♰48 【きりゅう。希望の龍で、希龍のキーちゃん】



 一人で戻ってきた氷室先生は、襖をきっちりと閉めると、眼鏡をくいっと上げた。


「もう問題なく術式が使えるようになっていました。奇妙な甲高い笛の音がキーンと耳鳴りのように響いたかと思えば、パッと結界が消えて、慌てて張ろうにも術式が発動せずに焦ったそうです。使えない身体になったのかと、焦って確認していれば、ここに来る途中で使えるようになったそうですよ」


 眼鏡の奥は、私の肩に顎を置いたキーちゃんに向けられる。


「その『式神』は、術式を無効化する能力を持つようですね。攻撃を仕掛けてきた『最強の式神』も、弾いて戻した。そして、無意識に響かせた鳴いた声にも、術式無効化の効力を乗せてしまい、術式を発動していた結界を維持していた術式使いにヒット。私は何もしていなかったので、受けなかった。もちろん、『召喚主』である術者のお嬢様に、効果は発揮されなかった、と。生まれたて故に、また効力は調節も出来ていないようですが……そういうことで、間違いないようですね」


 そう氷室先生は、整理をした。

 うん、そうみたいだね。

 でも、つまりは何? と首を捻る。

 うっかり、キーちゃんが乗っている方の肩だったので、頬擦りした形になってしまい、キーちゃんは大喜びで頬擦り。ずりずりっ。


「……舞蝶お嬢様の術式使いとしての特質なのですが」


 あ、そうだった。術式使いの特性を知るために、『式神』を作ったのだった。



「――――、では?」



 氷室先生が、真剣な顔で、なんか仰っている。


 一周回って面倒くさくなっちゃったのかなぁ。

 その私の気持ちが伝わってしまったのか、落ち着いて聞いてくれ、と言わんばかりに掌を突き付けられた。


「正直、昨日の『完全召喚』でも、お嬢様の負担は計り知れなかったでしょうが、お嬢様は限界ギリギリまで粘ったわけではありません。終わった後に、自分の意思で戻しましたよね。『血の縛り』から、解放までして。そのあとも、疲労困憊の様子ではありましたが、意識ははっきりしていて、襲い掛かった眠気にも堪えていて、安心してから眠っていました。それが6時間強の睡眠だけで、回復を可能にしてしまうなんて、あまりにも……そう”無敵”です」


 そこから”無敵”とのこと。


「初めから才能があっても、その年齢で『最強の式神』の『完全召喚』は難しすぎたのです。なのに、やって退けた。術式は、はっきり見えているようですし、本当に完全にコピーとして、他の術式使いの術式も難なく使えてしまうでしょう。この『式神』の作成も、手間がかかっているように見えましたが、もしや注入を続けていたのでは? 注いでも注いでも完成に至らなかったから、時間がかかり、あの蛇の飛び込みで意図せず完成してしまった。残りの気力を、あの蛇が補ったのでしょうね。蛇一匹の生命力でやっと完成したのです。最初から、あの簡易な依代の素材だけでもお嬢様はとんでもない『式神』を作ろうとしていたのですよ。昨日から基礎をかじっただけのお嬢様は、最早、直感で行(おこな)っております。術式はもう、お嬢様は現時点ですら、無敵です。簡易的な素材で作った『式神』の特性が、しっかり現れているじゃないですか。『最強の式神』の攻撃も防ぎ、引っ込めた。鳴き声だけでも、術者の術式を無効化し術式を一時使用不能にした。一言で片付けるなら、””ですよ」


 真剣に語る氷室先生の声を聞いて、じわじわと納得をする。


 改めて肩に顎を乗せる『生きた式神』希龍のキーちゃんを見た。

 黄色いガーベラの下のつぶらな黒い瞳。私の術式使いとしての特質の表れ。


 ……”完全な無敵”だってキーちゃん! かっこいい! キーちゃん、すごいよ!


 と、褒めて撫でてしたら、調子に乗ってしまったキーちゃんは、ブンブンと尻尾の先を振っては”キュルルルンッ!”と愛らしくなった。


「「っ!」」と震え上がったのは、氷室先生と月斗。


 氷室先生は、絶賛結界を張っているけれど、月斗はどうしたの?


