♰34 吸血鬼王子と”執着”事件。
「それなんですが」
藤堂が挙手したかと思えば、その手でずっと黙っている月斗を、くいっと親指で差す。
「
と、鋭く尋ねた。
ハッとした顔の加胡さんと、ピクリと眉を寄せる山本部長。
「その反応、やっぱりご存知なんですね。なんで素性隠さなきゃいけないような奴を、お嬢の世話係に任命したんですかい? 今後、本当にお嬢に危険がないって言い切れるんですか!?」
やけに熱くなる藤堂。
どうにも、月斗を引き剥がしたがるなぁ……。
特に、月斗の執着を知った時の様子も、青筋まで立てていたのは、ちょっとよくわからない。
「……使ったのか? 能力」
加胡さんが、月斗に静かに尋ねる。
「あ、はい……お嬢を守るためにも、使うしかなくて。影を使ってグサリ。それでも、最後の血の補給から時間が、経ちすぎてましたし、怪我も負った後だったので、倒しきれず、お嬢に助けられましたね」
ちょっと顔を俯かせて、そう答える月斗。
その月斗の袖と摘まんで、気を引く。
「組長、お嬢に話してもいいですか?」
父に許可を得てから、月斗は私へ向いて、姿勢を正した。
「俺、実は王族の遠い親戚の吸血鬼なんです。
そう語ってくれた。
後継者争いに巻き込まれないように隠れた、吸血鬼の王族の一員。
太古の昔から暗躍した一族の王族かぁ。よくわからないけれど、”すごそう”の一言である。
まぁ、覚悟もないのに、そんなものに巻き込まれたら、たまったものじゃないよね。
それで、どうして月斗の母親は父達に頼ったのだろう?
と目を向ければ。
「お前のお母さんが、昔、彼女に命を救われたことがあったんだ。その恩返しに、ここに置いた」
と、父は淡々と答えた。
これで、腑に落ちた。
吸血鬼嫌いと思われる娘がいる家に、他の吸血鬼はよそに移したのに、新しく受け入れた新入り吸血鬼。
父が愛していた母を救ってくれた恩人の息子を、恩返しに保護することにしたのだろう。
母本人は、すでに他界していても、恩返しはするってことで、無下にはしなかった。
「吸血鬼の王家の後継者争いは続いているが、ここ一年、こちらには一切近付いていないから、月斗は安全だと判断したまでだ。月斗のおかげもあるし……」
語尾が弱る父は、目を背ける。
吸血鬼嫌いの誤解を解くいいきっかけにもなった。
むしろ、またもや救ってくれた恩人だ。
私も懐いているし、きっと氷室先生の進言もあって、心が休まる相手としてそばに置くことを決定しただろう。
「そうですかい。まぁ、吸血鬼の争いが関係ないって言うなら、別にいいですけど」
むくれ気味な藤堂だったが、納得したように見せかけて、性格の悪さを示す悪口を、この場で発揮してしまった。
「どうせなら、王様にでもなって、お嬢を迎えにくればいーじゃねぇーか。王子様よぉ」
にんやりと悪い笑みの藤堂のからかい全開の発言を受けて、ボンッと顔が真っ赤になる月斗。
「はいっ!? だから王子なんかじゃないしっ! 迎えに来るってっ……!」
絶対頭の中ではリゴンリゴーンとチャペルウエディングが鳴り響く想像をしているに違いない月斗は、案の定、ゴクリと喉を鳴らしてしまった。
藤堂のお迎え発言だけでも”ん?”って気になるだろうに、月斗は真っ赤になるし、トドメに喉を鳴らす始末。
この場の空気が凍り付いた。
完全にやらかしたことに気付いた藤堂が、真っ青な顔になる。
ギギギ、と父の方に錆びついた首を回して、振り返る藤堂のアホ。
口を押えた月斗も、そろぉーと目を向ける。どうでもいいけど、なんでいつも口の方を押さえるかな? まぁ、喉を押さえても手遅れだけども。
「貴様……今……”
ゆらりと立ち上がった父。殺気を放っている。
”あなたの娘に執着しています”と白状出来るわけもなく、口を押えたまま、顔色悪く黙りこくる月斗。
結局、沈黙は、肯定を物語っていた。
「
発言が気になったが、スラッと和装の袖から、明らかにしまえるわけのない長さの刀が取り出された。
真っ黒な刃の刀は禍々しいオーラをまとっているみたいなんだけど……何それ、めっちゃ気になる。
妖刀の類だったりする? 術式とか関係するのかと見ていたけれど、文字は見当たらない。
「おおお、落ち着いてくださいっ! 刀はしまった方がっ」
加胡さんが、後ろから掴んで止めようとする。
