♰33 組長のお嬢を背負った護衛のカモ。



 ということで、しっかりと気を取り直した山本部長。


「えっと、だなぁ。実は、公安の解明専門の術式使いが調べてくれたんだが、氷室の推察通り複数人で作った『負の領域結界』の術式だろう、と。それで、どうやって走行中のリムジンに乗るお嬢さん達を閉じ込めたかというと……ドライブレコーダーに、追い越すバイクが映っていたんだ。それが最後の映像」


 一同は、目を見開く。

 つまり、追われて、仕掛けられた、と?


「映像を手掛かりに捜索を始めている。が、やはり動機がわからないな。『雲雀家』から出てきたリムジンを追ってきたとは?」

「尾行されてるなら気付きますぜ。それはありませんよ。発信機の類も、毎日、毎回、調べてますしね」


 え? マジで? 初耳だわぁ~。

 送迎護衛ってそこまでしてたんだ~。


「『雲雀家』から出てきた者を狙ったにしては、ちぐはぐな気がしないか? 『夜光雲組』を攻撃したいなら、先に出掛けていた組長のリムジンを狙いそうだろ? 話に聞けば、えげつないほどに強力な敵さんが溢れかえるようなとっておきなトラップだ。それをお嬢さん狙いにしたと思うか? お嬢さんの才能の発揮はまさにその時で結果トラップは打ち負かしたが……想定していないはず」


 え? 父もリムジンなの? 初耳だわぁ~。どうでもいいか。

 私を狙ったにしては、強力すぎるトラップだった。それこそ父に差し向けるべきほどのもの。

 用意周到のようで、狙いが矛盾している気がする、か。それもそうね。


「もしくは、まだまだえげつない術式を用意しているのではないでしょうか? 『夜光雲組』と全面戦争も予期すべきかと」

「……舞蝶を発火材料にする気だったというなら、チリも残さずに葬ってやろう」


 唸りみたいに低い声を出す父がいたが、私は氷室先生の”用意している可能性の話”を聞いて、閃いた。


 ツンツン、とつついて気を引いてからタブレット画面を見せる。


【追跡する術式ってあるの?】


 質問文にゆっくりと大きく目を見開いた氷室先生はバッと振り返ったかと思えば、がしっと隣の藤堂の肩を掴んだ。


「うおっ」と、その力強さにひっくり返りそうになって、藤堂は氷室先生に支えられた。


「嘘だろ……」

「な、なんだよ?」

「お嬢様……」


 愕然とする氷室先生はわからないと困惑する藤堂を「いえ。藤堂。お前がちょっと来い」と、グイッと引っ張った。


「だからなんだ!?」


 引っ張られるがままに私の前まで連れてこられた藤堂の手を、氷室先生が差し出す。


「ありました。触ってみてください」


 氷室先生が言うから私は藤堂の手に、そろぉーと人差し指をちょんと当てる。


「ちゃんと握って大丈夫です。汚くないですよ。……多分」

「多分じゃねーよ! 汚くねーから!! ふざけんな! マジなんなんだ!? お嬢も何!? 酷いって、俺の扱い!」


 ギャンギャンと騒ぐ藤堂は氷室先生の手を振り払うと、膝をついて私の手を逆に握ってきた。

 そんなつもりはなかったんだけども。……多分。


「集中してください。気配が残っていることを感じ取れるはずです」

「……」


 マジか。まさか、藤堂に追跡の術式がかけられているとは思わなかったんだけども……。まぁいいか。

 とりあえず、術式っぽい気配を藤堂から感じ取ろうと集中してみた。

 すぐに見付かって、うんうん、あったあった、と頷いて見せれば。


「素晴らしいですね。この微量を、この短時間で感知とは。舞蝶お嬢様はなんて才能に溢れた方なのでしょう」


 眩しそうに微笑んで、頭を撫でてくれる氷室先生。

 べた褒めだな、この人。嬉しいからいいけど。


「いや、マジでなんの話? 人のこと探っておいて、なんの話?」


 困惑いっぱいの藤堂が説明を急かす。


「あなたに追跡の術式がかかっているって話です」


 氷室先生はスンと冷たい表情に戻っては、眼鏡をくいっと上げて単刀直入に告げた。


「嘘!? 俺!? じゃあ俺が狙われた!? お嬢を巻き込んだ!?」


 青ざめて震え上がる藤堂。


「いえ、厳密には『陽回』に巻き込まれたのだと思いますよ」

「は? なんでだ? じゃあ、昨日のが関係あるとっ?」

「昨日かけられたのですよ。多分、今調べてみれば、多田という組員にも術式が残っているかもしれません。接触することで、マーキングをつける術式です。その分、時間が経てば消えるタイプですね。あなた、昨日、多田と出合い頭に胸ぐら掴み合っていたじゃないですか」

