♰09 気軽な公安刑事さんも裏の者。
元々警察手帳に詳しくないので、受け取って、まじまじと凝視。
バッチ。風間徹(かざまとおる)の名前。それに警部って書いてある上に、彼の制服写真。
「あはは、そんなに面白いものじゃないでしょ。ねぇ、可愛い声を聞かせて? 俺の名前は、教えたでしょ。あ、読み方は、かざま、とおる、だよ」
やっぱりナンパみたいだな、と思う。軽いんだよね。
警部って、そこそこ高い地位じゃなかったっけ? よく知らないけど。こんなにフランクな警部って、いるものかなぁ。
軽い調子の刑事さんは、しゃがんで覗き込んできた。ニコニコと人のよさそうな笑みだ。明るい茶髪でサラッとしていそう。濃い茶色の瞳は、人懐っこい輝きがある。
写真の中では、まだキリッとしているのにね。
私は喉を指しては、パクパクと口を大きく開いては閉じて見せる。
伝わらないかな。私、喋れませんよー。
「え? 喋れないの? そんな……絶対可愛い声だと思うのに…………というか、お嬢さん、どこかで見たことがある気がするんだけどなぁ」
首を傾げて、凝視されてしまう。
思わず、目元に手帳を押し付けた。
ヤクザのお嬢ですが何か!? 顔バレ!?
近所だから、刑事に顔バレしてる!?
逮捕!? パクられる!? 何も悪いことしてません!! 記憶にある限り!!
「あいて。そんな照れなくとも……ん? そういえば、学校の時間じゃない?」
と、一人でいるのはおかしい時間帯だと、気が付く刑事さん。
「んん? 喉の病気で、お休みでもしているの? でも、だからって、一人でこんなところに」
「俺が付き添いです」
そこで、やっと月が飲み物を片手に戻ってきてくれたので、タタッと駆け寄り、パーカーにしがみつく。
ヤクザ組員と刑事が鉢合わせた!!
撤退! 直ちに撤退!!
と、急かしたのだが、それが怯えていると捉えたらしく、月が刑事を睨み付けた。
「この子に……何かしました?」
片腕で抱き上げてくれた月は、何やら警戒心を剥き出しに刑事さんを見据えている。
何もされてませんよー!
だから撤退しようよー! 月が捕まるぅうう!!
「やだなぁ、ちょっと話してただけだし、否定してんじゃん」
首を必死に左右に振る私を見て、けらりと笑うと歩み寄ると、名刺をピッと差し出してきた。
「よくここら辺に来るなら、何か見ているかもしれない。思い出したら、連絡ちょうだい。メールでも大歓迎」
ケー番とメアド入りの名刺を、私に持たせる。
だから、ノリがナンパ。軽いよ、刑事さん。
「ん? なんだ。アンタ、公安じゃん。何を調べてんの?」
急に、月が警戒を解いた。コロッと雰囲気を変えて、こちらも軽く尋ねる。
二人が、初対面相手にも気安いだけなのかな……。
確かに名刺には、公安って書いてあるな。
「え? ええっ? 吸血鬼? あー、そういうや、『夜光雲(やこううん)組』の本邸に、今一人だけいるって聞いたっけ」
月の目をよく見て、吸血鬼だと気付いた刑事も、あっさりした反応。
『夜光雲組』…………それが、我が家の組の名前なの……?
ええ!? 公安も、裏の者なの!? ええぇ!?
……あ、そっか。政府からの依頼で、グールとか討伐するんだったね。警察が知っていても、おかしくないか。…………その辺、まだわからないなぁ。知っといた方がいいかなぁ。
「ってことは、この子も……えっ? 待って! 雲雀さんに似てる!! そうだ!! 雲雀さんにクリソツ!! 雲雀さんのお嬢様か!!」
刑事さんが声を上げてきたから、びっくり仰天で身を震わせる。
なんだ。父に似ているから、引っかかっていただけか。
外見の遺伝子は、バッチリ受け継いでますが、それが何か。
父にすら、気安い感じだな……。親しいのかな。性格上、彼が一方的に、ってのもあり得そう。
「雲雀さんのお嬢様なのに、護衛が一人なの? 迂闊じゃない?」
不審げに見られて、二人揃ってギクリとする。
黙って抜け出しました、とは言えない。
「あ~……喉の病気とかで、学校お休みで暇したお嬢様に、付き添って、秘密で抜け出した感じ?」
的中させてくる風間刑事。
その通りなので、私は月より先に頷いておく。あくまで、私がワガママに付き合わせた体(てい)で。
「そっかそっか。黙っててあげるから、元気になったら声を聞かせてくださいね? お嬢様。てか、名前って確か……あげは、ちゃんだったかな?」
すんなり黙ってくれると約束してくれる風間刑事に、月へ目配せしたら「舞う蝶って書いて、舞蝶って漢字です」と代わりに教えてくれた。
「舞う蝶で舞蝶ちゃん! 名前すら可愛いとか! 早く声が出るといいですね!」
手を伸ばしてきた風間刑事は、私の髪に触れる前に止まる。
怪訝に顔を歪めたから、さっき月がまとめて髪飾りで束ねてくれた髪が、痛みすぎていることが気になってしまったようだ。
慌てて、月の服を引っ張り、急かす。
「あ! 俺達、行かないと!」
月も焦って、すぐに立ち去る準備をする。
「あ、うん」と、私を怪訝に気にするけれど「ちょっとだけ、質問。二日前、この先でグールの死体を見付けたんだけど、なんか情報持ってない?」と、仕事で捜査していることを尋ねた。
……この先で二日前、グールに遭遇したけど…………まさかそれでは、ないよね……?