「そ、そうです! 落ち着いてください! これは、あれですっ、その! そう! 俺が悪かったんです! 元々お嬢にはお仕えるする相手として執着しているだけであって、なんか結婚を匂わすこと言っちゃったせいで、変な誤解させました!! すんません!!」
藤堂も立ちはだかって、父を宥めようとした。
珍しいことに、素直に非を認めて謝っているのだが……なにぶん、言い訳が苦しい。
「は? だからなんで、仕える相手と結婚で、吸血鬼が執着症状を出す?」
父、頭に血が上っていても的確なツッコミ。
「ひぃ」と、藤堂は怯む。
しまった。ぼけっと、妖刀を眺めている場合ではない。
月斗のピンチである。
むしろ、月斗を引き剥がされるピンチである。
とりあえず、藤堂が簡単に押し退けられたので、私が月斗に抱き付いて盾になった。
「なっ!? お嬢!?」
「ッ! ……退きなさい、舞蝶っ」
退いたら、月斗を本当に切り捨てそうなので、嫌である。
月斗の首に腕を回して、イヤイヤと首を振った。
わなわなと震えている父の前で、月斗は、またもやゴクリと喉を鳴らす。
……何故、火に油を注ぐの? 月斗。
「すんませんっ」と涙声を出す泣きべそ状態な月斗だが、父にその反省は届かない。
「退くんだ、舞蝶っ! もう返すべき恩を返した! 吸血鬼の執着を甘く見るな!」
怖い顔をされても、月斗を引き離す気なら、絶対に離れてやるものか。
ブンブンと首を振って、ギュッとしがみ付て、その意思表示をする。「ン”ンンッ」と唸っている月斗は、また喉が鳴りそうなの? 堪えて? いや効果なし?
わなわなと震えている父は鬼の形相で、月斗を睨み付けている。
何が返すべき恩を返した、だ。
保護して匿う恩返しの次に、私を助けてくれた恩があるじゃないか。
お腹をぺこぺこにしていた娘に食事をこっそり与えてくれたのは、この吸血鬼ですが? 命の恩人も同然ですが?
何考えているのよ、この父親は。
と、ジトリとした目で見上げてしまう。
「く、組長。組長だって、月斗のおかげだって言ったじゃないですか!」
何やら察知した藤堂が、慌てて説得を試みた。
「お嬢が一番信頼している相手をお世話係に、って話でしたよねっ? ねっ!?」
氷室先生に、援護を求める。
彼が口を開くより先に「娘に執着している吸血鬼なら、任命などしなかった」と言い放つ父。
ですよねー! という、げんなり顔な藤堂。
どうしてそうも、吸血鬼の執着心に過剰反応を示すんだろう? 何が悪いの?
意味がわからないけれど、私の意思は一つ。月斗を手放す気はない。
多少の声量なら、一言でも大丈夫だろうと思って、口を開いたら。
「だめですお嬢様!」と、氷室先生に口を押え込まれてしまった。
「ん~」と言わせて、と呻くけれど「だめです! また悪化して呼吸困難になりますよ!?」と叱られてしまった。それは嫌なので、大人しく沈黙。
「カオス……」
月斗は、遠い目をする。
自分の膝の上に乗って首に腕を巻きつけてしがみ付くお嬢と、声を絶対安静にしなきゃいけないお嬢の口を抑える医者の二人で、身動きが出来ない吸血鬼・月斗。
目の前には鬼の形相で禍々しい妖刀を手に持った組長。
どう組長の怒りを鎮めようかとあぐねをかく上層部組員二名。
……カオスだね!
「退きなさいっ。”
必死に説得する父に、目を丸めてしまう。
”また”? ”酷い目に”?
「あー……そうでしたね。二年半前の事件は、お嬢さんに執着したよその吸血鬼の犯行でしたね」
蚊帳の外、というより、ヒヤヒヤした様子で息を潜めて見守っていた山本部長が、自分のスキンヘッドの汗を拭った。
吸血鬼嫌いになったというトラウマ事件は、『雲雀舞蝶』を狙った吸血鬼の犯行?
「ですが、あの犯人とその吸血鬼は……
だんだん語尾を弱めてしまう山本部長は、割り切れない鬼の形相の組長の圧に負けた。
いやでも、山本部長は、正しい。
その犯人は、さっぱり記憶にはないが、護衛を殺しかけたイカれた奴だったと言う話でしょ?
だから、藤堂も過剰反応をしたわけだ。
でも、月斗は違う。むしろ、助けて優しく守ってくる吸血鬼だ。一緒にするな。
そういうことで、瞼を閉じて、試してみた。
『式神召喚』。
全力ではなく、一部だけを『召喚』するヤツ。刃先を、ちょこっと。貸して?
