♰117 お嬢が見せつける腕前は天才。



「教室に行くまでに、警察学校の学生に喧嘩売られたんで、お嬢、買いに行っちゃいました」


 影の中で、見ていた月斗が余計なことを。


「なんと!? 買いに行っちゃったってなんだよ! なんで警察学校の学生が、小学一年生の女の子に喧嘩売るか!? どういう教育してんだこの学校!!」


 安定の口の悪さで、その学校のど真ん中でアンチを叫ぶ藤堂。

 お前はここの集団に刺されたいのか。

 それから、私の頭の上に手を固定させて小ささを強調せんでいい。と、ぺしっと手を払った。


「警察志望らしからぬ彼らなら、警視総監が来たから、呼び出されたよ」

「あの女傑の警視総監!? 直々に処罰を!?」


 またデカい声を響かせて、周囲の一部がビクリと震えた。

 ずぉおおん、とどんよりとした空気が周囲をまとう。……恐怖の鬼が来て、怯えた反応である。


「そうじゃないですか? お嬢、寄ってたかって悪口を言う生徒達は、性根が腐っているから叩き直してもらった方がいいって担任にお願いしてあげるって言ってやってたら、来たんですよね。自分がやるって。ちょっとお嬢と話したら、すぐに行っちゃいましたね」


 周囲の人間が凍り付いているよ、月斗。

 あ、私のせいかな?


「マジでか! なぁ、ちょっと、そこの君。警視総監様って、よくこの学校に来るの?」と、近くの生徒に声をかけた藤堂。

 ギョッとしながら「い、いえっ! 警視総監は行事に、た、たまに、だけっ」とビビりながら答える生徒。

 ヤクザに声をかけられたら、ビビるよね。うん。


「十中八九、舞蝶お嬢様を一目見に来たのでしょう。まぁ、その件でも広まれば、お嬢様に絡むようなバカ者は現れないでしょう」


 と、優先生は、じっくりと眼鏡の奥で見定めるように、周囲を見渡す。

 ギクリと強張っては、顔を背ける警察学校一同。


「一週間の約束です。それまで我慢ですね。授業の方は、退屈ですか?」

「んー。普通かな。大丈夫。あ、授業と言えば、今日の六時間目は銃の特訓授業なんだって!」


 実は楽しみにしている授業があると、笑顔で優先生に答えた。


「お! いいじゃないですか! じゃあ銃の腕前を披露して黙らせてしまいましょう! お嬢の華麗なヘッドショットを!」と、人差し指と親指を立てて見せた藤堂。

「やはりお嬢は可愛くて小さいので、勝てると思っちゃうんですよね、相手は。ならば、見た目と違って強いんだと、銃の腕前でも敵に回したらやべーぞと知らしめるチャンスです!」と、意気揚々。

 聞こえている周囲は、凍り付いている。


「そういえば、お嬢様……射撃の練習はしていないですよね。銃の手入れなら、教わっていたのに」


 不可解そうに優先生が切り出す。


「……そういえば、お嬢って、なんでヘッドショットが上手いんです?」


 同じく不可解に思って、藤堂も尋ねた。

 それもそうだ、と月斗も隣で首を捻った。



「え? 弾は真っすぐ飛ぶんだから、銃口を向ければそこに当たるのは、当たり前でしょ?」



 こてん、と首を傾げる。

 真っすぐ飛ぶんだから、狙った先に当たるのは当然。


「……そ、ソウデスネぇ……」


 ピクピクと口元を引きつらせる藤堂は精一杯の笑顔を返す。


「天才め!」と、そっぽを向いて小さく吐き捨てる。


 周囲がわなないているので、すでに牽制は十分だろう。



 五時間目の授業開始まで、ギリギリ食堂エントランスホールに居座り、優先生と藤堂と月斗と別れた。

 と、見せかけて、外に出たところで、月斗が繋がっている影に潜り込んで私の元に戻った。


 あのリーゼント少年は目を赤く腫らして、唇を尖らせて戻っていたけれど、私をギロッと一瞥で睨むだけで、それっきりだ。

 和多先生も疲れた様子で「言い聞かせました。放課後に処罰を話し合いましょう」と言ったので、「放課後は予定があるので、処罰とかは結構です」と断った。実害は無残にも燃やし尽くされた借りた教科書だけだからね。

 その被害だけは、青井家に請求するそうな。それでこの話は終わり。


 そしてお待ちかねの六時間目。

 銃の特訓訓練だ。徹くんが言っていた通り、普通の射的や動く射的があるレパートリー豊富な訓練場だった。


「雲雀舞蝶は、まだ見学をしていなさい」と、厳つい軍人上がりっぽい教師が、和多先生と訓練授業を仕切っては、まさかの見学を言い渡したから、ガビーン。

 楽しみにしていたのに!


