【第弐章・『生きた式神』と”無敵”の才能と作戦A】
♰32 事実の報告と天才児。
目を開くと、見慣れた天井。
家のベッドだ。
パチパチと目を瞬くと、ひょこっと顔を覗いてくる綺麗系な顔立ちの青年。
明るい色の髪はほんのり黄緑色の淡い金髪。優しく細められる黄色の瞳の瞳孔はひし形。
「おはようございます、舞蝶お嬢」
笑いかける彼は、私が影本(かげもと)月斗(つきと)と名付けた。現在、私の世話係。
そんな月斗の右手をとって怪我の確認するが、ちゃんと回復していて、傷一つ残っていない。
「大丈夫ですよ。栄養補給もしましたしね!」
明るく笑って退ける月斗。血を飲んだから、もう大丈夫ってことかな。
吸血鬼の月斗は自己回復力に優れていて、栄養ことエネルギーを血で摂取していれば瞬時に治る治癒力を持っている。
のっそりと小さな身体で起き上がって、うーんと背伸びをすると、反対側からコップが差し出された。
「おはようございます。身体はまだ怠いのでは? 無理して起きなくてもいいですよ。ジュースを飲んでください」
銀色の髪と水色の切れ目に銀のフレーム眼鏡と、冷たい美形の氷室(ひむろ)優(すぐる)先生。
コップを受け取って左右の二人を見て、窓を見る。
二人はもう着替えて綺麗な姿だし、外は薄暗い? みたいだから、かなり眠ってしまったみたいだ。
時刻は16時前。少なくとも、6時間は爆睡している……。どうりですっきりしたわけだ。
悪夢に閉じ込められた奇襲から脱出して、爆睡かました私は、雲雀(ひばり)舞蝶(あげは)です。
「あ、お嬢様が寝ている間に届いたのですが、こちら、受け取ってくれませんか?」
氷室先生が、箱を二つベッドの上に置いてきた。
月斗に飲み干したコップを持ってもらい、開けてみる。
中にはタブレット、それと折り畳み式のキーボードだ。
「パソコンでキーボードを打ち込むことも上手いと聞きましたので迷いましたが、タブレットがあった方が、空き時間に読書もしやすいと思いまして。これから術式を教えたいので、その道具です。自由に使ってくださって構いません。お嬢様にプレゼントですから」
にこり。そのためのプレゼントを、氷室先生がくれたのだ。
ぱあっと、目を輝かせる。絶対に私の青灰色の瞳はキラキラと光っているに違いない。
【ありがとうございます! 術式を教えてくれるのですか!?】
スマホで問う。
術式。この異世界の和風の魔法みたいなものだ。今のところ、『式神』と『結界』の二種類しか見ていないけど、炎や氷を出す術式もあるとか。
そして、素質がなければ現在六歳の私には無理だと言われたが、私には術式の才能があった。
「はい。制御を覚えないといけません。恐らく、お嬢様は感覚的に使ったのでしょう? そうやってなんとなくで使うのは天才肌ならではでしょうが、しっかり学ばないと、自分も味方までも怪我させかねませんからね。少しずつ学んでいきましょう」
わーい! 嬉しくて満面の笑みで、ぺこりと頭を下げて、ルンルンとはしゃぐ。
「ふふ。喜んでもらえて何よりです」と氷室先生も嬉しげだ。
「なんでドクターの携帯機器は、無警戒で受け取るんです?」
「信頼度の問題では?」
「……頼むから、それ、組長に言ってやるなよ……」
またもやノックなしで入ってくる顎髭なダンディータイプのイケメンの護衛ヤクザの藤堂(とうどう)は、父からのスマホの時のように盗聴器の類を調べないのか、という冗談をかましているみたい。
氷室先生にそれをやる動機はないし、大丈夫でしょ!
