♰108 軽傷バージョンの治癒の術式。



 そこで優先生のスマホが着信音を響かせた。

 すんなり出た優先生は「はい。優です」と通常の声で対応したので、相手はきっと銅田(どうだ)さんだろう。

 さっき動画を送りつけた天才術式使いの一人。


 大きな声でも出されたのか、スマホを耳から離して間を開ける優先生は「お嬢様。国彦さんとビデオ通話をしませんか? お話がしたいそうです。お嬢様の声と姿を見ながら」と私に伝えた。

 コクリと頷くと、ビデオ通話に切り替える。


「えっと、こんにちは。銅田さん」

〔喋った! 可愛い子が喋った!!〕


 と、驚愕している声が優先生のスマホから響く。

 このダンディーな低い声。間違いなく、銅田さんだな。

 そういえば、彼に声を聞かせるのは、初めてだった。


「改めまして、雲雀舞蝶です!」と、ペコリとしながら「天才術式使いの先輩方に、ご教授いただければ幸いです」とドヤッと挨拶をこなす。


〔可愛らしいけど! もしかして前に先輩面するって言ったこと怒ってるのか!? 許せ! いや許してください! 術式を簡単そうにパズルだって語り退ける雲雀のお嬢様には、教えれることなんてそんなないだろ……いや、ないですね〕


 そこまで? 何がそんなにパズル語りがよかったのだろうか。

 てくてくーと優先生の元に行こうとしたら、月斗が脇を持って持ち上げてくれて、ソファーに座る優先生の真横に下ろしてくれた。優先生にピッタリ寄り添ってスマホを覗き込むと、銅田さんが映っていた。


〔さっきの動画なんなんだよ……感銘受けたじゃないですかー〕


 涙ぐむほどに???


〔あと何その可愛さ。可愛い弟子に寄り添われて羨ましいぜ、畜生め、優。俺の弟子にはそんな可愛さがないっていうのによぉ〕と妬む銅田さん。


〔弟子に可愛さ求めるなよ、オッサンが〕と、どこからか若い男の人の厳しいツッコミが聞こえた。

〔ほらこれだよ。可愛くねー〕と嘆く銅田さん。

 弟子が近くにいるみたいだ。


「私が弟子と呼ぶなどおこがましいのですがね。昨日も躊躇していたのに、今朝になって情報がリークされて焦りましたよ」と、疲れたため息を重たく吐く優先生。


〔あはは。でも遅かれ早かれだろ? まぁ、そのあとのお前の氷室家追放と理由がなぁ〕


 明るく笑い退けたと、苦笑いになる銅田さん。

 彼の弟子が〔隠し子説、本当に違うんですか?〕と問うから〔当たり前だろ! 7歳だぞ!? 年齢的にギリいけるだろうが、その時期の優が、どんだけ活躍したか知らんだろ!?〕と、シャーと威嚇する猫さながらの勢いで否定を飛ばす銅田さん。


