♰49 つま先の口付けは崇拝の忠誠の証。



【氷室先生。例の敵が、想定通り、術式使いを主戦力にした組織なら、私がいればやはり楽勝では? 無敵なのですから】


 と、元の話を戻すことにした。

 『式神』作成をしたきっかけ。特性が無敵ならなおのこと、私は参戦すべきだと思う。


「確かにやり方次第ですが……ですが、リスキーですね。なるべく早いうちにこちらも準備をして会合という罠を張ります。それは数日以内です。それまでに希龍が、能力を使いこなせると思いますか?」


 月斗の背中を睨むことをやめて、氷室先生は答えてくれた。

 キーちゃんとは、呼ばないんだ。


「まだ気力の消耗もわかりません。食事こと補給も、まだわかりません。確かにお嬢様が希龍を使って、相手が昨日のように『負の領域結界』を張っても、今度こそ一声で解除が出来てしまうでしょうが……わざわざ、お嬢様が出ることもないでしょう?」

【先生。私達、昨日は皆殺しにされるところだったんだよね? どうして出なくていいと言うの? 私も、仕返ししちゃだめなの?】

「っ……」


 出る理由がないなんて、あるわけがないのだ。

 昨日の被害者だもの。

 どうせ、会合に参加するなら、戦闘だって参加すればいいじゃないか。

 わざわざ不参加になる理由もないのだ。

 私の微笑みに圧でも感じたのか、氷室先生はびくっと震えた。


【作戦を立てて、備えるために練習すべきでしょ? 私としては氷室先生が『最強の式神』の『完全召喚』で大立ち回りをして、敵の術式使いもじゃんじゃん術式を使わせるなり『式神』を出させるなりして、それなりに引き出したところで、合図を出して、味方の術式使いは一旦術式をオフにする。そこでキーちゃんの無効化の咆哮です。一時的にも術式が使えない状態に敵がなれば完璧。こちらは使えるでしょうから、畳みかけてぶっ潰す。どうですか?】

「――――ッ」


 ニッコニコのニコリとした笑みで、即席で立てた作戦としてはいいと、自画自賛しているものをタブレットで、表記して見せ付けた。

 成功したら、めちゃくちゃ楽しい作戦では?


 たらりと汗を垂らした氷室先生は、ゴクリと息を呑んだ。

 そのあと「クッ」と喉の奥を鳴らした。


「クハハハッ!!」


 哄笑を響かせる。


「いやはやっ、なんて最高なんでしょう? ぜんっぜん小1と話している気がしませんね」


 片手で口元を押さえても、笑みが隠し切れていない氷室先生。

 相も変わらず、冷たい印象の眼鏡イケメン。

 ……まぁ、小1ではないんでね。中身、三十路オタクの異世界転生者ですもん。


「自分の能力を組み込んだ作戦を即座に組み立てるとは……感服です。いいですね、いいです。では、舞蝶お嬢様、失礼します」


 歩み寄って来ては、ご機嫌な氷室先生は膝をついて、私の左足をすくい上げるように手にしたかと思えば、チュッと靴下の上のつま先に口付けを落とした。

 真横の月斗がショックのあまり、キーちゃんをボトンと落としているけれど、私も眼鏡イケメンに、つま先にキスされてビックリ仰天中なんだが。



「忠誠の証です。つま先は崇拝の表れです」



 と、笑顔で眼鏡イケメンが、言ってくるんですが???


