♰135 標的は風間徹警部。(+徹side)



「おいおい……弱ってるのに、『最強の式神』の『完全召喚』だと? お前、出来るか? 奏人」

「……無理」


 怪物から目を逸らさず、前を見ながら、聖也の若頭と渦巻さんは私を見る。

 でも、集中しなきゃいけないから、質問は受け付けない。

 すぅーと息を吸っては、吐いた。

 ザクザクと切り裂いていっても、怪物の再生が終わらない。


 キリがないな。こっちもポケットには、気力回復用の薬があるからいいが。

 問題は、外の状況だ。徹くんが危ない。


「! ヒョウさんと繋がった!」


 急に氷平さんの名前が頭に浮かんできたかと思えば、キーちゃんの姿も映像のように浮かんだ。


 「キーちゃんが、外にいて頑張ってるって!」と藤堂に伝える。

 遮断されている結界を、こじ開けてくれているんだ。

 遮断されているのに、外ではキーちゃんは出っぱなしで必死に結界を解いてくれているという。


 「なんの話だ!?」と聖也の若頭が顔を振り返らせる。


「外からこじ開けてくれているそうなので、こっちもこじ開けましょうって話です。『最強の式神』を交代して、新たに『召喚』します」


 選手交代だ。


「はあ!? 正気か!?」


 「お嬢! これ以上は!」と青ざめて止めようとする藤堂だが。


「ヒョウさんの方が、簡単に葬ってくれる」


 制止を振り払い、トグロを戻した。

 次は、氷平さんを『完全召喚』。黒い着物と大きな赤黒いサイスを背負ったガイコツの巨人。


「氷室家の『最強の式神』……それを、他家の人間が『完全召喚』ってマジか……!!」


 聖也の若頭と渦巻さんが呆然とする中で、氷平さんは特に操作する必要ないから、動き出してくれた。

 ピキンッと一瞬で周囲を凍らせて、サイスで一刀両断。凍らせた床を叩き、パリンと大爆発させて弾けさせる。

 その一瞬で、制圧した。




   ●●●徹side●●●




 舞蝶の通話が不自然に切れて風間徹は、焦ってかけ直した。だが、通じない。

 近くに来ているはずだと、店に向かっていた足を一度止めた。

 すると、聞こえてきたのは、ぴええん、と鳴く声。

 術式の無効化の鳴き声。希龍のものだと気付き、そっちに駆け出した。


 広い通りを、聖也の部下が塞いでいた。

 中に通してもらった徹が見たのは、優と月斗の前に浮いて、必死に鳴いている希龍。


 横には、聖也の側近もいるが、本人はいない。

 舞蝶の姿も、護衛の藤堂もいなかった。


「状況は!?」


 把握しようと問うが、彼らの前に濁った水色のドーム状の結界がうっすら見えて、悟る。

 姿が見えない者は、この中だと。


「閉じ込められたのか!?」

「希龍が破壊を試みてます。恐らく、試行錯誤しているのでしょう。そばにいた舞蝶お嬢様と藤堂、そして聖也の若頭、渦巻が吸い込まれました。……氷平さんがお嬢様と交信出来ないくらい外と遮断されてしまっています」

