【第伍章・吸血鬼達の執着の忠誠心】
♰137 若頭一行をご招待。
元の世界に酷似した異世界へ転生した時、『雲雀(ひばり)舞蝶(あげは)』の今までの記憶を綺麗さっぱり失くしていた私は、組長の一人娘でありながら、冷遇を受けていると知った。
月と名乗っていた王族の遠縁である影の特殊能力持ちの吸血鬼、影本(かげもと)月斗(つきと)の助けをもらって、現状を打破。娘の冷遇にも気付かなかった不器用な父にほぼ絶縁を突き付けて、雲雀家を脱出。
公安の風間(かざま)徹(とおる)刑事の保護下の元、忠誠を誓ってくれた月斗と、天才術式使いの師匠であり、主治医の氷室(ひむろ)優(すぐる)先生と、父の派遣護衛の藤堂(とうどう)と、家政夫でもいいとついてきた料理人の橘(たちばな)と、一軒家で同居。
そんな家は、別荘とも言えるくらいに、広々としている豪邸。
侵入不可の結界を解いてから、『夜光雲組』と同盟を組んでいる『紅明組』の次期組長である紅葉(もみじ)聖也(せいや)さんの一行を家の中に招いた。今日の襲撃をきっかけに、謎の天才術式使いの『カゲルナ』の正体は私だと見抜いたから、ちゃんと話して口止めをするため。
昼食の時間を過ぎてしまったので、ハンバーガーセットをテイクアウト。リビングで足の短いテーブルを囲って大所帯で食べながら、話すことになった。
「ゴフッ! ゲホゲホッ! な、何!? 才能開花したのは、秋の奇襲で見えちゃった『最強の式神』の名前を使って『完全召喚』したから無事に生還したし、会合で迎え撃った時も、氷室さんが『完全召喚』したと見せかけて、舞蝶のお嬢様が『召喚』してただぁ!?」
かぶりついていたハンバーガーを噴き出しそうになり、胸を叩いて、聖也の若頭は聞き返す。どこから話すべきかと悩んだけれど、まぁ、最初からってことで。
ちまちまと、ダブルチーズバーガーにかぶりついた私は、モグモグと咀嚼して、ゴクンと飲み込んだ。
コクコクと頷いて肯定を示せば、聖也の若頭の一行は、絶句。ハンバーガーを手にしたまま、絶句。一部、ポテトフライを摘まんだ姿勢で、絶句。
パーティーらしく、大皿に盛り付けた上に、橘が「手頃なソースありますよ」とサクッと出してくれたので、色んな味が楽しめて、ガッツリもてなしている状態と化した。
「表向き私としておいたのは、舞蝶お嬢様に注目されないためでした。ただでさえ、あの組織は才能に嫉妬しているような術式使いの集まり。隠す方がいいと考えてのことです。ちなみに私は嫉妬なんて愚かな思いはありません。真逆に崇拝しているので、忠誠を誓いました」
サワークリームオニオンソースの小皿を持って、ポテトフライをつけて食べる優先生は、しれっと打ち明けた。それにも、絶句の一同。
「最初は、似た境遇で、『最強の式神』を『完全召喚』するほどの才能の持ち主で、天才なのは明白だから、隠れ蓑になるくらいならいいと思っていましたが……正直私の手柄にするには大きすぎる功績が多いですがね。師匠と言っても、彼女の成果は燃太(もえた)くんの体調から見て、一目瞭然でしょう?」
「……」
紅葉燃太くん。
聖也の若頭の弟で、私の友だち。紅葉家は、火の特殊能力持ちの家系。聖也の若頭も、燃太くんも、歴代の中でも強力な火力の能力を発揮するのだが、燃太くんだけが体調を崩すほどに能力が不安定に発動してしまって、常に疲労感で脱力していた。解決案として、気力の回復と安定をもたらす薬を私が提供している。あとは、燃太くんが能力のコントロールを身につけるだけ。
聖也の若頭も、感謝してくれている燃太くんの一件で、押し黙った。
「それで……『治癒の術式・軽』も、か?」
「性急ですね。お嬢様が受け止められるようにと、順番に話そうとしてくれてくれるのに」