「あっ……接触……あの時…………うお!?」


 ハッとした藤堂は、私の手を握ったままの両手を素早く上に上げて解放した。

 手遅れだと思うんだけど。


「マーキング相手の条件は、”男性”と”組員”だと思います。まぁ、それだけ搾れたら特定の追跡の術式としては上々ですよ。ましてや伝染型の印付けだなんて。私は組員ではないので、ついてませんね。お嬢様にもです。月斗も、触れてはいないので移らなかったのでしょうね」


 一応私と手を取り合ってから、月斗の手にも触れて確認してくれた氷室先生。

 マーカーをつけて、追跡か。それぐらい『縛り』をつけてマーキングがついた相手を追えば――。


「憶測の域ですが、敵の狙いは恐らく裏の者ではないでしょうか? どこから始めたかはわかりませんが、大物を狙っていたはず。あの『陽回組』の多田をつけ狙っていたのも、公安に相談すると予想したからではないでしょうか? 調べればわかりますからね、交友関係は。仲が良いとなれば、幼馴染関係は周りに知れ渡っていたのでは? 根気強く多田を付け回して、公安が接触するであろう他の大物を待っていて、ついに好機が来た。それがあなたですよ、藤堂」


 ビシッと氷室先生に人差し指で差されて、上げていたその手をそっと下ろして。



「……ねぎ背負(しょ)ったカモじゃねぇーかぁ」



 と、額を押さえて落ち込む藤堂。



 偶然が重なったとはいえ、敵が狙って待ち構えていた大物はマジモンの大物も連れていた。


 ”組長の娘”を背負(しょ)った”藤堂(カモ)”である。



「ですが不幸中の幸いなのは、お嬢様が天才だったことですね。お嬢様がいなければ、他の者はみなご、ゴホン、全滅ですよ。偶然も重なれば必然。お嬢様が天才的な才能を発揮する場にはちょうどいい踏み台でしたね」

「ツッコむ気力ねぇから、黙ってくれ……」


 先生がめちゃくちゃキラキラした目で見てくるからツッコミを頑張ってくれないだろうか? 私もタイピングが間に合う気がしない。


「昨日の女性術式使いを今回の容疑者の一人として調べろと伝えた。盛り上がっているようだがやめてあげろ。才能があっても、その子は怖い目に遭ったんだろう?」


 連絡のために使用したスマホをしまう山本部長は、そう氷室先生に注意した。


 目をパチクリさせた氷室先生は、私を見下ろす。

 怯えた様子を見せなかった私。むしろ、今日見せた怯えた姿って多分山本部長の声にビビった時じゃない?


 確かに絶体絶命の窮地だったみたいだし、やっぱここホラーファンタジー異世界じゃんって思ったけれど、自分で巨大な死神出せたら、楽しくなっちゃったよ???

 もうホラーファンタジー風のヴィジュアルの爽快ハッピーエンドなアクション映画の中みたいな?

 いや、マジで。

 普通に頑張れーって念じてただけだけど、あの死神、マジで強かったなぁ~。切っても切っても再生する敵をザックザクと確実にライフ削ってたもんなぁ。

 流石『最強の式神』だわぁ。外に出れて楽しいみたいに笑ってたし、超余裕で形勢逆転してくれた。


 そういう心配は要らないぜ★


 ってことで、両手で親指をグッと立てて見せる。


「強いな!? おっとっ」


 声をまた轟かせた山本部長はパッと口を押えた。

 うん。声がデカいね。


「取り調べで迅速に情報を吐かせてくれ。兎にも角にも、動機と狙いを知りたい。こうして大丈夫だと見せても、今後も狙われては夜も眠れないだろうからな」


 父が怒気を孕んだ低い声を出して山本部長に圧をかける。


「そうですね、動機と狙い……そして、敵の全容ですな。お嬢さんを刺激材料にして『夜光雲組』と戦争を起こしたい組織がいるとは思えませんが……いや、思いたくないですね。今回の仕掛けが序の口だとしたら、これ以上を備えた力の強すぎる組織となるのですから」


 冷や汗をかく山本部長は、スキンヘッドを大きな掌で撫でて拭った。



 

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