〔ん? 待てよ? この前会った時は確か、6歳って言ってたよな? 優より最年少の天才術式使いだって話したんだ。確かに6歳って聞いた〕

「昨日7歳になりました」

〔なんだと!? なんで言わなかったんだよ優!! おめとうさん! 雲雀のお嬢様! やっぱりあれか、ハッピーバースデーの歌を熱唱してやろう〕


 と、ルンルンと張り切る銅田さん。いや、要らないんですけど。


〔やめてあげてください、なんの嫌がらせですか〕

〔なっ!? 嫌がらせ!? 俺の歌は嫌がらせなのか!?〕


 と電話の向こうで、仲良く師弟でやり取りしている。


 そこでバン、バタバターッと音が廊下の方から。


「舞蝶ちゃん!! 治癒の術式作ったってマジで!? さっきの演説動画永久保存していい!? 歴史に遺すべき動画だよね!!」


 と、速攻で戻って来た徹くんが息を切らしてまくし立てた。

 演説??? とりあえず、やめてもらっていいかな、歴史に遺すとか。


「戻るの、はやっ」と、座布団の上であぐらかいた藤堂がツッコミ。


「徹くん。お仕事大丈夫?」

「何事も優先順位があるからね! 今は最強の最年少の天才術式使いがパズルのように作り上げちゃった治癒の術式を聞かねばいけない! 歴史的瞬間だ!!」


 興奮で呼吸を荒くする徹くん。


〔え? この声、風間? 風間の警部か? 待て。治癒の術式っつった? 治癒って、怪我を治すとか? 傷を癒す? そんな術式を雲雀のお嬢様が作ったと???〕


 ビデオ通話相手の銅田さん。

〔何夢物語、語ってるんですか? 先生は〕と、遠退いた弟子の声がツッコミ。徹くんの声は聞こえなかったみたいだ。


「え? 誰? ……あっ! 国彦さん!」と問う徹くんに、スマホ画面を見せてあげる優先生は二人が親しいことを知っていたらしい。

〔よぉ! 風間!〕と、気さくに挨拶する声がした。


〔んで治癒の術式ってどういうこった!!? マジか!? マジモンか!?〕

「ちょっと、しぃっ! ただでさえ、舞蝶ちゃんのことで界隈が盛り上がってるんだから、この情報は機密!!」


 口に人差し指を立てる徹くん。


「どうしましょうか? 国彦さんにも話、聞いてもらっても大丈夫ですか? 別に電話を切ってもいいですが」

〔全然よくねぇえ!〕


 と、クールな優先生にツッコミをする銅田さん。


「銅田さんならいいんじゃないの? 優先生が信用出来る人でしょ?」と、優先生の肩に当てるみたいに、キョトンと首を傾げる。


 銅田さんが強めの声を出して〔物は相談だが、優。雲雀のお嬢様を俺の弟子にし〕というところで、ピッと通話は問答無用で切られた。

 優先生の冷え冷えした目に、すぐに銅田さんの着信画面が映る。

 ピッと容赦なく拒否した。メッセージで泣いた絵文字を連打された謝罪文が送りつけられたので、優先生の方からビデオ通話を繋げてあげる。



 軽傷バージョンの治癒の術式を完成したことを報告。

 簡潔に、要点をまとめて説明。


 先ずは、優先生の治癒の術式の研究を引き継いだような形だってこと。ただ優先生が開発途中だった術式は、あまりにも治癒対象に負荷がかかるため、最悪死ぬこともあり得る危険なもの。

 それを改善するために、身体能力向上をしておけば、負担も受けずに済むと考えて、パワーを怪我の部分に集中させて、そのパワーを対価にする形でノーリスクの治癒の術式に仕上げた。ただ本当に軽傷用だ。


 効力を強めようとすると不発、または暴発の恐れがある。これはこれで、現時点で、軽傷の治癒の術式という完成形なのだ。


 ペラペラと喋っていれば、みんなが黙り込んでいた。真剣に耳を傾けて聞いている。


 ただ、三人の圧がすごい。背景にゴゴゴッて音が鳴っているように聞こえる。

 優先生とスマホの銅田さんと徹くん。


〔……いや、待て。まだだ。まだ、成功させてねぇよな?〕

「疑う気ですか? 言っておきますが、お嬢様は昨日大怪我を負いましたが、目の前に見えているようにピンピンしていますよ。治癒の術式の成功例」

〔昨日何があった!? 誕生日だったんだろ!?〕


 襲撃に遭いましたね。イカれ吸血鬼の。


「わかった。俺ちょっと怪我しておくから、ちょっと刃物貸して?」と、自ら傷を作って治癒の術式を受けようとする徹くん。


「いで!」と、そこでキッチンから声。


「どしたー! 橘? まさか怪我してねーよな?」


 このタイミングでまさかな、と顔を引きつらせた藤堂が声をかけた。


「あ、すいやせんっ! ちょっと研ぎ立ての包丁が滑って指先切っただです!」と橘。

 まさかのジャストタイミング。


 シュバッと私を抱えて運んだ徹くんとついてくる優先生と月斗と藤堂で、キッチンへ押しかけ。

 もちろん、ビックリ仰天な橘は「な、なんすかっ?」とビクつく。


「怪我、見せて」と、徹くんは急かす。

「お、大袈裟な……」と恐る恐ると、キッチンペーパーで押さえていた人差し指の側面を斜めに切った小さな切り傷を見せてくれた。

 血が結構出ているが、紛れもなく、軽傷の範囲。


「橘。もちろん、治療していいですよね?」と、ずるい言い方で済ませようとする優先生が、眼鏡をクイッと上げながら、カメラを向けている。


「え? こんなの自分で」


「橘。魔法かけていい? パッと治す魔法!」と、私も絶好のお試しなので、実験をさせてもらおうと子どもぶる。


「なんですか? いいですよ」と、子どものおまじないでもかけると思って、指先を素直に差し出す橘。


「……大丈夫。副作用も後遺症もないからね!」と、一抹の罪悪感で言っておく。


「? はい」と笑顔でキョトリな橘は、子どものおまじないに副作用も後遺症もないって思っているな。


 手を翳すだけでも十分だけど、念のため、丁寧に術式をかけたくて、両手で挟むようにした状態で治癒の術式を発動した。

 ポッと白い光りが灯る。キッチンペーパーでまた溢れていた血を拭えば、傷口は塞がっていた。


「どう? 痛みはないでしょ? ムズムズもしないよね? 違和感は?」


 首を傾げて見上げると、目を点にしていた橘が「ひょえぇ……治ってる……」と、ただそう茫然自失中に。


「そこは先ず、初めての治癒の術式を使ってくださってありがとうございました! だよ! 橘!」


 と、こちらもなんかスマホのカメラを向けている徹くんに、ハッと我に返って「ありがとうございました!」と、反射的に感謝する橘。


「それから、現在の状態を報告しないと。ちゃんと治ったかどうか、問題があるかないか、報告を」と、急かす優先生にも促されて「あっ! なんの異常もありえません! 傷跡一つ残ってませんね? ええー……治癒の? 術式を??? え? そんなもんあった???」と答えたものの、初耳すぎて混乱している橘。


「ほら! 完成した術式です!」と、胸を張って見せた。


 そしたら、天才術式使い三人に泣かれた。

 なんか、感激のあまり涙が出たとかで。泣かれた。



 

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