「え? な、なんですか……? 結界が……、された?」


 耳を押さえては、天井を呆然と見上げる先生。


「ちょっ。せ、せんせー……」


 泣きべそかいたみたいな情けない声を出す月斗まで両耳を押さえていた。


「あなたはなんですか?」

「なんかめっちゃ、血をがぶ飲みしたあとみたいにエネルギー満タンなんですけど。昨日飲んだばっかなのに……なんか、

「はい???」


 具合が悪そうな月斗が、お腹をさする。

 血の補給を済ませたのに、それと同じようにエネルギーが追加された? いや増やされたということ?


だけじゃないのですね……まで…………””か」


 天井を仰いで、眼鏡をクイッと上げる氷室先生。


 …………なんかウチの才能が、すんませんッ★


「ええ? お嬢のキーちゃん、味方の強化も出来ちゃうん? すげぇ~。いやだめだろ。これ知れ渡ったら、お嬢争奪戦じゃん。お嬢を手に入れた者が、最早、裏の支配者になれちゃうじゃん」


 そう言いながら、月斗は足元の影をクリクリと動かす。

 影の特殊能力を使用して、少しでも、消化したいらしい。エネルギーを。


 気が付いたキーちゃんは興味を示して、じーと見つめた。

 月斗は、影でくねくねーとした蛇を描く。ふわーと宙を泳ぐように絨毯の上の影に近寄るキーちゃん。

 ツンツンと恐る恐るな様子で、尻尾の先で確認するから、ビビりだなーと、月斗と一緒に笑ってしまう。


「そうですね。……キーちゃんって、名前なんですか?」

【きりゅう。希望の龍で、希龍のキーちゃん】

「へぇー、希望の龍なんだ?」

「希望って、どこからつけたのですか?」

【ガーベラの花言葉だったと思う】


 なるほど、と二人して納得している間に、とぽん。


 希龍のキーちゃん。消えました。

 というか、月斗の影の中に落ちちゃいました。


「ええー!? 勝手に落ちた!? ちょっとキーちゃん!?」

「勝手に落ちたって! 影の能力ってそんなこと出来ました!?」


 慌てて伸ばした影の中に手を突っ込んで、キーちゃんを引き上げようとする月斗以上に、氷室先生も慌てている、というか焦っているご様子。

 影に入り込んだことに。そして、その能力の持ち主である月斗を凝視している。


 ……そういえば、月斗こそ裏の支配者に相応しい能力持ちでしたね。

 月斗の能力も、完全な無敵もんだよ。

 いや、私の方が伸びしろありありだから、強いかな。えっへん。


 ……もう安全のために二人で支配者になっておく? いや、冗談だけどさ。


「えっと、そのええっと、これが俺が、後継者争いから逃げた理由って言うか……って、キーちゃんめっちゃ泳ぐ! 俺の影の中で泳がないで!? 楽しいの!? お嬢~!」


 え。中に入るなり、意識的に出したりすればいいじゃん。

 あ、そういう自在に出来るってところ、氷室先生に見せたくないってことか。


 キーちゃん。出ておいで。


 呼びかければ、ぴょこっと影の中から顔を出すキーちゃん。

 月斗は、素早くその顔を、両手で掴むと、一気に引きずり上げた。

 ……一本釣り。


「はい、捕まえた。キーちゃん、勝手に入らないでよ。つかなんで勝手に入れたの? 能力アップって……術式自体ならまだしも、『式神』でもない吸血鬼の能力までってありなんですか? アップ出来たからこそ俺の能力に干渉出来たのでしょうが……無敵にもほどがあるなぁ、キーちゃん」


 顔を、もみもみされるキーちゃん。大人しく、プラーンとしている。

 キーちゃんをプラーンとしている月斗は、後ろから胡乱気に睨み付ける氷室先生の視線に気付いているので、振り返らないように堪えていた。

 挙句、”どうしましょう”と、私に助けを求める視線。

 はいはい。



 

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