♰136 『カゲルナ』の口封じ? 口止め?(+舞蝶視点)




 徹の車内。


「鉄の棒で磔!? それを『治癒の術式・軽』をかけまくって塞いだってこと!?」


 藤堂から説明を聞き、ハンドルを握りながら声を上げる徹。


 後部座席で月斗の膝の上に寝かされた舞蝶の腕を確認する優は。


「『治癒の術式・軽』はあくまで軽傷を癒す術式です。身体の負担を考えた術式ですからね。お嬢はそれを内側からかけることで、少しずつ治癒させたのでしょう。しかし貫通となればそれ相応に気力が消耗されたはず」

「一回、薬飲んでたぞ」

「そうは言っても、身体が万全でなければ、気力も乱れます。恐らく……骨にヒビが入っているかもしれません。内出血は見られないですが、骨に問題あるかもしれないので、レントゲン検査をしてもらいましょう」


 藤堂と話してから、今から向かう病院に電話をした。


「お嬢……」


 月斗は汗ばんだ舞蝶の髪を退かして、顔色の悪い顔を痛々しく覗き込む。


「月斗、最後のズドンッてお前がやったんだよね?」

「あ、はい。お嬢がサーくんを持たせてきて、俺の能力ごと隠してくれって。お嬢が頭を執拗に狙ったので、俺はガラ空きの心臓を狙って仕留めました。キーちゃんの援護で」


 徹の問いに、顔を向けることなく、月斗は答えた。ただ舞蝶を見つめる。

 そうしても、舞蝶は起きないが。


「やっぱり……舞蝶ちゃん、隙を突いてくるって予想してたのか」

「……領域結界内でも、アンタを心配してたぜ、風間警部」

「……面目ない。『トカゲ』のヤツ……!」


 ギシッとハンドルを握り締めて恨めしく呟く徹。


「秋の会合から狙われていたなんて気付かなかった!」

「あの組織の『負の領域結界』にまで閉じ込められたんですよ? 二回目ですよ、俺達」

「はぁ!? 不死の怪物が出るっていう!?」

「そうですよ。若頭さんが言ってましたが、押収された術式道具、盗まれたんじゃないですかい?」

「いや確かに、二つあったけど! ああ! スマホ貸して! 至急調べさせる!」


 押収物が盗まれたのか。公安内が騒ぎになりえる。


 「なんなんだよっ! 最近『トカゲ』も活発すぎんだろ!」と、文句を上げた。


 助手席の藤堂は後ろを振り返って「なー、サスケと仲良くなる秘訣教えて?」と尋ねた。


 「こんな時になんですか、いきなり」としらけた目を向ける優。


「いや、中でお嬢が磔にされているっていうのに、助けようと駆け付けたら、取り乱したサスケに幻覚食らわされちゃって……そのせいで動けないまま、お嬢が血を流しちゃったようなもん」


 ふざけてはいない真面目な話だと、不甲斐ない表情で話す藤堂は、舞蝶の真っ赤に染まったコートを見つめた。


「……サスケは召喚されたままだったんですね?」

「ああ。戻せなかったらしい。なんとかお嬢が落ち着くように宥めて、その隙で手を短刀でブッ刺して恐怖の麻痺を解いて駆け付けたんだ。あの麻痺食らったら、痛みで振り払うの、効果的だぜ」

「はぁ、もしもの時は参考にしますよ。氷平さんがお嬢様と交信出来ないと言っていたのですが、お嬢様は何か?」


 氷平さんとは交信を試みたのか、と尋ねた。


「他の異空間とも遮断されているって言ってたぜ? トグロは『完全召喚』出来たけど、希龍がまだ外にいたのは驚いたな」

「トグロを『召喚』したのですか!?」

「トグロならいけるって言って……」

「トグロのあとに、氷平さんを、って」


 連続で『完全召喚』とは……と額を押さえる優。


「俺も止めたんだが……氷平さんの方が、マジであっという間に片付けてくれたおかげで『負の領域結界』から出られたんだ」


 実際、あの『負の領域結界』を一度打破したことのある氷平が、脱出させてくれた。


「ああ……恐らく自我のあるとないの違いでしょうか。自我のある『式神』と交信出来ないように遮断されていたから、他の異空間の出入りも叶わなかった。トグロはその点、道具の『式神』なので可能だったのでしょうが……その時、若頭達は?」

「……バッチリ見られた」

「……何も言ってこないといいですね。希龍まで見られてしまいました」

「マジで!? なんで!」

「あなた達が閉じ込められた『領域結界』を解くために試行錯誤したのだと思ったのですが……希龍もお嬢様が怪我をしたと気付いて取り乱したのですね。私の結界を打ち消して、なんとかお嬢様を救出しようと鳴き続けてました」