 そういえば、傅いているね。それで足にキスですか。ワオ。どこの異世界。

 あ、ここ異世界。私、転生者。


「少し、私の子どもの頃の話をしてもいいですか?」


 え、あ、は、はい。なんでしょう。

 と、私は姿勢を正す。


 氷室先生も、子どもの頃は訳アリそうだったみたいだから、ちゃんと聞いた方がいい話だろう。

 氷室先生が、私に親切にしてくれた理由がそこにある。

 彼は傅いたまま、語り出す。月斗はキーちゃんを拾い上げてやり、膝の上に乗せて私の隣に座った。


「氷室家の嫡男に生まれた私は、物心ついた頃から、術式の知識を詰め込むために、勉強を強いられていました。そうすれば……両親は褒めてくれると思って。ですが、いくら難しい術式を覚えても、”もっと頑張れ”の一言。期待だけでした。私こそ氷室家の『最強の式神』の『完全召喚』を成し遂げる天才になると。褒めてほしくて、認めてほしくて、私も必死でした。しかし、七歳の時に『完全召喚』ではなく、部分的な『召喚』をした私を両親だけではなく、親戚一同は褒めるどころか、罵倒をしました。”まだ努力が足りない”と。その言葉は、酷く重かったです。思えば、私の縛りでした。がんじがらめなその縛りで、無我夢中で『完全召喚』を可能にする方法を探しました。しかし、どんなに足掻こうとも、両親が振り向いてくれることはありませんでした。気付けば、全く、両親との思い出のない子ども時代が過ぎてしまい、愛情なんてないと気付かされました。私を育ててくれたのは、使用人達でした。それも愛情を注いだわけでもなく、仕事としてです。天才術式使いともてはやされても、家の中では”出来損ない”扱いでした。その基準では、私よりも下回る出来損ないとなるくせに、それすらもわかっていないバカ達でした」


 氷室先生は、幼い自分を自嘲するように顔を歪めて、苦し気に親戚を嘲笑う。

 手を伸ばして、そっと頭を撫でる。

 銀色のフレーム眼鏡の奥で目が見開かれたけれど、すぐに潤んだ瞳はグッと力を入れて、泣くのを堪えたようだ。


「研究者になったのは、追及も解明も、好きだからだと言い張りたいのですが、結局幼い頃の名残りでしょう。『式神』の研究も、未練がましくも『完全召喚』の悲願を叶えて、実家を見返したかったのです。小さな男でしょう? 何度もカマを貸してくれた『最強の式神』は、こんな私を知っていたでしょうに、どうして『召喚』に応じてくれたのでしょうね? こんな開放には程遠い研究者なんかに……」


 無理矢理笑う氷室先生。

 私は慌てて、昨日も見せたメモを表示して、タブレットの画面を見せた。


【あと、きっとあの『式神』は、頑張る子どもが大好きだと思う!】


 笑みが苦しそうに歪む氷室先生は。


「ええ……きっとそうですね。そうなんですよね。身内は見向きもしてくれませんでしたが……『最強の式神』は見てくれていたのでしょう。努力をする私に武器を丸ごと貸してくれるくらいには、応援してくれて、認めてくれたのでしょう? 一人ぼっちではなかった。他でもない『最強の式神』がいてくれた。それを昨日知ることが出来て……どんなに救われたか」


 と、そう声を少し震わせながら、涙をポロリと落とした。


「氷室家の悲願である『完全召喚』をされたことに、悔しさも覚えましたが、それを遥かに上回るのは感動や尊敬――――そして崇拝したい気持ちです。圧倒的な才能、頭の回転のよさ、考え方まで。敬服いたします」


 悲願、横取りしたね……。

 でも、それは崇拝の気持ちが、掻き消してしまったらしい。


「……初めこそは、誤った情報だけで、ワガママなお嬢様を押し付けられてしまっただなんて、思ってしまいました。騙された点では、私も同罪ですね。そして、親にちゃんと見てもらえなかったことに、酷く自分を重ねてしまい、組長に少々熱く当たってしまいました。正直、今も当たりたい気持ちが強いですがね」


 なんて冗談めいて笑った氷室先生は、持ち直したみたいだ。

 そうか。自分を重ねたんだね。

 それでも私のために、怒ってくれてありがとう。そう込めて、頭を撫でる。


「……そういうところですよ、舞蝶お嬢様。感謝してくれているのでしょう? そして過去の私を労ってくれている。”頑張る子どもが大好き”と教えてくれたのは、他でもないお嬢様です。お嬢様が救ってくれました。私もありがとうございます、舞蝶お嬢様」


 撫でていた手を取ると、そこに頬擦りをするように当てて、眩しそうに氷室先生は微笑んだ。


「氷室家の悲願という縛りには、解放されました。その恩に報いたい。もう縛られたまま、研究をするのではなく、したいがままに研究がしたいです。舞蝶お嬢様と出来れば、至極楽しそうなので手伝っていただけませんか? お嬢様の発想や思考は、きっといい研究結果へ導いてくれるでしょう。私が楽しく研究して人生を謳歌するために、お嬢様は必要不可欠です。だから、お嬢様のために出来ることなら、最善を尽くします。全力以上のことをいたします。どうか、私の忠誠を受け取ってくださいませ、舞蝶お嬢様」


 『最強の式神』とともに解き放たれた過去の少年は、新しく自由に楽しい人生を謳歌するための忠誠を誓う。



 

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