やれやれと肩を竦めて見せる優先生から、サワークリームオニオンソースをもらって、ポテトフライを月斗に食べさせてもらった。モグモグ。美味いね、橘。あとでべた褒めしよう。
「元々、優先生が治癒の術式を開発しようと研究していた話は、忘年会で聞きましたよね? 私も弟子として、その研究資料を閲覧させてもらったので……まぁ、別口でちょっとした襲撃事件が起きてしまった際に、頭をかち割られて負傷したので、優先生が完成させようとした治癒の術式を使ったら、なんとか完治。その術式を改良して、負担がないように『治癒の術式・軽』が完成したのです」
「べ、別口で、頭かち割られたとか……」
冷遇を知っている聖也の若頭は、同情で口元を引きつらせる。襲撃されまくりな人生だよね。手加減されたとはいえ、吸血鬼にかち割られたとは言わない方がいいだろう。
「私の研究で開発しようとした治癒の術式は、使えても人体に負荷がかかる危険なもの。実験すらも出来ない代物ですよ。それを舞蝶お嬢様が、負担なく軽傷を治す術式を完成させたわけです」
チキンナゲットをバーベキューソースをつけて差し出してくれる優先生。甘えて食べて、モグモグ。この手作りバーベキューソースも、美味いな!? 橘、最高! モグモグー。
「甲斐甲斐しいな……」と半目になる聖也の若頭。
「……食べさせてほしいのか?」
「なんでそうなるんだ」
「絶対に嫌だぞ」
「アタシも流石に嫌っす、自分で食べてください」
「自分で食べろ」
「自分で食べるが!? 頼んでもねーのに断るな!」
部下にいじられる若頭の図。
「図太いですね。流石、『最強の式神』の二体も『完全召喚』出来るお嬢様を脅して来ただけはありますね」と、ジト目で見る優先生に「いや、元から若頭くん一行はこんな調子だからね」と、徹くんが微苦笑を浮かべた。
これが、彼らの通常運転らしい。
「ソースに毒とか盛られてたら、アウトなのにな」と、藤堂がケラりと言った。毒殺の可能性があると言われて、ピタリと動きを止める聖也の若頭一行。
確かに、テイクアウトのファーストフード。ただし、ソースはサラリと自然に出した手作り。言われてしまえば、疑いたくもなるだろう。
「ウチの料理人は毒なんて盛りませんから。悪い冗談は、お気になさらず」と、ギッと藤堂を睨み付ければ、首を引っ込めた。
「お嬢様に術式の才能があって、私の弟子だという事実も、タイミングを見計らうつもりでしたが……『夜光雲組』の中で、飲み屋で零した者がいて、ネットにアップしてしまったわけです。仕方なく、正式に公表はしましたが……その手はずを整えている間に、お嬢様はお一人で『治癒の術式・軽』を仕上げてしまったのです」
「んんん? 監督不行き届き???」
「俺も氷室の弟子の舞蝶ちゃんとして炎上してたから、バタバタしてて一回顔を出しに行って帰ったら……氷室からメールで『治癒の術式』を作ったって知らせが。あ。その時に送られた動画見る? やべーよ? 術式について語る舞蝶ちゃん」
「それ必要???」
徹くんが言い出すと、ピクッと反応した優先生はタブレットで再生して見せた。いや聖也の若頭がツッコミを入れた通り、必要か??? 術式はパズルだって語っただけなのに……。
見終わると、聖也の若頭と渦巻さんには呆気に取られた顔と、橋本さんにキラキラした眼差しを向けられた。
「このように、我がお嬢様は、超絶天才なので、『治癒の術式・軽』を作り上げたわけです。ただ、この才能にコバエが寄ってたかられないためにも、明かすのは時期尚早。だから、今は『カゲルナ』という名を使って、素性を隠す形で『治癒の術式・軽』の作成者を名乗ったわけですよ」「ちなみに、これも舞蝶ちゃんの案ね。キーちゃん、あの術式を無効化する龍の姿の『式神』を見ちゃったから教えるけど、会合の襲撃を迎え撃つ作戦Aも舞蝶ちゃんの提案だ」