「そうか……希龍にもたーんと、花を食べさせてやらないとな」


 一同はひたすら、舞蝶を心配して見つめ続けた。




   ○○○舞蝶視点○○○




 気を失って、目を覚ませば、病院のベッドの上。


「お嬢! よかった!」


 ぱっと明るい顔をする月斗が、真っ先に目に入る。


 「舞蝶お嬢様。気分は?」と、反対側からも優先生が覗き込んだ。


「痛い……」

「すみません。今、レントゲン検査をしたところ、腕の骨にヒビがあるそうで……」

「骨……」


 考えが及ばなかった。骨にヒビか。

 どうりで傷を塞いでも痛いわけだ。


「それで、鎮痛剤を使うかどうか、迷いまして。ここは希龍と一緒に『治癒の術式』を使いますか? 骨のヒビなら、負担も少ないと思いますが……」


 それでさっきの謝罪。

 鎮痛剤を投与する前に、私がどうしたいのかと尋ねたくて待っていたのだろう。


「ん。じゃあ、キーちゃんと治す」


 「わかりました」と優先生は起き上がることを手伝ってくれると、カーテンを閉めた。


 ハイネックのニットとスカート姿。

 ニットも白かったから、真っ赤だ。血がベトッとして気持ち悪い。


 「お嬢?」と月斗が手を握ってきた。目が問いかけてくるから首を横に振る。

 しょぼんとするから苦笑を零す。

 月斗のパワーアップ能力は今回必要ないと思う。ヒビだけを治すから。


 キーちゃんを『召喚』すると、ボトンとベッドの上に落ちるなり、私にきゅるるんっ! と鳴いた。

 漲る力を得て、『治癒の術式』を左腕にかけた。


 カッと光るのも一瞬。痛みが取り除かれた。腕を上げて見れば、違和感もない。


 ホッとしたら、キーちゃんが突撃して激しい頬擦りを受けることとなった。


「お嬢! よかったー! 希龍と治したんですね。ほら、お礼だ、希龍、って、すんごい食いつき」


 カーテンを開いて入って来た藤堂が花束を持っていたから、標的は花束に変わり、キーちゃんはドカ食いを始める。


 「そんなに気力を消費したんだね?」と戸惑う私に。


 「閉じ込められたお嬢様の身を案じたのか、試行錯誤で必死に結界を打ち破ろうと鳴き続けていたので無理もありません。生まれてから一番消費したのではないでしょうか」と優先生が教えてくれた。


 そっか。頑張ってくれたんだね。ありがとう、キーちゃん。

 呼びかけると、キーちゃんは振り返って、むしゃむしゃしながらも、尻尾を上機嫌に振り回した。

 そんなキーちゃんに、優先生は結界を張って他人に見えなくした。


 サーくん、私も無事だよ。心配かけたね。

 そうサーくんに声をかけると安堵の感情が返ってきた。


 ヒョウさんも、助けてくれてありがとう。とってもかっこよかったよ。

 と、氷平さんにもお礼を伝える。


――無事で何よりだ!


 陽気な返答が返ってきた。

 いや~あの攻撃は強烈でかっこよかったなぁ。


「徹くんは?」

「電話中ですよ。マズいことになりましたぜ、お嬢」


 病院だから、電話が出来る場所で電話中。

 無事ならいいけれど、あまり一人になってほしくない。

 それより、マズいことって?


「例の『負の領域結界』の作成者……殺されたそうですよ」

「! ……口封じ?」


 三人揃って、藤堂の情報に顔をしかめた。

 去年の秋の首謀者は捕まったはずなのに。


 「その可能性が高いかと。でも、取り調べでは何も出なかったんで、まだ断定は出来ませんが、口封じされた奴は、利用されたんだと思われます」とのこと。


「利用されたとなれば……彼の得意分野の『負の領域結界』について、助言をしたのではないでしょうか。『トカゲ』の手の者は、足手まといなら容赦なく切り捨てられてきました。あの『負の領域結界』を作らせて、見返りに秋の会合場所を教えてもらったのか……」


 予想する優先生。あの裏の世界のパワーバランスを目論んだ組織犯罪者達も、『トカゲ』が仕掛けた罠?


