♰138 20年前に惨殺事件。
「いやいや! 『式神』が食っては寝るって聞いたことねぇって」
口をあんぐりして固まる橋本さんや絶句して呆然と見ている盛丘さんを見て、さらには優先生と徹くんを交互に見るテンパっている聖也の若頭。
優先生と徹くんは、慈愛に満ちた眼差しでテンパった姿を眺めるだけ。意地悪いな。
「希龍ー。花食べるか?」
藤堂が後ろから声をかけるけれど、私は振り返らない。
キーちゃんが喜んで飛びついたから、花を食べたのだろう。それを見て、聖也の若頭の一同が、お口あんぐりでポッカーン。
「基本、自分で気力を補充しますので、二十四時間出しっぱなしですね。私は消費されません。だから先程の複数『召喚』を可能にした質問の答えには、キーちゃんが気力を補充出来る自立タイプなので、私も気力を吸い尽くされずに済んだというわけです。それが可能にした理由の一つかと」と、さっきの質問の答えに補足。
「ほら、キーちゃん。聖也の若頭には、興味あったでしょ? もう近付いて平気だよ」
「ん? 興味? 俺に?」
「特殊能力の気力に惹かれているのか、燃太くんにも興味を示していました。冷気をまとっているので、近付かないことを学んだんですけどね」
「俺達の気力に、って、うごッ!!」
「「「「若ー!!」」」」
ゴツンッとロケット頭突きをかますキーちゃんともろ額に食らった聖也の若頭。
「あ、ウチの子がすみません」と私が笑っている横で、ツボに入っている優先生達。大人一同が、大人げないよ。
「じゃれているだけです」
「だ、大丈夫だ。めっちゃ頬擦りされる……す、すげ。これ花? 本物?」
ずりずりーと頬擦りを受ける聖也の若頭は、宥めるみたいに身体をポンポンしてやる。流石、一歳の甥がいるだけはあるな。キーちゃんの眉がガーベラの花だと気付いて、ツンツンと触る。
「アタシもいいっすか!?」と私の許可を得てから、キーちゃんに話しかけて許しを得てツンツンする橋本さん。よかった。術式を無効化するから、敬遠されるかと思ったが、こちらも好奇心が勝ったようだ。
「基本的には、人懐っこいですよ」
「基本的に?」
「感情豊かなので、私の感情に感化されて、怒って頭突きしたり、締め上げられたり」と後ろに立つ藤堂を指差したら、そっと下ろされた。
「頭突き……」と額をさする聖也の若頭。
ごめんて。はしゃいだだけだよ。
「『最強の式神』の氷平さんと初対面の時は、最強さがわかったのか、怯えちゃって。今も苦手意識があるみたいですね。『最強の式神』の氷平さんは陽気なお兄さんタイプなので、悪戯して怖がらせたせいです」
「……陽気なお兄さん? あれが???」
目を点にする聖也の若頭。姿と一致しないのだろう。
「一心同体なのか?」と渦巻さんに尋ねられた。
「そんな感じですね。昼間の件だって、私が負傷したと伝わったようで、外から焦って奮闘してくれたのでしょう。『トカゲ』の術式を、無理矢理解いたとか。その間、遮断されて伝わってなかったですが、出てみれば、心配でいっぱいだったって気持ちが伝わってきました。忘年会でも優先生が言ったように、『式神』とは同調することで以心伝心も可能となり、『最強の式神』の『完全召喚』も可能になるかと。『最強の式神』の氷平さんの『血の縛り』を解いたのは、私です。去年の秋、名前が見えて、『負の領域結界』で、助けてもらう代わり、『血の縛り』の象徴である顔の氷を壊すことを条件に提示されましたので。それで『完全召喚』が可能になったんですよ。『血の縛り』をかいくぐった理由は定かではないですが」
「何を言いますか。舞蝶お嬢様が、”無敵の才能”をお持ちだからですよ」
「だ、そうです」
言い切る優先生に苦笑してしまった。
私の才能は、無敵と言い切るのだ。無敵だから、かいくぐれた。無敵だから『完全召喚』が出来た。無敵だから『生きた式神』を作成出来た。無敵だから『治癒の術式・軽』も作れた。
