♰109 カゲルナ。陰るな。影ルナ。影月。



 その後、銅田さんがビデオ通話越しに土下座して『治癒の術式・軽』と命名した術式を教えてほしいと懇願したが、弟子にまで伝授したいというから、それはだめだろってことで、猛反対な優先生と徹くん。


〔ずるいぞお前達! いつ雲雀のお嬢様と会える!? いや会いに行くから、直接直談判する!!〕


 電話はまどろっこしいとキレ始めてしまった銅田さんに、徹くんは。


「だめだから! 舞蝶ちゃんはこれから引っ越しやら転校やらで忙しくなるんだから! いや待って!? この術式の発表にも多忙になっちゃうっていうか、どうやって発表するの?」


 と止めてから、ハッと大事なことに気付く。

 『治癒の術式・軽』の発表について?


「え? 普通にまた優先生が開発したことにすれば?」と、当然そうなると思っていた私がキョトンとしたら。


「だめですよ!」「だめだから!」〔だめだろ!!〕


 と、鬼の形相の三人に却下された。

 サッと、月斗が庇うように抱っこしてくれた。

 ぴえんんん。


 あまりにも私の才能が特異的に飛び抜けているとは、明かさない方が安全のためにいいと、三人の意見が一致。

 優先生と私の共同開発、または私が助手で開発可能にしたことで公表するかの二択。

 優先生がいい顔をしないので「「気持ちはわかるが、しょうがない」」と二人に説得されていた。


 そんなリビングの隅で、藤堂は情報漏洩の犯人捜しの電話をしながら、キーちゃんに花をあげていた。


「ねぇ、使える術者が限られちゃう問題として、いっそのこと『治癒の術式・軽』が使える『式神』を作成してみない? 銅田さんも『式神』の話をしようって前に言ったじゃないですか。あ、あと、私そろそろ『治癒の術式・軽』の話から逸れて、子どもでも大人を力で負かせるパワーアップの術式の話がしたい! 私もパワーアップしたいの! 『治癒の術式・軽』に組み込んでいる術式を応用していけばいいんだけど調整とかがイマイチでね……ん?」


 ペロッと話すと、二人が目の前で凍り付いた。

 驚愕したような、愕然としたような顔で。


〔……こ、子どもならではの自由な発想に……それを可能にしてしまう特別な才能……だめだ、目を離すな! 優! 絶対にお嬢様から目を離すんじゃない!! 歴史的瞬間を逃すなってことでもあるが、ヤバいもんは作らせんな!!〕


 と、銅田さんが、わりと酷いこと言っている。私のことを何だと思っているの。


〔見張れないなら、その役、代われ〕

「代わりませんが!? 風間警部! やはりお嬢様の功績を私が横取りするような発表はやめましょう!? 嫌です耐えられません! 潔くお嬢様だと明かして、公安で守りを固めてください! 当然の待遇では!?」

「落ち着けよ! 使える者が限られてくると、歴史的大発明だとしても微妙なところだし! 舞蝶ちゃんの自由も微妙になるじゃないか!!」


 銅田さんがスマホから叫び、優先生が徹くんのネクタイを掴み、それを押し退ける徹くん。


「いっそのこと、全く別人の謎の天才術式使いにしとけば?」


 と、私は提案した。

 ハッと三人がこちらに注目。


「架空のダミーの存在を作って、今のところは凌いで、頃合いの時に明かせば、優先生も自分の偽りの功績だって言われずに済むし、そのダミーの賞賛も私に返ってくるでしょ?」


 そういうのはだめなんだろうか。と頬に人差し指を当てて首を傾げた。


「あ、影武者、いいじゃないですか。舞蝶お嬢も現時点で、甘い蜜を吸いたがる連中に群がられずに済みますし、このタイミングだと、優先生の弟子って話題からも、注目を奪い去れるじゃないですか~」