「あっ! しまった!! それ
「は!? なんで報告しないんだよ!! いや待て!
「……!!」
「マジで!? 何やってんの!?」
そのまさかであった……。
あの時、月、他の者に任せるとか言っていたのに、すっかり忘れて放置したのね……。
それは……よろしくない。怪物の死体放置、よろしくないよ。
「だ、だって、お嬢が休憩している間に、飲み物買ってたら、遭遇しちゃってて……報告しようと思ってたけど、お嬢といて忘れました」
「先ず離れんなよ!! 悲鳴も上げられないじゃん! 大事なお嬢様から、離れんなよ!!」
「か、返す言葉もないです……」
全力のツッコミというお叱りを受けてしまい、気軽なタメ口から敬語に変わって、しょんぼりと落ち込み反省する月。
二度言ったわ。大事なことだから。
「はぁー、もう、わかったよ。とりあえず、お嬢様とこっそり出掛けたから、報告もすっかり忘れてたわけだ? なら、俺の手柄にさせてもらって構わないな? 散歩中に遭遇して、お前がやったことにしてもいいが」
「いえ、全然。黙っていただけるなら、ぜひ手柄を差し上げます。というか、仕留めたの、俺じゃないし」
「は!? お嬢様がやったってこと!? 頭に一撃だったが!?」
「もみ合ってる時に落とした銃を拾って、一発ヘッドショット」
「こんな幼いお嬢様に何やらせてんだって言いたいところだけど! 舞蝶お嬢様、すごいじゃないですか!!」
風間刑事の手柄として隠蔽する話に持っていこうとすれば、簡単に私が撃ったことを話しちゃう月。
正直者め。隠さなきゃいけない能力もさっきベラベラ話しちゃった辺り、さては君、隠し事苦手でしょ?
すると、風間刑事は、目を爛々と輝かせて、手を握ってきた。
「こんな幼いのに、ヘッドショットとか! 将来有望! 流石、雲雀さんの娘ってこと? いや、あの人、銃とか聞いたことないけど……まぁ、その気があったら、俺が訓練所とか手配するから、遠慮なく言ってくださいね!」
……小学生に、怪物退治の訓練を提案してます? そんなキラキラな目で……。
なんの期待をされているのだろうか。ヘッドショット一発如きで。
「じゃあ、不審なグール討伐の残骸は、こっちで処理するから。今後目を離すな!」
「はいっ!」
ビシッと言い放つと、月も背筋を伸ばした。
「舞蝶お嬢様は、早く喉がよくなりますように。また会いましょうね!」
ひらっと、手を振った爽やかな笑顔の風間刑事は、隠蔽しに仕事へと戻っていく。
「はぁー。まぁ、あの刑事さんの言う通りですもんね。正直、お嬢を誘拐する気かと心配しました。お嬢の可愛さを甘く見ちゃいけませんね。……お嬢?」
じっと、名刺を見つめてしまう。
公安か。裏の世界も知っているし、組とも通じている。
私が駆け込むところには、最適なのかもしれない。
よくわからないけれど、期待されていることに応えられれば、保護もしてもらえるんじゃないか。
それに警察なら冷遇されていることを同情してくれる可能性は高そう。問題は、公安と組のパワーバランス。公安が依頼する側で処理するみたいだけど、どこまで反社会的勢力の組織と対抗出来るか。
私がそっちに助けを求めても、問題は起きないかどうか。探っておかないとな。
とりあえず、人のよさそうな風間刑事の正義感を信じて、最終的には助けを求める相手にしておこう。
不思議がる月に、この名刺は持っててほしい、とジェスチャーで伝えた。
「? わかりました」
名刺を預かってくれた月に、交換するようにジュースを持たされる。
今日は、マンゴータピオカジュースなり。
タコ焼きもおごってもらって、なんとなく、上手くいきそうな予感がしてきた。
月のおかげかなぁ~。好きー!
という余裕ぶっていた罰なのか、翌日の夜。
月が食材をちょろまかしているとバレるわけで、料理担当の組員一人に、現行犯で取り押さえられました。
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