♰47 ぴえぇえんは無敵な鳴き声で最強。



 すると、頭上の『最強の式神』が、カタカタと顎を揺さぶって笑う。

 ピタリと、止まったキーちゃんは、そーっと『最強の式神』を振り返った。

 カタカタと音を鳴らしながら、『最強の式神』はキーちゃんに挨拶をした。


 私がどうのこうので、そういうことで私という共通点で、仲間だ、よろしくな。ってことを伝える。


 な、なんですか。とても照れくさいですね。


 ボトリ。

 やっと藤堂の右腕から離れたキーちゃんは、絨毯の上に落ちた。

 それから、するするーと這って、私の前まで戻った。


 落ち着いた? キーちゃん?


 顎に手を添えれば、そのまま頷いて見せる。


――驚かせて悪かったな!


 と、豪快にカタカタと笑う『最強の式神』。


「『式神』同士で! 交流、してる!」

「この光景、怖い」

「録画! 録画してください!」

「映らねーって」

「後生です、録画してください」

「無理難題!! 切実に頼むな! 俺に!」


 愉快な二人はさておき、やっぱり『最強の式神』の方は、気力を消費されている感あるなぁ。

 とりあえず、簡単な質問を聞いてみようかな。


 キーちゃんって、普通の『式神』じゃない?


――全然違うな、カッカッカッ!


 『生きた式神』なのは、間違いない?


――ピッタリだな!! カタカタ!


「あの『最強の式神』って笑い上戸なのか?」

「さぁ? お嬢様が何か尋ねているとは思うのですが……」


 この子は何が出来るか、わかる?


――試すか?


 スラッと、サイスが出現したから、藤堂が身構えた。


 試すかって……平気なの? キーちゃん、試させてもらっていい?


 攻撃して能力を試すってことなんだろうけれど、当の本人、ビビり散らしてる。


 目をウルウルさせて、怯えてます。

 大先輩。新入りをいじめるの、やめてあげてください。


 そう言ったのに、豪快にカタカタカタカタと笑った『最強の式神』のサイスの先は、キーちゃんの頭目掛けて、振り下ろされた。


 えっ!? 『式神』は、術者に危害を加えられないんじゃ!?


「なっ!」

「っ!!」


 サイスの勢いからして、キーちゃんの頭を突き破ったら、次は私の身体だったろう。

 だから、藤堂も氷室先生も飛び出そうとしたし、隣の月斗も、引き離そうと腕を巻きつけた。


 けど、サイスは見えない何かに弾かれると同時に、フッと消えてしまう。巨大な頭蓋骨もだ。


 キーちゃんは、プルプルと恐怖で固まってしまっているが、『最強の式神』を跳ね返して戻した。


 戻しただけだよね? 大丈夫だよね?

 と、不安になって名前に問いかけると、陽気な雰囲気で返事がきた。


――もちろん、大丈夫だ。


 えー? でもどういうこと?


「一体何が……?」

「あの『最強の式神』を……倒せたわけじゃないよな? おい」


 混乱して立ち尽くす氷室先生と藤堂。


「びっくりしたー。どいうこと? 『最強の式神』は、絶対にお嬢に傷をつけられてないだろうから……この『生きた式神』には、自分の攻撃は通らないってことわかってた?」


 自分の方へ引き寄せようとした私の身体を元に戻して、頭を撫でて首を傾げる月斗。

 んー。整理すると……なんだろうね?


 そこで、”ぴえぇええーん!”と、笛みたいな甲高い声を発した、というか叫んだキーちゃん。


 はいはい、よしよし。大先輩が意地悪したね、怖い怖い、もうないよー。


 泣きべそ状態なキーちゃんを抱き締めてあげる。そうしたら、乗っかろうとした。

 ちょっと待とうか。その身体だと、重いからやめよう? 私潰れちゃう。

 止めたが、イヤイヤしながら、すりすりしてくるキーちゃんは乗り上がる。ぐえっと潰れたのも一瞬で、ふわふわと浮いた。

 私を取り囲むように空中でとぐろを巻くキーちゃんの頭を、ひたすら撫でて宥めた。

 ……浮いたよ、この子。龍だったわ、この子。……いや、『式神』だから?


「龍だった……。いや、『式神』って浮きます? え? 羽根がないと浮かないですよね??」


 月斗も、びっくりしている。


「……『完全召喚』で出てきているのなら、通常に浮遊することはありませんね」

「俺、もうついていけねぇよ……何が起きてんの。これ現実?」


 藤堂が、現実逃避する。

 その藤堂の携帯電話が鳴ったかと思えば、すぐに出て内容を聞いて、声を荒げた。


「は!? 結界が消えた!? どういうことだ!? 襲撃か!?」


 不穏な内容。

 結界。

 昼に話した敷地内を囲う空爆も耐える、あの結界のこと?


