に、舞蝶への執着に気付いた月斗も、最期のやり取りを見ていた藤堂と徹も、よく理解が出来た。
確かに、あの世でも悔しがればいい。
もう舞蝶の中に、残ることは許さない。
「そして問題ですね。3歳の時点で、お嬢様はすでに二人の吸血鬼に執着されてしまうほどに魅力的。そしてここにも一名。蝶のように華麗に舞うお嬢様は記憶喪失後、さらに魅力的となっているのでしょう。こうして我々が集うほどに、カリスマ性も持ち合わせていて、頭脳明晰で聡明かつ眩いほどに強い言動もし、逆に可愛らしい仕草で魅了する術もお持ちで、術式の才能はまだまだ底知れません。こんなにも魅力的では、また次にどんな異常行動を起こす執着吸血鬼を惹き付けるかわかりませんので、その点の注意をしましょう」
大人の秘密の会議。
議題、異常行動をしかねない吸血鬼に執着されないように、またはその時のための対策★
魅力的すぎる蝶のように華麗な7歳の少女のために集まった一同は、唸る。
吸血鬼相手だと、その執着の点次第で異常行動が変わるため対策がなんとも言えないし、そもそも吸血鬼の人間を超えた超人的な身体能力も、反応はギリギリかアウトだし、特殊能力持ちなら、とんでもない。
今出来うる対策とは。
「とりあえず、お守りは? 舞蝶ちゃん自身に一応つけた方がいいよね?」と、徹は右手首を指差す。
優、月斗、藤堂がつけている一度限りの絶対防御の結界を発動させる術式道具だ。
これさえつけていれば、今日も舞蝶が負傷することはなかったと、藤堂は俯いてそのリボンを押さえる。
「流石に自分もつけると、チョーカーがいいと入浴中に明日作ると言ってましたよ」
「そっかぁー。まぁ、一発目の防御する術は身につけてもらって……あとは極力、吸血鬼と交流しないように、かな? 転校先の候補にはいないから、その点は大丈夫。仕事も、事前に情報は与えておくことにするよ」
自分もついでにほしい、とは流石に堪えて言わず、対策案を出しておく徹。
「そういえば、”徹くんにも橘にも作るから、何色のリボンにしようかな”って言ってましたよ?」
「マジで!?」
「静かにしてください。だから明日、顔だけ見せに来た風に来てくださいよ。受け取ってあげてください」
「仕事終わらせるか、合間に、絶対に受け取りに来る!」
フスンフスンと鼻息を荒くする徹だった。
「俺、そんな術式道具をいただいていいですか……?」
恐れ多いとおののく橘。
舞蝶の術式の才能もつい昼に聞かされて、結界を張り直した希龍のことも見せてもらってひっくり返ったばかり。絶対防御の結界を張ってくれる一度の使い切り術式道具。自分のために作らせていいものなのか。
「お嬢様の心配も減りますし、仲間の印だと思って受け取って誇りに思いなさい」と、優はそう返す。
むしろ、断る方が悪いと言わんばかりの強さで、気圧された橘は「ほ、誇ります」と、照れくさく返事する。
「橘には素直に受け取れって言うのに、俺には返却しろって言うんだから、ひでぇーですよ」と、文句を垂れる藤堂。
「借りてきた猫にもなれない者が、仲間入りやめていただきたいですねぇ」
「はい? 誰が借りてきた猫ですか。ちゃんと借りたわけじゃなくて、仲間なんですが!?」
「正しくは『夜光雲組』の派遣護衛じゃないですか」
ハァ、とあからさまなため息を見せつける優。
「ああん? 俺が正式に組を抜けたら、別の『夜光雲組』の護衛が送りつけられるんだから、このままでいいんだよ!」
と噛み付く藤堂。ヒートアップする前に、徹が止めようとしたが。
バンッと舞蝶の部屋のドアが開かれて、舞蝶が出てきたのだ。
一同は震え上がり、ギョッとした。
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