♰35 会合で迎え撃つ決定。



「元々、病院勤務して血を集めて渡すだけでしたからね。私以外でもいいでしょ。研究の参考材料収集で引き受けたまで。もう十分ですし、お嬢様に術式を教えた方が、遥かに有意義です。私の本分は、術式の研究」


 しれっと、氷室先生は言い放つ。

 へぇ。公安からの依頼で、吸血鬼のための血を集めてたんだ。病院勤めは。

 なるほど。それで公安の風間刑事と知り合いな雰囲気を!

 ……でも、やっぱり病院勤めで、術式の研究参考が得られる意味は、わからないが。


「その方が今回の件も役立つと思います。お嬢様の守りを固めることに越したことはありません。あれほどの負の領域結界で、死者がゼロだと敵に知られると、原因究明のために、新しくお嬢様が目を付けられる危険が、大いにあります」


 またもや、ピリッとした空気になった。


「結界を打ち破ったあとも周囲を警戒しましたが、吸血鬼の月斗も誰も見付けていません。ですが、あれほどの術式を作る組織となれば、完全に隠れられる術式を使える者がいてもおかしくありませんので、百パーセントとは言い切れませんよ。まだ不明であっても、術式使いが多い組織のはずですから、あれほどの術式を打ち破った天才的なお嬢様を手中に収めたがるかもしれません。ここは私の名前を前面に出しておきましょう。手柄を横取りして申し訳ありませんが、お嬢様の安全のために、私を隠れ蓑にしてください」


 目的のためなら、私は狙われる可能性が浮上。

 隠して守るためにも、今回は天才だと術式使いの界隈で名高い氷室先生の名前を出すらしい。

 いかにも、打ち破ったのは氷室先生がいたおかげだ、と示すためだろう。

 敵も大物を狙ったわけで、強い相手だったと上手く騙せるだろうな。あとは、こっちの情報を渡さなければ。

 申し訳なそうに眉を下げつつも優しく微笑みかける氷室先生に、私は構わないと頷く。

 ありがとう、と口パクで伝えると、頭を撫でられた。


「敵さんが不明すぎるのが厄介だな……」


 山本部長は唸って、自分の顎を握り締める。


「術式使いが多いと予想出来るなら、目星はつかないのか? 氷室」


 父も頬杖をついて、考え込みながら、情報を求めた。


「さあ? 今回の領域結界は複数人で作られた物ですしね。一人で名を上げて目立ちたがる者はよくいますが……並みの腕前となると名も聞きません。少なくとも、名家が黒幕とは思えませんね。他家と結託なんてこと、とてもじゃないですが、やりませんからね。実家大好きな者ばかりですから、名家の術式使いは」


 氷室先生は、皮肉な笑みで答える。

 つまり……やっぱり氷室先生も親と何か因縁があって、実家は好きじゃないんだね。


「術式使いの名家どもが結託なんて、世界征服でもする気かよぉ」


 藤堂は、嫌そうにぼやく。

 え? 可能だったりするの?

 いやでもなぁ……『最強の式神』の『完全召喚』をみんなでやれば、世界破壊も出来そうだね? 世紀末かな???

 あれ。でも、古の『最強の式神』の『完全召喚』って、現在の各名家? も出来ないとか言っていたような……。


「過去の悪の名家の残党……ということはないですよね?」


 加胡さんが、まさかと強張った顔で、山本部長に問う。

 悪の名家って……いかにも、やべー悪いことしてそう!


「そりゃないだろ! あれは上から殲滅命令が下されたんだしな」


 山本部長は、ギョッとして答える。

 殲滅って……何、戦争でもあったの? 根絶やしにするほどの悪の名家って……。

 しっかし、殲滅かぁ。名家の結託。


「でも、もう仕掛けてきたわけで、敵の目的は着実に実行されるために動いているはずですよね? 次の動きは予想出来ます? 少なくとも、ウチですかね? そう思わせて、他の組に攻撃?」


 と、藤堂。


「やはり、手掛かりを掴んでもらわねば。藤堂も、お嬢様の周辺の警戒レベルを最大限に上げて警護しろ」


 加胡さんが言えば「はい」と、藤堂は頭を下げた。

 次の攻撃は、畳みかけるように『夜光雲組』に向けられるのか、それともあえて、よそか。


 小首を傾げた私は、意見を求められている氷室先生の話の邪魔にならないように、静かにキーボードを打ってタブレットをひっくり返したが、みんな話で夢中で、私を見てくれない。