 スッと、月斗が銃に手を伸ばして、周囲を警戒するように視線を走らせて、耳をすませた。


「わかんねぇだと!? 侵入の形跡は? 原因不明って! いいから張り直せ! 無防備にすんな! はぁ!? 張れねぇ!? クソ! 襲撃じゃねーか! あん!? 変な笛の音を耳にした途端に? そんな術式で封じられ、た……? 待て……その笛の音って……”ぴえぇえん”って感じだったか? ……きつい感じだったが、そうだった、と……そ、そうか。いや、心当たりが、あるような、ないような……ちょっと待て」


 藤堂の視線が、キーちゃんに突き刺さる。

 いや、うん。月斗も氷室先生も見てるね。うん。


「氷室先生。結界を張ってもらえないですか?」

「……自分、結界の類いは苦手なんですよ。普通並みの防御結界なら張りますので、上からまた別の防御系の結界を張ることを勧めます」

「頼みます」


 氷室先生は、その場でパンと手を合わせると両手を広げた。

 術式が見える。守る、その字が見えた。


「……私は、張れましたね」

「どういうこっちゃ」


 また突き刺さるキーちゃんへの視線。


「えーと、一応、氷室先生が張ってくれたが、厳重態勢で、侵入者がいないか、何か仕掛けられていないか、調べ回れ。あとお前ちょっと、氷室先生の診察受けろ」


 藤堂は、電話相手にそう告げると、目頭を揉む。


「…………ヤバい。生きてるだけですげぇのに、最強? いいな。俺も生きているだけですげぇって言われてぇ」

【生きているだけでえらいね、藤堂】

「……すげぇ侮辱されている気がする」

【酷い】

「なんでわざわざメッセージアプリにまで送信するんです!?」


 労ってやってるのに、酷いわ。そういうところだよ、藤堂。


「解明頼んだ。念のため、屋敷内を警戒して危険がないかを確認するから、気を緩めんなよ、月斗も」

「はいっ」


 ポンと氷室先生の肩を叩いて、月斗にも釘をさして、藤堂は見回りに行った。


「……この蛇っちが、やらかしたってことですか? あの鳴き声で? 無害っぽかったですけど」

「確証はないが……結界を張っていた術者は、ここから離れているにもかかわらず、きつい感じに聞こえて無効化された上に、今も張れない状態にあるようですから……術式を消す能力を持ち合わせているのかもしれませんね。先程の『最強の式神』を戻した現象からして、そう結論が出てもおかしくないかと」

「ええ……強くないですか? 術式使いでトーナメントしたら、お嬢優勝確定じゃないですか」

「誰も勝てませんよ。この『生きた式神』を従えたお嬢様には、誰も」


 だいぶ落ち着いてきたキーちゃんの顎をさすさすしてあげながら、月斗と氷室先生の考察を聞く。

 発動していた術式を消せちゃう上に、少しの間とは言え、使えなくされたら、もう事実上の戦闘不能だよね。私最強だわ。

 『生きた式神』ってだけでもすごいのに、それでいて『最強の式神』の称号まで得ちゃうかもしれない、キーちゃんすごい。


「お嬢様。恐らく、その『生きた式神』は術式を解除する効力を放つみたいですが……お嬢様は今、術式は使えない状態でしょうか? 先程は『最強の式神』の『召喚』を解除されたようですが」


 え? そうか。どうかな?

 発動中の術式を無効化された術式使いは、しばらく術式が使えないデバフがつくかもしれない。

 そういうわけで、私の方はどうかという確認のために、さっき氷室先生が使っていた氷を出す術式を試しに使ってみた。


「! 私の術式……完コピしていたのですね! すごい! あ、いえ、使えますね?」


 目をキラキラしたあと、我に返って、不可思議だと首を捻っていれば、訪問者。


 電話で藤堂が呼び付けた結界を張っていた術式使いの男性だ。

 氷室先生は、キーちゃんを見られないためにも「お嬢様の部屋を見ないように後ろを向いてください、今出ます」と言っておいてから、部屋を出て廊下で確認作業をした。


 いくつか質問をする声がしたが「この子、まだ怯えてますね?」と、月斗が話しかけてくるので、気が逸れる。


【大先輩に意地悪されたから、キーちゃん、すっかり怯えちゃった】

「あはっ。この子、キーちゃんなんですね。確かに、あんな大先輩の悪戯はビビりますよ~」


 呑気な月斗は、完全に襲撃じゃないと判断したようだ。



 

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