 「とにかく、徹くんを一人にするのはマズいでしょ」とベッドから降りる。


「お嬢。俺のジャケットを」


 月斗がジャケットを差し出してくれたので、私はまだ湿っている血塗れのハイネックのニットを脱ぐことにした。


 バチバチと髪が静電気を起こす中「男の前で脱ぐとか!」と藤堂が喚くけれど、月斗に髪を整えてもらいながら、優先生に着せてもらい、チャックをしっかり閉めてもらった。

 だぼだぼなジャケットを着た私を抱え上げてくれる月斗。


「舞蝶ちゃん!」


 ERの病室を出ると、すぐに徹くんが廊下を軽く駆けよってきた。


「よかった、顔色がよくなったね。ごめんねー!」


 ムギュッと抱き寄せてから、頭を撫でてきた徹くん。


「謝らなくてもいいよ。徹くんが無事でよかった」

「ううー、舞蝶ちゃーん、いい子だよー! うえーんっ」


 泣きべそ状態な徹くんは、なでなで。


「徹くん。状況は?」

「あ。じゃあ、車で話そうか。家の方が安心だろうしね」


 確かに公共の病院で話し込めないだろうし、家がいいだろう。結界も張っているから、侵入も先ずない。

 車を停めた前の駐車場へ出ようと、一階へ下りるためにエスカレーターに乗ると。


 玄関フロアが、異様に静まり返っていた。

 怪訝になる私達だったが、ロビーに人がいる。長いソファーにどっかり座っているのは、赤みがかった薄茶のサングラスをかけた真っ赤な瞳の少年。


 「おーう! 舞蝶のお嬢様! なんだ、入院でもするかと思ったが、大丈夫だったんですねぇ」と、手を振る聖也の若頭だ。


 優先生が小さく「チッ」と舌打ちして、藤堂も眉をひそめて警戒する。

 月斗も抱き締める力を込めた。


 聖也の若頭と、二メートル越えの長身の部下と、黒マスクの渦巻さんと、橋本さんと、ハッカーの盛丘さん。側近部下をぞろっと揃えて、待ち構えていたみたい。

 なんだろう。



「舞蝶のお嬢様。元気になって何よりだが……ここまで来たなら、情報共有してもらいましょうか。知らないうちに、何かポロっと言われたら、困るでしょう? 『カゲルナ』について知りたい輩には、なおさら」



 と、ニヤリ。


 ああ、そう。もう、バレているのか。


 「なんで、そこで『カゲルナ』の話?」と徹くんは、とぼけたが。


「燕さんなんて飛びついてくるでしょうねぇ? 重傷らしき怪我が、消えていたって話。面白くて聞きたがると思いますよ~?」


 脅しをちらつかせる聖也の若頭。


「公安がお嬢様の情報と『カゲルナ』の情報を操作しているのは、わかってますよ。最年少の天才術式使いの記事の直後から、『カゲルナ』の『治癒の術式・軽』の噂が始まった。一人のために、大変公安は動かされたようですね」


 盛丘さんがそう問い詰めた。ピコンピコンと、タブレットに表示させるのは、書き込まれたスレッドだろうか。


「フッ。ここはしっかり口止めするために納得いく情報を寄越した方が都合がいいんじゃないですか?」


 脅迫姿勢ではあるが、『カゲルナ』について、聞こうとしている。


「じゃあ、我が家に来ますか? 安全に話せます」

「舞蝶ちゃん!」


 私が提案すると、徹くんは振り返って声を上げた。


、おっと、ゴホンゴホン。納得いくようにを頼むことは必要でしょう」


 言葉を間違えてしまい、笑顔で誤魔化す。


「どうしますか?」

「「「……」」」


 キラキラーと笑顔を向けると、引きつる顔をした聖也の若頭一行。

 『最強の式神』を『完全召喚』出来る私に、口封じと言われては、身構えてしまうのだろう。



 「どうしたんですか? 来ないんですか? ん?」と、笑顔で不安を煽っておく。

 来れるもんなら来てみろ、と言わんばかり。



 「じょ、上等だ。もちろん行きますよ!」と、強気な笑みを作って、挑発に乗った聖也の若頭。


 まぁ、別に、本当に何もする気はないけれどね。


「腰を抜かしても知りませんよ」

「言っときますが、どっかにゲロったら、ただじゃ置かないですよ。『最強の式神』の出番の必要がないといいですけど」


 優先生と藤堂が便乗して、諦める代わりに、不安を煽って脅しておく。


「藤堂。橘に五人分の客人をもてなす用意と……あと昼食にドライブスルーで買っとくから、リクエストを聞いておいて」

「あ、はい。わかりやした」

「ああ、ごめんね。予約したパフェの美味しいお店に行けなくなっちゃって、ランチまだだったね! 俺がおごるからね? 何食べたい?」

「食欲はあるんですね?」

「うん、お腹空いちゃった」

「あ、じゃあ、ダブルチョコパイが限定販売してますからね、それ目当てにします?」


 ワイワイしながら、病院をあとにした。





  【第肆章・新生活と新術式と『カゲルナ』】・完



しばし、休載!

5章を書き溜めたら再開します(`^´ゝラジャー

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