めっちゃ持ち上げられるなぁー、と思いながら、ダブルチーズバーガーの続きを、モグモグ。
「そ、そういえば、キリュウとか呼んでましたっすけど……領域結界内に閉じ込められても、どうしてその『式神』は外で動けたんすか? 遮断されてそうですけど」と、橋本さんが挙手して恐る恐ると尋ねた。
キーちゃんなら、私のソファーの背凭れに寝そべって爆睡中。でも優先生が結界をかけ直したので、姿を見たことがあっても、”希龍”の名前を知らないため、まだ見えていないらしい。見える条件は”『生きた式神』希龍の存在”を知ること。逆に『生きた式神』という概念を持たない人々には見れないのだ。
「そもそも、『最強の式神』も、同時に『完全召喚』だなんて……どうして出来るんすか?」
「……複数の『召喚』を可能にしたのは、多分、母の特性が受け継がれたんだと思います。母は蝶の『式神』を『多数召喚』するという特技があったので」
『生きた式神』二体と『最強の式神』の『完全召喚』を可能出来た理由としては、母の才能を受け継いでいたと言えるだろう。
「キーちゃんについては……そうですね。お迎えきます?」
「はい? お迎え? まぁ、呼べば来ると思いますが……何故?」
「だって、腰が抜けて帰れなくなったらお互い困るじゃないですか」
満面の笑み。小バカにされたと感じ取ったらしく「そんな心配はありませんね!」と笑顔で受けて立つ姿勢の聖也の若頭。聞く気満々。
優先生と徹くんに目を向ければ、あまり気が進まないって顔。
「じゃあ、『カゲルナ』はもちろん、希龍のこともここだけの秘密で、他言無用にするって約束出来ますか?」と徹くんは、一行をじっくり見定める視線で見て尋ねた。
「今更ですね。他言はしませんよ。こちとら『カゲルナ』の恩恵だけではなく、弟の救世主としても恩があるんですからね。強引でしたが、こうして話してもらった方が、俺達も秘密を危険にさらすような下手な動きをしなくて済むと思ったからです」
腕を組んでふんぞり返るように強く言い切った聖也の若頭。
「流石に燃太と交流を続ける以上、ボロも落とすでしょうしね。今回知った方がいいでしょう。で? その術式無効化する『式神』のことを詳しく!」
ルンルンとした目で、好奇心で聞きたがる辺り、子どもである。ちゃんと高校生くんだ。
優先生は任せますと、目をゆっくり閉じたので、私は話すことにした。
「名前は、希望のきと龍で、希龍です」
「? 急に出た!」
聞き返す聖也の若頭がギョッとしたように、私の後ろにぐーすかと寝ているキーちゃんが見えるようになったようだ。
「私の結界をかけて隠してました。冷気で幻影を強くした結界で、希龍の存在を知らない者は見えない縛りにしましたので、見えない者はその結界に触れると冷気に当たるわけです。覚えがあるでしょう? 渦巻くん」
「……」
冷気に触れたことがある渦巻さんは頷いた。
「あー、それで。水滴が落ちるわけね。……それで今……寝てる? 『式神』が? 寝てる???」と聖也の若頭は、首を捻ってキーちゃんを凝視。
「私の『式神』は、生きているんです。自我はもちろんありますし、こうして寝てますし、食事は花です。花で気力を回復しているようです」
「は……? はぁあ!?」
聖也の若頭の大声に、ビクンと飛び起きたキーちゃん。
ちょうどいいので「『生きた式神』のキーちゃんです」と笑顔でご紹介する。こてん、と首を傾げるキーちゃん。
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