って判断。
そして、氷室先生が言うように信頼度の問題ですね。ウン。自業自得ですよ。
「てか、起きたら連絡してくださいって言ったじゃないですかー。長いお昼寝でしたね、お嬢様。これから、戻って来た組長達に報告するんですけど、わかったことも連絡されるんで、一緒に聞きましょう?」
額に絆創膏を貼った藤堂が、笑いかける。
「はぁー。もう少し休ませてあげてくださいよ」
氷室先生が不満を零すけれど、ドクターストップは必要ないらしい。
私は藤堂に額の絆創膏はどうしたのか、と指差して尋ねた。
「あー、これですかい? ちょいと部下に致命傷が当たらないよう一緒に地面へ倒れ込んだ時に、そいつ庇って頭を軽く打っちまったんですよー。ただの擦り傷です。まぁ、名誉の負傷ってやつです」
二ッと笑って見せる藤堂。
この人性格悪くても、部下を守ったのかぁー。氷室先生が応急手当てしていた人かな。
【頭打ったなら、これ以上バカにならないといいね】
スマホで見せれば藤堂はカチリと固まり、見えてしまった氷室先生が「ブフッ!」と噴き出した。
【先に、お手洗い】と月斗と氷室先生に見せて、トイレに行こうと部屋を出れば。
「辛辣すぎるだろおい!!!」
と、時間差で盛大なツッコミが上がったので、ビックリ、震え上がる。
振り返ったけれど気にしなくていいと言わんばかりに、氷室先生に背を押された。
見事にお昼を食べ損ねたので小さなロールパンを一つだけ、モグモグ。
そのあとは、大広間の畳の一室へ。
子ども用のソファーな並みにふわっとした座り心地の一人掛け座椅子があった。
そこに寛ぐ私って何様なんだろうね。
いや、組長の娘様なんだけどさ、一応。
てか、いつからあったの、このフィットインする座椅子。もしかして買ったばかり? めちゃくちゃ新品そうな匂いしますが?
一人だけ座椅子に寛ぐ中、座布団に正座する月斗と横に並んでいる。
隣には、右側に組長こと美の暴力のような美貌の父、雲雀草乃介(ひばり そうのすけ)。私と同じ艶やかな黒髪と青灰色の瞳の持ち主。
左側では、氷室先生と藤堂が座布団の上に座っていた。藤堂、あぐらかよ。
それから、組長の奥に加胡(かご)さんっていう幹部。インテリ風ヤクザながら、人のよさが隠しきれていないような人。藤堂、加胡さんも正座だよ、あぐらやめなよ。
私の向かい側にいるのは、つるっぱげな浅黒い肌のスーツのおじさん。
部屋に入る際に「お久しぶりです」と、渋い声で笑いかけられたけれど。
すんません、誰ですか。
記憶にございません、正真正銘の記憶喪失なもので。
反応が薄くても不思議がられない辺り、親しいわけではないみたいだ。
「じゃあ、改めて報告をさせていただきます。ずっと家にいてもあれなんで、お嬢の希望でこの街の歴史を教えながら、観光まがいなことをしようと急遽出掛けることになりました。それで声をかけて集めましたが、同行者は俺と氷室、お嬢とお嬢の世話係の月斗、運転手とあと護衛の一人のみです。加胡さんにはプラッとお出掛けします、とは連絡入れました。本当に急遽だったのに、あのトンネルに入るなり『負の領域結界』に閉じ込められました」
今回の奇襲事件について、藤堂が切り出す。
加胡さんが、目を伏せた。どうして出掛けたのか、詳しい経緯を予想出来たからだろう。それを父には言わないつもりらしい。
「リムジンはひっくり返されたんで、月斗とお嬢だけを中に残して外の安全を確保しようとしましたが……天才術式使いの氷室も結界を破壊出来なかったし、湧いてくる怪物は撃っても撃っても形が元通りで、気色悪い笑みで何体も詰め寄るものでキリがありませんでした。最後に湧いてきた巨大な肉だるまみたいな怪物がリムジンに突っ込んだので、月斗にお嬢を連れて逃げ回ってもらうつもりが、分散させても手に負えないという危機的状況に追い込まれました。んで、表向きはこっちが弾切れになる前に畳みかけて無事打ち勝ったって報告はしましたが、実際は――――氷室の『式神』を『完全召喚』した舞蝶お嬢が、全てを片付けてくれました」