「っ!」


 領域結界に閉じ込められた上に『最強の式神』を『召喚』出来ない状況下にいる舞蝶。

 聖也達もいることは幸いだが、それで安堵出来るほどお気楽ではない。


 月斗が血をポタポタ垂らすほど、自分の手を握り締めて堪えている姿を見て、顔を歪める。


「風間さん!」

「ジェーンちゃん」

「この龍の術で、結界を張れなくなってしまいましたっす! 封鎖をお願いします!」


 橋本ジェーンは、嫌そうに希龍を横目で見上げた。

 ハッと優の顔を見た。いつもなら、希龍は見えない結界を張っているはず。


 「私も使えない状態です。希龍にかけていた結界も、咄嗟に打ち消した反動を受けました」と赤くなっている手を見せた優。

 希龍の能力により術式を使っていた術者が、一時的に使えない状態になっている。


 「今は、救出を優先しましょう」と、告げる。


 「そのあとも、襲撃を警戒すべきですよ。普通なら、頭を閉じ込められた俺達が動揺しているところに襲撃もあり得ますから」と言ったのは、盛丘昴。


 「あなたのスマホから、呼び出しのメールが届いた。ちょっと調べさせてください」と昴からスマホを要求されるから、先に応援の指示を送ってから渡した。


「襲撃に構えろ!」

「術式道具は、上から降ってきました。四方八方に厳重注意を」


 ピリピリとした空気で身構える。第二の襲撃に備えた。


 ぴぃいいーっと、希龍が鳴いていくと、ドームが揺れる。

 波打ち。へこむ。


「お嬢様に繋がったそうです! 『召喚』すると!」

「中はやっぱり戦闘中か!」


 こじ開けたことで、異空間の『式神』と意思の疎通が叶った。

 『最強の式神』を『召喚』するというなら、そこまで追い込まれた状況になるということだ。


 「キーちゃん! 頑張れ! もう少しだ!」と励ますと。


 きぃいいー!!


 とより一層力んだ様子で鳴き声を上げた。

 徹の励ましで、力んだわけじゃないとすぐにわかった。


 完全に打ち消された濁った水色の結界の中から出てきた舞蝶はぐったりとして、藤堂に支えられていた。


 藤堂のコートを肩にかけていても、白いコートが真っ赤に染まっていることはわかり、ヒヤリと焦りが走って息を呑んだ。

 一緒に現れた『最強の式神』も、すぅっと消えていく。


「お嬢! 怪我したの!?」

「きゅー!」


 飛びつこうとする希龍を抱き締めて止めながら、月斗は顔を覗き込む。

 疲れた顔で「大丈夫」と答える舞蝶だが、覇気がない。


 「怪我の状態は?」と優が問うと、藤堂は徹にも目配せすると「腕を怪我した。血は止めたから、病院へ」と答えた。

 舞蝶自身がなんとか応急手当をしたと受け取った二人は、病院に連れて行くべきだと理解。


 ぐったりした舞蝶は、徹がいることに気付くと。


 「徹くんっ、狙われてるっ!」と伝える。


 「え? 俺?」と戸惑った。


「秋の会合からずっと! 徹くんが狙われている!」

「!!」


 そう言われて、思い返せば、やけに狙われていると思う。


 今回だって、舞蝶達は囮で、本命の徹への攻撃が――――始まった!

 追撃の奇襲!


 すでに囲まれていた。『トカゲ』の『式神』が、わんさか取り囲んでいる。


「まったく! 許さないぞ、『トカゲ』……! よくも舞蝶ちゃんを巻き込んでくれたな!!」


 狙いは徹だというのに、小さな舞蝶は巻き込まれて負傷した。許せない。


 ブンッと腕を振り、術式を設置。

 銃を構えて、連射した。

 術式も発動して、狙撃。

 爆ぜて四方の『トカゲ』の『式神』達を破壊した。


 これが天才術式使いの一人に数えられる徹の戦いだ。

 過去の遠縁に術式使いがいたが、完全に自己流。見える術式を自分の物にして、射撃の腕前を活かしての攻撃をする。


 舞蝶は優に支えられながら、その姿を見た。


 「動くなお前ら」と静かに告げる聖也。


 下手に動けば、徹に誤射されかねない。集中を欠いてはいけないから、動くことを制限した。


 舞蝶達を挟んだ後ろ側にも、抜かりなく狙撃していき、倒す。


 爆破の術式と、射貫く術式、燃やす、凍る、電撃、と術式のレパートリーが豊富だ。

 不死の怪物とは違い、再生もしない『式神』の群れは、あっという間に討伐された。


 風の斬撃を締めくくった。


 「ふぅー」と、一息ついて汗を拭う徹。



 



