♰107 術式は自由自在なパズル。
グイッとタブレットを優先生に押し付けて、レポートを見てもらいながら。
「優先生が病院勤め中に得た資料も加えて、キーちゃんのパワーアップ能力をモデルに、術式にすると……こんな感じ? いやだめか。氷平さんが危ないって言ってる。でも、パワーアップを身に受けた感じ、この線だと思うんだよね。結局、ドーピングでしょ? とりあえず、一時的な身体能力向上の術式。治癒の術式を問題なく人体に使うためにはまだまだ改善の余地あるけど、切り傷とかの治癒をサクッと出来る術式を作ったの。それも後遺症が残らないように工夫を入れたんだけどね。部分的な傷の治癒に集中して、そこの部分にパワーを溜め込んでからの治癒を開始すれば、負担はパワーを対価にして、実質ノーリスクの軽傷完治にするの。そのパワーを身体能力向上に変換すれば、応用可能だよね!?」
メモに殴り書くけど、氷平さんが却下だと言ってきたので途中で書きやめる術式。
ガビーン……。でもこの線がいいでしょ。
ペラペラと語った。
「ヤベー何言ってるかわからねぇんだけど」
「バカか、わかれよ」
「落ち着け、動揺しすぎて口調が悪くなってるぞ、ドクター」
わなわなと震えている優先生は、タブレットと私を交互に見ているのに忙しくて、藤堂に構っていられない。
「お嬢ってば、軽傷をパッと治せる魔法を完成させたとか言ってんじゃねーよな?」
と、構ってもらえなかった藤堂は、笑顔で私を指差して、月斗に尋ねた。
「え? そうですけど? 魔法じゃなくて、術式です」
「……」
ケロッと答える月斗に、硬直する藤堂。
「まだ試してないけど、氷平さんは太鼓判を押してくれたよ?」と、私はトドメを撃つ。
「俺で試してもよかったんですけど、俺は吸血鬼で軽傷なんて、すぐ完治しちゃいますからね。無論、お嬢にはさせません」と、月斗が二度目のトドメ。
藤堂は、頭を抱えて蹲った。
「数年難航していた研究が、お嬢様の手で完成…………え? 風間警部? あの人なんで帰った?」
呆けた顔の優先生は、徹くんが多忙な仕事に戻ったことをすっかり忘れている。
「それより、優先生。何かいい案ないかな? 身体能力向上。吸血鬼並みとは言わなくとも、子どもが大人に匹敵する筋力とか得るパワーアップなら、なんとか」
「すとーっぷ! タンマ!!」
私は気が逸っているのに、待ったをかけてくる藤堂。
「なんで!? いやなんで!? なんでだよ!? 『最強の式神』がついているとはいえ、別にこうして言葉をはっきり交わしているわけでも手紙のやり取りしているわけでもないのに! その知識得て、術式作るって何!? どうして作れるん!? 怪我を治す術式道具の『血の治癒玉』だって、元々高い自己再生能力という治癒能力を持つ吸血鬼の血を利用しているモンなのに! それもなしで軽傷をパッて治すの!?」
と、怒涛のツッコミ。
「何って……術式はこう難しいでたらめな漢字に見えるでしょ? でもパズルなんだよ。組み合わせ次第でカスタム出来る魔法だね。しかも相性次第で無理矢理はめ込めるし、パズル自体の形だって案外自由自在に削ったり伸ばしたりって変えられる。相性、形、色、それらを組み合わせて、不格好にならないように整えれば、新しい術式は完成する。不格好って言うのは、上手く発動出来ない状態のことね。技術や気力量の不足でも、不発になるもの。優先生があらゆる参考になる術式を教えてくれたし、氷平さんも助言くれるから、新しい術式、作れた!」
全然学び始めてから日が浅いのに語る私は、ドヤっと胸を張る。
ピッと音が鳴ったと思いきや、優先生がスマホのカメラを向けていた。
「最高です……お嬢様。今の動画、国彦さんにも送っていいですか? 感激すると思うので」
感激に震えていると言わんばかりに、頬を紅潮させて恍惚をしたため息を吐く優先生。
先ず、何故に、撮ったの?