あっさりと、藤堂はそう伏せていたであろう事実を話す。
加胡さんも浅黒いスキンヘッドのおじさんも瞠目しているが、父はすでに聞いたようで難しそうに顔をしかめた。ひじ掛けに肘を立てて、口元を片手で押さえる。
「……本当か? 舞蝶」
父に静かに問われるので、コクリと頷く。
「いや、待ってくれ……。氷室の『式神』と言えば……――あの『最強の式神』の一つのか?」
スキンヘッドおじさんが、確認で問う。
「はい。あの『最強の式神』です。文献に書かれた通りの姿だったので、間違いないかと。私が武器のサイスだけを召喚していたあの『式神』を、見事『完全召喚』しました」
しれっとした顔で言い退けては、銀のフレームの眼鏡をくいっと上げる氷室先生。
「あの古の『最強の式神』は、血筋の者で才能がある者だけが召喚出来るという『縛り』だったはず。舞蝶のお嬢さんに氷室家の血があるのか?」
どうなんだって、しかめっ面をしたスキンヘッドおじさんが父に問う。
術式の言う『縛り』とは、条件や設定のことを指すらしい。
「いいや、それはない。俺にも、妻の蝶華(ちょうか)の家系にも、氷室家に関わる人間はいない」
「『血の縛り』がある故に術式使いの繋がりはちゃんと記録しますので、私の方でも関りはないと断言出来ます。家系図を幅広く調べたことがあるので」
父も氷室先生も、血の繋がりは遠くとも近くとも、ないと断言した。
『血の縛り』と言えば。
と、何か話す時のためにとキーボードをセットしたタブレットを立てて、ノートパソコン風にしたものを月斗から受け取って膝の上でカチカチと打ち込む。ほどよい打ち込みやすさ。いいキーボードである。
……これ、半日で取り寄せたのかな?
「そもそも、どうしてお嬢さんが術式を使えるんだ? この前の会合で会った時も、まだ6歳だったか? 氷室が、最初に『召喚』をしたのは?」
「私は7歳です。それもしっかり術式のなんたるかを頭に叩き込まれてからです。しかし、お嬢様は私の『式神』の名前が視えただけで、『召喚』を可能にしてしまった天才なのです」
「名前? ”名前が見えた”って?」
「素質ある者にしか視えない文字ですよ。術式そのものと言えますし、『召喚』のカギとも言えます。残るは、才能です。お嬢様は二度視たあの複雑な名前をすっかり覚えてしまい、そして『召喚』をしたのですよ。『最強の式神』も、天才では言い足りない才能の持ち主の舞蝶お嬢様の呼びかけに応じて『完全召喚』で出てきたと言うことです。天才ですよ、お嬢様は」
「天才、二回言ったな……って、さっきから話を聞いているかい!? 舞蝶お嬢さん!?」
渋い声が野太く上がったから、ビクンッと震え上がる。
不意打ちすぎて、心底ビックリして、心臓がバクバク驚いてしまい胸を押さえて、プルプルと涙目になった。
スキンヘッド、おじさん、こわい。
「お嬢! っ! なんで怒鳴るんですか!? お嬢は、別に遊んでたわけじゃないですよ!? 話すために、文字を打ち込んでただけです!」
月斗が、すぐさまよしよしと慰めてくれる。私を腕の中で守るようにして、ギロッとスキンヘッドおじさんを睨み付けた。
「”今声が出ないから文字で話をする”、と予め伝えましたよね?」
氷室先生も、ゴゴゴッという冷たい怒気を放って、眼鏡の奥でガン飛ばしている。
「ち、違うんだっ! 本当にごめんよ! いつも部下に、これくらいの声量で指示を出していたからっ! 怒鳴ったわけじゃないんだっ! 泣かないでくれよぉ!」
父の方も気にしているので、月斗で見えないがそっちも怒っているのかもしれない。
「風間にも顔怖いから、泣かすなって、言われているんだよぉ」
弱々しくなるスキンヘッドおじさん。見た目も声も怖いのに、なんか気の弱さを感じる。
風間? 風間刑事のこと?