無敵だから。
「おわかりいただけましたか? 舞蝶お嬢様が家を出た理由も、大まかに知っているなら、この偉大な才能を持っていると、平穏に過ごせなくなると。まだ7歳のお嬢様が、才能目当てに群がる連中の相手をしないためにも、今は『カゲルナ』の名を使って隠れているわけです」と、優先生。
「そういうことで、他言無用」と、徹くん。
「んー。他言無用ってことは、もう了承はした。……それなんだが……今回の襲撃って、巻き込まれたんじゃなくて、しっかりと標的に入ってたとか、ありません?」
難しそうに顔をしかめた聖也の若頭は、そう言い出す。
「え? 舞蝶ちゃんが? 俺が最重要ターゲットで、追撃者として始末したかった若頭くんに続いて、舞蝶ちゃんもターゲットだったと?」と徹くんは、どうしてそう思うのかと聞き返した。
「だって、20年前にも、天才術式使いを次々と惨殺した前例もありますし。これほどの才能となれば、放っておかないのでは? どっかから漏れたかわかれば、スパイとかもわかるかも」
「いや、それは20年も前の話だし、確かに活発に仕掛けてくるけれど……」
20年前に惨殺事件……?
「20年前に『トカゲ』はそんな事件を起こしたの?」と尋ねてみれば。
「うん。今の警視総監が警部時代に、当時頭角を現して名前を馳せていた天才術式使いを6人も殺害したんだ。その頃には、『トカゲ』の術式も、『トカゲ』流に進化したらしいよ。かれこれ50年は攻防を繰り広げているけれど、20年前のその事件が一番残虐だね。あとは公安と激戦を繰り返してはいるけれど、去年からはやはり俺に集中攻撃をしているみたいだ」
と、徹くんは教えてくれながら、顎に手を添えて考えている様子。
「どうして、その人達は殺されたの?」
「動機? さぁ? 『トカゲ』の仲間になることを拒否して殺されたのかもしれないっていう説が濃厚だけど、事実は『トカゲ』を捕まえないと、明らかにはならないね」
天才術式使いを勧誘して断られたから殺した、か……。
妙に引っかかる。
あの警視総監が、まだ徹くんと同じ地位の時代にそんなことが……。
彼女の意味深な言葉が浮かんだ。頭角を現した天才術式使い。
……まさか、な。関係ない。20年も前の話だし。関係ないだろう。
「今日の襲撃だけど、君に送信した時刻は、訓練場にいました。スマホは、荷物も置いちゃってね。俺の落ち度です。申し訳ないです」と徹くんは、聖也の若頭にも私にも、謝罪を込めて頭を深々と下げた。
「舞蝶ちゃんも才能を理由に狙われたって線は、薄いと思う。キーちゃんの術式無効化だって、一握りの人しか知らせていない。『生きた式神』もまた然り。『最強の式神』の『完全召喚』も、『治癒の術式・軽』の作成も、極秘中の極秘。漏れることはないですよ。だから、舞蝶ちゃんが狙われる理由はないはずだから」と、巻き込まれたという線を主張。
「でも、公安内に出入りされているのは、確かだね。例の『負の領域結界』は押収して保管したはずが、一つ盗られていました。作成者は、『トカゲ』と関わりがあったのか、口封じに殺されましたね。公安内を洗うから、公安からの連絡は注意を。俺でもね」
忌々しそうに顔を歪めながら、警告した。
「そもそも、最重要ターゲットになった理由は、なんですかい? 公安の重要人物以外にも、何か狙われる理由でもあります? あんな改造人間まで投入されて」と、藤堂が尋ねた。執拗な襲撃の理由はあるのか。
「いや……さっぱり理由がわからないんだよね。あの秋がスタートだとしても、俺は『トカゲ』が視界に入れば、見えなくなるまで追跡する程度……公安でも通常な対応をしてきたから、去年の若頭くんほどに追跡した覚えはないんだ」
困ったように考え込む徹くん。本人は『トカゲ』に排除されるほどの脅威である理由が思い当たらない。