「何故ですか?」

「まだ基礎を習っていないだろう? 銃は、引き金を引けばいいってわけではないのだ」

「例えば? 参加していい判断とは?」


 食い下がる私に、しぶしぶ銃の訓練参加に参加していい条件を挙げた。


 持ち方。セーフティーのオンオフ。弾倉や込められた弾の確認。簡単な分解と組み立て。前に徹くんが渡してくれた銃と同じ構造だったので、簡単に条件はクリアした。

 唸りながらも、軍人先生は許可を出してくれた。


 弾はペイント弾で、的に当たったことがわかりやすいように青い液体が弾ける。

 それでも、的周辺から弾がいかないように防弾ガラスで仕切られていて、そこに見物客がズラッと並んでいた。

 どうやら昼の食堂で聞いた職員やらが集まって来たらしい。生徒も多いな。こっちを凝視している。わかりやすい。


 食堂での発言は、嘘ではないかの確認。


 藤堂の言う通り。この一週間、無用なちょっかいをかけられないように、銃の腕前のよさは示すべきだろう。


「では、雲雀舞蝶から、自分に合ったレベルの場所で、現在の射撃の腕を見せろ」と、新入りの私から、射撃の腕のレベルの確認を言い渡された。

「はい」と返事をして一番奥の最高レベルの射的場に入った。


 騒然とする中、「合格点は高いぞ!? いいのか!?」と、軍人先生が恥をかかないかと心配するから「大丈夫です」としれっと言い放って、的を動かしてもらう。


 ちょっとしたアトラクションの射的ゲームと変わらない。


 振り子のように左右から横切る的を、ババッと撃つ。青いペイントが弾ける。

 遠くで的が上下に動きながら立ち上がったため、それも素早く撃った。

 また左右の振り子。動きはカクカクとジグザクに動いているが、読める動きだったので簡単に当てられた。

 後ろ斜めから振り子の的が迫るから、右、左と撃った。的が全部、迫ってくる動く敵を想定している。


 百発百中とは、このこと。全部ど真ん中に外すことなく撃てた。

 100点。合格レベルは80点だったかな。

 まぁ100点なら、問題ないでしょ。あ~、楽しかった。


〔ヒュー! 舞蝶お嬢、さっすが~〕と影の月斗が褒めてくれた。


「きゃー!! 舞蝶ちゃんサイコー!!!」と、驚愕で静まり返る訓練場に響いた声に、ビクッとした。


 上の見物テラスに、スマホを持った徹くんが手をブンブン振ってきたからだ。

 来てたんだ……いや、狙ってきたのかな。


 徹くんもしっかりと有名人らしく、あちらこちらで徹くんがいることを驚かれているが、徹くんは投げキッスをして私にラブコールをしている。とりあえず、手を振り返した。

「きゃー! 舞蝶ちゃん! 可愛い!!」と、ブンブン、激しく手を振り返す。


「す、素晴らしい成績だ……。もしや、風間警部の特訓を受けた経験が?」

「? 徹くん、いえ、風間警部にも、誰にも教わったことも特訓を受けたこともありませんが」


 事実を告げたけれど、軍人先生にわななかれた。「世紀の射撃の天才が爆誕……!?」と、一人震えている。

 撃てば当たるって……天才と言うほどかな。

 聞き慣れすぎて、私の中の天才の基準がなぁ。周りも出来る人ばかりだもんね。


 ……なんか、あの青井っていうリーゼント少年がまた睨んでくる。涙目でプルプルと真っ赤に震えながら。

 ……何。聞きたくはないけど、何よ。


 次の燃太くんは一つレベルの低い的。

 単調な動きだけの的を、的確に撃つ燃太くんも、射撃は上手かった。

 90点だ。すごーい、とパチパチする私以外が、驚愕で口をあんぐりと開けていた。

 教師二名とクラスメイト一同、燃太くんがキビキビ動けていたことにビックリ仰天らしい。


「紅葉が動いた!」と言ったの誰。

 失礼だよ。燃太くんも動くわ。


「お疲れ様。上手いね」

「ん、ありがとう。舞蝶ほどじゃないけど、自信はある。……銃はいいよな。引き金を引けばいいんだから。刀より面倒じゃない」


 と、笑顔で言い退ける燃太くん。

 めんどくさがり屋なのは、生来なの? それとも染みついたのかな?