ザンッ、と父の袖を引き裂いて、足元にカマの刃が頭上から伸びてきて、突き刺さった。
お。出た。
ピリッと究極ってくらいの緊張で、空気が張り詰める。
全員が凍り付いたように固まって、飛び出すカマの先を凝視。
先に動いたのは、藤堂で「……お、お嬢……お、おち、ついて? ね? 誰か怪我したらどうするんですか? 組長もしまうんで。ね?」と私を刺激しないように、静かに、静かに、伝えては、ゆっくりと動いては組長の手を掴む。
そして、目で氷室先生に説得を指示。
「すごいですね、舞蝶お嬢様。望んだ通りに『式神召喚』をしたのですか? 素晴らしいです! これで何も学んでいない状態なんですよ? 天才です! よって、私と月斗でしっかり怪我をしないよう、させないように学んでもらうので、よろしいですよね?」
場違いなほどに、明るく私を褒め称える氷室先生に頷いて見せれば、笑顔のまま、組長に向かって言質をとろうとする。氷室先生が術式の扱いを正しく学ばせるが、吸血鬼の月斗がいた方が何かと便利だから、と。
グッと押し黙る父に。
「お嬢様は、月斗をご所望です。この家で一番信頼されている者なのですから、当たり前じゃないですか。私が進言したことは変わりません。お嬢様には必要です」
と、笑みを失くしてまで告げるのは、脅迫もちらつかせているようだ。
山本部長の前では、私が冷遇を受けていたことは言えない。言えるわけがない。
使用人如きに、自分の娘をずっと冷遇されて虐げられていたなんて。
山本部長の前で議論しないで、そうわかりやすく伝える氷室先生。
父が目を伏せて顔を背ければ、承諾と受け取った氷室先生は、言質をとれなかったが「お嬢様。『式神』を戻せますか?」と、慎重に声をかけてきた。
頭上のカマは、すぅーと引っ込んでは消える。
「自在じゃないですか、素晴らしいです」と、やっとここで口を解放してくれて、頭をなでなでしてくれる氷室先生。
……めちゃくちゃ嬉しそうですね?
父も、妖刀を袖の中にしまった。
……長さ、絶対違うよね? 袖が四次元ポケットなの???
「その犯人は、どんな理由でお嬢さんに執着したんだ? よその吸血鬼だったのに。まさか、この才能を見抜いて惚れ込んだとかじゃ」
可能性を口にする山本部長。
「それはないでしょう。流石にそんな幼い頃から頭角を現していれば、俺達だって気付いたでしょうしね」
冷遇にも気付かなかっただろ、と氷室先生から無言の圧の冷たい視線を受けるため、藤堂はひたすら顔を背ける。
「ホントにイカれただけの吸血鬼でしょ。ソイツを、これまたイカれたバカな吸血鬼が”楽しんで”お嬢の前で惨殺っ、と。すみませんっ、こんな話は聞きたくないですよね」
呆れた様子で話した藤堂は、私のトラウマだったと、ハッとして慌てて謝り、距離を取る。
トラウマに触れられて『式神召喚』したと思われている?
ごめん。そのトラウマ、綺麗さっぱりないわ。
普通に話で聞くだけでも、月斗と一緒にするな、とムカついたので、引き離そうとする父に反抗しただけである。
そこで。マナーモードにしていたのか。
胸ポケットのスマホが震えたようで、山本部長がスマホを取り出すと眉間にグッとシワを寄せた。
「……例の女性の術式使い。不審死で発見」
読み上げるように、連絡内容を告げた。
捕まえたはずの女性の術式使いが、不審死。偶然、心臓病か何かで死んだわけがないだろう。若かったはずだし、それにこのタイミングだ。もう偶然とは、言えない。人為的に、何かが動いているのは、確実。
「手元にある手掛かりを基に敵の全容を急いで掴ませます。動機も脅威度も、明らかにしておかねばいけまんせんな」
山本部長は、深刻にしかめた顔で告げた。
「捕まったから、足手まといとして切り捨てられたのか。もしくは、最初から捨て駒だったのか……。今回の仕掛けの『負の領域結界』の術式の用意からして、敵の組織は大きいだろうな。『陽回組』は傘下ではあるが『夜光雲組』と遭遇するとは、考えないだろうから、狙いは『夜光雲組』という的を絞ったものではないと俺も思う」
自分の座椅子に戻った父は、ひじ掛けに肘腕を置くと、そう真剣に告げては、チラリと私を見る。
「だが、敵の目的が明白になるまでは、舞蝶の護衛を固めるように。……死んでも守れ」
私がまだ膝の上に乗っている月斗を、睨みながらも命令した。
「いい加減、舞蝶を放せ!」と叱咤すれば「はいっ!」と、月斗は私を抱き上げて座椅子の上に戻した。
私の方が座っていたのに。甘んじて怒られる、月斗め。
「私も、舞蝶お嬢様の力の制御と術式を学ばせることを並行して、身を守る術を教えますし、私も主治医としてお守りする所存です」
氷室先生は、教えながらも、守ると意思表明。
「そういうことで、公安からの依頼の仕事は切り上げて、舞蝶お嬢様の主治医兼術式の師匠となりますので、よろしくお願いします」
「マジで!?」
「!!」
唐突な辞表? と転職宣言? を言い出す氷室先生。
ビックリする山本部長と、父。
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