 声を出そうと思ったが、氷室先生に怒られるのでやめておく。


 隣の月斗を見上げれば、静かに話を聞いていたけれど、私の視線にすぐに気付いてくれて、キョトンとした目を合わせたあと、慌てて「すみませんっ! お嬢が!」と、声をかけて注目を集めてくれた。

 王子であろうが、この中じゃあ明らかに下っ端なのに、いい子である。


【会合っていつ開かれるものですか? 通常、どれほどの規模ですか? この件に関して、会合を開いて、他の組に集まる可能性は近いうちにあるのですか?】


 そう私のタブレットに打ち込んだ文を見て、ハッと一同は、息を呑んだ。


「最初に仕掛けた相手が大物であればあるほど、敵のことは調べるよう急ぎ、わかる限りの情報を掴めば、会合は開かれて、各組織から重役が集う! 情報を共有して話し合うその場が、一番の仕掛け時!」


 氷室先生が、声を上げた。

 お、おおっ。マジか。ちょっと聞いてみたかっただけなのに。アタリだったか。


「おいおいっ。確かにそうだな! 『夜光雲組』の呼びかけとなりゃみんな来るじゃねーか! 公安は情報制限も徹底するが、そっちも頼む!」


 スキンヘッドを拭って山本部長は心底焦った様子で、絶対に情報を漏らすなと、藤堂と加胡に伝える。


「問題ないです。現場の者にも、ちゃんと口止めもして口裏はあわせたんで」


 手は打ったと言い返す藤堂も、私を一瞥したあと、しかめっ面で強張っていた。

 最初から、私がやったことは秘密だもんね。


「……掴める情報次第ではあるが…………やはり、会合をあえて開いて、迎え撃つ方がいいだろう」


 父の冷えた瞳は、好戦的にギラついているように見える。


「ええ、野放しは危険です。なんせ今日の『領域結界』ですら強力。会合の襲撃するためにも、すでに術式は用意しているでしょう。特に、逃がさないための『領域結界』が」


 告げた氷室先生の視線が、一瞬私に向けられた。

 ……一番危ないのって、結局私?


「結局、敵の目的って、例の昔、殲滅するしかなかった悪の名家と同じく、裏のパワーバランスを覆すってことですか?」


 月斗が顎に指を添えては、確認のために問う。

 マジか。冷遇脱出した途端に、そんな巨大陰謀に巻き込まれちゃう私って、どんだけ運悪いの……?


「その線が濃厚。だが、まだ憶測の域だ。ありがとう、お嬢さん。とんでもない大きな可能性に気付けた」


 山本部長が、グッと目力強くお礼を言ってきたけど、これで的外れだったらどうすんの?

 いや、あの『負の領域結界』からして、多分、大掛かりな計画だとは思うから、あながちハズレではないはず。


「追跡された可能性に気付いたり、会合の襲撃の可能性に気付いたり……お嬢様はあまりにも頭がよすぎますね。私に教えることがあるか、心配です」


 真顔で心配する氷室先生。

 いやいやと、首を横に振る。先生、ずっと大袈裟すぎない???


「では、山本部長は公安で秘密裏に備えつつ、敵の情報を掴んでくれ。俺達も幹部と情報を共有して、悟られないように迎え撃つ作戦を話し合う。会合を開くなら、我が組のシマだ。招待するなら、それなりの出迎えの用意をせねばな。今日のお礼もたっぷりしないと」


 父が立ち上がって、山本部長に告げながら、チラリと私を一瞥。

 みんなして、私をチラ見するのやめよ?


「悪いな、舞蝶。今日は夕食は無理だ」


 山本部長と加胡さんと一緒に部屋をあとにした父を見送って、ポッカーンとしてしまう。


 ……え?


 なんかいつの間にか、勝手に夕食を一緒にとることになってた? これから、毎晩食べる約束をしたつもりだったの?


「……は?」


 思わず、思いっきり顔をしかめて、低い声を出してしまった私は、発声による刺激で喉に走った痛みで「ケホケホッ」と噎せる羽目となり、残った月斗と氷室先生と藤堂が大慌てした。



 

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