 膝の上に乗せてくれている月斗が、私の手首を掴んで、ぴょいと両手を上げさせて操る。

 影武者。

 影の特殊能力持ちの月斗はおかしそうだ。自虐的だな。


「「「それだ」」」と、ビシッと人差し指を向けてくる天才術式使いの異名を持つ三人の一致した動きを目撃。


「名前どうする? なんか具体的な人物像とか作っとく?」

「そこは人の噂で勝手に作り上げてくれるでしょうが、少量だけ真実を混ぜておいて、ザックリした曖昧な情報を提示すればいいと思いますよ」


 真面目な顔をして真剣に話す二人。


「蝶とかだと、隠れている意味ないもんねー」と影武者の名前を考えてみて、振り返る。


 月斗の黄色い瞳を覗き込む。

「”月”にしておく?」と尋ねてみれば、驚いた顔を真っ赤にした月斗は、ゴックンと喉を鳴らして一人でぶっ倒れた。

 何故か、月斗と一緒に倒れる前に、私は藤堂に回収される。


〔え? 待て? 今、喉鳴らしたか? ゴクリって。あんな真っ赤になって……大丈夫か!? ちょっと見えない! 見せろ優!〕と、銅田さんが騒ぐ。


「大丈夫ですよ、国彦さん。まだ健全な執着愛です。……まだ」と、ちょっと遠い目を逸らす優先生。


 …………まだ。

 今後、月斗がヤバい方に行くんだろうか。

 陽キャラだけど、恋愛がヤンデレ体質だからなぁ。

 病みは、悪化もするよねぇ。病みだけに闇落ちしないといいねぇ~。他人事じゃないんだけど。


「月もまた、このタイミングで明かすと、周囲の勘のいい奴にはバレちまいません?」


 と、藤堂が私をしっかり抱え直す。


「じゃあ、シャドウーとか? いやそれもあからさまに影武者だよね。タイミングからして、バレそう?」


 首を捻る。影武者のシャドウー。まんまって感じ。


 ここは、本当に闇の実力者登場! みたいに謎めいた天才術式使いとして実在している風に作り上げないとね。


「せいぜい呼び名ぐらいは決めないとだからなぁ。何にしようか? 月斗もキーちゃんも氷平さんも、舞蝶ちゃんが考えたんでしょ? 何か自分には当てはまらない感じの名前、思いつく?」


 と、徹くんが尋ねる。


「え~? 月とか、シャドウーしか、浮かばないなぁ」

「なら大人の俺達が考えてあげよう」

「ええ~! 待って! 私も考えたいの!」


 足をバタバタさせて、うーんうーんと考え込む。

 徹くん達には、笑われてしまった。


「そういえば、徹くん。私達は新しい部隊扱いになるよね? 呼び名とか決まっているの?」


 元々、公安では特別部隊として私と月斗と優先生の三人のチームで動くことになっているんだよね。

 その部隊名ってないのかな。


「候補は黒い蝶で『黒蝶(こくちょう)』で、チーム『黒蝶』って呼ぶつもり」


 得意げに鼻を高くする徹くん。

 なんかずるい! いいね! 多分私が黒髪で、揚羽蝶の名前だからだろうけど! むむむーと必死に対抗しようとしたけど、諦めた。


「別に正式名とかじゃなくて、コードネーム的な名前でいいならカタカナで『カゲルナ』でいいかな? 月斗の名前をもじっただけだけど、これなら大丈夫じゃない? 寒い?」

「いやかっこいいな???」


 藤堂がめちゃくちゃ食いついた。

 そして月斗は耳まで真っ赤にしてまた喉をゴックンと鳴らす。

 そんなに???


 カゲルナ。

 陰るな。影ルナ。影月。

 影月だと月斗に直行しそうなので、ここまで変えれば平気じゃないからなぁ。ダジャレっぽいかなと思ったけど。

 普通に『カゲルナ』は好評で、確定した。


「でも待ってね。先ず公安トップに話して、問題なくゴーサインもらえると思うけど、んー、まぁー、ついさっきの騒ぎだしねぇ。昨日の今日で、あの事件のあとのこれだしで……なんかこれを機に昇進を後押しされそう、やだな」

「嫌なの? ごめんね?」

「舞蝶ちゃんが悪いわけじゃないよ!? 今の上司達が俺に押し付けようとしてるのが悪いだけだよぉおおー!」


 両腕を広げる徹くんが抱っこを要求してきたから、藤堂を見上げれば、とっても嫌そうな顔で動こうとしない。

 止まっている間に、月斗が私を奪還して、ムギュッと腕に閉じ込めた。しょげる徹くん。


「公安の広報部も喜んで、今日から『治癒の術式・軽』の噂をじわじわと流してくれるだろうから、明日にはどーんっと記事はアップされるよ。これで氷室の弟子って注目は掻っ攫われるわけだ。それが氷室の弟子ってことは、俺達ぐらいしか知らないって、最高に優越感だよねぇ」


 ニマニマしている徹くんが言うように確かに、暗躍している感、カッコよくて楽しいね。実感は湧かないだろうけど。


「ところで風間警部。舞蝶お嬢様の転校試験はまだですか?」

「鬼か? 多忙だ。頑張ってるよ」

「多忙なのはわかりますが、こちらだってお嬢様と研究するためにも、正式な住居が必要です」


 優先生は、学校について問う。


「もうここでよくない?」


「だめですよ!」「だめだよ!」と即座に却下された。


「学校大事! ちゃんと登下校がしやすい家に住まないと! 通うのが、一二年だとしても! だから待って!」


 徹くんの必死の形相で、説得されてしまった。学校を決めてからの正式住居選び。


〔なるほど。引っ越しと転校ってそういうことだったのか。……よし、わかった。俺今から遊びに行くわ〕


 真剣な顔付きで言い切ったおじさんがそこにいた。


「何をほざいているですか? ボケました?」


 優先生、辛辣。


〔いいじゃねぇか! まだ転校準備が出来てないなら暇ってことだろ!? 『式神』会談も、今のうちだろうが!!〕

「忙しいのに、急にアポを捻じ込まないでください」

「それ、俺も言いたいなぁ」


 色々捻じ込みまくられている徹くんは、遠い目で乾いた笑いを零す。

 ホント、ごめんね?


「あ。あのきな粉餅、食べたい」

「あのきな粉餅をたくさん手土産によろしくお願いします」


 眼鏡クイッと掌返しな優先生。

 好物だから、私が言ったからか、銅田さんはアポを勝ち取った。



 

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