「はぁ……お嬢様に術式を学びたい……」
「??? 優先生が私の先生だよ???」
「私なんてただの教科書ですよ……見本です。独創的に新しい術式を作り出すお嬢様の見本になれるなら、この上ない喜びですが……」
今度は、憂いたため息を吐いて、先程の動画を早速観ている優先生。
どしたの。
「しかし、舞蝶お嬢様。この軽傷用の治癒の術式ですが……やはり、才能がある者じゃないと難しいですね。技量のない通常の術式使いには到底無理かと」
と、やっとテーブルの上に書いておいた術式の紙を手にして、優先生は顎に手を添えた。
「……通常の術式使いって……言っとくがアンタが格別すぎるからな? 例の会合返り討ち戦で出張った術式使いのどれだけが使えるレベルだ?」
と頭を抱えたまま、ジト目で問う藤堂。
「……恐らく、いませんね。あの日、あの場には、これが使える技量の術式使いは」
よく考えた末に、優先生は答えた。
「
グリグリと、こめかみをこねくり回す藤堂は、考え込む人になっている。
「術式使いにも不向きな術式はあります。私が結界が苦手なように。あの日は攻撃に特化した術式使いの集団ではないですか。こちらは補助向きの術式使い向きですね。ほら、灯りをつけるだけの術式を使える程度の術式使いとは堂々と名乗れないレベルの人達です。でも大抵挫折しているので、彼らには向いていても技量がないという残念な現実ですね。あとは『紅明』の若頭が連れていた渦巻達なら、才能でやって退けられるでしょう。国彦さんも器用なので、どちらかと言えば、向いているでしょうね」
うずまきと聞いて、黒マスクの人を思い出す。
声の術式使いだっけ。使い方、見てみたいなぁ。特殊な術式。好奇心ウズウズ。
「公安にもそういう人いるんじゃないの? とりあえず、出来るように練習してもらえばいいんじゃないかな? 徹くんに頼んでみない?」
と、需要についての問題なら、公安の方が向いているけど、技量が足りない人に練習をしてもらって、練習次第で使えるようになるかどうかを実験してもらえばいいと思うんだ。
「……そうだ。その徹くんにも動画を送りますね」
いや、何故。
「あ。どうしましょうか? やはり、お嬢様の口から治癒の術式、軽傷バージョンを完成させたことを報告しますか?」
「んーん、優先生がして」と軽率に言ってしまった。
「いや、やめてやれ。絶対すっ飛んで戻ってくるぞ」と、藤堂が言ったものの「送信しちゃいました」と手遅れ。
「あちゃー。もう知恵熱……なんか薬持ってない?」
「ベランダで冷やせ」
「通常運転で冷たいな。はぁ」
疲れたため息を吐いて、本当にベランダに行く藤堂は寄りかかって胸元を探るが、何かに気付いて落胆。
それから天井を見上げて、僅かに白くなる息を吐いた。
気になって、てくてくーとベランダに行き、少しスライドドアを開けて顔を出す。
「藤堂って見た目、タバコ吸ってそうなのに、やっぱり吸ってないんだね?」
勝手に喫煙者だと思っていたけど、ずっと見てないし、匂ったこともない。
「あー、いえ。前は吸ってたんですよ。今年からお嬢の護衛責任者になるってんで、やめておきました」と苦笑して頬をポリポリと掻いて「見た目も匂いも気になるなぁーって。健康第一で」と笑い退けた。
「へぇー。えらいね。知らないけど、頑張ったでしょ」
「知ってたら怖いっす」
けらりと冗談を笑われた。
「そっか。護衛対象の健康にも気を付けるなら、避妊具もちゃんとつけそうだね」
「ブフッ!!」
サッとスライドドアを閉めて、かちゃりと鍵を閉めた。閉めてしまった。
「ちょ、お嬢ー!!?」
ビクッとしてから、鍵をガチャンと開けてスライドドアも引く。
「ごめん。意地悪とかじゃなくて、つい、自然と閉めちゃった」
「つい!? 自然と!? 締め出します!?」
雪崩れるように中に入ってはフローリングの床に突っ伏する藤堂。
違うんだって。閉めたら鍵を閉める習慣が、つい。
「冷えたっ……色んなところが、すっかり冷えたっ!」
胸をさする藤堂、顔が真っ青だね……なんかごめんって。
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