 気力を大量に消費した直後。


 一回目の襲撃で囚われた仲間を救出したところで、安堵したところに『式神』の群れの襲撃。


 それも、今度こそは、と安堵させて油断の隙を生み出すための罠だった。


 建物を超えて、緑の怪物が飛び出す。

 人間の肉体が緑色。それだけの情報で、吸血鬼の怪力を超える改造人間だと理解出来たが、それだけだ。

 振り上げられた拳を避け損ねた徹は、致命傷も覚悟するしかなかった。



 だが、舞蝶が待っていたかのように、銃で頭を狙い撃ち。



 事実、新たな奇襲を想定して待ち構えていたのだ。右手だけで持つ銃で連射。

 改造人間が固いことはわかりきっていたため、術式も込めた。


 徹がさっき使った術式、爆破、射貫き、燃やす、凍る、電撃。

 完コピした上に、創造した銃の気力の弾丸に付与するアレンジ。


 緑の改造人間の登場から、舞蝶の攻撃に一同は注目して呆気に取られた。


 きゅるるんっ!


 希龍が鳴いた瞬間、ズドンッと改造人間の右胸が空いた。


 何故。と、徹は何が起きたか解明しようとして気付く。


 月斗の姿がない。

 恐らく、今の希龍のひと鳴きで能力をパワーアップした月斗が、影の特殊能力で改造人間の心臓を貫いたのだ。

 月斗の能力を知られないためにも、サスケが隠した。

 だから見えない何かに穴を開けられたようにしか見ないのだ。


 ドシャッと、崩れ落ちた改造人間。

 頭も大ダメージを受けた。そっちを守っている隙にガラ空きの心臓を一突き。

 舞蝶の指示か?


 倒れてピクリとも動かない改造人間を見てから、徹が舞蝶を向けば、ガクリと舞蝶は倒れた。


「お嬢様!」


 希龍が消え、代わりに「お嬢!!」月斗が姿を現す。


 舞蝶の希龍とサスケが異空間に戻されたのだ。

 舞蝶が、気を失ったということ。


「怪我の状態は!?」

「腕を負傷! 血は止めたが、その前に出血が酷かった!」


 問い詰めると藤堂が声を上げた。優がコートの下を見たが、すぐに隠して抱え上げた。


「病院へ」

「俺の車に! すまないが若頭くんは現場に来る俺の部下に事情を説明してくれ!」

「お、おう……」

「もう『トカゲ』の手札は尽きたと思いたいが、君も標的だったから、油断しないように!」


 慌ただしく、気絶した舞蝶を病院へ連れて行くために一行は先にこの場をあとにした。



「……どう思う? お前ら」


 見送る聖也は、誰とは限定せず、そう声をかける。


「天才じゃ足りませんよ……しかも、あの龍の『式神』……術式を無効化して、打ち消した術者もしばらく術式が使えなくなりましたっす。例の会合の作戦A……間違いなく、あの龍の『式神』の仕業っす」


 と、今は術式が使えるとホッと胸を撫で下ろすが、顔色が悪い橋本。


「それに……最後のなんすか? ズトンって風穴開けて」

「さぁ、知らんが……領域結界の中でも、『最強の式神』のトグロと氷室さんの『最強の式神』も、『完全召喚』してたぞ」

「マジっすか!?」


 驚愕に震え上がる。『最強の式神』を『完全召喚』した。それも二体も。

 一同は驚愕してにわかに信じがたいと顔をしかめた。


「薬を一回飲んだみたいだが……気力の回復するヤツだろうが、風間警部の術式も完コピして、連続射撃しやがった。それに驚いた顔してたから、風間警部も教えたわけじゃないはず。その薬の話だが、燃太の薬も作っているから、そっちの才能があるのかと思ったが、あの怪我。明らかに血は止まってた。傷が塞がっていたんだ。藤堂は術式使いじゃない。出血したあと自分で塞いだ。『治癒の術式・軽』を使ったんだろう」

「『治癒の術式・軽』……あんな幼い子が……」


 「やっぱり……予想的中か?」と作業を再開した盛丘が問う。


「一目見た術式を完コピ発動するわ、新しい術式を作り上げるわ……『最強の式神』を『完全召喚』し、術式を無効化する『式神』を『召喚』したまんまだった。底知れない才能を持っているんだ。間違いないな」


 と、赤い瞳は、確信を固めていた。




 

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