♰31 末恐ろしい天才少女の寝顔。(大人side)



 緊迫の中で、ガクリと頭を垂らすのは、舞蝶だ。


 ハッと顔を上げては、しばしばと目を瞬く舞蝶は、眠気と戦っているらしい。月斗の服を握り締めて、ギュッと眉間にシワを寄せて、力んでいた。


「あの、お嬢。疲れたんなら、寝ていいですからね。あとは大人にお任せを。いや、疑いの目やめて」


 藤堂が仕方なく笑いかけるも、胡乱気な目で見上げる舞蝶。


「ほら、月斗なら疲れませんから、お休みください」


 氷室が笑いかけると、それには素直に頷いた舞蝶に「なんでだ」と抗議する藤堂だが、華麗にスルーされて、月斗の胸に頬を擦り寄せた舞蝶は、目を閉じては深く息を吐いた。


 ビクッと強張った月斗は、堪えたが、結局ゴクリと喉を鳴らして、自分の腕の中で寝てしまった舞蝶を、緩み切った顔で眩しげに見つめる。


 たらり、と落ちる小さな片手。すぅすぅ、と立てる寝息。


 その片手を、膝の上に置いてやった藤堂は。


「まったく……。お嬢を気遣って、出掛けたのに……奇襲されるわ、お嬢に助けられるわ、気を張らせるわ……。大人として面目なさすぎるぜ、ちっ。犯人ブチ殺す」


 と、ボソッと言って、頭をガシガシと掻く。


「てか、まさか、お嬢の才能を見抜いての犯行ってのは、ないよな? あんなん才能振るわれれば、他の術式使いは嫉妬で狂うだろ。アンタはどうなんだ? 天才術式使いドクターさんよぉ」


 まさかと、意見を求めるついでに、いつもの調子でおちょくる藤堂。


「は? 舞蝶お嬢様には、尊敬という畏怖の念で、魂から震えていますが何か?」


 当然だろ、と言わんばかりのしれっと返す氷室を見て、””、と目を点にする藤堂は「あ、あっそ……」と返すのが精一杯だった。


 澄ました顔して、崇めているかもしれないと、察知。


「お嬢様の年齢を考えれば、欲深い術式使いは、取り込むことを考えるはずですよ。まぁ、こんなにも聡い子を、洗脳なんて無理でしょうが…………例の側付きですが、後ろ暗い繋がりがあったりしますか?」

「は? あの側付き? ないない。カタギの身内がいるくらいで、あとは全然だ。……まさか、お嬢の冷遇も、取り入るための手段ってか? だったら、手なづけようとした奴が……」


 冷遇の件は、関係あるんじゃないかという疑いで、絶賛懐かれた月斗に視線が集まった。


「なっ! ッ」


 濡れ衣だと叫びたかったが、眠りが深そうな舞蝶を腕に抱いていては、流石に起こしかねないと思い留まる。


「まぁ、それならば、才能を発揮した今、連れ去るでしょう」

「ええぇー」


 そんなんじゃないのに! そして、連れ去らわないので、短刀を抜こうとしないで藤堂さん!

 という心の叫びを上げる月斗。


「でも、ありえませんね。お嬢様の才能を見破るのは、私にも無理です。才能を見抜くことに長けたような人材も聞いたことありませんから。お嬢様の才能は、関係ないはずです。よって、才能に今さっき気付いた私も、容疑者から外してくださいよ。まぁ一応、母親の家に問題がないか、組長には聞いておきましょう」


 と、容疑をかけるな、と先回りで釘をさす氷室。


「そうだな……。結局、最後のアレなんだったんだ? 『最強の式神』の眉間を撃ち抜くなんて。てか、お嬢、気力奪われてるのに、両手でよくど真ん中撃ち抜いたな? どんだけだよ」

「あ、そうなんですよ~。ホント、お嬢ってば、

「アハハ。おい待てコラ。”ヘッドショットが初めてじゃない”って、どういうことだ」


 笑って流されなかった。

 カッと目を見開て、頭を鷲掴みにした藤堂は、口を滑らせた月斗に問い詰める。


「うげっ。す、すす、すいませんっ。ちょっとグールに遭遇したら、ヘッドショットしてくれて」

「ああン!? どこでだ!? 勝手に家抜け出したのか!?」

「ちょっ! 起きる起きる!」


 やらかしたと、げんなりしながら白状すれば、当然怒られる羽目になる月斗。せめて、舞蝶の眠りを妨げないでほしいと、泣きべそかく。


「退院三日目に、暇だからデートに誘ってくれて」

「退院三日目!? デート!?」


 一応声を潜めて話す。


「でも体力なくて、すぐにバテたお嬢を休ませてあげて、飲み物を買いに行ったら」

「離れたのか? 護衛なしで連れ出しておいて、離れやがったのか? この方を誰だと思っていやがんだ? あん?」


 忠犬さながらの姿勢で怒気を放つ藤堂だが、””、という蔑んだ眼差しを、氷室に後ろから向けられていると、気付かない。


「お嬢いなくなっちゃって焦って探したら、廃ビルの中でグールに追われてて、飛びつかれる前にグールを引き剥がして撃ち殺そうとしたんですけど、もみ合いになっちゃって落としちゃいました、銃」