「でも、風間さん、次のトップツーに据えられそうなんでしょ? 今のうちに摘むっていう動機なんじゃ?」と、聖也の若頭は、徹くんの地位が上がる前に摘んでおきたかったのかと推測した。
「昇進したからって、追跡するという確定があったわけでもないのに?」と、腑に落ちないと返す徹くん。高い地位に昇っても、必ずしも『トカゲ』の脅威になるわけではない。
何を思って、風間徹を狙ったのか。『トカゲ』の思惑が謎だ。
「情報が足りない今、憶測しか出ないから、新たな情報が入るまで下手に動かないようにしましょうか。厳重態勢で、公安内を洗い出して、スパイや不法侵入者を見付け出します。それにより、『トカゲ』が狙った理由もわかってくるはずです。『紅明』の若頭くんが呼び出されて仕掛けられたのは、去年は執拗に追い回したから、その始末のため。舞蝶ちゃんとの約束は絶好の機会だと判断されたために利用されて、舞蝶ちゃん達は巻き込まれた。今はその見解でいくけれど、くれぐれも解明出来るまで、みんな警戒を緩ませず、油断しないように」
ハンバーガーセットも食べ終えてきたので、話は終わり。
天才術式使いの称号を持つ者が五人も揃ったので、術式談議が始まり、盛り上がった。
「風間さんの術式も、あの場でコピッたんでしょ? 舞蝶嬢は」と、いつの間にか、省略で”舞蝶嬢”呼びになる聖也の若頭。
なので、私も聖也さん呼びに切り替えた。
「いやいや、あれはアレンジも入ってたよ、しっかり」と、徹くんは何故か誇らしげ。
そんなわけで、術式がどれほど見えるかの話で順位が決められた。渦巻さんは自ら「別によく見えない」と言ったが、「天才術式使いの中では見えない方って意味ですよ」と優先生が言い当てた。
順位としては、私、徹くん、橋本さん、優先生、渦巻さんという感じ。
術式の文字が見える順番であるが、いざ使うとなると、橋本さんは自信はないとかで、最下位に落ちる。器用ではあっても、器量は足りないと自覚しているとか。
そんな有意義な時間を過ごしたあと、徹くんをしっかり護衛して送るというので聖也さん達に任せた。
疲れたので、橘にソースをべた褒めしておいてから、夕食を済ませて、早寝をしておく。
撫でられる感触で目を覚ますと、月斗がベッドサイドにいた。
「つきと……?」と寝起きの声を出す。
「起きちゃいましたか……勝手にすみません」と力なく笑う月斗。
「……本当に、ごめんなさい……」
沈んだ声。今日の奇襲で守れなかったことを気にしているのだろうか。
「今日は私が離れるように指示したでしょ。謝る必要はないよ」
「でも……俺も巻き込まれていれば、お嬢も怪我をしなかったかもしれないのに」
「不測の事態の中の事故みたいなものだから、しょうがない。”かもしれない”話で顔を曇らせちゃだめ」
手を伸ばして、頬をグリッと押し退ける。そう言っても、納得出来ないって顔の月斗。
「じゃあ、償いのために四回目のデートは、いっぱい楽しませてね」
「!」
デートで気が逸れたのか、明るくなったのがわかった。
「まぁ、厳戒態勢中だから、まだお預けだけど」
「……は、はい。そうでした」
ぐらぁんとすぐに落ち込む月斗をクスクス笑いながら、頬を撫でてきた手を、ギュッと両手で握り締めた。
「楽しみだね」
「……はい」
すりすりと頬擦りすると、ゴックンと喉を盛大に鳴らす。
吸血鬼の執着心が刺激された症状。頬を赤らめた月斗は、口を押えた。
「前から思ってたけど、口押さえるって意味あるの?」
「い、いや……なんとなく?」
やっぱり深い意味はなかったか。喉の渇きを覚えるから自然とゴクリと喉を鳴らす吸血鬼の執着心を現した症状。
「おやすみ、月斗」
「おやすみなさい、舞蝶お嬢」
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