ん? スキンヘッドの彼も、公安かな?
そういえば、疲れ切って寝落ちる前に公安も呼ぶべきだって、話をしていたような?
疲労感が強い余り、眠すぎてうろ覚えだけど、そういえば、なんか戦争みたいなことになるんじゃないかっていう物騒な話をしていたようなぁ……。
ふと、気になって。
私は今書いていたメモを保存して、別のメモに、質問を書いた。
【昨日風間刑事と偶然会いましたけど、術式使い絡みだと聞きました。関連性はないのですか?】
タブレットの方を突き付けて、スキンヘッドおじさんに見せた。
「か、漢字、すごい使うぅ……」とびっくり仰天された。
やっべ。またやっちゃった。
もっと子どもらしい言い回しをすべきかな……。バカなフリって大変……間違えた、無知な子どものフリって大変。イチイチ考えるだけで、疲れるわ……。
「風間と、昨日会ったのか」
「ええ、はい。『陽回(ひまわり)』の下っ端にちょっかいかけた術式使い絡みのトラブルだったそうですよ。でも、そのあと、風間警部はお嬢と買い物」
「ゴホン」
「っに、付き合いながら、氷室に参考までに意見を聞いてましたんで、深刻な事件ではないんでしょ? 山本部長」
藤堂がありのままを話しかけたが、氷室先生の咳払いで何とか軌道修正して、サボりじゃないことを伝えられた。危ない危ない。
建前にするって冗談まがいに言っていたのに、本当に使ったね。氷室先生に意見を聞くという体(てい)で買い物に付き合っただけなのに。
……まぁ、買い物を乗っ取ったっけどね、あの風間刑事。
部長…………って、風間刑事の上の人ってことかな……? とりあえず、年齢的にも、上司って考えるべきだよね……?
爽やかイケメンの風間刑事って、童顔さが目立つけれど、氷室先生や藤堂と同年代に見えて違うらしいから、ちょっと上下関係がよくわからなくなってきた。
昨日も、年上そうな人を部下として扱っていたような……。
「『陽回(ひまわり)』と術式使いだったか。そうだな、そんなに深刻ではなかった。女性の術式使いが、多田(ただ)という組員をつけ狙っているとかで、風間の部下の幼馴染に相談したことで行ってやっていたが……それで昨日の今日となると、ちょいと疑いたくはなるな」
ムムッと難しそうに唸り、顎をさするスキンヘッド山本部長。
【では、まだ動機も、あそこで仕掛けられた原因も、私達が狙われた理由も、解明されていないわけですか?】
打ち込んだ文を見せれば、呆けた顔で目を点にされた。
ごめん。
あれれー? って可愛らしい声出して、とぼけた風に的を得た質問をする某名探偵にはなれないんだ……。
そもそも、今声出しちゃいけないから。
「うちのお嬢は天才なんで。慣れてください」と、藤堂が気をしっかり持たせた。
「お、おぉう……。えっと細かくて申し訳ないんだが、舞蝶お嬢さん。刑事は刑事でも、役職は警部だから、呼び方は正しくは"風間警部"だ」
なんですと。いや、確かにそう、か?
「まぁ、アイツなら気にしなさそうだが。一応な」
確かに、そんな感じはするね。
でも、正しくは警部呼び。気を付けよう。
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