「……それを拾って、ヘッドショットだと?」

「ええ。俺に渡すことなく、自分からグールに銃口を……華麗な一発のヘッドショットでした」

「「……」」

「……」



 この子は、いくつ才能持っているのかな……?



 という疑問を抱えて、すやすや眠っている舞蝶を一同で見た。


「こっそり抜け出した時に、あの風間刑事に会ったのですね?」

「はい。そのグールの手柄を差し出す代わりに、黙ってもらいました」


 氷室に、へらりと白状する月斗。


「ハッ!? 騙された!」


 見事、完全に氷室達の嘘に騙されたと知る藤堂。


「と、とりあえず、その公安にも連絡……いや、組長の指示仰いでからだな。つか、意見聞きたいんだが、お嬢の才能については、他言無用にした方がいいよな? あんな神がかった術式使いの才能なんて、言い触らすもんじゃねーよな。他家の『最強の式神』の『完全召喚』なんて、なおさら」

「当たり前じゃないですか。術式使い界に激震が走って、それこそ狙われる要因となりますよ、バカなんですか?」

「直球だな!?」


 "何言ってんだコイツ"の目をした真顔の氷室に、心底ムカついた藤堂だった。


「組長に話すのは当たり前だが、一先ず、連絡入れた加胡さんには、奇襲で『負の領域結界』に閉じ込められて、リムジンおしゃかんにされて、弾が残り僅かなくらい奮闘して、なんとか抜け出して、負傷者一名でお嬢は無事ってことだけは伝えたが、詳しい戦闘は組長だけに話すことにして、他は口裏合わせておくか? って話したかったの」

「……そうですね、それがいいでしょう。本当に信頼出来る者だけにしましょう。藤堂が勝負を仕掛けた時に、なんとか勝った筋書きにしておいて、組長達には事実を話すべきです。今後、私が術式を教えないといけませんし」


 氷室も全てを話さない方がいいと意見を出すから、そうすることにして部下に口止めをしようとして、足を止めた。


「は? 教えるのか!? 教えない方が、いいんじゃないか……? 俺、ぶっちゃけ、お嬢が強すぎになるの怖いんだが」

「護衛の立つ瀬がないですからね」

「違うわ!」

「すみません。声、抑えてくださいよ、藤堂さん」


 ツッコミの声が大きいと、月斗は文句を言う。

 舞蝶が起きてしまう。


「学校で、お嬢様がひと暴れしたと聞きましたよ?」

「お、おおう。なんか担任が貸してくれたメモ帳を破かれたり突き飛ばされたから、机蹴り飛ばしては椅子でぶっ叩くフリして、ビビってひっくり返った突き飛ばしやがった男子の上に椅子を置いて座っただけで、お嬢は暴力は振ってないってよ。そういうのあるから、めちゃくちゃ術式を覚えてほしくないんだが……まだ早いだろ」

「いいえ。だからこそです。制御の方法を学ばないと。現状、知識がない状態で、どう制御をしろと言うのです? 現に今さっきは、名前を見ただけで、『完全召喚』をやって退けました。直感で身の危険を感じた場合、彼女はまた『完全召喚』を発動する可能性があります。クラスメイトの危害の拍子に、うっかりとアレを出してしまった方が、パニクって大惨事ですよ?」

「…………」


 想像して青ざめた藤堂は、学ぶ重要性を理解して頷くしかなかった。



「……組長に、置き換えても同じです」

「やめて??? マジでやめて???」



 想像したくないと、完全拒否する藤堂。

 やめてほしい、その同情の目。


「マジ怖いわぁ……」と、月斗の腕の中の舞蝶を見下ろす藤堂。


 『最強』を『召喚』出来てしまえる小さな女の子は、すやすやと眠っている。

 愛らしいいたいけな少女にしか見えないと言うのに。


「ええ、末恐ろしい……」と、未来の成長にワクワクして緩んでしまいそうな口元を、氷室は片手で隠した。




 【第壱章・冷遇されたお嬢に異世界転生】

 

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