 軍人先生が「世紀の天才がもう一人っ!!」と、頭を抱えて悶えていた。


 徹くんからメッセージが届いていて【銃の訓練、サイコーだったよ♡直接、挨拶出来なくてごめんね! 仕事に戻るから、転校感想はまた今度聞くね!】とだけ。

 やっぱり忙しいのか。慌ただしい中、銃の訓練だけを見に来るとは。

 あ、撮影されてビデオまで送ってくれた。これまた切り抜いて写真のアルバムとして作られるのだろうか……。というか、藤堂達にももう送っているのでは?



「お嬢! すごいじゃないですか! 射撃完璧すぎで惚れ惚れしますぜ!!」と、スマホ片手に出迎えた藤堂が、興奮気味に言ってきた。


「風間警部、来てたんですね。勧めていましたし、銃の訓練と聞き駆け付けたのでしょうか。彼も銃が好きですね。しかし、やはりお嬢様は素晴らしくて、惚れ惚れいたします」


 優先生は冷静ながらも、優しく微笑んで褒めてくれる。

 やっぱり送信されたのか、と一緒にいる月斗を見れば、受け取ったと込めて、頷いてくれる。三人に送ったのね。いや、橘にも、かな? 仲間内。


「燃太くんも、上手かったよ。みんな、燃太くんが元気なことに驚いてたけど……今も大丈夫?」

「うん。元気」

「まだまだ効力が残っているのですね……。では、行きましょう。怖がらせたくはないですが、万が一にも反動が出てはいけませんからね。カルテを見に、家へ」


 優先生はやっぱり優しく、微笑んで言った。

 不遇な子には弱いみたいだな。優しい先生。


 そういうことで、運転手のお迎えの車に乗って家へ向かう。


「紅葉家って剣術使いかと思ってましたが、紅葉くんは銃派? もしや両方?」と、首を傾げる藤堂は、興味津々。


「いえ。僕、剣術を学べるほど身体を動かせなくて、護身程度に持たせてもらっていただけなんですよ」「体質が改善したら、学ぶおつもりで?」

「えー……剣術は疲れそうなので」

「……そうですかい」


 心底面倒そうな燃太くんに、美容院で聖也の若頭が言ったことは事実のもようと、藤堂達も知る。

 だらけたい質なのは、生来からかな。


「案外楽しいかもよ? 弾と合わせると、力が使えないものね?」と私は銃との組み合わせはよくないと言ってみる。


「そうなんだよね。普通に暴発するだけになっちゃう」

「かと言って火炎放射だとカッコ悪くないですか?」

「「……うん」」


 藤堂が笑って言えば、私も燃太くんも、想像して微妙な顔をしてしまう。


「まぁ、なんでもかんでも合わせなくても、ただでさえ強力だというなら、別々でもいいのでは?」


 と軽くまた燃太くんの診察を終えた優先生は、小さく笑う。

 武器と能力。別々で扱えばいい、と。それもいいけど、刀にまとわせて放つ技を見たあとだと、もったいない気がする。


「妖刀も、持ち主を選ぶんでしょ? 普通に火炎弾みたいな銃を作れたらいいね。コントロール次第だったり、補助で専用の弾を作ってもらったり」

「……なるほど」

「火炎弾! いいっすね! 破壊力ありそうだ!」


 と和気あいあいに話して、どんな武器なら可能かという話となった。

 気力を込めるなら、やはり術式は必須。でも発砲音を抑え込んだり、武器の性能そのものは結構可能なものが多いらしい。そうこうしている間に、ご到着。


 只今、燃太くんがお世話になっている叔母一家の邸宅。

 こちらの現新居に比べれば小さい方でも豪邸の一軒家といた。



 

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